（１１１）

　亜美に襲い掛かろうとした水野は、凍りつくような感覚を背後に感じた。
　水野が、恐る恐る、後ろを振り向くと一人の男が冷笑して立っていた。

「な、何だ、貴様は・・・」
「ん・・・俺か・・・」
「遅いわよ、スーパーマンさん。」

　亜美の声に、水野は、すっとんきょうな声を上げた。

「ス、スーパー・・・・・マン・・・・・し、知り合いか？」
「始めまして、水野さん。私は、彼女の亭主です。」
「な、なにぃーっ！」

　水野は、裕二の言葉に驚いた。

「だ、旦那だと・・っ・・・それに、何故、俺の名前を・・」
「・・・・・写真は、お返ししますよ。亜美、返してやれ。」
「ええ。」

　亜美は、裕二に言われたとおりにメディアを水野に返した。

「さ、亜美、帰ろうか？」

　水野は、裕二が、何を要求するでもなく立ち去ろうとする行動を不安に思った。
　当然、書庫での出来事も裕二の耳に入ることを予想し身の危険を案じたのであろう。

「ま・・・待て・・・」
「ん？・・まだ何か用ですか？」

　裕二の鋭い眼光を目のあたりにして水野は全く身体が動かないでいた。
　しかし、水野にとっては気が気でない。

「俺に・・・・俺に何か仕返しでもするのか・・・」

　裕二は、笑いながら水野に答えた。

「仕返し？・・・何故ですか。」
「そ、それは・・・」

　亜美は、笑いながら裕二に書庫での一件を説明した。
　水野は、淡々と話す亜美に度肝を抜いていた。

「へぇ・・・そんな事がね・・・ふっ、水野さん、女房はなかなかだったでしょ。」
「ぇ・・」

　水野は、裕二の言っている意味がよく解らないでいた。

「私も女房が自慢でしてね。あなたが妻を襲う気持ちもよく判ります。」
「・・な・・・・」
「あ、そうそう、あなたの奥さんは、川辺部長さんの娘さんですってね。」

　水野は、驚きで声が出なかった。

「かなり美人という噂じゃないですか。しかし、相当な恐妻家のようですね。浮気し放題の、あなたの実情を知ったら、ただでは済まんでしょうな。」
「・・・・・な、なな・・・・・い、言うんじゃないだろうな・・」
「・・・そうしましょうか？」
「・・・くっ・・・しょ、証拠でもあるのかっ！」
「まあ、いくらでもね。それと、川辺の悪行を手伝ってるでしょう。」

　水野は、目が飛び出そうな勢いで裕二を見つめた。

「はははっ、しかし、あなたは正直者ですね。好感が持てますよ。」

　裕二は、そう言うと亜美と、その場を立ち去った。
　水野は、裕二を引き止めて、真相を問いただしたかったが声が出てこない。

（な・・何者だ・・・いったい・・・）

　水野は、そんな事を思いながら、急いで川辺に連絡を入れた。

『なんだとっ・・・で、奴は何者なんだ。』
「解らないんです。お義父さん。」
『馬鹿もんっ、それで黙って帰させたのか。』
「・・・す、すいません。」
『その女は、太平洋機械の派遣職員といったな。』
「ええ。」
『恐らく太平洋の情報部の人間かもしれん。』
「情報部？」
『・・・だとしたら私もお前も終わりだ。』
「ど、どうすれば・・・」
『・・・・まあ、私に任せておけ。』
「わ、解りました。」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

　亜美が、裕二に問いただしていた。

「ねえ、裕二さん、水野は川辺の娘婿だったの？　調査の矢野さんは手先だって。」
「ああ、さっき鏑木さんから連絡を貰ってな。」
「それで、わざわざ、水野を警戒させるような事を言ったのね。」
「ああ、そうすれば焦る。焦ればボロが出る。だから急遽作戦を変更したんだ。」
「なるほどね。」
「明日から、お前もやりやすくなるだろう。思う存分暴れてやれ。」
「ええ。」
「ところで亜美、あの男に股を舐められたって？」
「アハハッ・・・ちょっと冒険を・・・」
「・・・・・」
「あ、怒った？」
「いや、別に・・・」

