（１１）

　香坂の体から発する迫力に神谷映子は、とても耐えきれないでいた。
　足がガクガクと震え、顔も真っ青で引き攣っている・・・・

「君・・・」

　香坂の声に肩が瞬間にビクついた。

「・・・は、・・はぃ・・・」
「ＢＢ化学の誰にコンタクトをとってたんだい。」
「・・・そ、それは・・・・私・・・言うと・・・・・・そ、その・・」
「酷い目にあうってか。」

　香坂は、神谷映子の反応を窺った。
　表情から察するに、恐らく脅しでも掛けられたのだろう。
　そうでなければ、これほどビクつかないし素直でもないはずだ。
　そう思った香坂は、憶測ではあるが映子に質問をしていった。

「君の男か、金か、恐怖か・・それとも弱みを握られているか・・・・・だね。君も俺と同じ太平洋グループの社員だ。助けてやるから正直に言えよ。」

　映子は、必死で耐えていたものが、今の香坂の言葉によって崩れた。
　涙を浮かべながら香坂に話し始める・・・

「・・・じ、実は・・・」

　映子は、ＢＢ化学の製造課長で佐々木勉という男と不倫関係にあった。
　佐々木も映子も互いに既婚であり子供もいるが、佐々木は、かなりの亭主関白で、自分の女遊びなど女房に文句一つ言わせない横暴な性格らしい。
　知り合ったきっかけは、映子の友人の結婚式で新郎側に招待されていた佐々木に、二次会の席で声を掛けられた事が始まりで、不倫関係が始まったのが２年前だという。
　その後、映子の勤める会社が、自分のライバル会社である事を知り、佐々木は、映子を利用し自らの営利目的にしようと思い始めたのだ。

　映子が担当する管理部は、一般的な管理の業務ではなく各部署から集計されたり記録されたデータを直接扱う部署で言ってみれば裸のデータを見る事が出来る。
　それを各データ化し研究所、開発部署等に送って新製品を製作していくのだ。

「なるほど、最初からデータの横流しは目的ではなかったわけですね。」
「・・・・はい。管理部員の立場上、上部からも秘密の厳守は、口すっぱく言われていたのですが、去年あたりから、私からの別れ話に腹を立てて不倫を旦那にバラすぞと脅迫してきたんです。それが今では会社のデータまでを要求するようになってきて、１回、流出したばかりに２度３度と・・。」
「ま、よくあるパターンですね。」
「・・・・・」
「失礼ですが、佐々木とは、今でも身体の関係を持っているわけですね。」
「・・・・は、・・・・・はぃ。」
「解りました。ケリがつくまで、まだ太平洋化学の幹部には話すのは控えましょう。しかし、協力して頂きますからね。」
「・・・・」
「ご主人に不倫がばれて離婚されたり、会社もクビになって新聞で大きく報道されたり、親戚やご家族に恥や迷惑を掛ける事を考えれば、それ位の事はやってもらわないと。」
「佐々木には、今回の事を・・・・な、なんて言っておけば・・・」
「数日、メンテナンスが入ると言っておきなさい。その間に、我々、センター員が手を打ちます。」
「・・・わかりました。」
「貴方の連絡先を教えてもらえますか？」

　映子は、香坂に携帯電話の番号を教えた。
　香坂は、映子に勝手な行動を慎むよう促し太平洋化学を後にした。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「野口っ」
「はい。」

　所長の遠藤が第３課長の野口を呼んだ。

「いま、太平洋化学の専務から緊急連絡が入った。自社製品の物品が偽造疑惑を掛けられたそうだ。鏑木の調査通り相手は、ＢＢ化学だ。
　ＢＢ化学は、それなりの裏づけを揃えていると思う。企業会見前に処理したい。ＢＢの出方によっては太平洋から裁判に掛ける事も有り得る。今回の直接担当は、お前を筆頭に両補佐でやってくれ。」
「はい。わかりました。」
「鏑木、西田、仕事だ。」

　野口の声に鏑木と西田の顔つきが変わった。

　西田英吾は、主に情報と外交を担当しており、香坂の直属上司でもある。
　鏑木と同じ２８歳の西田は、先月、結婚したばかりだった。
　調査と業務を担当する鏑木と異なり実戦的な外回り業務が多い。

