（１３８）

−　週末　−

　裕二は、息子の勇斗を連れて駅近くの公園に来ていた。

「勇斗っ！　道路に出るんじゃないぞ！」
「はぁーい。」

　裕二は、優しく笑いながらベンチに腰を下ろし煙草を吸い始める。
　亜美は、３日前から出張で沖縄に飛んでいた。
　今日の午後、帰る予定であり、裕二と息子の勇斗は、この公園で待ち合わせて３人で食事に行く予定だったのだ。

　裕二が、腕時計を見た。

（・・・・・そろそろ、くる頃だな。）

　そう思いながら、公園の周りに植わっている樹木を眺めていた。
　同じような親子連れが、子供達と遊んでいる。

　その時、裕二の全身に強烈な戦慄が走った。
　一気に緊張を漲らせ、対応を整えていく。
　裕二は、動じぬよう自然な動作で公園内を見渡した。

（・・・・ンッ・・・・俺だ・・・・俺を見ている・・・誰だ・・・）

　その時、一瞬、その緊張が解かれた・・・

（？・・・おかしいな・・・気のせいか・・・・）

　ふと、息子の勇斗を見る裕二・・・
　そこへ、一人の外国人らしい女性が勇斗に歩み寄っていた。

（・・？）

　大きな木のオブジェの前で砂遊びをしている勇斗の前に行くと、その女性は、しゃがみこんで何かを勇斗に話し掛けている。
　下を向いているため、その女性の顔は確認できない・・・

　その女性は、何かを喋った後、勇斗の頭を軽く撫でて立ち上がった。
　そして、裕二に視線を移し、長い髪を掻き揚げながら冷笑を投げた・・・

（・・・ん？・・・・・・・・・・な、なにぃーっ！）

「・・・・メ・・メアリー！・・・」

　その女は、元ＣＩＡエージェントで、アメリカ、マーベラス社派遣職員の交換として遠藤の妻、美津子の代わりにセンターにいたメアリー・ブライアンだった。

　距離にして８０メートル強・・・・
　裕二は、勇斗に向かってフルスプリントでダッシュした。

　しかし、メアリーは、フェンスを飛び越え歩道に停めてあった
　バイクにまたがると、エンジンをふかして一気にその場から消えていった。

「ク、クソッ・・・・・・」

　裕二は、勇斗にメアリーから何を話し掛けられたのかを聞いてみた。

「勇斗、今の女の人に何を聞かれたんだ？」
「え・・今のおばちゃんに・・」
「ああ、何て、言っていた？」
「んーとねぇ・・・・・・なんだったかな？」
「・・・・勇斗っ、思い出せ。」
「あのねぇ・・ボクなんさいって。それからねぇ、またあおうねっていってた。」
「・・・・・・」

　そこへ、出張から帰ってきた亜美が、偶然フェンス越しに裕二と勇斗を見つけ声を掛けた。

「あら、お二人さん・・ただいま。」
「あ、おかあさん、おかえりぃ。」
「た・だ・い・ま。」

　亜美は、黙っている裕二の顔を見た。

「・・・どうしたの裕二さん、怖い顔をして。勇斗が危ない事でもした？」

　裕二は、立ち上がって亜美の顔を見つめた。

「亜美・・・・・・・・メアリーだ。」
「え？」
「・・・・・今・・・・メアリー・ブライアンが、現れた。」
「・・・・・・・な、何ですって！・・・・」

　亜美の顔が一気に強張っていく。
　裕二は、勇斗を抱き上げて、亜美と視線をあわせた。

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　裕二と亜美は、勇斗を連れて鏑木の家を訪れていた。

「なんだとぉー！　ほ、本当か、香坂っ。」
「ええ、間違いありません。俺の顔を見て不敵に笑っていましたよ。」
「・・・・まだ、いたのか・・・・日本に。」
「鏑木さん、嫌な予感がします。」
「んむ・・・・・・俺もだ。　実は、西田から朝、電話を貰ってな・・・・・本社の集中機械室で、電気異常があったらしいんだ。何者かの侵入形跡があるということで、西田が見に行ったんだが、よく見ると、確かに機器類を触った形跡があるらしい。しかし機械自体に異常は無かったようなんだが。」
「メアリーですかね？」
「・・・それは、判らん。」
「何が、考えられます？」
「まともな意見とすれば・・・・・センターへの仕返しだろう。特に・・・・」
「・・・俺ですね。」

