（２９）

「亜美、さっき、遠藤所長に呼ばれてな・・・・・・所長を通じて荒尾さんからアドバイスをもらったよ。」
「え、お父さんから？」
「ああ、この間から俺の心の中にあったモヤモヤが取れたよ。」
「・・・え、モヤモヤって・・・」
「亜美、朝、フェニックスの稲葉真央さんが来ただろう。」
「ええ、どういう依頼だったの？」
「ん・・・真央さんと同居してる元婚約者の妹で美貢っていう女性がいるんだ。」
「うん。・・・それで？」
「大塚に犯されて不感症になった話は聞かせたよな。」
「ええ。・・・・・え？　も、もしかして・・」
「ああ、その、もしかしてだ。」
「・・・そ、それで・・・・裕二さん・・・」
「まだ、返事はしていないが、引き受けようと思っている。」

　亜美は、頭の整理がなかなか付かないでいた。
　先日、結婚を約束したばかりの男が、自分以外の女性と関係すると言っているのだ。内容的に仕事ではないのは事実である・・・

　亜美は、直ぐには言葉が出なかった。
　裕二もそれ以上、喋る事はしない。
　亜美の言葉を待っているのだ。

　亜美は裕二を見つめた。
　裕二も目をそらさず亜美の視線を受け止めている。

（裕二さん・・・確かに何かが変わったわ・・・）

　亜美は裕二の豹変と一回り精悍になった顔つきを見て、父、康平が裕二に効用なアドバイスをしたに違いないと理解した。

「裕二さん、・・・・・私は反対しないわ。」
「・・・・・・亜美・・」

　亜美は、ゆっくりと、そして言葉を丁寧に選んで裕二に話し始めた。

「私もセンター長を目指しているのよ。それに裕二さんは、正直に私に話している。嘘をついてまで、やる人じゃないって事も解ってるわ。あの時、父が裕二さんに私の心の中に、居場所を置けるかって聞いたわよね。その時、裕二さんは私の手を強く握ってきた。私の身体全体に裕二さんの気持ちが確実に伝わってきたわ。私は裕二さんの妻になる女よ。何をやっても文句は言わないわ。貴方を信じています。」

　亜美の言葉に裕二は目を熱くした。

「・・あ、あれ・・・俺・・・」
「・・・フフッ・・・私の愛に感動した？」
「・・・亜美・・・お前・・・最高だ。今の時点では俺より凄いかも。」
「裕二さん、私ね・・・私、最近になって、母の気持ちを理解したわ。初めて父との関係を聞いたときに、二人とも異常者だって思ったもの。」
「・・・亜美・・」
「でも違ってた。・・・何故か解る？」

　裕二は、亜美の次の言葉を待った。

「母は、父が、どんな時でも自分の心に本心を置いてたのを知ってたのよ。」
「・・・・・亜美・・・・」
「・・・・・・・・・裕二さん・・・・・・そして、貴方も・・・貴方も、私の心の中に、本当の居場所を決めたって確信したからなのよ。」
「あ、亜美・・・・」
「私、・・・正直に言うわ。いま、裕二さんの話を聞いて、全く嫉妬を感じなかったわ。自分でも不思議だったけど、たぶん、昨日までとは全然違う裕二さんを見たからかな。」
「・・・・」
「ほんの少しだけど、裕二さんの心が、少し読めるようになったみたい。」
　
　微笑みながら喋る亜美に裕二も、亜美が目指す才能を持っていると確信した。
　裕二は、いい意味で亜美をライバルと捕らえ夫婦以上の存在になりたいと願った。