「今、所長から話を聞いてきた。例のＢＢ化学が企業会見で太平洋化学を落とす発表をするらしい。内容が難しいから今回は、俺とお前ら二人で直接動く事にする。ただし情報や調査はセンター員を使っても構わん。」
「また早いですね。で、会見の日は？」
「２日後だ。」

　鏑木と西田は、下準備に取り掛かるため自席に戻った。
　西田は、さっそく頭脳派である鏑木のデスクに足を運んで作戦を立て始める。

「鏑木、トラップを仕掛けたいと思うんだが、知恵を貸してくれ。」
「西田、トラップも良いが、逆にやられる可能性もある。昼まで時間をくれ。他に、いい方法がないか考えてみる。」
「わかった。今夜には動きたい。」
「ああ、楽勝だ。任せろ。」

　センターに戻った香坂が、早速、西田に呼ばれた。
　香坂も西田に映子の一件を説明し作戦を練り始める。

「香坂、佐々木とやらの直接のアタックは俺がやる。お前は、その神谷映子と佐々木の近辺を洗って奴の弱点を探してみてくれ。じきに鏑木が奴の調査を済ませるはずだ。作戦も鏑木が考えてくれる。後は、自由に揺すってみろ。」
「わかりました。」

　香坂は、鏑木の席に移動し映子の件を話した。
　作業をしながら香坂の説明を聞く鏑木・・・・

「なるほど、不倫相手か。ま、出世欲と金欲が混ざった典型的な例だな。」
「ええ。」
「しかし、こっちが開発製品化したものに、平気で偽装疑惑を掛けるとはいい度胸だ。向こうには、うちのような情報部署がない。ちょいとギャフンと言わせてやろう。」

　目だけで笑う鏑木の表情に香坂は息を飲んだ。

（鏑木さんも、結構怖い目するな・・・・こんな人が洋子とあんな事をねぇ・・）

「なんだ香坂、俺を見つめて・・・ホモか？」
「ば、馬鹿な事言わんで下さいよ。」

　鏑木は、笑いながらキーボードを叩いた。

　その頃、洋子と亜美は、ＢＢ化学に直接乗り込み営業を装って事業部長と商談を交わしていた。

「そうなんですか？　ＢＢ化学さんも凄い開発を手掛けてますね。」
「ええ、ま、この分野では、太平洋化学さんと実力も二分していますが、歴史自体は当社の方が古いですし伝統もありますからね。もし我社の製品を扱って頂けるなら、それなりの提携も考えさせて頂きますよ。」
「なるほど。実は私ども太平洋化学さんにもお邪魔したんですが、やはり、具体的な説明を頂きましたし悩んでいるのが実情です。」

　ＢＢ化学の事業部長が、険しい顔をして洋子と亜美に話し始めた。

「それは、止めた方がいい。実は、ここだけの話なんですがね、太平洋化学の製品に偽装疑惑の話が持ち上がってるんですよ。」
「え、そうなんですか？」

　しらじらしく演技する洋子に事業部長も乗ってきた。

「ええ、近日中に我社の企業会見で発表予定なんですが、内の開発したものと全く同じ類似製品なんですよ。」
「類似製品？」
「ええ。」
「という事は、太平洋側が盗用し先に企業製品の完成報告をしたという事ですか？」
「・・そういう事です。」
「確実な情報なんですか？」
「ええ、なんせ直接担当で、うちの製造課長からの報告ですからね。」
「製造課長・・」
「佐々木という男なんですが、太平洋化学に内部告発者を見つけたらしくて。」

