（４１）

−　週明け　−

「西田っ、香坂っ！」
　
　第一課長の京本が情報担当の西田と裕二を呼び寄せた。

「はい。」

　二人が、課長席に行くと京本は険しい顔で二人に仕事を伝える。

「建設の蛯原専務の娘さんが拉致された。」
「えぇっ！」
「今、行っている建設事業に絡んでいる事なんだが・・・・」

　建設とは、太平洋建設で、現在、専務の蛯原が率いるプロジェクトチームが１２年計画で行っている全国最大規模の環境研究センターの建設事業だった。
　共同企業体として、他社の主導も兼務する太平洋建設に槍を入れた会社があるのだろう。

「これは政府依頼の仕事だ。今回の事業で首長を務める蛯原さんを落とせば、第二業者の大山建設に肩代わりされる。まだ３年しか経っていないからな。」
「では、必然的に拉致した相手は、大山建設・・・」
「ところがだ・・・・困った事に・・・・警察に言えない事情がある。」

　裕二と西田が京本の次の言葉を待った。

　京本の説明によると、拉致された娘は、次女の聖子で企てたのは、姉、美咲であった。
　蛯原は、前妻が病死し、まだ７歳だった長女の美咲を連れ子として２年後に、同じく連れ子を持つ、現妻、明美と再婚したのだが、それから美咲の性格が一気に激変していく。
　父である蛯原は、後妻の子である聖子を可愛がり美咲には冷たく当たっていた。
　美咲は、十数年も我慢をし続け、遂に昨年、家を出てしまったのである。

「つまり・・・蛯原専務の長女、美咲が、ある男と共謀して拉致してると思われる。」
「えぇーっ！」
「恐らく、専務に対する恨みなんだろう。自分が本当の娘であるのに、連れ後である聖子ばかりを可愛がって自分を攻め立てていた事を。」
「・・・なるほど。」

　西田が、京本に質問をした。

「しかし、我々が出る幕ですか？」
「長女の美咲さんが聖子を帰してほしくば、共同企業体の主導を大山建設に明け渡せと要求しているらしいんだ。」
「何者かの入れ知恵・・・ということですか？」
「そのとおり。既に判っている。大山建設の事業推進部長、柴田健三だ。」

　西田が任務を理解した。

「課長、わかりました。指揮は私がとります。」
「んむ、頼むぞ。」
「はい。」

　さすが、補佐を務めるだけあって西田は飲み込みが早かった。
　京本が、それ以上、詳しく話さずとも間違いなくセンターのやるべき任務だと。
　西田と裕二は、デスクに戻って作戦を開始した。

「香坂、とりあえず長女が柴田にそそのかされてる可能性は大だ。」
「ええ、そうですね。」
「まず、俺は居場所を突き止めよう。次女も一緒のはずだ。お前は、太平洋を名乗らずに柴田を落としてくれるか？」
「解りました。」
「程度は、上限無しでいい。」

　西田の言葉に、裕二の眼が光った。

「解りました。任せてください。」

　裕二は、早速、データ収集のために調査係に足を運んだ。

「慶子君、調べて欲しい事がある。」
「はい。」

　来栖慶子は、鏑木の下で働く調査係の主任だった。
　調査係長は、鏑木が兼務しているため、直接の事務は主任である来栖慶子が担当していた。

「大山建設の推進事業部長、柴田健三を洗ってくれ。私生活から全てだ。」
「解りました。」

　裕二は、業務係に行くと課長の野口に今件の説明をし協力者を依頼した。

「なるほど、そういう事か。困ったもんだな。」
「課長、一人、業務係の者を貸してください。洋子がいれば彼女に頼むんですが。」
「よし、お前の婚約者を貸そう。」
「え・・ええっ？」
「何だ、嫌か？」
「い、いえ、嫌ではありませんが・・・・出来れば男性職員を・・・」

　横で話を聞いていた亜美が二人に近づいてくる。

「裕二・・・・あ・・香坂係長、私では、役不足ですか？」
「いや、そ、その・・つまり・・」

　野口が笑いながら裕二に言い放った。

「香坂、基本的に、センター員は全員優秀だ。亜美君も来年は主任だ。一緒にやってみろ。」
「は、はぁ・・・・」

　裕二は、渋々、野口の意見に了解した。

　センターの駐車場に降りた裕二と亜美が車に乗り込む。

「裕二さん、嫌な顔していたわね。私じゃ駄目かしら。」
「何、言ってんだよ。俺が懸念したのは、危険と思ったからさ。大山建設は荒くれが多い。亜美にもしものことがあったら。」
「じゃ、裕二さん、係長ならいいわけ？」
「は・・いや、その・・洋子は、強男をぶっ倒すくらい強いし・・・」
「・・・・・・裕二さん・・・もう忘れたの？」
「え？」
「結婚前は、得てして危険を避けたがるって。」