　鏑木は、その言葉で、ビールを一気に飲み干して答えた。

「お前に対しては、メアリーは、完璧に打ちのめされている。まだ、今現在も、お前には敵わないと思ってはいるだろう。」
「・・・・・・」
「執拗な仕返しを企んでいるとすれば、俺を含む、お前を取り巻く人間だ。」
「つまり・・・・」

　鏑木は、亜美に視線を移した。

「私が、狙われる可能性が大きいんですね。」

　亜美の言葉に、鏑木は言葉を濁した。

「断言は出来ないが・・・・」
「洋さん、何か先手を打てないの？」
「・・・んむ・・ただ、行動をまだ起こしていない。そこがネックなんだ。」

　その時、鏑木の自宅に電話が掛かってきた。洋子が受話器を上げる・・・

「洋さん、所長から電話よ。」
「所長から？」

　鏑木が、受話器を受け取った。

「代わりました。鏑木です。」
『夜にすまん。大変な事が起こった。』
「え？・・・何です？」
『実はな・・・』

　遠藤の話の内容はこうだった。

　太平洋グループの持つ、世界の企業とエリアを繋ぐオンラインの破壊宣告が本社にメールで送られて来たというのだ。
　既に、一部のネットエリアが、本気であるという証拠を見せるために誤動作をさせられ、世界中の取引企業から問い合わせが殺到しているらしい。
　さらに、太平洋物産ニューヨーク支部の１支所が、爆破され緊急連絡が本社に入り、先程、テレビのニュースでも大々的に流れていた。
　太平洋グループの全幹部が招集され、遠藤も現在、車で移動中との事だった。

「なんですってぇっ！」
『センターの課長以上も本社に召集したい。』
「解りました。香坂も一緒にいますので、直ぐに行きます。」
『頼む。』

　鏑木は電話を切ると、裕二に内容を説明した。

「えぇーっ！」

　鏑木は、早速、出掛ける用意をした。

「香坂、急ぐぞ。」
「はい。」
「亜美君、念のために、今日は、勇斗と家へ泊まっていけ。」
「は、はい・・・・・でも・・・」
「亜美、そうしなさいよ。メアリーが、現れてから異常が多すぎるわ。」

　裕二も、鏑木と洋子に相槌を打った・・・

「亜美、そうしろ。俺もそのほうが安心だ。」
「・・・・・うん・・・・じゃ、そうする。補佐、お言葉に甘えて。」
「ええ。」
「じゃ、洋子、俺達は行くから頼むぞ。」
「わかったわ。気をつけてね。」

　裕二と鏑木は、緊張の面持ちで本社へ急いで向かった。

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−　本社大会議室　−

　太平洋グループの全関連会社の幹部ら２００名が大会議室に集まっていた。
　既に、昼から先程まで会議が続けられていたようだ。

　ここで、全てにおいて検討した結論は、中央情報管理センターに、直接説明し関連各社の全幹部に、今後、センターが行うであろう行動所見を説明させ意見統一を図るために招集が掛けられたのだ。
　
　既に、裕二と鏑木が、到着した時には、センターの幹部も全員集合していた。

「遅くなりました。」
「んむ、そこへ座れ。」

　遠藤の声で、鏑木と裕二は、幹部らが囲む席の正面に座った。

　遠藤が、議長を務めている本社常務の康平に全員が集合した旨を伝える。

　康平は、頷くとグーループ各社の幹部に声を掛けた。

「皆さん、お待たせしました。ただいま、情報管理センターの各担当課長が、全員集合しましたので会議を再開します。」

　こうして、今後の対応策や危機管理の方法を練る会議が再開された。

　各幹部の質問に答えていく遠藤・・・
　そして専門分野を務める課長らが意見や回答を説明していった。

　社長の洞屋が康平に意見を促した。

「荒尾常務・・・・・どうする？」

　康平が、遠藤に視線を移した。
　遠藤は、厳しい目で康平にゆっくりと頷く。

（常務・・・任せてください。）
（・・・・・・解った。）

　康平と遠藤は、目で会話を交わし共に了解をした。

　康平は、全員に説明を開始した。

「社長、そして、役員のみなさん。今件は、太平洋グループの中央情報管理センターに、全てを任せてくれないでしょうか。いま、太平洋グループは、最大の危機に立たされました。
　半端な作戦では解決できません。それは、相手が企業や団体組織ではなく、恨みを持つ個人の行動と予想できるからです。
　そして、今件は、公には出来ません。太平洋の恥でもあり、そして何より、日本経済に与える影響も絶大だからです。」

