（１３１）

　北海道から、裕二が、鏑木と共にセンターに戻ってきた。

「おう、帰ったか、ご苦労さん。２日ばかり余分に掛かったな。」

　遠藤に声を掛けられて、鏑木が疲れた顔で返答する。

「ええ、大変でした。追跡に３日も掛かって。」
「そうか、お前が、てこずるんだから難易だったろうな。・・・裕二、お前は？」
「ええ、直ぐに片付けましたよ。でも、鏑木さんのデータを待っていたんで、抽出まで暇でしたが。」

　鏑木が、流し目で裕二を睨む・・・
　遠藤も笑いながら二人を労った。

「ま、何にしろお疲れさん。・・・ところで、今、西田と亜美君が・・・」

　遠藤は、現在、取り掛かっている青山綱機と山之内商事の件を二人に説明した。

「ええっ・・・あ、亜美が店員としてフェニックスに・・・・ですか？」
「ああ、今件は、亜美君、やる気満々だったぞ。お前らのいないうちに下準備は整えてくれた。」
「そうですか・・・・・」
「それより鏑木、シンディが、苦労してるから、早く助けてやってくれ。」
「はい、解りました。・・香坂、お前も手伝えよ。」
「は、はぁ・・・」

　鏑木は、遠藤に報告書を渡して第二センターに戻っていった。

「裕二、先程、話した、大川の娘を担当してもらう事になるぞ。」
「ええ、解りました。」

　遠藤は、裕二の肩を叩いて所長室に戻った。

（フェニックスの店員か・・・・大丈夫なのかな、亜美のやつ・・・）

　裕二は、亜美を心配して第二センターを覗いてみる事にした。

−　第二センター　−

　裕二は、業務係のある三課に顔を出した。

「亜美っ。」
「あ、裕二さん、今、電話しようと思ったの・・・お帰りなさい。」
「ああ。・・・さっき、所長から聞いたよ。フェニックスに潜り込んでるんだって？」
「ええ、そうなの・・・・ね、ロビーに行こうか？」
「ああ、そうだな。」

裕二と亜美は、オフィスを出てロビーにある喫茶コーナーに向かった。
　コーヒーを買って裕二に手渡した亜美が、話をしながら椅子に座った。

「おう、サンキュー・・」
「もう、大変なのよ。今やってる件聞いたでしょ。」
「ああ、面倒な仕事だな。その、大川夫妻が来るまで働くという事だが、実際、来店しそうなのか？」
「ええ、月末は、必ず来るって真央さんが・・」

　裕二が腕時計のカレンダーを見て答えた。

「もう、そろそろってとこか・・・・それより、接客や指名も受けるんだろ？」
「ええ、物凄い恥ずかしいわ。・・・でも、かなり勉強になった事は確かね。」
「ふぅーん・・・・例えば？」

　亜美は、この５日間でプレーした内容を裕二に聞かせた。

「な・・・ほ、放尿・・・・・あそこのマッサージ・・・」

　裕二は、真剣な表情を作ろうとするが、笑いがこみ上げてしまう。

「裕二さん・・・笑ってない？」
「い、いや・・・・笑うわけないだろ・・・・・」
「・・・ま、いいわ。身に付けた事を今度、裕二さんにしてあげる。」
「なにっ・・・・・い、いや、遠慮するよ。」

　亜美は、意味ありげに裕二を上目遣いで睨んだ。

「まあ、元気でよかった。俺も今件の事は、手伝うようにと所長に言われてるからな。」
「ところで裕二さん、その、大川夫妻の落とし方なんだけど・・・・」
「亜美、それは、鏑木さんの調べるデータを見ないと、俺も何とも言えんぞ。今回は、大川夫妻を落としたとしても、弁護士の滝川と会長の高田、それに大川夫婦、娘と複数いる。最低でも立証させる証拠を掴むには、違法手段は取れないと思うんだ。ただ、お前のように裏で操作すれば弱みは握れるかも。」
「調査係の者もかなり収集が進んでいるから情報量としては十分だと思うわ。後は、鏑木次長が、分析を掛けて作戦を立てるから、それまで私も下手な動きは取れないだろうし。」
「鏑木さんの事だ。夕方までには、終わるだろう。」
「そうね・・・で、裕二さんは、何やるの？」
「後から、鏑木さんから連絡が入るが、大川寿美子を受け持つ事になるだろう。」
「そう・・・かなり、凄い女みたいよ。」
「へぇー・・・ま、俺なりにやるよ。・・・さて、俺は戻るぜ。」
「うん。」

