（１０）

　翌日、香坂は、鏑木とセンターの喫茶室でコーヒーを啜っていた。

「香坂、俺は昨日、荒尾さんの話に衝撃を受けっぱなしだったよ。」
「はい、僕もです。脳も身体も興奮して朝まで眠れなくて・・・」
「俺達も、あんな人間になれるのかな？」
「荒尾さんは、誰でも可能だって言ってましたが・・・・」
「次元が違うようだが、本質は理解したつもりだ。後は、自身の考え方次第だな。」
「難しいかもしれませんが、まったくその通りです。」
「でも、運良く、俺もお前も理解してくれている女性がいる。それでもって、昨日、一緒に話を聞いていたんだからな。」
「しかし、一歩間違うと、勘違いされる事も有りえますかよね。」
「ああ、その通り。そこが一番難しい・・・・やはり、潜在的に荒尾さんは、もともと、素質と言うか、そういう能力を持ってたんじゃないだろうか。」
「ま、鏑木さん、荒尾さんの言うとおり遠回りをしてみましょう。」
「そうだな。でもな、香坂、その遠回りって事も深い意味が有りそうで気になるんだ。」

（・・・さすが鏑木さん・・・・俺と同じ疑問を・・・。）

「ま、焦らずに頑張ってみるさ。・・・・さ、じゃ、行くか。」
「はい。」

　鏑木と香坂は、昨日、課長の野口が見つけた外部侵入者の調査をするために太平洋化学に向かった。

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　その頃、亜美と洋子は、鏑木から命令されたクローズソフトの説明を受け、研究所から出てきた所だった。

「ねぇ、亜美・・・・・」
「はい。」
「亜美のお父さんって・・・・なんか物凄く格好いい人だね。」
「え？・・・・」
「何ていうのかな・・・・・・よく解らないんだけど、人が気付かない肝心な事を解ってるっていうか、だけど、そのために何かを犠牲にしないっていうのか。」
「ええ、でも、私にも、よく解りません。」
「・・・・遠回りか・・・私の捉えている意味とは違うような気がするわ。」
「・・・・」
「昨日、母に聞いたわ。亜美のお父さんとの事を・・・」
「え・・・そ、それで？」
「一言だけ・・・鏡みたいな人だって・・」
「鏡・・・どういう意味ですか？」
「母が言うには、荒尾さんに映る自分自身を見る事が出来るっていうのよ。」
「・・へぇーっ・・・・意味深げな言葉ですね・・・・」
「そうね・・・考えるほど解らなくなっちゃって・・・」
「でも、それが解ると・・・・・・」
「ま、亜美、アンタのお父さんが言ったように結果を求めて近道しちゃいけないって事ね。」
「え、ええ・・・・・」

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　鏑木と香坂は、太平洋化学の管理部長、大原に外部流出の件を説明していた。

「ほ、本当なんですか？」

　驚く大原が、鏑木に声を発した。

「ええ、間違いありません。まぁ、その社員自体を調査する事も大事ですが、流出会社、つまり外部侵入の会社を調べるのが先決です。協力願えますね。」
「それは、勿論です。」
「ホストから見ると集中管理のＩＤですので管理部員である事は間違いありません。」
「・・・・・そうですね・・・」
「管理部は、何人いるんですか？」
「現在、２２名ですが直接データを扱うのは、３名です。」
「判りました。それでは大原さん、今から少々、作業させて頂きますので、管理部員のアクセスを暫く止めていただけますか。数分で終わります。」
「はい。」

　さっそく、鏑木と香坂は大原の後に続き管理部のオフィスに向かった。
　管理部の社員には、センターから調査という名目で説明をし一旦業務を中止させた。

　香坂が、社員の挙動を注視する。
　ちょうど、一人の女性社員が強制的にＰＣカードを抜き、後ろの資料棚に置くのが見えた。
　異様に顔が強張っている。
　香坂は、苦笑いをしながら鏑木に耳打ちした。

　香坂の耳打ちに頷く鏑木は、いきなり、その女性社員の扱うコンピューターに近づきキーボードを叩き始める。

　顔を顰める女子社員・・・・・

（・・・・なるほど・・・そうか・・・）

　鏑木が香坂に目で合図を送る。
　香坂は、カードを抜いた女性社員の後ろに回り、資料棚からカードをとると、それを鏑木に差し出した。
　鏑木は、カードを受け取りスロットルに差し込む・・・

　女性社員の顔が一層歪んでいった・・・
　鏑木が胸ポケットから別のカードを取り出しディスクを差し替えると、履歴データやアクセス回数をコピーしていった。
　そして簡易的に、クローズを掛けて作業を終了した。

「大原部長、ありがとうございました。どうぞ業務を再開してください。」
「は、はい・・・・みんな続けてくれ。」

　社員は、首を傾げながら席についた。
　鏑木は、香坂にマザーマシンのロックをセンターのＩＤに変えるよう支持する。
　同じく鏑木も集中データにコマンドを掛けていった。

　作業を終えた鏑木と香坂は、大原に対し詳細を調査した上で後日、報告する事を告げ管理部を後にした。

　二人の後を一人の女性が、他の社員に気付かれぬよう着いてくる。
　震える声で鏑木らを呼び止めた。
　その女性はカードを隠した女性だった。

「・・ぁ・・あの・・・・・」

　振り向く鏑木と香坂・・・・

「はい、何ですか？」
「そ、その・・・・私・・・・」

　鏑木は香坂と目を合わせた後、その女性をお茶に誘うことにした。

「よろしければ、お茶でも飲みながらお話しますか？」

　その女性は、小さく返事をし二人の後に続いた・・・
　３人は、食堂隣にある社員喫茶に入った。

　徐に鏑木が女性に喋りかける。

「君、名前は？」
「・・・・か、神谷映子と言います。」
「・・・よりによってＢＢ化学とはねぇー・・・」

　ＢＢ化学は、太平洋と並んで化学部門では肩を並べるライバル会社だった。
　以前より、競争意識は激しく荒っぽい社員が多くいる事でも有名だ。
　現在のＢＢ化学の主導幹部は、年齢も若く業界トップに躍り出るためなら手段を選ばない連中ばかりという噂も流れている。

「・・・あの・・・私、・・・・・す、・・すみません・・・」
「正直、もう遅いよ。既にＢＢ化学もうちを蹴落とす作戦を練ってるだろう。いや、実行段階に入ってるかもな。まぁ、君の処分も明らかだ。覚悟を決めておくんだね。その前に君とＢＢ化学の関係を聞いておかないとな。」

　鏑木は、そう言うと、後を専門の香坂に任せて席を立った。

「香坂、俺は急がないといかん。後は頼むぞ。」
「はい。」

　鏑木は、香坂の肩を叩いて喫茶室を急ぎ足で出て行った。
　香坂が、煙草のパッケージを指で軽く叩き口に咥えて火をつけた。

「・・あの、私・・・どうすれば・・・・」

　香坂の目が鋭く光った・・・・
　終始無言だった香坂に、神谷映子は一種の恐怖感を抱いていた。