　亜美は、裕二の腕を組んでしがみついた。

「今夜は、スタミナ料理を作ってあげる。」
「どういう意味だよ？」
「だって・・・中途半端っだったんですもの。」
「・・・・・中途半端・・・」

　亜美は、意味ありげな笑みを見せて裕二と足並みを揃えていった。

−　翌日　−

　裕二に鏑木から連絡が入った。

『おう、香坂、驚きながら笑え。』
「は、何言ってんですか、朝から？」
『いま、調査の係の者から連絡が入った。川辺の漏洩目的は金のためなんだが、稼ぐ目的は不倫相手との生活資金らしい。』
「え？・・・また、単純ですね。」
『川辺は、婿養子なんだ。女房の家系は昔からの資産家で大金持ちなんだが、川辺には一切、財産の手出しをさせていないんだ。つまり川辺自身が女房と別れたがっている。理由を探っていたら女と不倫している事が判ったんだ。更に川辺の女房、豊子も２０歳も若い男と毎日のように豪遊している。』
「ほぉう、ダブル不倫ですか。」
『さらに、水野の女房、つまり川辺の娘もだ。』
「ハハッ、言い方を返ればトリプル不倫ですね。」
『川辺も当然、別れても財産分与はないと理解している。』
「つまり、生活資金と別れた後の不倫相手とのためにですか。」
『馬鹿らしくてやっとれんよ。』
「ですね。」
『しかし、うちの太平洋機械の技術漏洩は許せん。』
「・・・・」
『他の傘下会社の見せしめもある。徹底的に泡吹かせてやってくれ。』
「解りました。」
『奴らの詳細は、お前のマシンにメールで入れておいた。』
「解りました。直ぐ片付けます。」

　裕二は、溜息をつきながら電話を切った。

（・・・やれやれ、こういう件は絶対に無くならんな・・・馬鹿な連中が多いぜ。）

　裕二は、鏑木から送られたメールをプリントアウトすると、アクビをしながらセンターを出た。
　川辺の女房が、若い男を囲っている隠れマンションに向かったのだ。

（ここか・・・）

　そのマンションは、かなりの豪華さだった。
　裕二は、車を停めようと脇に移動したとき、前から停車していた高級外車から降りてくるカップルを確認した。

（お、川辺の女房じゃないか。）

　裕二は、車から降りると二人に近づいていった。
　川辺の女房と若い男が裕二に気がつき怪訝な表情をしている。

「こんにちは。川辺卓巳さんの奥様ですね。」
「あなたは、・・・どなた？」
「ご主人の勤める富士機械の親会社で太平洋グループの香坂と申します。」
「・・・で、私に何のご用かしら？」

　川辺豊子は、ふてぶてしい態度で煙草を咥えて火をつけた。

「実は、太平洋機械が委託した製造の関係で技術情報を川辺さんが漏洩して莫大な金を稼いでいるんですよ。・・・どの会社に漏洩しているか奥様が知っているかなと思いましてね。教えていただけませんでしょうか？」
「私が知ってるわけ無いでしょ。」
「なるほど・・でしょうな、川辺さんも奥様と別れたがってるんだから。」
「ふっ、あの男にそんな勇気無いわよ。」
「ところが、ご主人も、あなたと同様、若いホステスと不倫をしていましてね。奥様と別れた後の生活資金として、そのような悪事を行っているようでして。」
「あなた・・・何が言いたいの？」
「要するに、奥様に協力してもらいたくて・・・」

　そう言った時だった。
　川辺の横にいた若い男が裕二の肩口を掴んで凄んできたのだ。

「おい、兄さん、いいかげんにしろよ。関係ねぇだろ。」
「・・・・お前こそ関係ないだろう。」
「痛い目に合いたいのか、兄さん。」

　裕二が、視線を若い男に向けて睨みつけた。
　男は、今まで見せなていなかった、裕二の強烈な雰囲気に冷や汗をかき身体中が震え始める。
　そして、裕二から手を離し後ろに退き下がっていった。

「香坂さんとかいったわね。私は一切関係ないわ。帰って頂戴っ。」

　裕二は、苦笑いをして川辺の女房に答えた。

「そうですか・・・・・では、貴女が数年前から収入帳簿をごまかし担当税理士と組んで巨額の脱税をしている事を密告しましょうか？」
「・・・ど、どこに、そんな証拠があるのよ・・・」
「何ならお見せしますよ。いや、それより今日中にマルサを送り込みましょうか？」
「・・・・ゥ・・ッ・・」
「どう見ても不自然でしょ。若い男共にマンションや高級外車を与え、毎日のように豪遊し、更には無理やり、その醜い身体を抱かせている。」
「・・・・・あ、あなた、私を怒らせてるの。」
「・・・どうかな、その坊主に聞いてみろよ。金でアンタにくっついてるだけだと思うぜ。」