　裕二は、亜美の父、康平に貰った助言を思い出した。
　躊躇する時期が一番成長しない。
　仮に大切な婚約者だとしても、そこを掴めないと心を置く事が出来ないといわれた事を。

「・・・・・・そうだな・・・・・そうだよな。」

　裕二は、真っ直ぐ駐車場の出口を見ながら独り言のように呟いた。
　そして、亜美に振り向くと瞬間に唇を合わせて言い放った。

「頼むぜ、相棒っ！」
「フフッ、何でも言って。業務・カ・カ・リ・チ・ョ・ウ」

　裕二は、軽く亜美の頭をコツくとエンジンをふかしアクセルを踏んだ。

　裕二と亜美は、共同企業体のある事務所に足を運んだ。
　この事務所は、駅隣りの産業会館の７階にあり各企業が一同にして会議や計画を練っていく事務所である。

　裕二が、亜美と共に事務所のあるフロア−に足を運んだ。
　ちょうど太平洋建設の社員で裕二と同期の川合が煙草を吸って休憩していた。

「川合っ。」
「・・・・こ、香坂か。・・どうしたんだ、こんな所に。」
「ああ、仕事だ。」
「仕事？」

　川合が、裕二の隣りにいる亜美を見た。

「こちらは？」
「ああ、センターの部下で俺の婚約者さ。」
「な、何だと。・・・クッソォー、貴様、こんな美人を・・・許さんっ！」

　亜美が川合の言葉に照れを見せながらもクスクスと笑いをあげた。

「はは、そんな話は後だ。実はな・・・・」

　裕二は今回の一件を、川合に説明し始めた。

「なんだとぉっ！」
「つまり、内輪ごとだ。しかし、非常にやばい事でもある。」
「た、確かに・・・な。」
「大山建設の柴田は、よく来るのか？」
「ああ、週一で顔を出している。なんせ、事業推進の部長だからな。言ってみれば直接責任者だし。しかし、太平洋を差し置いて大きな顔をしてるぜ。他の企業の連中もけむたがってるぞ、何様のつもりなんだってな。で、奴がどうしたんだ。」
「その、柴田が、お前んとこの専務の長女をそそのかしているんだ。」
「なんだとぉー。」
「奴の行動範囲を知りたい。」

　川合は、周りを見渡すと裕二と亜美を小会議室に誘った。

「まぁ、座ってくれ。」
「ああ。」

　川合は、缶コーヒーを冷蔵庫から取り出し裕二と亜美に手渡した。

「香坂、実はな、かなり前から変な噂が飛び交っているんだ。」
「ほぉぅ・・・というと？」
「大山建設は、元々、事業に対して荒っぽい事をやる会社なんだが、決して法を犯したりはしない。言ってみれば踏む手順は正等だ。しかし、ある部署だけが幹部も目をつむっているらしいんだよ。」
「・・・それが事業推進部・・か。」
「ああ、その筆頭が柴田だ。」
「具体的には？」
「あくまで噂だが、酒、女、贈賄、買収、なんでもやっている。」
「・・・なるほど。つまり仕事を取るためなら手を選ばずということだな。」
「ああ。・・それに私腹も肥やしている。」
「・・・・・だろうよ。」
「しかし、頭がいい。いや、ずる賢い。」
「んむ・・。」
「奴に、まとわりつく噂は尋常じゃねぇぞ。恐らく社外にも強力バックがいるんだろう。」
「だろうな。」
「だろうなって・・・おい、香坂、わかってんのか？」
「川合、俺は中央管理センターの人間だぞ。」
「・・・あ、・・・・・そうだな。」
「奴のバックなど俺には関係ない。」
「しかしだ・・・自分を守るためには手を選ばんぞ。」
「ん。解ってる。」
「香坂、俺はどんな事でもお前に協力するぜ。あいつが担当になってから業務の進み具合が悪いんだ。」