　裕二は、意外と元気な亜美に安心して第一センターに戻る事にした。

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　終業近い時間に、鏑木と西田が、第一センターに顔を出した。
　所長室に入り、遠藤と裕二に作戦と詳細を説明し始めた。

「つまり鏑木、そこまで持っていくことは可能なのか？」
「ええ、確率的には高いです。・・・西田が調べた判例に基づいてシュミレートを掛けてみました。」
「説明してくれ。」
「はい。」
「つまり、合併後における双方の会社と、株主・役員・従業員及び第三者との取引によって生ずる納税義務と、合併に伴って生ずる納税義務とに区分し前者は合併無効判決によって影響を受けないんですが、後者の非適格合併における被合併法人の最後事業年度に生じた譲渡益課税及び株主に対する、みなし配当課税については、合併無効判決によって、課税の基礎事実が失われると解することができるんです。」
「ふむ、それで？」
「一応、確認のために詳しく見たんですが、合併会社が株主に対してなす利益の配当や役員・従業員に対する賞与・報酬・給与の支出は、合併無効判決によって影響を受けない事と、合併会社の株式の割当てを受けた星野綱機の株主が当該株式を第三者に譲渡した場合には、その譲渡の効力は、合併無効判決によって影響を受けない事を滝川の耳に入れておくんです。」
「・・・・・・なるほど。」
「当然、他方、合併無効判決によって、合併に伴う株式の割当ては無効となり株主は合併交付金を不当利得として返還しなければならないと言う事です。」
「・・・・・滝川は、どうする？　邪魔にならないか。」
「所長、実は、奴の身辺、経歴等の全てを詳細に調べたんですが、正直言って大した事はありません。滝川自信に情報と方法を指示している人間がいます。」
「誰だ？」
「大川社長の娘、寿美子です。」
「！・・・ほぉー・・・そうなのか・・・」
「そして、高田が、山之内を代表した証言や意見を提出していますが、高田も雑魚です。」
「山之内の参謀じゃないのか？」
「実質、娘の寿美子が、参謀です。」
「どういう女性なんだ？」
「経歴や対人関係などは、洋子が調べて、説明はしたと思うんですが調査係の者からの情報を元に、かなり念入りに調べました。これです。」

　鏑木が、資料を遠藤と裕二に手渡した。
　裕二が、顔を崩しながら苦虫を潰した・・・・

「鏑木さん・・・この女を俺が？」
「そうだ。」

　裕二が、独り言のように資料に載った文を読み返す。

「・・淫乱、男好き、わがまま、焼もち、強情・・・・・ったく・・・」
「・・・ふっ、そう言うな、香坂・・・・ほれ、これが彼女の行動範囲だ。」

　もう一枚の資料を嫌々、受け取った裕二は、聞こえるように大きな溜息をついた。
　遠藤と西田が、笑いを堪えている・・・・
　しかし、鏑木は、真剣な表情で裕二に言い放った。

「しかし、香坂、この女・・・・・一筋縄じゃいかんぞ。」
「え？」
「単に頭が良いだけじゃない。悪知恵もかなり働くし、何より・・・陰険だ。」

　そうやって話す鏑木の表情が、いつになく固かった。

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−　フェニックス　−

　亜美は、いつもの衣装に着替え、カウンターの掃除をしていた。
　センターの業務が終わって直ぐに店に駆けつけているため疲れも堪りかけている。
　そんな亜美を見ながら真央が声を掛けてきた。

「亜美さん、休んでいいのよ。大川が来たら呼ぶから。」
「ええ、でも、慣れておかないとボロが出て失敗してしまうわ。」
「・・・・亜美さんも大変な仕事なのね。」
「でも、今日、裕二さんも戻ってきてくれたし少しは楽になるわ。」
「え、そうなの！・・・・・・・じゃ、お店に来るかもね。」
「どうかしら？・・大川が来店すれば別だけど。」
「なぁーんだ。残念ね。」
「真央さん、普通、女房の私の前で堂々と言う台詞じゃないわよ。」
「アハ・・ごめん・・つい・・・」
「魔子さん、電話です。」