　豊子が、男に視線を移すと男は困ったように目をそらした。

「協力するのかしないのか、どっちだっ！」
「・・・ぅぅ・・・」
「簡単な事だぜ。残りの人生を考えてみろ。」

　裕二の威圧する言葉に豊子は、渋々、首を縦に振った。

「・・・そ・・そのかわり・・・」
「俺からは、脱税を密告しないと約束しよう。」

　豊子は、項垂れながら裕二に協力する事を承諾した。

（１１２）

　裕二は、川辺の女房、豊子にホステスとの不倫を見つけたことを問いただし慰謝料を強く請求して川辺を追い詰めるように依頼した。
　そうする事によって、川辺は、焦りを感じ情報漏洩の回数が増えるに違いないと裕二は思ったのだ。

　既に各工業界、機械関係各社には、太平洋機械から通達がなされており、漏洩した時点で、その行動が把握できるように仕組んである。
　残る作業は、川辺が水野に協力させている事も踏まえて、同じ事を水野の女房にも行う事だった。

　裕二は、水野の女房の愛人である新鋭デザイナーの田所勇作の事務所に来ていた。

「はい、どちらさん？」

　中から派手なガウンを羽織った風貌の悪い男が顔を出した。
　デザイナーの田所勇作である。

「田所さんですね。急にお邪魔して申し訳ありません。私、香坂と申します。ここに、水野律子さんがいると思うんですが、会わせて頂けませんかね？」
「律子に何のようだ。」
「ちょっとお話があるんです。」
「律子の旦那に頼まれてきたのか？」
「いえ、そうではないんですが。」
「ふぅーん・・・・ま、入りなよ。」

　田所は、裕二を見据えながら部屋の中に案内した。

「律子は、上にいるぜ。」

　裕二は、軽く頭を下げながら階段を上っていった。
　部屋をノックし、ドアをあける裕二・・・・
　部屋中にこもるマリファナの甘い香りが鼻をつく。

　中は広いリビングになっており窓際に大きなベッドが置かれている。
　水野の女房、律子は、そのベッドの上で３人の男と痴態を繰り広げている最中だった。
　律子が騎乗位になり、二人の男の肉棒を交互に咥えていた。
　裕二が軽く咳払いをすると、一人の若い男が、裕二に気がついたようだ。

「ん・・誰だあんた・・。田所さんの紹介か？」

　その言葉に後から入ってきた田所が声を発っした。

「この人が、律子に話があるらしい。」

　プレーを中断した男達に、律子が駄々を捏ねながら呟いた。

「もぉぅ・・いいところなのに・・・・・？・・誰っ、アンタ。」

　律子は、驚く様子もなく裸体を隠そうともしない。
　まだ、男の肉棒を握ったまま平然とした様子で裕二に答えた。

「お楽しみ中のところをすいませんね、奥さん。私、香坂と申します。あなたのご主人の事でちょっと頼まれてほしいことがありましてね。」
「旦那の事？・・・関係ないわ、帰ってよ。」

　そう言って男の肉棒を咥えようとした。
　裕二は、無視して肉棒に執着する律子を制し詳しく説明をした。

「へぇー、お父さんにね。・・・そりゃ手伝うはずよ。で、私にどうしろって？」
「川辺さんに協力しているという証拠を本人の声で録音してほしいんですよ。」
「馬鹿じゃないのアンタ。旦那や父はともかく、お母さんには迷惑掛けたくないわよ。」「貴女のお母さんには、先程、既に了承をしてもらいました。」
「・・・・・」
「協力して頂かないと貴女のハッピーな生活も終止符を打つ事になりますよ。」
「どういう意味よ。」
「お父さんも、お母さんも警察の厄介になります。まあ懲役でしょうな。」
「別に構わないわ。お金は腐るほどあるし。」
「ところが、お父さんの賠償責任がつきます。その技術情報だけで何億円という価値があるものなんですよ。それと、お母さんは、脱税でね。追徴税で貴女の家系の財産がほとんどが消えますよ。」
「な・・・う、嘘言うんじゃないわよ。」
「・・・ふぅー・・こんな嘘を言っても私には何の得にもならないんですよ。」
「・・・・・・・・」
「それに、ご主人も浮気どころか、女性としょっちゅう遊んでるんですよ。」
「な、なんですってぇー！」