　話が終わるのを見計らったように定食がテーブルに運ばれた。

「食べようか？」
「うん。」
「・・・ところで裕二さん、不感症を治す手だてはあるの？」
「いや、ない。」
「えぇーっ、無いのに引き受けようと思ったの？」

　呆れて話す亜美に、裕二も言い訳しようが無い。

「ま、恥かしいが、それとは別に業務係という仕事をしている以上、少なからず、こういう類の事例は、これからもあると思ったんだ。真央さんには悪いけど、俺自身、勉強のためにと思ったんだよ。それに、この件で俺と亜美の繋りを確固たるものにしたかったし。」
「別に、これでなくてもいいのに・・・」
「ん？・・・・やっぱり怒ってるのか？」
「違うわよ。それって、仕事終わってからなんでしょ。という事は、私がやってもらう時間が無いじゃない。」

（・・・あ・・・）

　亜美は言い終わった後、自分の言葉に顔を赤くした。

「フハハッ・・・亜美、これが片付くまで一緒に過ごそうぜ。」
「ほ、本当っ？」
「ああ、俺はそうしたい。」
「嬉しいぃーっ・・・・ん・・・・でも、裕二さんが持つかな？」
「亜美、お前って大胆な発言を平気で言うよな・・・」

　恥かしそうに目を伏せる亜美・・・・

「でも、裕二さん、真面目な話、引き受けるなら、ある程度の知識と勉強が必要なんじゃないの？」
「ああ、亜美、そういう意味でも、お前も手伝ってくれないかな？」
「ええ、それはいいけど・・・。ね、真央さんはどうだったの？」
「彼女は、不感症じゃないよ。サディストだ。ちゃんとイクぅーって昇天したぜ。」

　裕二の大きな声に、後ろで食事をしていた女性職員が笑っていた。

「も・・もぅ、裕二さん、声が大きいわよ。恥かしいじゃない。」
「す、すまん・・・・・・」
「真央さんの場合は、美貢さんていう女性とは違うわけね。」
「ああ。実際、真央さんのときもアドバイスをもらったのは所長なんだ。」
「え、そうだったの。」
「ああ、鏑木さんから電話をもらってな。」
「これに限っては、誰かにアドバイスを貰うのも気が引けるわよね・・・」
「そうなんだよ。・・・・・んーむっ・・」

　裕二は、箸を休めて色々と考えた。
　それに反して亜美は、黙々と食事を口に運んでいる。

（クッ・・・亜美の奴・・・所詮、他人事か・・・）

　裕二は、ひょんなことから、亜美に思いつきで質問をしてみた

「亜美、お前の初体験はいつだ？」

　いきなりの質問にむせる亜美・・・

「・・ゥッ・・・な、何よ、裕二さん・・きゅ、急に・・・」

　水を飲みながら、喉に詰まった食事を流し込む亜美・・・

「いや、美貢っていう女性も大塚が初めてではなかったはずだ。やはり、初体験は、男も女も、なかなか忘れるもんじゃない。恐らく、犯されたというショックと兄の自殺が関連している。」
「・・・そうかもね。」
「で、お前の初体験は？」
「え、高校の時よ。一つ上の先輩と・・・ウフフッ・・・」
「ふぅーん・・・」
「ふぅーんって、それが、何か関係あるの？」
「つまりだ、初体験って言うのは誰でも未知だ。そこへ持っていけないかな？」
「犯される以前の状態って事？」
「ああ。若しくは付き合った男性の経歴を見つけて対処法を見出すかだな。」
「んー、やはり、ある程度、調べないと・・・」
「そうだな。・・ちなみに亜美、お前は今まで何人と関係持った？」
「んー・・・裕二さんが・・４人目・・・・え・・・な、な、何、言わせるのよ。」

　つい、知らずに喋ってしまった亜美が慌てふためいている。

「亜美、お前って、正直というか素直というか・・・誘導尋問には気をつけろよ。」

　亜美が、悔しそうに裕二に嗾けた。

「裕二さんこそ、初体験はいつなの？　私は何人目の女？」
「・・・い、今のお前って絶対に尋常じゃないよな・・・・」

　笑いながら言う裕二に亜美も納得がいかない。

「裕二さん・・・・オ・シ・エ・テッ！」
「うーん・・・たしか最初は高１だったかな？・・・・」
「で、私は？」
「１０人目くらいかな？」
「・・・じゅ・・・１０人目くらい？」
「ああ、これでも意外とモテたからな。ハッハッハッ・・・」
「悔しいぃぃぃぃーっ！」
「は？・・・亜美、やっぱり、今のお前、普通じゃないぞ。」

