（５）

　昼休みを終えセンター員がオフィスに戻ってきた。

「亜美っ、ぼさっとしてんじゃないよ。行くわよ。」
「は、はいっ！」

　洋子が、製鉄に持っていく書類を亜美に渡しながら、軽く背中を叩いた。
　亜美が横目でチラっと香坂のデスクを見る・・・
　香坂は、モニターを見ながら業務に食い入っていた。

（・・・・ァァー・・・超ブルゥーだわ。）

　二人は、オフィスを出て地下駐車場に向かった。

　その時、センターオフィスでは遠藤が香坂のデスクに足を運んでいた。

「香坂、何やってるんだ？」
「ええ、荒尾さんの手掛けた業務経歴を調べてるんです。」
「ほぉう・・・そりゃまた何で？」
「実は昨日・・・・」

　香坂の説明に遠藤も興味を示したのかデスクの横に腰掛けると、それに関連した康平の昔話をポツリポツリと香坂に聞かせはじめた・・・・・

　地下駐車場に降りた亜美は、洋子の車に乗り込むと再度、溜息をついた。
　珍しく大人しい亜美に洋子が気に掛けてくる。

「亜美、どうしたんだい。元気ないじゃない。」
「・・・・係長は、相変わらず元気ありますね。」
「まぁね、昨日は、彼に３回もイカせてもらったし、身体も、オ○ンコも、最高に快調よ。アハハッ。」
「ま、また、そんな言い方・・・・・」
「いいじゃない、二人だけなんだから。それより本当にどうしたんだい？」

　亜美は、昨日の出来事を洋子に話しはじめた。
　洋子の遠慮しない笑いに亜美が怒り出す。

「係長、私にとっては笑い事じゃありませんよ。」
「ゴメン、ゴメン・・・そうかぁー、でも残念だったわね。」
「もう、当分チャンスはないかも・・・」

　洋子は、落ち込んでる亜美のために香坂の知ってる全ての事を聞かせることにした。

「亜美、裕二君のこと色々と教えてあげようか？」
「え？」
「変な意味じゃないわ。例えば趣味とか好き嫌いとか・・・・」

　亜美は、洋子の手をとって興奮した。

「係長、是非、教えてください。」

　ハンドルを取られる洋子・・・・

「あぁぁぁぁー・・・ちょ、ば、馬鹿っ、亜美っ・・・危ないじゃない。」

　危うく洋子はガードレールに車をぶつける所だった。
　頭をコツかれた亜美が、すまなそうに俯き加減で舌を出した。

「ったく・・・・・・しかし、アンタは憎めない娘ね・・・」

　洋子が、苦笑いしながら話を始める。
　頷きながら、しっかりと香坂の事を頭に叩き込んでいく亜美・・・・

「へぇー、そうなんですかぁー。お酒ねぇー・・・」
「そうなのよ。裕二君は、お酒が入ると、ホントっ、明るくなるのよ。気さくな感じで、結構Ｈっぽくなるしね。返って喋りやすくなるわ。」
「いい事、聞きました。」
「でも、かなり強いから、ある程度、一定量を超えないと駄目よ。」
「そ、そうなんですか・・・」

　その時、洋子の携帯に電話が掛かってきた。

「あら、どうしたの？　ええ、隣りにいるわよ。」

　洋子が、亜美に携帯を渡す。

「え、誰ですか？」
「アンタの彼になるかもって人からよ。」
「え？」
「裕二君よ・・・」

　亜美は、奪い取るように洋子から携帯を受け取った。

「な・・」
「は、はい、荒尾です。」
『ああ、香坂だが・・・この間はご馳走様。ところで亜美君、今夜、暇かい？』
「え？・・・ええ、おもいっきり暇ですぅー。」
『そうか、ちょっと色々と聞きたい事があるんだが、今夜、食事でもどうかな？』
「え！・・ほ、本当ですか？　・・・はい、ええ、行きます。」
『わかった。俺も今から業務で出るんだが直接、待ち合わせの店に行くよ。』
「わかりましたぁー。」

