（６３）

「ご苦労さん、気をつけて帰ってくれたまえ。」
「はい。失礼します。」

　亜美は、太平洋物産の専務に資料を渡すと部屋を出てエレベーターに乗った。
　時計を見る亜美・・・・

（早く終わっちゃったわねぇ・・・・）

　亜美は、受付を通り外に出ると車に乗りこんだ。
　ふと、今朝方の洋子の話を思い浮かべてしまっていた。

＜ええ、入るわよ。＞

（そうだ、裕二さんが、言ってた拡張器を買いに行こうかな・・）

　亜美の決断は早かった。
　さっそく、アダルトショップが頭に浮かんだのだ。
　亜美は、以前、フェニックスに着ていくため衣装を買った店に車を向けた。

　車を近くのパーキングに停めショップに入る亜美・・・

「いらっしゃいませ。」

　店内は、若いカップルが数組と、主婦であろう３人のグループに単独の男女が数人いた。
　亜美は、以前買った衣装の横に道具がある事を覚えていた。
　一目散に、そのコーナーに足を向ける。

（ある、ある・・モニターで見たものと全く一緒だわ。）

　亜美は、迷うことなくエアーポンプの拡張器を手に取った。

「ア○ル拡張ですか？」

　店の店員が、気軽に声を掛けてきた。
　びっくりしながらも、亜美は恥かしそうに小声で頷く。

「え、ええ・・」
「なら、薬用ジェルとプラグも数種類を購入しておいたほうがいいですよ。」
「そうなんですか。」
「プラグは、親指大から拳に近いくらいまでの物までありますが、男性の挿入目的だけなら、これくらいまでで十分ですけどね。」

　そう言って手にとって亜美に手渡す。

「あと、薬用ジェルは、痺れ薬も混ざっているので本番では使えません。プレーで使うジェルと、拡張のために使うジェルと種類が違うんですよ。」
「・・へぇー・・」

　亜美は、結局、店の店員の勧められるまま、拡張に必要なものを全て購入した。

「ありがとうございました。」

　亜美は、店を出ると急いでセンターに戻った。
　店員に貰った拡張方法の説明書を見つからないようにデスクで読む。

（へぇー・・・プラグは、一日中、刺したままなんだぁ・・・）

　亜美は、すかさずロッカーに行き、小さ目のプラグと薬用ジェルをポーチに入れトイレに入った。
　スカートを上げストッキングとショーツを下ろし洋式の便器に腰掛けた。
　ポーチを開き、ケースからプラグを取るとチューブ式のジェルを塗り込み、そっと菊門に当てる。