　裕二は、川合の言葉に納得をした。
　主導を大山建設が手にするまで、この状態が続くであろうことを。

「川合、なるべく情報をくれ・・・頼むぞ。」
「ああ、任せておけ。」

　裕二は、席を立ち上がった。

（こりゃ、厄介になりそうな感じがするぜ・・・）

　裕二と亜美は、産業会館を出ると一旦、センターに戻る事にした。
　しばらく無言だった裕二が亜美に呟いた。

「亜美・・・気を締めていけ。」
「・・・ええ。」

（４２）

　裕二と亜美は、センターに戻るとちょうど西田と廊下で出くわした。

「おう、香坂、ちょうどよかった。」
「あ、補佐・・。」
「実はな、違う疑問が沸いてきた。。」
「・・・・と・・いうと？」
「専務の奥さんの挙動が不信なんだ。」
「え？」
「つまり、次女が拉致されているというのに出歩いてばかりなんだ。」
「・・・・どういう事ですか？」
「聞いて驚くなよ。」
「え、・・ええ・・・」
「大山建設の柴田と一緒にいるところを何度か目撃されているらしい。」
「なんですってっ！」
「たぶん、たぶんだが、長女は利用されているだけで、実は次女と、そして、柴田と３人でツルんでいる可能性が非常に高いと思う。」
「という事は・・・・・・・偽装・・・ですか？」
「・・ああ。もしそうだとしたら専務と長女がヤバイ。柴田は、事が終われば奥さんと次女も用無しだからな。」
「それに奥さんと次女も気付いていないんですね。」
「ああ、そのとおりだ。うかうかしておれん。香坂、急いでくれ。」
「はい。」

　裕二は、慶子の所に慌てて足を運んだ。

「慶子君、どうだ？　柴田をどれくらい調べられた。」
「あ、香坂係長・・・大体ですが集めておきました。」

　慶子は、仕上げをタイプするとプリントアウトして裕二に資料を渡した。
　裕二は、柴田健三の詳細に目を通していった。

（こ、こりゃ・・・・やってやがるな・・・）

「慶子君、専務の奥さんと次女の聖子も調べ上げてくれ。」
「ええ、あ、はい。解りました。」

　裕二は、慶子に礼を言ってデスクに戻った。
　亜美を呼び寄せる裕二・・・

「亜美、この資料を読め。」

　亜美は裕二から受け取った資料を隈なく見ていく。

「裕二さん、こんな男が、よく一流企業に・・・」
「いや、少なからず何処でもいるさ。ただ、コイツはやりすぎだ。」
「どうするの？」
「ふ、知れたこと・・・・コテンパンにしてやるぜ。」

　裕二は、遠藤の許可を得るため所長室に向かった。
　裕二から説明を受け苦笑いをする遠藤・・・

「裕二、で、どうするつもりだ。」
「まず、徹底的に調べますが、柴田と専務の奥さん、次女の聖子は、まず間違いなくグルです。主導が完全に大山建設に行き渡った後、報酬を手に入れ、後はなすがまま・・という事は目に見えてます。」
「ふむ、で、俺に許可しろと？」
「はい。」
「何処までやるつもりだ。」
「・・・・・非社会的征伐を・・・・・。」

　遠藤は、裕二の眼を見据えると心を覗くように観察していった。
　裕二は遠藤から眼をそむけずに視線を受ける。

「ククッ・・・裕二、お前は、うちのエースだ。・・やってみろ。手は打っておく。」
「はい。ありがとうございます。」

　裕二は、頭を下げて所長室を出ると、再度、西田と亜美３人で作戦を練り始めた。

−　３日後　−

「香坂係長、専務の奥さんと次女の聖子さんの資料です。それから、柴田健三の資料も追加しておきました。」
「サンキュー。」

　裕二ら３人は、会議室で最終の作戦を練り上げていた。

「この３人は、とんでもねぇーな。」

　西田が怒りを込めるように言い放った。

　専務夫人の明美は、連れ子である次女、聖子と共に蛯原が持つ財産全てを横取りする計画でいたのだ。
　再婚してからは、淑女を演じていたが、元々、財産目当てに蛯原に身を投じたといっても過言ではなかった。
　事実、多忙な蛯原は帰宅が遅く休日も接待やゴルフで家を空ける事が多い。
　それをいい事に、元来、男好きの明美は、浮気も頻繁で金に物を言わせて若い男と出歩く事が多く豪遊を繰り返していた。

そして、娘、聖子も陰険､悪質な性格で就職するでもなく、金をこまねいては、男と遊び歩き、遊ぶ金が無くなっては、父、蛯原に媚びて小遣いを自由に手に入れていた。

　そして、柴田は、そんな専務夫人の明美を偶然にも夜の町で見かけ声を掛けたのが始まりだったのだが、驚く事に共同企業体として主導を握る蛯原専務の女房と聞いて悪知恵を働き始めた。
　後は、誰もが察するように陰謀と策略を計画してきたのだ。

「裕二、じゃ、今件は、あくまで強攻でいくわけだな。」
「ええ。柴田、そして専務婦人と次女に直接口を割らせます。」
「よし、解った。・・・じゃ、俺が直接、大山建設に脅しを掛けよう。」