　亜美が、これ以上無い笑みを見せながら洋子に電話を返した。
　先程とは打って変わった亜美の態度に洋子も呆れている。

「係長ぉー、香坂係長から食事に誘われましたぁー。」
「へぇー、良かったじゃない。しかし珍しいわね、裕二君から女性を誘うなんて。」
「え、そうなんですか？」
「私の知ってる限り無いわね。」
「・・・・・それって何か意味あるんでしょうか？」
「私に判るわけ無いじゃない。」
「もしかして、お前には興味ないから・・・って言われたりして。」
「そんな事を面と向かって言う男じゃないわよ・・・」
「で、でも・・・・・・」
「ま、今夜、解るからいいじゃない。」

　洋子の言葉を違った意味で受け止めたのか、亜美は、嬉しい反面、不安も抱き始めてしまった。

　製鉄に着いた亜美と洋子は、東堂の所へ、先月分の業務報告書を提出していた。

「おう、ご苦労さんだな。ところで、亜美ちゃん。あ、いや亜美君、仕事の方は、慣れたかい？」
「ええ、まぁ、なんとか・・。」

　洋子が、亜美を横目で見ながら東堂に告げ口をする。

「でも、本部長、最近、恋の病に掛かってまして仕事の効率悪いんです。」
「か、係長・・・そんな事ありませんよ。」

　東堂が、笑いながら返答した。

「若いうちは恋愛にも悩まないとな・・・」
「はぁ・・・」
「仕事が仕事だ。適度に遊ばないと。」
「は。。はぁ・・・」
「ま、シンディに相談すれば、男の１人や二人、直ぐに工面してくれるさ。」
「ど、どういう意味ですかっ、本部長っ！」

　洋子が、怒った顔で東堂に言い返す。

「ぅっ、あ、いや、スマン、スマン・・・あぁ・・どうだい、お茶でも行こうか。」
「ケーキも食べたいです。」
「・・・ぅ・・・わ、わかった・・・・ご、ご自由に・・・」

　東堂は、亜美と洋子を誘って社内喫茶に向かった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「じゃ、二人とも頑張れよ。」
「本部長、どうも、ご馳走様でした。」

　亜美と洋子は、東堂に頭を下げて製鉄を出た。

　煙草をふかしながら車を運転する洋子が、亜美に喋りかけてくる。

「亜美、ひょっとしてって事があるから、パンティーを綺麗なものに穿き替えとくんだよ。」
「・・・な・・・何言ってるんですか、もぉー。」
「アハハッ、でも、用意周到ってことで、願い叶う事もあるわよ。」

　亜美は、洋子の言葉を半ば、信じ掛けようとしたが、直ぐに現実を直視した・・・・

（ま、そんなことは、今夜は、有り得ないわね・・）

　亜美は、街の景色を眺めながら灰色の溜息をついた・・・・・・・

（６）

　妙に長く感じた１日の業務を終了し、亜美はロッカー室を出た。
　洋子が、亜美に声を掛けてくる。

「亜美、頑張ってね。」
「ええ、はい。・・・？　・・・・・係長もめかし込んでいますね。」
「うん、まあね。今日も洋さんとデートなの。」
「・・・は？」
「もう、お股が濡れてきちゃって・・・・ウフッ。じゃぁねぇーー」