　二人の会話に、隣りから呆れた声が掛かる。

「おい、香坂、亜美君・・・ちょいと昼間に話す話題としては、レベルが低いぞ。」

　裕二たちの座る席の横のテーブルには、いつの間にやら課長の野口と京本が座っていた。

「か・・か・・・か・・・・課長・・・ぉ・・・・」
「しかし、お前らは、超がつくほど、お似合いカップルだな。」

　野口の言葉に京本も続く・・・

「早く、君ら二人の絆に根を張れるといいな。」

　裕二と亜美は恥かしそうに二人の言葉に恐縮した。

「・・・・・は、はい・・・あ、ありがとうございます。」

　ムシャクシャしていた亜美の気持ちも、京本と野口の激励とも取れる言葉に無性に喜びが沸いてくる。

「で・・・では、課長、私たちは、お先に失礼します。」

　裕二は、そういって立ち上がった。

「ああ。・・・・・あ、そうそう・・くれぐれもセンター内ではやるなよ。」
「そ・・・か、課長・・・・私も常識くらいありますよ。」

　野口と京本は裕二の返答に笑い声を上げた。

　裕二は、照れ臭そうに頭を掻きながら亜美と食堂を出て行った。

「野口、あいつらは、いい夫婦になるぜ。」
「遠藤所長も香坂と亜美君は、成るべくしてくっつく運命なんだって言ってたからなぁ。」
「これを機に、そろそろ、香坂も化けるかな・・・・」
「・・・んむ、隠れていた素質開花か。」
「その点、鏑木とシンディは、香坂らとは正反対だからな。」
「野口、鏑木は、一見クールで秀才タイプだが、意外とユニークでリーダーシップもあるぜ。」
「フッ・・奴らは、いいライバルになるだろうよ。」

　遠藤は、おろか課長の野口と京本も裕二や鏑木の内面に潜む実力を認めていた。
　伝統的にセンターの役職員は部下の成長を楽しむ傾向がある。
　そして、遠まわしに自分の持つ知識を与えてレベルアップを図っていくのを伝統としていた。

「ったく、亜美がでかい声出して興奮気味に喋るからだぞ。」
「だって、裕二さん、騙すんだものぉー。」
「騙す？　人聞きの悪いこと言うなよ。」
「・・・・・それより、裕二さん、考えなきゃ。」
「そ、そうだな。」

　裕二は、亜美をミーティングルームに誘い
　コーヒーを飲みながら作戦を立てることにした。

（３０）

　裕二は、真央に依頼された美貢の件で承諾の返事をしていた。

『ほ、本当、香坂さん？』
「ああ。しかし、正直に言わせて貰うと自信はない。」
『うぅん、いいの。今まで何度も失敗してきたんだもの。今では、藁をも掴むって心境よ。私も協力するから。』
「そうしてくれよ。・・・まずは一度、美貢さんに会っておきたい。今夜どうかな？」
『勿論いいわ。私も今日は、店が休みだから一緒にどうかしら？』
「ＯＫ。じゃ、７時に君の店近くの湾岸沿いにあるパブで待ち合わせしようか？」
『ええ、解ったわ。待ってます。』

　裕二は、電話を切って亜美を見た。

「ふぅー、まずは顔見せだ。最初が肝心だからな。」
「裕二さん、私、さっき思いだしたんだけど、メディテーション法って知ってる？」
「メディテーション？・・・瞑想・・・・か？」
「ええ。アメリカのリチャードボランっていう精神学者が考えた治療法なの。」
「んっ・・・それで？」
「要するに人工的に惑わすのよ。」
「は？」