　律子は、怒りを露にしながら叫んだ。

「ふっ、奥さん、そう人の事は言えないでしょう。」
「・・ぅ・・・わ、私はいいのよっ！・・でもアイツは許さないっ！」

　二人の会話に、田所が口を挟んできた。

「律子さん、金がないんなら、もう、ここには出入りしないでくれよ。」
「そ、そんな、勇作さん・・・大丈夫よ。」
「ちっ、やる気がなくなっちまったぜ。この兄さんのおかげでよ。」

　裸の男が、律子から離れ服を着始めた。
　そして、何気にスリッパを裕二に蹴飛ばしたのだ。
　裕二は、表情を変えずに、その男を睨むと男が笑いながら近づいてくる。

「よぉ、兄さん、中断の代償をどうしてくれんだよ。」

　裕二は、男を無視して律子に囁いた。。

「さて、奥さん、どうするんだい。」
「律子さん、今のうちに家の金を律子さんの名義にしちまえばいいんだよ。」

　若い男が律子に言い放つ。

「・・・・そうね・・・そうよね・・・」
「ったく、親が親なら子も子だな。」

　律子は、険しい顔になると男達に裕二を追い出すよう命令した。

「いいわ、この男を追い出して。」
「よし、わかった。」

　他の男も服を着ると裕二を取り囲んでいく・・・

「やれやれ・・・あんたらモデルだろ。大事な顔が台無しになるぜ。」
「ケッ、四人も相手にして勝つつもりかよ。」
「しょうがねぇな・・まあ、アンタらも麻薬やってるし天罰と思って相手してやるぜ。」
　裕二の言葉に、田所は、ニヤニヤと笑いながら煙草をふかしている。
　そして、裕二を叩きのめすよう顎をひねって合図した。
　一人の男が、裕二に殴りかかった。
　しかし、瞬間にして、その男が声も出さずに崩れ落ちた。
　鼻が陥没し白目を剥き泡を吹いている。
　男達は、驚きながらも咄嗟に裕二に襲い掛かった。
　しかし一人は睾丸を潰され、もう一人は肘で肋骨を折られる。

「グッゲゲッ・・・」

　僅か数秒で、男達は裕二の足元に崩れ落ちた。
　何が起こったかわからないでいる田所に、裕二は、ゆっくりと進んでいった。

「田所さんよ、今から警察呼んでもいいんだぜ。」
「わ、わ・・わ、悪かった・・・い、いえ、すいません・・・」

　裕二は、律子に振り向くとベッドに歩み寄った。
　ガクガクと震える律子の陰毛を鷲掴みにし思いっきり引き千切る。

「ギャァァァァァ−・・・・ィィ・・・・・ァゥゥ・・・」
「協力するか、地獄に行くか、どちらかを選べ。」
「や、や、や、、、、、やらせてください。」

　裕二は、毟り取った陰毛を律子の顔に吹きかけて手筈を命令した。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

　田所の事務所を出た裕二は、川辺の愛人、前野絵美が住むマンションを訪れていた。

「私は、関わりたくないわ。」
「でしょうね。実際、あなたも川辺を愛してるわけではないんでしょ。」
「当たり前じゃない。・・・・・私は、駅前に自分のお店を持つ夢があるの。だから、投資してくれる、あんなクソ親父と我慢して、付き合ってるのよ。警察沙汰になるなら、お金なんか要らないから、こちらから別れてやるわ。」
「なら、話は早い。私に協力してもらえませんか。」
「え・・どんな？・・・無償では嫌よ。」