（フンッ・・・何が内部告発者だってんだ。脅かしてるだけなのに。）

「わかりました。当社もＢＢさんの方向で検討させて頂きます。」
「ありがとうございます。いい返事をお待ちしております。」

　洋子と亜美は、応接室を出てセンターに急いだ。

「係長、組織的な行動ではありませんね。」
「ああ、そうだね。たぶん佐々木一人でやってる事さ。恐らく馬鹿な幹部が佐々木の件を信じたって事だよ。」
「どうするんです。」
「まずは、洋さんに報告するわ。彼なら先の手を考えてくれるはずよ。」
「・・・・・・・・係長、何か焦ってます？」
「当たり前じゃない。早く終わらないとデートできないわよ。」
「え？」
「だってそうでしょ。洋さんは、担当を持つと家にも帰らないんだから。」
「係長って、エッチの事しか頭にないんですか？」
「馬鹿言っちゃいけないわよ。洋さんの気持ちいい顔を見たいのよ。」

（・・お、同じじゃない・・・・）

　亜美は洋子の言葉に呆れながらも、その場面を想像して顔を真っ赤に染めていった。

（１２）

「よし、資料を揃えたぞ。」

　鏑木の声に担当者がデスクの回りに集まった。
　鏑木が、資料のコピーを皆に配り作戦を提案する。

「香坂、これが佐々木の詳細データだ。」

　資料を受け取る香坂・・・

「へぇー、女好きですか。ま、しかし男は大半そうですが。ん？・・ほほぉー、女房の妙子も無類の男好きですか。」
「ああ、うるさい旦那の目を盗んで教え子に手を出してるらしいぜ。結構、小奇麗な女性らしくて男好きする容姿をしているらしい。」

　佐々木の妻、妙子はカルチャーセンターで健康体操の教師をしていたのだ。

「そうですか。」
「香坂、奴の女房は使えそうだぞ。自分の事には文句言わせないが、女房は、籠の中に入れておきたいほど可愛がってる位だからな。」
「はい・・・そっちの線で行きます。」
「それから西田、奴は、それほどの頭はない。ちょいと演技して脅かしても差し支えないだろう。ちょっと馬鹿らしいかもしれんが女が効果的かもな。」
「なるほど、そうか。・・・・・・よし、亜美君を使わせてくれ。」
「え、な・・・な・・・」

　香坂の焦った顔に西田が不思議そうな顔をする。

「なんだ、香坂、不都合でもあるか？」
「あ、いえ・・別に・・・・」

　洋子が、クスクスと笑いを見せている。
　香坂の焦る表情を見て鏑木と亜美も笑いを浮かべていた。

　鏑木から配られた資料をもとに各センター員もそれぞれミーティングや作戦を練り始めた。

　香坂は、佐々木の妻、妙子が開く健康教室に電話を入れていた。
　入会を口実に、言葉巧みな話術で切り出すと終わり頃に妙子自身から顔を出してみればという誘いがあった。香坂は、承諾して電話を切った。

　夕刻が近づき、第三課長の野口が、指令を出した。

「よし、リミットは明後日だ。会見前に全てを終わらせるからな。それから、いくらＢＢ化学の幹部連中が知らなかったとはいえ、太平洋が偽装を掛けられて黙ってはおれん。課長の佐々木をダシにして、追徴謝罪をさせると共に同業協定を破棄させて徹底的に窮地に落とし込む。それは直接、俺がやるつもりだ。」
「・・・・・」

　野口が腕時計を見る。

「今５時か。ちょうど佐々木が退社する時間だな。よし、掛かってくれ。」
「はい。」

　鏑木を残し、全員が任務に取り掛かった。

　香坂は、映子に連絡をし新情報を直接、佐々木に手渡すよう指示をする。
　しかし、当然データはでたらめな物を渡すよう釘を刺しておいた。
　そして、佐々木の妻、妙子に接触し佐々木自身を心理的に追い込む作戦とした。

　西田が、香坂と、その作戦を確認しあう。

「香坂、お前の行動如何で、俺は、佐々木を落とす仕掛けを決める。」
「わかりました。」
「香坂、どれくらい時間が掛かる。」
「上手く誘い出せたとして３、４時間ですね。補佐と落ち合いますか？」

　香坂の言葉に即座に理解を示す西田・・・

「・・・ふむ、なるほど・・読めた。勘違いさせて浮気現場を・・・・」

　香坂は、西田に目だけで合図をすると早速、用意を済ましセンターを出た。

　一方、西田は亜美と共に佐々木を誘い出す手はずを整える。
　鏑木が用意した資料を元に遊撃作戦を実行するためだ。
　西田と亜美の二人は、香坂が映子に指示したデータ受け渡しの待ち合わせホテルに向かう所だった。