　スタッフから電話を受け取った真央が、受話器から聞いた声に眉を寄せた。
　亜美に電話を指し、ウィンクをする。

「わかりました。明日ですね。では、部屋を開けておきます。・・はい。」

　電話を切ったと同時に、真央が、興奮気味に亜美に話し掛けた。

「大川よ、明日の夜、８時に来るわ。」
「！・・・本当っ・・」

　亜美は、急いで鏑木に連絡をし、大川が明日、来店する事を伝えた。

『わかった。作戦を練っておく。明日一番に、香坂に寿美子と接触してもらうよ。』
「わかりました。」
『奴らを潰せば逆転判決は十分可能だ。今から徹夜で証拠を探す。』
「はい。お願いします。」

　亜美は、大川夫妻を落とすための協力を真央に依頼し、その、作戦を打ち合わせする事にした。

（１３２）

−　翌日　−

「とにかく、口を割らせればいいのね。」
「ええ。・・・出来そう？真央さん・・・」
「ただ、脅すという訳にもいかないから、口を割るための材料を得ないと。」
「それは、大丈夫、うちの鏑木さんがプロ中のプロだから。」
「じゃ、私は、亜美さんがする質問にあわせて、プレーをしていくわ。」
「ええ、そうして。」

　亜美は、真央と更に綿密なプレーを想定し、それを何度も繰り返していった。

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　その頃、裕二は、寿美子が通い詰めているエキサイティングパブ「ロッド」と言う会員制の店の前に立っていた。

（ここか。見たところ、エキサイティングというよりデンジャラスって感じだな。）

　裕二は、そう思いながら、鏑木が作成した会員カードを提示し店内に入っていく。　
　既に、鏑木の作戦で、調査係の女性課員が数名潜り込んでいるはずだ。

　その、女性課員達が次々と裕二に声を掛け、誘いを掛けていく様子を見せるのだ。
　焼もち焼きで、独り占めしたい、寿美子の性格を分析した鏑木は、寿美子に、裕二という男に興味を抱かせ、接触しやすい状況を作るためだった。

　店内はフラットで広いフロアーは、全てが見えるように施されている。
　赤い電飾で統一され、妖しい雰囲気が漂っていた。
　中に居る女性は、ほとんどが露出の多い服装で来店している。
　会員制のため、秘密は厳守されており、浮気願望の強い、若い主婦や裕福な女性が、飢えたように男性客を誘いに掛けていた。

　裕二が、奥のソファに座ると、さっそく一人の女性が声を掛けてきた。

「裕二君・・・・」
「ゲッ・・・よ、洋子・・・お前も来てたのか？」

　洋子は、スリットが深く入ったミニスカートに、ネットストッキングを穿きノーブラでメッシュのセーターを着ていた。

「補佐の私が、来ないでどうするのよ。部下だけに任せられないわ。しかし、この店凄く気に入ったわ。仕事以外でも来ようかしら。」
「・・・・どうぞ、ご勝手に・・・・・。ところで、寿美子は来てるのか？」
「ええ。一番奥のソファで男にオッパイ揉まれながらカクテル飲んでるわ。」

　裕二が、目を向けると、寿美子が隣の男性から乳房を揉まれながら無表情でグラスを口につけていた。

「ほぉー・・・しかし、雰囲気が異常だぜ・・・・・ん、イラついてるようだな。」

　裕二の言うとおり、寿美子は、隣の男に、飲んでいるカクテルを頭から勢いよくぶっ掛けた。
　男は、呆然としながら席を立つと、そそくさと奥のトイレに駆け込んでいく。

「生意気な女ね。」

　洋子の言葉に裕二も苦笑いをする・・・

「よし、やるか・・・」
「ええ。私は、寿美子の隣に座って様子をみてるわ。」
「ああ。」

　裕二は、寿美子の座るソファの前に移動した。
　洋子も寿美子の隣に何気なく近づく・・・

　目の前では、他の女性客が、男性客の肉棒を握り締め甘ったれた声で誘いを掛けている。
　寿美子も、その姿を見て一層、苛立ちを増加させていたのだ。

（チッ・・・今日は、いい男がいないわ・・・）

　ソファに座った裕二の横に、すぐさま調査係の女性課員が寄ってきた。

「香坂課長、調査の伊藤です。」
「ご苦労さん。ちょっと恥ずかしいかもしれんが我慢してくれ。」
「はい。」

　裕二は、寿美子に見えるように女性課員のスカートに手を入れた。
　実際には、触っておらず、あくまで、寿美子を誘導させるためである。
　女性課員が、作戦通りに台詞を吐いた。