　亜美は、まず、この方法を考えた学者の話を聞かせ始めた。

「この博士は、アメリカ中の強姦をうけた女性を調査して精神分裂や男性恐怖症、そしてセックスレス夫婦を解決するための研究を続け、その治療に掛けては、世界的にも第一人者の精神科医でもあるの。」
「んむ。」
「この博士の研究の凄い所は、生身の全く正常な女性を実験にしたのよ。」
「な、なにぃ・・・でも、亜美、それって犯罪になるだろう。」
「ええ、事実、刑務所にも入ったわ。」
「・・・・？」
「でも実験に使ったのは、博士の奥さんなの。」
「・・・えぇーっ！」
「だって奥さん以外には、実験に使えないでしょ。博士は異常者じゃないわ。そういう女性を救うために研究に没頭したの。奥さんも承諾してのことよ。ただ、メディアに取り上げられて、外部告訴という形で訴えられ有罪にね。」
「で、どうなったんだ？」
「アメリカ全土からの女性署名運動を行って無罪になったわ。署名活動をしたのは博士の奥さんよ。彼女も精神科医なの。」
「ほぉーぅ、で、具体的には奥さんには、どういう実験を行ったんだ。」
「詳細や結論は、家に行って本を読み直さないと解らないけど、まず、了承の上で奥さんを色々な方法で強姦したらしいわ。」
「・・・・」
「例えば、全く自分とは判らないように夜半に襲ってみたりとか、無理矢理、強姦する所を同僚に見せて恥辱感を与えるとか。
　でも、実際に同僚に頼んで奥さんを襲わせた時には博士自身が自分の研究に疑問を感じて精神分裂になり掛けたみたいだけど。」
「そりゃ、そうだろうなぁ・・・・」
「つまり、強姦にしろ恐怖感にしろ性行為に問題がある事を理解しなくてはいけないんじゃないかって博士は思ったのよ。」
「んーっ、なるほど・・・。その本を読んでみたいな。」
「どう、今日、真央さんと会った後に、私の所によってみる？」
「・・・ああ、そうするよ。今日から亜美の所に泊まるぜ。」
「え？」
「美貢って女性を抱くことになるんだ。亜美と離れておれんよ。」
「ゆ、裕二さん・・・・・・実を言うと・・・私も・・・そうして欲しかったの。」

　裕二は、照れ臭そうに言う亜美がいじらしかった。
　亜美の肩を両側から抱きそっと唇を合わせる。

「亜美、俺は、お前のそういう正直な所が好きでたまらないよ。」
「・・・裕二さん。」
「俺も亜美には、隠し事は一切しない。後からボロを出したくないんだ。」
「・・・・ん。・・・私もよ。」

　裕二は、再度、亜美と唇を合わしながらそっと抱きしめた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

　裕二は、センターを出ると湾外沿いにあるパブに向かった。
　近くのパーキングに車を止め裕二は店内に入っていく。

　店内を見渡すと向かって正面のボックスに真央の顔が見えた。
　真央も裕二に気付き軽く手を上げる。

　裕二は、ゆっくりと真央の待つボックスに歩み寄った。
　真央が美貢に裕二を紹介する。

「美貢、彼が、さっき話した香坂さんよ。」

　美貢が真央の言葉で裕二を見上げると席を立ち上がって頭を下げた。

「あ、あの・・・始めまして。篠塚美貢です。」

（び・・・美人じゃねぇーか・・・）

「こんばんは。香坂裕二です。」
「香坂さん、座って。」

　真央の言葉に裕二は、美貢の顔がよく見える位置に腰掛ける。

「香坂さん、美貢には、はっきりと言っておいたわ。」
「え？」

　真央が美貢の表情を確認し説明を始める。

「美貢自身もわかってるの。こんなんじゃ駄目だって・・・・好きな男性もいるけど、辛い思いをしたくないためにワザと好きにならないように我慢してて・・・可愛そうで・・・。」

