（５３）

　相変わらず、ジョンは、女を甚振っている。
　他の連中も迫真の演技に熱中していた。

「香坂、縄を解け。」
「はい。」

　裕二は、後ろに回されて縛られている腕の肘を柱に強く当てて歯を食いしばった。
　２、３度、体重をかけて肘の間接を外す。

（ググーッ・・・）

　何とか右の掌を動かせる状態になった。
　ジョンが、女の口に肉棒を突っ込み腰を動かしている。
　女は、涙を流して入るものの容易に喉下まで受け入れていた。

（・・・素人女は、あんな事は出来んな・・・）

　裕二は、そう思いながら必死で指を動かした。

（よしっ・・・）

　マーベラスの連中には、まだ気付かれていない。
　裕二は、もう一度壁に肘を当て外した関節を元に戻す。

（ゥゥゥ・・グガッ・・）

　裕二は、ロープを握ったまま様子を伺った。

「か・・・鏑木さん、ＯＫです。」
「よし。俺のネクタイピンが、小型ナイフになっている。」
「了解っす。」

　裕二は、チャンスを窺った。
　一番近くにいるディックとの距離が約５メートル・・・

（よし、十分だ。）

「鏑木さん、ネクタイピンのナイフを取ったら手に渡します。」
「解った。」

　裕二は、ロープを落とすと鏑木に近づき咄嗟にネクタイピンを外して鏑木の手の平に握らせる。
　ディックが、すぐさま気付き裕二にキックを見舞ってきた。

「この野郎ぉぉぉーっ！」

　しかし、裕二は、ギリギリではあったが両手でブロックをし、それと同時に前蹴りを繰り出した。
　腰部をかするもディックは、間一髪で裕二の蹴りをかわした。

　他の連中も事に気付き、勇んで裕二らを取り囲んだ。
　ディックが、苦笑いをしながら喋りだす。

「なるほど・・・さすがだ。我々の調査どおり君らは凄い。」

　鏑木は、ロープを切るとナビポイントの緊急ボタンを押した。

「香坂、所長に連絡を入れた。」
「解りました。来るまで何とか凌ぎます。」

　ディックが、目で合図を送った。
　裕二と鏑木を連れてきた大男のヘインズが前に出てくる。

「ヘインズ、遠慮はいらない。香坂君の相手をしてあげたまえ。」
「イエッサーッ！」

　英語で答えたヘインズが裕二の前に立ちはだかった。
　じっくり見ると、まるでプロレスラーのようだ。
　裕二も身長は、１８０を超えているが更にそれよりも高い。

「悪く思うなよ、ベイビィー。」

　そう言って近づくヘインズを裕二は、見据えると細く長い息を吐きながら肝に力を溜めていった。
　そして、手のひらを開き、腕の力を完全に抜いていく。

「？」

　ヘインズは怪訝そうに目を顰めながらも裕二の顔面を目掛けてパンチを繰り出した。

　その瞬間、裕二は、ぶらついた手をそのままムチのように、ヘインズの目に当てた。
　ヘインズが、呻き声を上げて目を手の平で覆う。

「グガァァァ・・・・み、見えない・・・」

　そう言った瞬間、裕二の膝がヘインズの肝臓に深々と食い込んだ。
　更に頚椎に肘を打ち込むとヘインズは、声も出さずに床に倒れこむ。
　ディックが、驚いた顔でヘインズと裕二を交互に見ている。

「２秒か・・・香坂、まあ、まあだな。」

　鏑木が冗談っぽく拍手をしながら口笛を吹いた。
　余裕を見せる事で連中を混乱させようとしたのだ。

「・・・なるほど・・・・・大したものだ。・・トミーっ！・・いけっ。」

　次も裕二らを連れてきた男だ。身長は、裕二よりも低い。
　しかし、バタフライナイフをまるでショーを見せるように巧みに操りながら笑いながら裕二に近づいてくる。
　裕二が、すかさずスラックスの裾を捲り鉄の棒のようなものを２本出した。
　男が不思議そうな顔をしてそれを見る。

「見た事が、ないだろう。これはサイといって俺用に改造したものさ。使い方を見せてやろう。」

　裕二の言葉にたじろぐことなくトミーが、バタフライナイフをかざしてきた。
　裕二は、軽くサイで受け流すと瞬間に腕側に回転させてトミーの肩に振り下ろす。
　鈍い音を立てて肩が鳴った。外れたようだ。