「どぉう？凄いでしょ。・・・私と、しない？」
「いや、やはり遠慮しておくよ。」

　裕二は、いかにも触ったというところを見せようと中指を女性課員の首筋に塗りつける真似をとる。

「なによ。インポじゃないの。触るだけ触っておいて！」

　課員の伊藤は、そう言って怒りながら席をはずしていった。
　直ぐに待ち構えたように次の課員が、裕二の横に座ってくる。
　裕二は、内容を変えながら同じ事を何度も繰り返した。

　寿美子も、裕二に群がる様子を何度も、横目で何度も確認していた。

（なに、あの男・・・・追い払ってばかりじゃない・・・）

　そう思った瞬間、裕二と一瞬、視線があってしまった。
　しかし、裕二は、表情を変えずに寿美子を無視する。
　そんな寿美子は、性格上、徐々に裕二を意識し始めていたのだ。
　そして、寿美子の方から、裕二に近づこうとした時、洋子が、先に席を立ち、寿美子を制するように囁いた。

「失礼、あの人と久しぶりに会ったの。先に行かせて。」
「・・・・」

　寿美子が、顔を顰めて何かを言おうとした。

「それに貴女じゃ、あの男は、無・理・よ。」

　そう言って、洋子は、裕二に近づいていった。

（・・チッ・・・・なに、あの女・・・）

　洋子は、意味ありげな笑みを寿美子に見せながら裕二の首に手を回していく。
　寿美子は、険しい顔で洋子を睨んでいた。

「ね、裕二君、・・・感じる？」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。で、この後どうするんだ？」
「少しだけ、興味有り気に私を触る真似して最終的に追っ払って。その後、私は、寿美子の横に移動して彼女に声を掛けるから。」
「何て言うつもりだ。」
「まぁ、それは任せて。」

　洋子は、そう言うと裕二の手をとり胸に導いていた。

　その時、寿美子の隣に次長の西田が現れた。

「君、暇そうだね？」

　西田は、寿美子にそう声を掛けていくが、目を合わそうともせず言い捨てた。

「鬱陶しいわね、消えて・・・」
「ツレねぇー返事だな。」

　西田は、寿美子が投げる視線に合わせた。

「お、あの男、来てるのか？」

　西田の言葉に、寿美子は、かなり気に掛けたようだ。

「・・・知ってるの、あの男・・」
「ああ、何やってる奴かは知らねぇが、ちょっと有名だぜ。」
「有名って？」
「あいつに抱かれると天国に上れるって話だ。」
「ど、どういう事？」
「・・・さぁ・・・・・上手いんじゃないの・・・アレが。あいつに抱かれた女は、何度もここに通うくらいだからな。」
「・・・・」

　寿美子は、西田の言葉に急激に裕二を意識し始める。

「さて、アンタに振られちまったし、違う女性に声かけるか。」

　西田は、そういって寿美子から離れていった。
　寿美子は、一時も裕二から視線を外さないでいる。
　その裕二は、洋子の胸に手を当てていた。

「洋子、馬っ鹿やろ・・・手を放せ。」
「ふふっ・・・感じてるでしょ。」
「・・・・アホかいっ、勝手に乳首をおっ立てやがって・・・・・・・」
「正直じゃないわねぇ。」
「・・・・・ったく。それよりまだか？」
「もぉう・・・真剣に触ってくれればいいのに。」

　洋子は、裕二の手を放すと小声で囁いた。

「わかったわ、じゃ、黙って聞いてて。」

　洋子は、立ち上がると裕二に台詞を吐いた。

「残念だわ・・・急になっちゃうなんて・・」
「・・・・また、ここへ来いよ。」
「ええ、１週間後ね。」

　洋子は、そう言ってトイレに向かおうと寿美子の前を通り抜けようとした。
　寿美子は、先程の反撃をしようと洋子に声を掛ける。

「・・大きい事言った割には、アンタも振られたようね。」
「フンッ、馬鹿言っちゃいけないわよ。たった今、生理になっただけよ。」
「・・どうかしら。」
「ちゃんと、来週抱いてもらう約束をしたわ。」
「・・・・・・」
「あっ、私、帰るけど彼には声を掛けないでね。私の、専属の彼になってもらうんだからさ。」
「そんな事、勝手でしょ。」
「まぁ、どうせ相手にされないと思うけど。フフフッ・・・」

　そう言って、洋子は、トイレに向かう振りをして店を出て行った。

　直ぐに、裕二を確認する寿美子・・・・
　裕二は、ジントニックを注文し、煙たそうに目を細めて煙草を噴かしている。
　寿美子は、しばらく間を置くと冷静を装って裕二の座る席に歩み寄っていった。