（うっ、冷たい・・）

　亜美は、ゆっくりとプラグを挿入した。
　ツルッ、っという感じでプラグが中に埋まっていく。

（イタタタッ・・・ッッ・・・ちょ、ちょっと、太かったかしら・・・）

　亜美は、ショーツとストッキングを上げるとスカートを下げトイレを出た。
　デスクに戻ろうとする亜美だが、妙に歩き難い。
　自然に腰が後ろへ突き出てしまうのだ。

（道具使って切れたなんていったら、恥かしくて病院にも行けないわ・・・）

　そう思いながらデスクに戻った亜美が洋子から声を掛けられた。

「どうしたの、亜美・・・腰でも痛いの？」
「い、いえ、大丈夫です。」
「そ、そう・・・」

　亜美は、椅子に座り書類を整理し始めた。

（・・ッッ・・・座ると一段と中に入ってきちゃうわ・・）

　洋子が、顔を顰める亜美を見て、再び心配そうに声を掛けた。

「亜美、本当に大丈夫なの？」
「え、ええ、なんともありません。大丈夫です。」

　洋子は、首を傾げながら事務を再開した。
　その時、思い出したように亜美に声を掛ける。

「わかったっ！・・・亜美・・・お尻の穴がいたいんでしょ・・・アハハッ・・」
「い、痛くありません。・・それに声が大きいですよ、係長・・」

　洋子は、笑いながら視線を書類に戻した。
　時間が経つにつれ、薬用ジェルの痺れる成分が効いてきたのか痛みも徐々に取れてきた。

（・・？・・・麻痺してきたのかしら・・・痛くないわ・・・・）

　その時、亜美は、課長の野口に呼ばれて席を立った。
　洋子が、すかさず亜美を見る・・・

（・・・れ？？・・おかしいわね・・・普通に歩いてるじゃない・・・）

　洋子は、不思議そうに首を傾げながら視線を戻した。

　昼休みに入り、亜美は、再度トイレに入ってプラグを確認した。

（抜かないと解らないわね・・・）

　亜美は、プラグの紐をそっと引っ張った。
　かなり抵抗があったが、難なく抜くことが出来た・・・
　亜美は、再度、プラグを挿入し、用を足してから食堂に向かった。

（あ、裕二さん・・・）

　裕二が、一人で昼食を摂っていた。
　亜美がトレーに定食を乗せて裕二の席に向かう・・・

「おう、亜美か・・・？・・・何、笑ってんだ。」
「フフッ・・」
「？・・・気味悪いな。」

　亜美は、小さな声で、午前中にアダルトショップへ拡張のため道具を買いに行った事を話した。

「えぇーっ！・・・マジか。」
「うん。」

　裕二は、素っ気なく返事をする亜美を見ながら味噌汁を口に運ぶ。

「もう、プラグをお尻に入れてるのよ。」

　亜美の言葉に、裕二が、味噌汁を勢いよく吹き出した。
　鼻からも汁が垂れ激しく咳き込んでいる・・・

「な、何やってるのよ、裕二さん・・やだ、鼻からワカメが出てるわよ。」

　裕二は、うつ向いたまま、まだ咳をしていた。
　周りの職員が、またしても、裕二かという目で注目している。

　やっと、咳が止まり落ち着きを取り戻した裕二が、ハンカチで口を拭きながら体裁悪そうに周りを見ると涙目で亜美を見て言葉を吐いた。

「・・・ったく、お前って奴は・・・思い立ったら、すぐ行動に移すんだな。」
「だってぇ・・・・でも、裕二さんも早く経験したいでしょ。」
「・・・・・・ま、確かに・・・・・・で、どうなんだ。感じは？」
「うん、ちょっと入れるとき痛かったんだけど、薬が効いてきて。」
「薬？」
「ええ。」

　亜美は、アダルトショップの店員に説明された事を全て裕二にも話した。

「ほぉぅ・・・で、今は痛くないわけか。」
「そうなの、麻痺してるのよ、たぶん。」
「ふぅーん・・・・・・ちょっと、刺さったところ見せてくれ。」
「何、馬鹿な事言ってるのよ、裕二さん・・・・」
「頼むっ・・・そこまで聞くと見ずにはおれんぞ。」
「夜、見ればいいじゃない。それに、ここじゃ、無理よ。」
「・・・・・・・チェッ・・・」

　裕二の、ふてくされた顔に亜美も笑いが込み上げてくる。

「裕二さん、センター職員は忍耐も必要よ。」
「けっ、なまじ話を聞いたばっかりに・・・」

　裕二は、味噌汁を茶碗にぶっ掛けて口に掻き込んでいった。

「ところで、裕二さん、マーベラスから来る派遣職員の女性、私も昨日、見させてもらったけど凄い履歴ね。」
「ああ、ハンパじゃねぇーな。」

　メアリー・ブライアン　３０歳女性　
　ハーバード大学卒業後、同大、管理経営博士課程を修了しマーベラス・コーポレーションの前身、マービン貿易に入社、２０代で、管理部チーフになりＭＣ中央情報管理システムに引き抜かれる。

「裕二さん・・・」
「ああ、解ってる。今のところマーベラスは、気付いていないが、こちらの腹を探られると、美津子課長もやばくなるからな。」

　裕二は、遠藤の指示通り当分の間は、引き抜き自体を匂わせないように言われていたのだ。
　まず、気付かれてはいないが、最悪のケースを考えるとマーベラスも太平洋と同じ事を考えているかもしれない。
　マーベラスを屈せさせるための準備が整うまでは万全を期さなければいけないからだ。

「マーベラスでも優秀そうね。」
「んむ。まだ独身なんだが、独身というのが妙に引っかかるんだよな・・。」
「え・・？」
「言ってみればフリーだ。いくら優秀でも身内がいないとなると、マーベラスは、最悪の場合でも簡単に彼女を切るくらいは・・。」
「でも、ＭＣ中央情報管理システムの中では、エリートクラスの人物なんでしょ。いくらマーベラス社でも、そんな優秀な人材を簡単に切るような事するのかな？」
「んー・・・ま、それは追々、詳しく調査していくよ。まだ、彼女の詳細は、鏑木さんが調べきってないんだ。」
「そう・・・・・」
「・・・さてと、下のラウンジでコーヒー飲んでるから食べ終わったら来いよ。」
「うん。」