（・・・クッ・・・このアマ・・・・）

　裕二は、助言という見解で、川辺の女房、豊子が脱税している事を教えた。

「どういう事？」
「つまり、アンタは、川辺の愛人と名乗り、女房に脱税を密告すると脅すんだ。」
「えぇー・・・私はヤバイ事は、嫌って言ったじゃない。」
「フッ、よく聞けよ。川辺の女房は警察沙汰には絶対出来ないはずだ。それに、別れたい旦那の作戦だと勘違いする。つまり、川辺の女房は口止め料として、アンタの懐に多額な金を与えざるを得ないわけさ。」
「・・・でも・・」
「アンタは、恐喝にはならない。川辺に身体を弄ばれ、別れたいのだが、別れられないため、女房に依頼したと言えばいいんだ。女房から説得してくれないと、脱税していることを税務署に通報するといえば・・」
「・・・川辺と別れられるし、お金も手に入る・・・・・」
「ふっ、ふっ、・・・そう言うわけだ。金目当てとは思われないしな。」
「・・・・わ、解ったわ。で、どうすればいいの？」
「俺の調査だと、川辺は、異常なくらい嫉妬深いらしいな。」
「異常なんてもんじゃないわよ。私なんか、ここ２、３年、若い男と寝たことないんだもの。ひどい時は貞操帯を付けさせられてたのよ。」
「ほぉう・・」
「だから、アイツが帰ったあとは、いつも一人で慰めるの。」
「そんなにまでして、付き合わなきゃいかん男なのか。」
「・・・・それは・・その・・多額な、お金をくれるし、しょうがなく・・・」
「んー・・・・」

　裕二は、作戦に迷った。
　とにかく川辺を動揺させれば、事は運びやすい。
　川辺にとって、絵美は、犯罪を犯してまで貢ぐに値する女なのだ。
　とにかく漏洩する目的を失わせる事が、一番の有効手段である事には違いない。

「よしっ、よく聞いてくれよ。今夜、川辺の女房が、アンタとの浮気を奴に嗾けることになっている。慰謝料を要求するよう頼んできたんだ。
　もちろん奴を追い込むための演技だ。そして、川辺の娘も婿の水野に漏洩している事を協力した供述を録音する事になっている。恐らく二人とも成功するだろう。そうすると、奴の耳に入り奴は焦りだす。
　つまり、近日中にアンタと逃げようと企む訳だ。しかし、資金が要る。」
「・・・・」
「つまり、急いで金を受け取るために相手先に連絡を入れるはずだ。」
「そうなの？」
「ああ。俺は、その現場を押さえる事が出来るわけだ。」
「でも、お金を入れる前に私の所に必ず来るに決まってるわ。」
「そこでだ。君が誰かと浮気をしているところを直接、川辺に見せてほしいんだ。」
「えぇー・・・そんな事をしたら発作的に何されるかわからないわよっ。前も、お店に常連のお客さんと同伴したら、夜ひどい目にあったもの。」
「大丈夫、俺が一緒についていてやる。」
「・・・で・・・でも、・・・・寝る男なんて私にはいないわ。」
「え、一人もいないのか？」
「だから言ったでしょ。アイツの監視で２、３年、若い男と付き合ってないって。」
「・・・んーっ・・・・」

　裕二は、腕を組んで悩んだ。

　絵美が、考え込む裕二をじっと見つめていた。

「ね、ねぇ・・・・そのぅ・・・・・あなたじゃ・・・駄目なの？」
「・・・・・お、俺と？」
「ええ。その・・・あなた格好いいし、それに、もし襲ってきても大丈夫じゃない。」
「し、しかしな・・・」

　そこへ、裕二に鏑木から連絡が入った。

「はい、香坂です。」
『おう、鏑木だ。お前に言われたとおり監視と遠隔盗聴は済ませたぞ。』
「ありがとうございます。」
『で、進み具合は、どうだ？』
「それが・・」

　裕二は、川辺に対する最後の誘発作戦で手間取っている事を説明した。

『香坂っ、迷わず、川辺の女と寝ろっ。』
「そう簡単に言いますけどね・・・・・・そうだ、たまには、鏑木さんどうですか？」
『なにっ？』
「いや、ハンサムだし彼女も納得すると思いますよ。」
『ばか言うな、追跡はどうすんだよ。』
「・・・・・・・ですよね。」
『いいか、何十億という損失が発生するんだぞ。』
「・・・わかりました・・・じゃ・・」
『頼んだぞ。ずっと、そこにいていいから。』
「えぇっ・・ずっとって・・・」

　鏑木は、慌てているのか一方的に電話を切ってしまった。

（・・・・・ったく・・・・俺ばっか・・・・）

　電話を切った裕二に絵美が声をかけた。

「私じゃ不満なの？」
「・・・・・しょうがない・・・・俺でよければ・・・」
「・・・引っ掛かる言い方ね。」
「い、いや、そういう意味じゃ・・」
「わたし、身体には自信あるのよ。・・・ね、入ってよ。」

　絵美は、裕二に部屋に上がるよう促してくる。
　裕二は、小さく溜息をつきながら絵美の差し出したスリッパに足を入れた。