　美貢は、俯いて顔を上げない。
　裕二は、まず親密度を増すために会話でリラックスしようと心掛けた。

「美貢さん、君は仕事は何してるんだい？」

　微妙な間を置いた後、美貢が話し始めた。

「・・・私・・元々、ルームメイクの仕事してたんですけど・・・・色々あって・・・・・その、今はフリーターに近い感じなんです。」

　美貢の説明に真央が付随した。

「香坂さん、美貢は、章ちゃんの影響をうけて、お部屋の模様替えの仕事をしていたのよ。業界では結構な人気があってルームメイクアーティストの世界では、若手の中でも、皆から一目置かれてるような存在だったのよ。」
「へぇー、美貢さん、凄いじゃないか。」

　美貢は伏せていた顔を上げて小声で喋り始めた。

「・・もう一度、戻りたいんです。・・・・でも・・この業界は、まだ男性も多くて。」
「香坂さん、今朝は話さなかったんだけど、結婚もそうなんだけど、美貢の夢は兄と同じ建築関係の仕事に、もう一度つきたいことなの。」
「なるほど・・・お兄さんの意志も継ぎたいわけだ。」

　美貢は、さらに小さい声で呟いた。

「・・・自分でも判ってるんです。いざ、男性と、そういう関係になろうとすると、自分が自分でなくなるって。まるで、まるで・・ジキルとハイドみたいに・・・」
「香坂さん、美貢は結構、美人だし男性からもよく声を掛けられるの。でも、その先の恐怖心が頭に浮かんできて性格も暗くなっちゃうのよ。」

　裕二は、真央の説明に頷いた。

（そうか・・・不感症だけではなく男性恐怖症もあるな・・・こりゃ厄介だぜ。）

　亜美の助言もあったが、まずは美貢に、裕二という人間は安心だということを理解させなくてはいけない。

「美貢さん、俺の顔を見てくれ。」

　美貢は、その言葉にゆっくりと顔を裕二に向けた。

「俺が思うに、君は感受性がかなり高い。そういう人間は本能的に人を見抜ける能力を持っているんだ。今、君は俺を見てどう思う。」
「え・・・・どうって・・・そ、その・・・・」
「いや、正直に言えばいいんだ。例えば、怖そうとか・・面白ろそうとか。」

　美貢は、裕二の視線から目を外すことなく、そして躊躇うことなく呟いた・・・

「正義感が強そう・・・かな・・・」

　裕二は、美貢の心理を読み取ろうとするが、ままならない。

（・・んー・・・寂しそうな目をしてるな・・・。）

「そう思うかい？」
「え、ええ。」

　裕二は、真央に囁いた。

「真央さん、美貢さんと二人きりにしてくれないか。」
「ええ、解ったわ。・・・じゃ、美貢、私いくわ。香坂さんを信用するのよ。」
「・・・うん。」

　真央は、裕二を一瞬見つめると席を立ってパブを出た。
　裕二が、美貢の正面に座りなおす。
　美貢は、相変わらず伏し目がちで裕二と目を合わそうとしなかった。

「美貢さん、ちょっとトイレに行ってくるよ。」
「え、ええ。」

　裕二は、トイレに入ると亜美が調べてくれた分裂症の精神リハビリの資料に目を通していく。

（んーっ・・・なるほど、リラックス環境を作るか・・・ここじゃ出来んな。）

　裕二は、資料をしまうと美貢の待つ席に戻った。

「美貢さん、ドライブでも行こうか？」
「え？・・・今から・・・」
「ああ、嫌かい。」
「い、いえ・・・・・・ええ、じゃ行こうかな・・」
「よし、出よう。」

　裕二は、美貢を促してパブを出た。
　二人は、パーキングに着くまで、特に会話することなく歩いていく。

（さてと・・・・今日が肝心だからな。・・・・慎重にいくか。）

　裕二は、車の助手席を開けて美貢をエスコートした。
　今から、リラックスムードを創形していかなくてはならない。
　事前に用意したクラシック音楽ＣＤをデッキに差し込んだ。