　康平の説明に会議室がざわめいた。
　頭を抱え込む者、天井を仰ぎながら溜息を吐く者と様々だ。

　筆頭専務の遠山が、康平に近づき小声で耳打ちした。

「荒尾君・・・・相手は、そんなに危険な人物なのか？」
「・・・はい。・・・恐らく・・・・・元ＣＩＡエージェントです。」
「な・・・何っ・・・」
「遠山専務・・・・。内調にも許可を取ろうと思っています。」
「・・・！・・・・・社員にも・・・え、影響が・・・」
「最悪、命を落とすものも・・・・・・・いるかもしれません。」
「・・・・・・・あ、荒尾君・・・・・解った・・・センターに託そう・・」

　康平は、頷いた。
　そして、全役員に承諾を得て太平洋グループの危機回避を約束したのだ。

（１３９）

　別室では、康平を含むセンターの課長以上が集まっていた。

「皆も聞いていただろうが、先程、役員に約束をした。君達の働きで、太平洋グループを救って欲しい。」

　遠藤は、康平に具体的な思案を進言した。

「荒尾常務、とりあえず他の業務も疎かには出来ません。私が今件に加わるセンター員を選抜したいと思いますが。」
「んむ、そうだな。」
「で、今後の対応策は？　もし、必要な事があれば、全て予算を取る。そして、内密に国にも話を持っていくことも可能だ。どうだ遠藤っ。」
「はい。そうして頂くと・・・・・かなり経費も掛かると思いますので。」
「んむ・・・で、具体的に、どう動く？」

　遠藤は、鏑木に意見を求めた。

「鏑木、今件を考察して考えられる事は？」
「はい。　今現在、解っている事は、単独以外に考えられないという事です。理由は、色々ありますが、他の所で事件は、同時には起こっていません。しかし、その行動はプロ以上です。ただ、相手が、メアリーだとするとそれなりの仲間がいても、不思議ではありません。非常に悔しいですが、相手の、次の攻撃が始まらない事には、私も調査しようがないんです。」
「わかった。遠藤、とりあえず、全てに対応できるよう手筈を整えておいてくれ。」
「解りました。」

　康平は、そう言って幹部室を戻っていった。

「よし、明日、一番で作戦会議をする。それぞれ気合を入れてくれ。」

　センター員は、遠藤の激に頷いた。

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「やっぱり、メアリーね。」

　裕二は、鏑木の自宅から亜美と勇斗を乗せて家路についていた。

「可能性大だ。・・・・特に、俺は、要注意だな。」
「しばらく、お母さんに勇斗を頼まなくちゃ。」
「ああ、義母さんには、申し訳ないが・・・」
「何言ってんのよ、裕二さん。返って喜ぶわよ。」
「・・・・ああ・・・・亜美、お前も気を張っておけよ。」
「ええ。」

−　翌朝　−

　センター員全員を第１センタービルに集合させ、遠藤が昨夜の内容を説明した。
　全員が、緊迫した表情で遠藤の話を聞いている。

「すでに、次長の二人が、人員を選抜しておいた。他の者は、今件同様に他の業務を継続してくれ。発表は、各担当課長から聞くように。以上だ。」

　遠藤は、皆を解散させると、裕二と鏑木を呼んだ。

「今朝、一番で、修平さんに、話を持っていった。」
「・・・・・」
「うちがターゲットという事は、国がターゲットと同じだと言ってくれた。つまり、俺達に限って行動は、自由だ。亜美君、香川、そして聖子君にもそう伝えてくれ。今回は、非常に難しい仕事だ。苦労するだろうが頼む。」
「解りました。」