「亜美君、一応、俺がサポートする。君の色気で佐々木を誘ってくれ。」
「色気？・・・フフッ、西田補佐、任せてください。得意中の得意ですから。」
「・・・・ぁ・・ああ・・・頼むぞ。」

　西田の運転する車の助手席で亜美が妖艶な笑みを見せた。
　亜美は、ロッカー室で服を着替えて露出の多いフェミスーツとミニスカートに穿きかえていたのだ。

　その頃、香坂は、佐々木の妻、妙子が通うカルチャーセンターに出向いていた。
　そろそろ終わるであろう体操教室のフロアーの前で妙子が出てくるのを待つことにした。
　室内のクラシック系の音楽が止まり暫くすると中から沢山の人間が出てくる。

　香坂は、入れ違うように中に入り室内を見渡した。
　全身にフィットするレオタード風の姿をした３０代前半の女性を確認した。

（・・・彼女が佐々木の女房だな。）

　妙子が、香坂に気付いたようだ。

「あら？・・・貴方は。」
「こんばんは、先程電話をした香坂と申します。」
「ああ、貴方が電話の・・・。私、経営者の佐々木妙子です。」

（・・・・声だけだと暗そうな男と思ったけど、かなり、いい男じゃない。）

　妙子は、香坂を一目見て気に入ったようだ。
　願わくば、という気持ちが急激に妙子の心に沸いてくる。

「あのぅ、具体的にはどういった事を・・・」
「そうねぇ、まぁ、ヨガに似た体操で、ストレスや凝り固まった身体や頭をリフレッシュするのよ。」
「ほぉぅ、なるほど。・・・私も入会できますかね。」

　妙子は、香坂の興味を示す言葉に気持ちが浮つき始めた。

「ね、ちょっと待ってて下さる。着替えてくるからお茶でも飲みながら説明するのはどうでしょう？」
「え、ええ。」

（しめたっ。手間が省けるぜ。）

　香坂は、フロアーの喫煙コーナーで妙子が出てくるのを待っていた。
　ちょうど吸い終わって煙草を消した頃、派手な服を着た妙子が室内から出てくる。

「お待たせしました。」
「・・・・」

（凄ぇ、格好してんな。）

　妙子は、網のストライプのストッキングに胸が半分露出したシャツを着てしゃがむと下着が見えそうなミニスカートを穿いていた。

「あの、香坂さんでしたっけ・・・時間はよろしいですか？」
「ええ、特には何も。」
「私、お腹すいちゃったんですけど、よろしければ食事に行きません。」
「え、ええ・・・ま、構いませんが・・・」

　一応、演技をこなす振りをして的を外させないようにしなければならない。
　香坂は、極力、妙子の希望に添うよう心がけた。

　二人は、教室から近い繁華街にある大衆居酒屋に入った。
　妙子の派手な格好に店内の客もジロジロと見ているが、慣れているのであろう、妙子も特に気にするわけでもなく自然に振舞っている。

「ね、ビール飲んでもいいかしら、汗かいて喉が渇いちゃってるのよ。」
「ええ、どうぞ、遠慮なさらずに。」
「貴方も飲んだら？」
「ええ、・・・では頂きましょうか。」

　妙子は、店員にビールを注文すると香坂に入会の動機を聞いてきた。

「まぁ、会社での業務で、ストレスが溜まってますし、終業後これといってやる事もないので健康を兼ねて。」
「そうなの。うちは年代もバラバラで若い人もいれば中年やご老人もいるの。結構人気があるんですよ。」
「そうなんですか。やってみようかな。」
「貴方みたいな若くて格好いい人が来てくれれば、私も嬉しいわ。それに若い女性にも宣伝になるし。是非、考えてみて下さらない。」
「は、はぁ・・・」

　わざと照れを見せる香坂に妙子も心を揺さぶられているようだ。
　香坂は、運ばれてきたビールを妙子に注ぐと自らもグラスに注ぎ乾杯をした。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