　洋子は、小躍りしながら階段を降りて行った。

（・・・・・・凄すぎるわ、係長も鏑木補佐も・・・・でも羨ましいな・・・）

　亜美は、センターを出ると香坂と待ち合わせしている韓国料理店に向かった。

　店内に入ると、中は大勢の客で埋まっていた。
　亜美が、香坂を探すためキョロキョロと見渡す。

「おーい、亜美君、ここだ！」

　奥のテーブルに座っていた香坂が手を上げた。
　亜美は、急ぎ足でテーブルに向かう。

「すいません、待ちましたか？」
「いや、今来た所さ。ところで急に誘ってすまなかったね。」
「とんでもありません。・・・そのぅ・・・・私、嬉しくて・・・」

　亜美は、照れくさそうに香坂に答えた。

「ところで、聞きたいことってなんですか。・・・」
「ああ、ま、酒でも飲みながら話そう。」

（・・・お酒・・・・ラ、ラッキーかも・・・）

　亜美は、昼に洋子から聞いた話を思い出しチャンスをものにしようと考える。

「はい。沢山飲みましょうっ！」
「え、あ、あぁ・・・・」

　香坂は、適当に料理を注文するとビールを先に頼んで亜美とグラスを交わした。

「じゃ、乾杯！」
「いただきます。」

　一口、ビールを飲んだ亜美が徐に香坂に話し掛ける。

「で、係長、私に聞きたいことって。」

　香坂は、一気にビールを喉に流し込むと、空になったグラスにビールを注ぎ亜美を見つめた。

「ああ、聞きたい事というか、頼み事と言ったほうがいいかもしれないが・・」
「・・・え？」

　亜美は、何となく直感でわかったようだ。
　恐らく、父、康平の事だろうと・・・

「係長、父に関係した事ですか？」

　香坂が、ゆっくり頷く・・・

「この間も、言ったが、俺も荒尾さんを尊敬しているんだ。先週、会った時に凄い衝撃を受けた事は君にも話したが、今日１日、君のお父さんの事を調べててね、少々、疑問に思ったことがあったんだよ。ちょっと聞きにくいんだけど。」

　別段、亜美は構わないと思った。
　父を尊敬しているが故に尋ねてくるのだ。
　仮に香坂でなくても、父の事を聞かれたら喋ってもいいと前々から亜美は思っていたのだ。
　しかし、香坂に限っては、康平以外の事でも嘘はつきたくないと思っていた。
　後からボロが出るより最初から自分の性格や考えを曝け出してはっきりと本心を言う事を亜美は昔から常としていたからだ。

「あ、あの・・・私が知ってることなら何でも・・・・お答えします。」
「そ、そうかい。」

　香坂が、残りのビールを空にすると店員にビールを追加を注文する。

「面倒だから４、５本下さい。」

　香坂の注文で、直ぐに店員が、ビールを持ってくる。
　香坂は、亜美に注ぐと自分のグラスにもビールを注いだ・・・

「で、係長、その聞きたい内容とは？」
「ああ、つまり・・・女性関係の事なんだが・・・・その・・・・・・・・つまり君には失礼かもしれないが・・・かなり荒尾さんには、いたようで・・」
「ええ、そうみたいですね。」
「や、やはり、君も知っているのかい？」
「ええ、私が成人した日だったんですが、母が家でお祝いをしてくれたんです。その時に、母が私に、父と愛し合った経過を話しておきたいと言って全てを語ってくれました。さすがに私も信じられませんでしたが今では、父と母が探している愛欲の果てっていう意味が、理解できるようになったんです。」

（愛欲の果て？）

「父と関係を持った女性も全員知ってますよ。というか、よく会いますし、私も色々お世話になってて、私自身も個人的にお付き合いさせてもらってるんです。」
「そうか・・・・・実は、今日、遠藤所長から荒尾さんの凄さのヒントをもらったんだよ。」
「え？　センター長から。」
「ああ、ずばり、女性だって言われてね。それで、調べていたんだが、なんと、君のお母さんも公認してたと知って驚いてるんだ。それで、何故なんだという疑問が沸いてきた訳さ。普通では考えられないし。」
「・・？・・・父の凄さが、女性って・・・・私には、よく解りませんが・・・」
「ああ、所長も、具体的には説明し難いって言うんだ。俺も何かあると思ってるんだよ。それが知りたくて。」
「係長、父だけではないんです。母もなんです。」
「・・え？　お母さんもって・・・・言ってる意味が・・・・。」
「つまり、母も父だけではなくて、他の男性と・・・・」
「・・ほ、本当・・・に・・？」
「ええ、恥かしいんですが・・・・・・」

　香坂は、必死に考え込んだ。
　絶対に意味があるはずに違いないと思った。
　香坂は、是非とも荒尾康平に、その真意を聞いてみたいと思ったのだ。

「亜美君、それで頼みの方なんだが、君のお父さんと会う機会が欲しいんだ。俺に、足りないものをどうしても聞きたいんだよ。」
「え、ええ、それなら・・・毎日家にいるし父も断らないと思いますけど。」
「そうか。俺はいつでもいいんだ。都合を聞いておいてくれないかな。」
「解りました。・・・・でも、係長、・・・・・その・・」