「ウガァァァァァ・・・」

　それでも裕二は、手を抜かない。
　そのまま、膝にローキックを思いっきり蹴りこむとトミーの膝が逆を向いて折れた。

「ギャァァァァー・・・・」

　再び、鏑木の拍手と口笛が鳴り響く・・・・

「ディックさんよ、部下は優秀なんじゃねぇーのか？」
「・・クッ・・・」

　そこへ、遠藤と西田が、裕二らの名前を叫んで飛び込んできた。

（５４）

「鏑木ぃーっ！」「裕二っ！」
「所長・・・」
「大丈夫かっ。」
「ええ、なんとか。」

　鏑木が、遠藤に簡易に説明をした。

「ふむ、・・・・なるほど、解った。」

　遠藤が、倒れている二人の男を見据えながら声を出す。

「あんたが、ディックさんか。」
「これは、これは、太平洋グループのセンター長・・遠藤博さんですね。」
「ほぉぅ、さすがに調べてあるな。」

　黒人のサムが、女の髪の毛を鷲掴みにしているのに気付いた鏑木が声を上げた。

「おい、その女は、お前らの仲間だろう、若しくは調達したプロじゃねぇのか。」
「さすが、見抜きましたね。」
「当然だ。太平洋グループのセンター員を舐めるんじゃねぇ。」

　遠藤は、鏑木とディックの会話を顔を顰めて聞いていた。
　ディックが、遠藤に喋りかける。

「ご用件はわかっているはず。我々も直ぐに帰国したいんです。」
「なるほど、そうでしょうな。しかし、おいそれと渡すわけにはいかんですな。このチップの中身には、我が太平洋グループを狙うための計画と詳しい資料が書き込まれている。うちだけではない。日本国内のトップ企業の名前もある。」
「太平洋は、除外するといったら。」
「そんな話を信用すると思うかい。たかが一部所の責任者の言葉を。」
「話合いでは、埒があかないようですね。」

　その、言葉で遠藤が身体中から殺気を振りまいた。
　一気に部屋の空気が緊迫感で充満していく。
　そして、ディックの顔色が変わった。

（・・・こ、この男・・・・かなり・・）

　ディックの心を読み取ったのか遠藤が言葉を吐いた。

「今日のところは、このまま失礼する。」

　そう言うと西田が横から遠藤に具申した。

「所長、・・・・所長と裕二がいればこいつらを・・・」

　遠藤が手を上げて西田の言葉を制止した。

「行くぞ。」

　遠藤は、空き部屋のドアを開けた。
　４人を追おうとするマーベラスの連中もディックに制止させられる。
　後ろを警戒しながら、渋々、遠藤の後を追う３人・・・・
　３人は、妙に遠藤の背中に怒りが浮いているような感じを覚えた。

　終始、無言でセンターに戻ると遠藤は、３人を所長室に呼びつけた。

　部屋の空気が重い・・・・
　中に入った時点で３人は、そう身体に感じていた。

　デスクの椅子に座る遠藤は黙っている。
　３人の視線を感じた遠藤が、鏑木と西田、そして裕二を威圧し始めた。
　裕二の眼を刺すように凝視していく・・・
　裕二は、まるで蛇に睨まれた蛙状態だった。
　いや、裕二だけではない。
　横にいる鏑木や西田も背筋に悪寒を感じるほどの迫力だった。

（・・・グッ・・・・おかしい・・・・息が苦しいぜ・・・。）

　鏑木も香坂も表情には出さないが、こめかみに冷たいものを感じている。
　西田は身体が硬直していた。
　遠藤が３人の心境を読み取って口元に僅かに笑いを見せた。

　椅子から立ち上がると並んでいる３人の前にゆっくりと近づいて行った。
　デスクに腰を落とし腕を組む遠藤・・・・
　一呼吸、置いたあと諭すように喋り始めた。

「いいかっ、お前ら、よく聞けよ。腕力も必要さ。分析する力も確かにいる。しかし、お前らは表に出しすぎなんだ。脳ある鷹は確かに爪を隠すんだよ。俺たちセンター員は、まさに、こうでなくてはいかんのだ。解るか意味が。」
「・・・・・・は・・・・・はぃ・・・」
「さっきのビルで、お前らは、向こうのボス、ディックの駆け引きにまんまと引っかかる所だったんだぞ。香坂は相手に致命傷を与えた。鏑木は、実力を誇示する発言をし、西田は、倒そうと俺に言った。」
「・・・・・・・」
「共にする部下を迷わしてはいかんのだ。弱音を吐く事も絶対に禁物だ。」
「・・ゥ・・」
「いま、俺がお前らを威圧した時に全身に恐怖が走った。そうだろう。」
「・・・は・・はい。」
「お前らも、それなりに迫力があり、対人を威圧できる力を持っている。しかし、上には上がいる。自分より強い相手にそれを受けると自分の成長にも繋がっていく。それは、お前らも経験した事があるはずだ。」
「・・・・・・・」