　その頃、西田と亜美は、佐々木と映子が待ち合わせているホテルにいた。
　映子が、封筒に入っているデータディスクを佐々木に渡している最中だった。
　西田は、高感度カメラで、その現場を撮っていく。

「映子、いつ、そっちのコンピューターのメンテが終わるんだ。」
「え・ええ・・今週中には終わると思うけど。」
「明後日が企業会見なんだぞ。その後の製品データをくれないと、いくら成功しても肝心な製品の起動作業が出来ないんだ。いいか、今後も今まで通り上手く頼むぞ。」
「・・・佐々木さん、見つかったら大変な事になるわ。」
「馬鹿か、映子っ。今更後戻りできるか。それに今回の件で俺の昇格が決まったんだ。ま、お前にも、それなりの礼はするつもりだから期待しろ。それよりどうだ、今夜？」
「・・・・・ごめんなさい。今日は、母親が来てるので・・・・」
「チッ、しょうがねぇーな・・・・・次は空けとけよ。」

　映子は、返事をして席を立つと佐々木から離れてホテルのホールから表に出た。
　歩きながらガラス越しに佐々木を確認するとホッっと胸を撫で下ろした。
　スーツのボタンに隠された録音ボタンを停止する映子・・・・

（けっ、映子のやつめ・・・・・・お前は、絶対に離さんからな。）

　西田が、亜美に目で合図をする。
　頷く亜美は、佐々木が座る席の方に歩き出すと少し離れた正面に足を組んで座った。
　佐々木が亜美を眺めた。

（おぉっ、凄ぇ、いい女じゃねぇーか。）

　亜美は、携帯電話をバッグから取り出し西田に電話を掛ける。
　そして、佐々木に聞こえるようシナリオ通りに話し始めた。

「もしもし、私っ。どうしたのよ。いつまで待たせる気なの。」
『お、亜美君、なかなか上手いぞ。』

　電話の向こうで喋る西田に亜美も拍子抜けするが隙はみせない。
　続けてシナリオを繰り返していく・・・

「えぇ？　冗談じゃないわよ。仕事と私と、どっちが大事なの？」
『亜美君、数秒、間を置けっ。』

　西田の言うとおりにした後、合図が入り最後の言葉を吐いた。

「もういいわ。誰かにナンパしてもらうから。さようなら。」

　亜美は、そう言って電話を切った。
　怒った顔で煙草を取り出し口に咥える・・・
　そして組んでた足を、わざと佐々木に見えるように組換えて座りなおした。

　佐々木の様子を、視線を合わさぬように確認する亜美・・・
　こちらをチラチラと見ているようだ。
　亜美のブルーのセクシーなショーツが佐々木の目に飛び込む。

（見えたかな？・・・・声を掛けて来ぉぉぉぉーい。）

　暫くして、頃合いを見計らった亜美は、煙草を消して立ち上がる。
　亜美の期待通りに佐々木も一緒に立ち上がった。
　亜美が、ゆっくり外に出ようとすると佐々木がキザっぽく声を掛けてきた。

「あの・・・ちょっと失礼・・」

　佐々木の声に亜美は振り向いた。

「え？　何か御用かしら。」

　佐々木は、意味ありげな下品な笑いを見せていた。

「いや、彼氏にフラれたようだね。」
「な、何、言ってるんですか。勝手でしょ。」
「これは失礼、もしよかったら暇つぶしに俺と食事でもいかない。俺もフラれて暇なんだよ。」
「・・えぇ？」

　亜美は、極力、佐々木が諦めない程度に慎重に演技をする。

「奢ってくれるの？」
「ああ。勿論だよ。」

　亜美は、内心、しめた、とほくそ笑みながら考える振りをする。

「ねえ、君ぃ、いいじゃない。暇なんでしょ。」

（・・・意外としつこいわね・・・）

　亜美は、佐々木の表情を窺った後、警戒を表わしながら承諾した。

「・・・・下心なければいいわよ。」
「ＯＫ、決まった。じゃ行こうか。」

　佐々木は、亜美の背中に手を当ててホテル外に導いた。
　何気なく西田に振り向きウィンクをする亜美・・・
　西田は、亜美に親指を上げて頷いた。