「夜景でも見に行こうか。」
「はい・・・お任せします。」

　裕二は、直ぐ隣りの湾岸線に乗ると向かい合った西港にある臨海公園に車を走らせた。

（さてと、とりあえず、亜美が推する作戦を開始してみるか。）

　裕二は、チラっと助手席を見ると美貢は貨物船が発するオレンジ色のライトに目を向けていた。

「美貢さん、君は、どういうタイプの男性が好みなんだい？」

　美貢の肩が驚いたように反応した。
　全身に力が入っているのが手に取るように解る。

「美貢さん、大丈夫だ。俺は君の悩みを助けるだけだ。君の思いに反するような事はしないから安心しなよ。」
「ご、ごめんなさい。」
「誤る事はないさ。君の事を色々聞きたいんだ。教えてくれないか。」

　美貢は、裕二の言葉に気持ち肩が下がった。
　唾を飲み込み裕二の横顔を見つめる。

「私、男の人は理性を押さえられない人間って思ってるの。」
「ん？」
「・・・・ただ綺麗だから声を掛けて、抱きたいだけだから優しくして・・」
「・・・・・美貢さん、君は大塚の件から、そうなったんだ。それまでは、普通に男性と付き合い、普通に身体の関係もあったはずじゃないのか。君は自分自身の意志で男性恐怖症、そして不感症になったんだよ。君自身が本当に治りたいって思わなきゃ、この病気は治らないんじゃないかと思うんだが。」
「何度も思ってるわよっ！」

　美貢が大声で怒鳴った。
　美貢が始めて本音の感情を裕二の前に出だした。

（よし、いい調子だぜ。）

「何度も・・・何度も・・・・思って・・・・」
「いや、君は甘えてるんだよ。確かに君は犯された。しかし過ぎた事だ。冷たい言い方だが、過去には戻れない。先を考えないと君の将来はない。」

　美貢が裕二を睨む・・・・・
　裕二は、前を見たまま黙っていた。
　美貢が、裕二から顔をそむけると窓越しに目を向けながら小さく呟いた。

「・・・・香坂さん・・・・私を・・・・・・・助けて・・・・」

　美貢は、泣き声で裕二に訴えた。
　裕二は、美貢が自分を頼りにした事を理解した。

（ふーむ・・・今のところ亜美の言う通りにしてて正解だな・・・・）

　裕二は、第２段階にはいる事にした。
　湾岸線を降りて臨海公園の道を上っていく。
　灯光タワーの下に、ちょうど車を止める場所があった。

　裕二は、車を止めエンジンを切ると運転席から降りて、美貢の座る助手席のドアを開ける。
　手を差し出して美貢の腕を掴むと優しく引き込んだ。

　美貢のヒールが、芝に埋まり躓きながら裕二にもたれかかってしまった。
　美貢の身体をしっかりと受け止める裕二・・・・
　美貢は、瞬間、身体が震えたものの裕二に身を任した。

「美貢さん、大丈夫かい？」
「ぇ・・えぇ・・・ごめんなさい。」

　裕二は、美貢の肩を後ろから軽く押しながら木製のベンチに手招いた。
　海には、大型客船やクルーザーから漏れるエンディングライトが鮮やかに輝いている。

「・・・綺麗・・。」
「初めてかい。ここへ来るのは。」
「ええ。・・・素敵だわ・・・」

　裕二は、暫く時間を置いて、いきなり本題に入っていった。

「美貢さん。大塚に犯されたときの事をまだ覚えているかい。」

　美貢が裕二の言葉で表情が一気に歪んでいった。
　足と肩が同時に震えだし目が虚ろになっていく・・・・

「大塚のモノが君の中に入った瞬間を思い出してみるんだ。」

　美貢は、まるで裕二の言葉に吸い込まれるように当時を思い出していく。

「・・・・イヤァァァァァァァァァーッ・・」

　狂ったような叫び声を挙げる美貢・・・・
　裕二は、まだ美貢に触れる事を我慢した。