　遠藤が、所長室の窓を開けて外を眺めた。
　煙草に火を付けると、再度３人に振り向く。

「今朝、グループ本社の荒尾常務の所に、この件の事で相談に行ったんだ。京本と野口を連れてな。すると常務が俺だけを残して二人を外に出した。」
「・・・？」
「荒尾常務は、最後までずっと外を向いて背を俺に向けたままだった。」
「・・・・・？」
「こう言ったよ。センターの長を務めるものが部下を連れて相談か・・・と。」
「・・・・・」
「ずっと、黙ったままだったが、俺も、今のお前らと同じ状態だった。そう、全く動けなかったんだ。」
「・・・・・・・」
「つまり、センター長を務める者は、どんなに過酷で苦しい状況でも、その姿を部下に絶対に見せてはいかんという事だ。野口と京本を連れて行ったことで、困っているという事を気付かれるだろうと。」
「！」
「太平洋グリープのセンター長は、一国一城の主だ。そして、太平洋グループ全体の心臓部でもある。」
「・・・・・・」
「しかし、心臓を動かすには酸素がいる。血管も必要だし栄養や血そのものもだ。それは、お前ら各担当が賄っている。センターという心臓を止めないためにな。」
「しょ、・・・所長・・・・」
「今、俺は、お前らに俺の恥を話した。何故話したか意味は解るな。」
「・・・はいっ！」
「さ、行けっ。」

　遠藤が、灰皿に煙草を揉み消した。
　遠藤の脳裏に、午前中の康平とのやり取りが浮かんでいた。

「遠藤・・・・・全てに万能な奴なんて絶対にいない。」
「・・・はい・・」
「何でも無難にこなす優秀な奴しかセンター長になれないのなら、俺やお前は、センター長にはむかない。務めるのは無理だろう。」
「・・・・・・」

　康平が、やっと遠藤に振り向いた。

「遠藤、リーダーシップの条件は何だ。言ってみろっ！」
「・・・視野の広さと判断力です。」
「解ってるじゃないか。・・・・あと一つ付け加えるならば、極限での精神力だ。」
「！」
「今日、お前は、俺に甘えた。出来るにも関わらずだっ。・・・それが隙になる。」
「はい。」
「孫子の兵法に、こんな言葉がある。鷲鳥の疾くして毀折するに至るは、節なり。つまり、鷲のような猛禽類が素早く敵を襲って首をへし折るのは一瞬の事だ。」
「・・・・・」
「瞬間的な行動力の事さ。リーダーも同じだ。極限に置かれた時に出す命令を間違うと部下もろとも沈む。いかに的確で素早い判断を部下に示せるかだな。」
「・・はい。」
「いくら頭脳が優秀でも、これがないと無理さ。お前にはある。だからセンター長なんだろう。」
「・・じょ・・・・・・・常務・・・・・・恐縮です。」

　・・・・・遠藤は、回想しながら、目を瞑ってデスクに手をついていた。

（常務・・・確かに常務から俺に・・・俺から、あいつらに伝わりました。）

　遠藤は目を閉じたまま僅かに笑顔を見せた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「鏑木・・・・所長の話・・・・堪えたな。」
「ああ・・・全くだ。」

　二人の会話に、裕二も応える。

「俺も反省しています。いくら、その場を無難にこなしても、それが原因で違う問題を作ってしまいかねないですからね。」
「常に先を考えよう。何種類、いや何十種類のシュミレートを頭に描いておくんだ。」

　鏑木の言葉に、裕二と西田も頷いた。

　２日後、研究所からチップの改造が成功しセンターに送られてきた。
　太平洋関連の情報だけをスクラップしたのだ。
　そして、京本、野口、美津子に与えた作業も、ほぼ終えようとしている。
　いよいよ、実行に移る時が来た。
　所長の遠藤が、センター員を集める。

「皆、聞いてくれ。今から俺を含めた遊撃チームが行動を起こす。」

　遠藤の言葉でセンター員に緊張が走った。

「この数日間で、マーベラスコーポレーションの全貌が解明できた。非常に手強い相手だ。社員も優秀で米国でもトップ企業だ。当然一筋縄ではいかない。しかし、向こうもそれを覚悟で社員を派遣した。いいか、遠慮はいらない。それは、向こうも承知だ。気を入れろっ！」
「はい。」
「それから今日、グループ本社からマーベラスに直接派遣する幹部職員が決まった。」

　センター員が息を飲んで次の言葉を待った。

「グループ本社の荒尾常務だ。既にアメリカに向かったようだ。」

　遠藤の言葉で、課長を始めとする役職らの顔に気合が入った。
　亜美も父、康平の顔を思い浮かべる。

（お父さんが・・・・・・）

「調査係の報告によると、日本に来ているマーベラス社の連中も動くそうだ。」
「・・・・」
「これは駆け引きだ。俺たちが負けると話も固まってしまう。気合を入れてくれ。」

　一斉に、センター員が散らばった。
　普段よりも全員の動きが速い。
　遠藤は、課長ら全員の役職者が例の話を浸透させた事を理解した。

（よしっ。）