（４０）

−　年明け１月末　−

　披露宴会場

　先程、無事に鏑木と洋子の結婚式が終わり披露宴会場では挨拶や友人による歌や催しが行われていた。

「それでは、次に、鏑木君の後輩である香坂君と、同じく新婦、洋子さんの直属の部下である荒尾亜美さんによる楽器演奏をご披露して頂きます。」
「えぇっ・・・マジか・・」

　司会の言葉に鏑木と洋子は驚いていた。
　鏑木が小声で洋子に囁いた。

「ちゃ、ちゃんとやるのかな？」
「まさか、これ使って漫才やるのかも・・・」

　雛壇に並ぶ鏑木と洋子の前で、裕二と亜美がチェロとフルートを構えていた。
　裕二が、椅子に座る前にマイクを手に取り祝いの言葉を掛ける。

「鏑木補佐、洋子っ、本当におめでとう。今から二人のために亜美と僕の作った演奏をプレゼントしたいと思います。チェロとフルートという変な組合せですがこの日のために、懸命に練習してきました。下手ですけど聞いてください。」

　鏑木と洋子に限らず、裕二と亜美が楽器演奏をするとは、招待されたセンター員も初めて知った事だった。
　裕二が椅子に座り亜美が、その隣りに寄ると一斉に会場が静まり返った。

　裕二が、チェロを構えて弦を静かに当てていく・・・・
　半信半疑で聞いていた鏑木と洋子も裕二の弾くチェロの重低音に引き込まれていった。

「上手じゃねぇーか・・・なぁ、洋子・・」

　洋子は、頷きながら二人の演奏に耳を傾ける。
　チェロの音色から奏でる包むような音が会場全員の心にも染み渡っていった。
　物語風に演奏する裕二の合図で亜美のフルートが静かに混同していく・・・・・

　幻想的な演奏に加え、まるで、その風景が目に浮かぶような見事な曲に全員が心の底から感動していた。

　鏑木と洋子は、演奏する裕二と亜美をじっと見つめていた。
　洋子の瞳から銀色に輝く雫が一つ二つと頬を伝っていく。

　鏑木も、裕二と亜美を見て目を熱くしていった。

（香坂・・・亜美君・・・・・・ありがとう・・・・）

　洋子も涙で歪んで見える裕二と亜美を視線を反らすことなく見つめていた。

（亜美・・裕二君・・・・ありがとう・・・ありがとう・・・・）

　そして、二人の演奏は静粛に鮮やかに煌びやかに終わった。
　一斉に拍手が沸き起こり、鏑木と洋子も席を立ち上がって二人に拍手を送った。

「香坂、亜美君、素晴らしかった。」
「裕二君、亜美・・・・・・」

　ハンカチで目頭を押さえる洋子に裕二と亜美が言葉を掛けた。

「補佐、洋子・・・・・お幸せにっ！」
「係長、ずっと、ずっと補佐と幸せでいてください。」

　洋子は、涙で声にならない。
　その姿を見て会場から一段と拍手が渦をまいていった。

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　裕二と亜美は、国際線のロビーで鏑木らと談笑していた。
　先程、鏑木と洋子の披露宴が終わり、部下のセンター員で見送りに来ていたのだ。

「係長、もう化粧し直しました？」

　亜美は、ずっと、泣いてばかりいた洋子をからかうようにちょっかいを掛けていた。

「５回も化粧を直したわよ。我ながら、よく泣いたものだわ。」
「係長でも泣くのねって翔子たちと話したんですよ。」
「な・・・亜美っ・・・私だって涙ぐらい流すわよ。」
「でも、泣き過ぎですよ。式で泣いて、指輪はめてもらって泣いて、友人挨拶で泣いて、お母様に花束あげて泣いて、補佐とキスして泣いて・・・・えぇーと・それから・・」
「亜美、もう、それ以上言わないで・・・お土産買ってこないわよ。」
「あぁーん、係長ぉ、ちゃんと買ってきてくださいね。」
「でも、裕二君のチェロと亜美のフルート演奏は感激したわ。」
「でしょ、でしょ！」
「あんた達が、まさか楽器を演奏するなんて知らなかったんですもの。」
「ちゃんと練習したんですよ。」
「亜美、・・・本当にありがとう。凄い思い出になるわ。」
「係長・・・・」
「亜美たちの結婚式の時は、私が感動する歌を歌ってあげるからね。」
「・・・え、そ・・・それはいいです。」
「な、なんでよっ！」
「だ、だって・・・・」

　二人の会話に、同僚の西田が話しに割って入ってきた。

「シンディ、お前が歌うと感動じゃなくお笑いになっちまうぞ。」

　洋子が怒った顔で西田に突っかかった。

「補佐っ、それは、どういう意味ですか？」
「鏑木から聞いたんだが、高校の卒業式の時、仰げば尊しを歌ってたら途中から歌詞と曲が蛍の光に替わっちまうくらいの音痴だって聞いたぞ。」

　洋子が、顔を真赤にしながらか、ソッポを向いた。
　その事を初めて聞いた亜美と翔子は声を出して笑っている。

「フンッ・・・・じゃ、お笑いで思い出を作ってあげるわ。」

　遂に大声で笑い出す亜美と翔子・・・
　洋子は真赤な顔をして二人を叩き始めた。

　一方、裕二は、鏑木から何やら耳打ちをされて驚きを見せていた。

「ほ、本当ですか？」
「ああ、もう２ヶ月も来ていないんだ。」
「補佐、おめでとうございます。」
「いや、まだ判らんがな。」
「という事は今年中に２世誕生ですね。」
「ああ、だと嬉しいんだが。」

　その時、フライトの放送が館内に響いた。
　センター員が、鏑木と洋子を取り囲んでいく。

「鏑木補佐、加納係長、気をつけて行ってきてください。」
「翔子、今日から加納じゃなく鏑木洋子よ。」
「あぁーっ、そうでした、すいません。」
「フフッ。翔子・・・ありがとう。」
「思う存分エッチしてきてくださいね。」
「な・・ば、馬鹿っ、大きい声で言うんじゃないわよ。恥かしいじゃない。」
「す・・すいません。」

　みんなは声を出して笑いだす。
　さすがの鏑木も赤面していた。

「係長・・・・・楽しい思い出を作ってきてください。土産話を楽しみにしてます。」

　翔子の声にセンター員も声をあげた。
　鏑木が笑顔で応える。

「翔子君、みんな、ありがとう。西田、ちょっと留守をするが宜しく頼む。」
「鏑木、任せておけ。」
「迷惑掛けるが済まんな。」
「何、言いやがる。去年は俺の新婚旅行で、お前に迷惑掛けたんだ。任せておけ。」

　鏑木は、笑顔で西田と握手をした。

「さ、乗り遅れるぞ。」
「ああ。」

　鏑木は、洋子と共に搭乗カウンターに歩いた。
　後ろを振り向いて手を振る鏑木と洋子・・・・

「係長、凄く綺麗だわ。」
「ああ、そうだな。」

　亜美が、二人の姿を見ながら裕二の手を握ってきた。

「俺たちも秋には・・・・・な。」
「・・・・ええ。」

　２０分後、鏑木と洋子を乗せた飛行機が離陸していった。
　最後まで残った裕二と亜美は、二人を乗せた飛行機が見えなくなるまで空を見上げていた。