　裕二は、席を立って食堂から出て行った。

　亜美は、裕二がマーベラスの派遣職員、メアリーをいかに落としていくかに不安を募らせていた。

（６４）

　食事を終えた亜美が、下階のラウンジに向かった。
　そこでは、裕二が、鏑木と、なにやら真剣に話をしているようだった。

「おう、亜美君か・・・座りなよ。」

　鏑木から声を掛けられると、亜美は、裕二の隣りに腰を下した。

「いま、マーベラスから来る、メアリーの話をしていたんだ。」

　裕二が、亜美に鏑木から聞いた話を伝えた。

「それがな、亜美、メアリーの曾祖父は日本人らしいんだ。」
「へぇ、そうなの・・」
「ああ、聞いて驚くな。曾祖父は、戦後、あの大丸造船を築いた大丸喜一郎だ。」
「えぇーっ！」
「メアリーは、大丸の四女の曾孫らしい。鏑木さんの話だと、かなり日本通だ。」

　鏑木が横から口を開く。

「ま、大丸さんも既に亡くなってるし、娘４人も他界している。現在、後を継いでいるのは、長女婿の孫だが、今はほとんど関係ないようだ。大丸造船自体も、いまや低迷状態だからな。」
「という事は、メアリーは、３世ということですね。」
「ああ、四女、つまりメアリーの祖母は、アメリカ人と結婚し、その長男夫婦の３番目に生まれてきたのがメアリーなんだ。」
「でも、低迷しているとはいえ、今の日本に貢献した大会社ですよね。今は関係なくても、何か裏がありそうな気がしなくもないですけど。」
「んむ、確かに。それに造船会社だ。マーベラスの主要は貿易だからな。考えられない事もない。ただ、派遣される意味合いに共通しないからな。」

　裕二は、黙って鏑木の話を聞いていた。
　鏑木が、困惑顔の裕二に助言をしてきた。

「香坂、常務の提言した事を成功させようと思うと相当な労力だぜ。亜美君の手前で言い難いんだが、女性を落とすための、一武器はやはり肉体関係だぞ。３０代に突入したばかりだし、あっちの方は盛んらしい。えてして出来る人間は、セックス好きだからな。」
「・・・なるほど・・・・・・・」

　少々、沈黙の後、話題を変えるように裕二が鏑木に問い掛けた・・・

「そういえば、鏑木さん、もう胸はいいんですか？」
「ああ、おかげさんでな。しかし胸の固定は苦しいぜ。深呼吸できないんだ。」
「そうですよね。僕も経験ありますが痛み止めをくれるだけですからね。・・・ところで赤ん坊は順調なんですか。たしか４ヶ月でしたっけ？」
「ああ、１１月に生まれる予定だ。」
「・・・・ふふっ、鏑木さん、安定するまでエッチは、お預けですね。」
「それがな・・・・・あ、っとと・・・い、いや・・・別に・・・ま、まあな。」
「・・？？」

　亜美は、今朝の洋子の話を聞いていたせいもあってか、二人のプレーを想像して顔を赤める反面、急激に笑いが込み上げてきた。
　鏑木は、亜美の表情を見て咄嗟に判断したのだろう。

（洋子の奴・・・亜美君に話しやがったな・・・・・・）

「あ、じゃ、俺はこれで失礼・・ちょいと調べ事があるんで。」
「そうすか。・・ありがとうございました。また、お願いします。」
「ああ、任せておけ。」

　鏑木は、照れを隠そうと急いで、その場を離れていった。

「どうしたのかな？　鏑木さん、なんか照れ臭そうにしてたぞ。」

　亜美は、裕二に洋子とのやり取りを説明した。

「フッハハハハハハハッ・・・そうなのか・・それで・・・・」
「でも、係長も１ヶ月以上掛かったって言ってたわ。」
「ふぅーん・・・・」

　裕二は、コーヒーを啜る亜美をマジマジと見ながら結合の瞬間を想像していた。
　亜美が、裕二の視線に気づく・・・・

「裕二さん、今、変な事考えていたでしょ。」
「え、いや・・・別に・・。」
「嘘っ、絶対に変な事考えていたはずよ。目を見ればわかるもの。」

　裕二は、亜美に反論できなかった。
　どうも、亜美の前では、気を緩めてしまうのか、考えている事を全て見透かされるてる気がしてならない。
　苦笑いをして煙草を吸う裕二・・・
　しかし亜美は、裕二の体裁悪そうに笑う、その顔が好きだった・・・・・・