　亜美が驚いて西田に声を掛けた。

「ほ、補佐、それは、かなり危険じゃ・・・」
「亜美君、香坂が、ここまでやるんだ。上司の俺が下駄を揃えてやらないとな。」

　裕二は、西田の言葉に感謝した。
　西田が、大山建設の幹部を差し込んでくれれば、裕二は好きなように事を進められる。

「補佐、ありがとうございます。」
「気にするな。で、まずはどうする。」
「柴田と専務の奥さんは、相談のために定期的に密会します。まず、原始的なやり方ですが盗聴をして証拠を掴みます。」
「んむ、それで？」
「後は一人一人、口を割らせようと思いますが。」
「わかった。俺は、大山建設の幹部に脅しを入れる。太平洋グループを怒らせると、どうなるかをな。」

　３人は、作戦を確認し、早速、行動に移した。

　２日後、亜美が柴田と専務夫人､明美の会話の盗聴に成功した。
　そして、長女､美咲が反対に聖子に拉致されている事も。

「なんだって。」

　裕二と西田が亜美の報告に驚いた。

「場所もわかりました。西港にあるマンションです。」
「補佐、どうします。」
「長女には気の毒だが今は踏み込めん。まず柴田と専務夫人の口を割らせないと。」

　その時、調査の慶子が走りよってきた。

「香坂係長、昨日頼まれた件ですが万事ＯＫです。専務夫人も今、家を出ました。例のクラブです。」
「わかった。補佐、今から､早速動きます。」
「んむ､頼む。」

　既に、１７時を回っている。裕二は、亜美と共にセンターを出た。

「裕二さん、私は何をやればいい？」

　裕二は、眼を瞑って暫し考え込んだ。

「亜美、・・・・危険かもしれないが柴田と接触してくれないか。」

　裕二は、亜美を見て言葉を発した。

「裕二さん、私は貴方のもの。貴方が考えた事なら信じるわ。遠慮しないで。」
「亜美・・・・・」
「ね、どうすればいい？」
「・・・・真央さんに､協力してもらおうと思っている。」
「真央さんに？」
「ああ。柴田を拷問に掛ける。」
「き、危険だわ。・・・・・裕二さん・・・賭けね。」
「時間がない。長女の美咲さんの命が危ないんだ。」
「・・・・わかったわ。」
「亜美は、柴田を上手く誘ってフェニックスに来てくれないか？」
「柴田が行く店は、駅裏のスナックね。」
「ああ、必ず一人のはずだ。」
「解ったわ。裕二さんは？」
「俺は、蛯原専務の奥さんを狙う。彼女は、湾岸線添いのホストクラブにいる。既に店の店員には、慶子君が手をうった。そしてフェニックスに誘うつもりだ。」
「フェニックスで落ち合うわけね。」
「ああ。後は、携帯とインターコムで連絡をとろう。」
「うん、わかった。」

　亜美は､裕二の言葉に頷くと柴田が来るであろう駅裏のスナックに向かった。
　裕二は、真央に電話を掛けて協力を依頼した。
　亜美が上手く誘った柴田を真央の責めで拷問に掛けようとしたのだ。
　当然、専務夫人にも口を割ってもらうつもりだった。

『任せておいて。香坂さんの頼みなら全面的に協力させてもらうわ。どんな男だろうと、私に掛かればイチコロよ。ただし人殺しは嫌よ。』
「口を割らせるだけさ。」
「ヨォーシ、久々に注文なしで男を虐められるなんて最高っ！　任せて、香坂さん。」
「真央さん、すまん。」
『何言ってるのよ。私は、貴方の女といっても過言じゃないのよ。』
「そ、そんな・・・」
『フフッ・・・ま、それ以上は想像しないで。私も照れるからさ・・・。で、香坂さんが連れてきた女性はどうするの？　部屋を用意しておく？』
「ああ、できれば。」
『一人、凄腕のサドがいるけど付けようか？』
「ほぉぅ・・いいな、それ。」
『健太郎っていうんだけど、私の弟分なの。凄い責めをするわよ。香坂さんも勉強になるかもよ。落ちない女はいないんだから。』
「へぇ・・・頼もうかな。」
『ＯＫ、今日一日、空けさせておくわ。』
「真央さん、すまん。」
『水臭い事を言わないでよ。私と美貢の恩人なんだから。じゃ、待ってる。』

　真央はそう言うと勝手に電話を切った。

（真央さん、恩にきるぜ。）

　裕二は、急いで湾岸線添いにあるホストクラブに向かった。