　鏑木が、遠藤に問い掛けた。

「所長、以前、メアリーの髪に仕掛けたチップ入りの毛髪は？」
「俺も、それを一番に聞いたんだが、専門担当いわく日本にいるにもかかわらず、感知しないという事は気づいて除去した、としか考えられないそうだ。」
「でしょうね・・・・・そして、もう２度と引っ掛からないでしょう。」
「鏑木、まず全グループのシークレットシステムを再確認してくれ。」
「もう、既にやっています。今日中には、終わると思います。」
「そうか。よし、俺は、もう一度、本社に行ってくる。」
「解りました。」

　遠藤は、そう言って本社に出かけていった。

　鏑木が、裕二に声を掛ける。

「香坂、ちょっとした情報があるんだ。」
「情報？・・・・」
「ああ、メアリーのな。」
「！」
「ちょっと、下に行くか。」
「ええ。」

　鏑木と裕二は、下階のセンター専用レストランに移動した。

「実はな、社内シークレットを調整していたんだが、検出をかけたらうち以外のポートで、侵入されてるマシンが、かなりあるんだよ。」
「え？」
「今、課員に調べさせてるが、ＩＰが同じところから発信されている。」
「特定できるんですか？」
「それは、まず問題はない。」
「メアリーがですか？」
「色々と俺も考えた。以前のメアリーのデータを引っ張り出し、再度、探ったりもしてみたよ。そして、あれだけの目に会って、ＣＩＡにも追われる立場になった。そういう人間の心理状態を考察してみたんだ。・・・あくまで俺の考えだが、メアリーは恐らく、太平洋に対して、憎悪と復讐が入り混じっている。」
「・・・・つまり、何をやるか解らん・・・という事ですか？」
「ああ。・・・・・今のメアリーは、尋常ではないと考えておいた方がいい。」

　鏑木は、そう言って熱いコーヒーをすすった。
　裕二は、椅子に深く背を持たれかけ、煙草を取り出し火をつける。

「香坂、お前の考えは？」
「・・・あくまで勘ですが、俺を付け狙っているような気がするんです。」
「・・・・」
「誘導作戦を取ろうと思ってんですけどね・・・どうすか、鏑木さん。」

　鏑木は、苦笑いしながら裕二に呟いた。

「さすがだな・・・俺は分析して、やっと答えを出すが、お前は野性的な勘で、俺と同じ答えを出しちまうぜ。」
「・・・」
「とにかく姿を現さん事には話にならん。俺は、お前の意見に賛成だ。」

　その言葉を聞いた裕二は、笑いながら立ち上がった。

「さっそく、ブラついてきます。」
「お前のバックヤードは、全て俺の情報で埋め尽くしておいてやる。」
「ええ、頼みます。・・・・・鏑木さん・・」

　裕二は、レストランを出てロビーに向かった。
　ちょうどエントランスからエレベーターに向かう途中、翔子が声を掛けてきた。

「あ、香坂課長、ちょうどよかったです。」
「おう、翔子君、元気か・・・どうだ、情報係は・？」
「ええ、私には、ちょっと係長職は、荷が重いんですけど・・」
「はは、西田次長がいるし、色々と教えてもらうんだな。ところで何か用かい？」
「ええ、鏑木次長から、受けた分析を調査係が検出したので課長に持っていこうと思って。」
「何、そうか。」

　裕二は、翔子から書類を受け取った。

（港付近か・・・・・）

「課長、これ、新型のＣＥ端末機です。情報課が研究所に依頼して作ってもらいました。これは、センターからの情報が全て見れます。」

　裕二は、翔子からＣＥ端末機を受け取った。

「ほぉー、また、えらく小型だな・・」
「ええ、邪魔になりませんし・・・・でも、かなり高性能です。」
「サンキュー、電話で聞くより楽だぜ。」
「調査分析結果は、情報係経由で香坂課長に入れますので。」
「わかった。じゃ、行ってくる。」
「気をつけてください。」
「ああ、ありがとう。」

　裕二は、ＣＥ機を胸ポケットに仕舞い、エレベーターに乗った。

（・・・・・シンドクなりそうだな・・・・）

　裕二は、気を入れなおして、港方面に向かった。