　香坂は亜美の言わんとすることをすぐさま察する。

「亜美君、何度も言うが君のお父さんを目標にしてるんだ。君を、変な目で見るなんて事は全く考えてもいないさ。むしろ俺は君を・・・・・・・あ、い、いや・・・・・・その・・・・・」
「は？」

　亜美は、香坂がいま言いかけた言葉が気になったようだ。
　香坂は、敢えて聞いてこない亜美に気遣い酔っ払う前に亜美に自分の本心を告げておくことにした。

「亜美君、俺も初対面で着飾った様な、いい加減な事は言いたくない人間なんだ。君が、さっき言った様に最初から自分自身の本性を出しておきたいと思ってる。」
「・・は・・・はい・・・・？」
「君が、俺の事を気にかけてくれてたのは、何となく解ってた。そして、先週末に君の家にお邪魔した時に、君とご両親との会話で、それが間違いなかった事を確信させてもらったよ。」
「・・・・・・・」
「じ・・・実はな・・・・お・・俺も・・・君を・・・その・・つまり・・・・・・・・だな・・・」
「・・・係長・・・」
「はっきり言うよ。・・・・・亜美君、・・・・俺でよかったら付き合ってみないか？」

　亜美は、香坂の言葉で頭が一気に真っ白になった。
　香坂の突然の告白が嬉しくて堪らないのだが全く返答が出来ない・・・
　香坂も照れ隠しのように亜美に向かって叫んだ。

「・・・・よ、よぉーし、亜美君、今日は飲むかっ！」
「・・・は・・・・・・はい・・・」

　亜美が慌てて香坂のグラスにビールを注いだ。
　亜美のビールを注ぐ手が震えている・・・
　香坂は、亜美の、その緊張した仕草と潤んだ眼に愛おしさを感じていた。

　１時間程、お互い趣味の話や興味ある事を喋りあっていたが、雰囲気を変えるため香坂の意見で違う店に行く事を決めた。

「どこがいい？」
「係長におまかせします。」
「そう。じゃ、向かいのビルの最上階にバーがあるんだけど、そこでいいかな？」

　亜美は、無言で、そして笑顔で頷いた。

　二人は、韓国料理店を出て歩道を渡ると向かいのビルに入っていく・・・
　そして、外観が見えるガラス貼りのエレベーターに乗り込んだ。

「街の灯りが綺麗ですね・・・」

　亜美の言葉に香坂も外の景色を眺める・・・

「ああ、そうだな・・・・」

　二人は、最上階のバーに到着した。

　香坂が空席を探す。
　運良く窓際の臨海街が見えるカウンター席に座る事が出来た。

「わぁー、凄く綺麗・・・・・素敵だわ。」
「亜美君は、ここには来た事ないのかい？」
「ええ、初めてです。」

　香坂は、喜ぶ亜美を見ながら酒を注文する。

「バーボンをロックで。亜美君はまだ飲めるかい？」
「ええ、じゃ・・・・グラン・マニエ マルガリータを・・・・。」

　酒が届くまで二人は、無言で景色を眺めていた・・・
　注文の酒が差し出される。
　亜美と香坂は軽くグラスを重ね合わせた・・・
　しかし、ガラリと変わった雰囲気に、二人は、何を話したらいいか分からないでいた。

　突然、二人は、同じ時、同じ瞬間に名前を呼び合った。

「亜美君」　「係長」
「ん？」　「え？」
「なんだい？」
「いえ、係長から・・・」
「いいから君から言えよ。」
「そんな、係長から・・・」

　互いに譲り合っていた二人は、暫し口を閉ざしてしまう。
　そして、数秒後、またしても二人同時に囁いた。

「君を抱きたい。」　　「私を抱いてください。」
「！」

　お互い同時に放った言葉が、妙に鮮明に聞こえた。
　二人は、心で会話をするように見つめ合っている。
　自然と亜美の手を握る香坂・・・・
　亜美は、香坂の肩に寄りかかっていった。