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

　３月下旬

　センター員は、アメリカに発つ美津子を見送りに空港に来ていた。

「美津子・・」

　美津子が遠藤を見つめる。
　遠藤は、何か言いたそうだったが一言だけ美津子に言葉を発した。

「・・・・・・・・・・・・・・頼むぞ。」
「あなた、・・・・任せておいて。」

　美津子の言葉に無言で頷く遠藤・・・
　そして、中学生になる息子の健介を見ると、美津子は、笑顔で囁いた。

「健介、お母さん、しばらく留守をするけどお願いね。」
「ああ、母さん、僕の事なら心配しなくてもいいさ。それより、父さんが寂しがるから電話を入れなよ。」

　後ろから遠藤に頭をコツかれる健介・・・・
　遠藤ら３人を囲んでいた課長の野口や京本らに頭を撫でられながら屈託ない笑顔を振り撒いている。

「フフッ、そうね・・そうするわ。」

　後ろでは、亜美や洋子、そして翔子をはじめとする女性職員が涙を浮かべていた。

「美津子課長・・・・くれぐれも・・・・お身体は・・・」

　洋子の声に振り向く美津子

「こらっ、シンディ、泣くんじゃないの。私が帰ってくるまでセンターの女性トップは、貴女なのよ。頑張ってね。・・あ、それから赤ちゃんが生まれたら写真を送るのよ。元気な子供を産むように祈ってるから。」
「・・・はい・・・・・はい・・・」
「亜美さん、あなた達の結婚式には、ちゃんと出席するから。」
「はい、楽しみにしています。課長も頑張って下さい。」

　それぞれ、美津子は、センター員に挨拶をかわしていった。

　そして、いよいよ出発の時が来た。
　遠藤が、胸ポケットから、お守りを出し美津子にそっと渡した。

「美津子、荒尾常務が、お前に渡してくれって、これを預かってきた。」
「え・・・・じょ、・・・常務が・・・・」
「ああ、身代わり不動のお守りだそうだ。」

　美津子は、康平の顔を思い浮かべながら、そのお守りを強く握り締めた。

（・・・常務・・・・・・ありがとうございます。）

　遠藤が、美津子の首に手を回しネックレスを外した。
　そして、自分の指から指輪を抜くと、そのネックレスに通して美津子の首に再度付け返す。

「あなた・・・・・」
「美津子、お前は、いつでも、俺と一緒だ。」

　美津子は、遠藤の言葉に、遂に涙が溢れ出した。
　しかし、それを遠藤と健介に見せないように即座に背中を向ける。
　そして、気丈に言葉を発した。

「あなた、行ってくるわ。・・・健介、弱音を吐くんじゃないわよ。」

　美津子は、腰の横で小さく手を振りながら誰にも涙を見せずに美津子は搭乗ゲートに歩き出した。

　ポケットに入れていた遠藤の手が、拳を強く握って大きく膨らんだ。
　後ろで、その様子の一部始終を見ていたセンター員らが胸に熱いものを感じたのは言うまでもない。

　離陸を見送るであろう遠藤と息子の健介に気を使って、野口が、センター員に目で合図をし、その場を離れていった。

　センター員は、外の踊り場にあるラウンジに移動し、美津子が乗った飛行機が飛び立つのをじっと見ている。

　しばらくすると旅客機のエンジン音が唸りを上げはじめた。
　ゆっくりと向きを変え滑走路に進む旅客機・・・・

　そして、豪快な音を立てて、旅客機はスピードを上げ加速をあげた。
　スローモーションのように徐々に機体を上げていく。
　高く舞い上がっていく旅客機をセンター員は、見えなくなるまで追っていた。

　そして遠藤と健介も・・・・・・・　

（美津子・・・・・）

　遠藤は、息子、健介の肩に手をまわしながら飛び立った飛行機に思いをよせながらいつまでも空を眺めていた。