（１４８）

−　警察署・検死室　−

「翔子・・・・・翔子・・・・・・・何故・・・何故、言ってくれなかったの？」

　亜美が、涙で顔を崩しながら小声で翔子に囁いていた。

「馬鹿よ・・・・貴女、大馬鹿よ・・・・・私たちは、親友じゃなかったの？」

　翔子の亡骸を優しく撫でながら、亜美はいつまでも翔子に話し掛けていた。

　廊下で待つ遠藤ら幹部らに、課員の一人が翔子の家族が、到着した事を知らせた。
　それを聞いた裕二は、検死室に亜美を呼びに入った。

「亜美・・・翔子君の御家族が来られた・・・・辛いだろうが・・出よう。」

　亜美は、静かに頷くと裕二にしがみついた。

「・・・裕二さん・・・・何故・・・何故なの・・何で、こんなに人が死ぬの？」
「・・・・亜美・・・・・・・・・出よう・・・」

　必死で涙を止め、廊下に出る裕二と亜美・・・

　外に出ると、ちょうど真っ青な顔をした翔子の両親が駆けつけてきた。

　母親は、全く声が出ないでいる。
　そして、翔子の父親が、遠藤に恐る恐る問いただした・・・

「む・・・娘は・・・・・しょ・・・しょ・・・・翔子は・・」

　遠藤が、無言で検査室のドアを開いた。
　震えた足で、妻を抱え検死室に入る両親・・・

　母親が、ゆっくりと白布を被る翔子に目をやった・・・

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁー！」　「翔子ぉぉぉぉぉー！」

　両親が、翔子の亡骸に飛びついた。

　遠藤の心臓は、破裂寸前だった。
　握りしめた爪が手の平に食い込んでいく・・・・

「お父さん・・・・・・お母さん・・・・・・・大切な・・・大切な・・・娘さんを・・・守れずに・・・・・・・・・・申し訳ありませんでした。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

　翔子の父親が、涙を拭きながら遠藤に振り向いた。
　遠藤は、土下座して頭を下げている。

「・・・・所長さん・・・・・娘は、・・・翔子は・・・自殺したんですよね。」
「・・・・・・・ぇぇ・・」
「・・・・娘は・・・翔子は、・・・悩みでも？・・・それとも、ご迷惑でも・・」
「・・・・・・・いえ・・・・しょ、翔子君は・・・・・・」
「・・・・所長さん・・・・・いいんです。・・所長さんのせいではありません・・・・・ただ・・・ただ、悔しくて・・・私たちに・・なにも言わなかったのが・・」

　遠藤と翔子の両親のやり取りを見ていた課員達は、やるせなさで一杯だった。
　翔子が、大事な情報を流した事を苦に自殺したなどとは、口が裂けても言うまいとする遠藤の心の内を理解しての事だ。

「所長さん・・・・・どうぞ・・・どうぞ、お仕事にお戻りください。」
「・・・・安部さん・・・」
「翔子から・・・・翔子から・・・何度も・・・聞かされてました。日本企業を引っ張る・・・・太平洋グループの・・・・心臓部を任されている部署だと・・・・・・いつも、翔子は自慢して・・」

　そう言うと父親は、言葉が詰まり、もはや声を出す事が出来なかった。
　遠藤は、絶えていた・・・しかし、涙は決して止まらなかった・・・

（安部さん・・・・・必ず・・・必ず・・・・この敵は・・・）

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−　所長室　−

　所長室には、センターの課長以上が集結していた。
　本社から、常務の康平、本部長の黒田もセンターに駆けつけている。
　黒田は、遠藤をはじめとする課長らに声を掛けた。

「遠藤、安部君の方は、本社で全て面倒を見る。お前達は全力で仕事にかかれ。」
「・・・はい。」
「安部君の両親の意向で、葬儀は親族だけの密葬にしたいそうだ。君達は、出席する事が出来なくて心苦しいだろうが承知してくれ。」

　本部長の黒田の言葉に遠藤は頭を下げた。

　続いて、常務の康平が質問をする。

「遠藤、真相は判ったのか？」
「直に、鏑木が、まとめた資料を持ってくると思います。」
「そうか・・・・・・・・・・・遠藤・・・・・判ってるな。お前の立場を。」
「はい、重々・・・」
「取り乱すなよ。」
「ええ。・・・・・私は・・・・・・センター長です。」
「んむ。」

　そこへ、鏑木が資料を持って所長室に入ってきた。

「所長、全貌がわかりました。」
「よし、説明してくれ。」
「はい。これは、全て翔子君のパソコンに残された経緯を要約したものです。」

　鏑木が、全員の前で、それを説明を開始した。

　翔子は、４ケ月前に、物産ニューヨーク支店からの不備事務を担当していた。
　全ての要件をクリアし、念入りに検討もし、再度見直した書類を単独でニューヨーク支部に送付してしまったのだ。
　ところが、情報内容は、完璧ではなく、それに気づいた翔子は、西田に正直にミスを報告をした。
　西田は、急いでニューヨーク支部に連絡を入れ訂正を促したのだが、異変がないことから、翔子を厳重注意だけで済ませていた。

「・・・・らしくないな。」
「ええ、しかし、西田本人が、再度、全ての項目を修正したんです。」
「・・・・？」
「ところが、その事実が偶然にも、復讐を思案していたメアリーに知り渡ってしまったんです。トラップセンサーと盗聴を使って。」
「な、何だとっ！」

　鏑木の説明中に、遠藤が声を上げた。
　鏑木が、遠藤に答えた。

「所長、翔子君がメアリーと接触したときの録音が残されています。これは、恐らく電話での会話だと思いますが。絶妙な脅し方です。」
「・・・・・・聞かせてくれ。」
「はい。」

　鏑木が、パソコンのフォルダに入っているボイスアイコンをクリックした。

『お久しぶりね。ミス・ショウコ・・・』
「・・・・？・・・・め、メアリー・・・」
『ご名答・・・』
「まだ居たの・・日本に・・・」
『いいえ・・・いい情報を仕入れたから日本に、また来たの。貴女のミスをキャッチしてね。チャンスを頂き感謝するわ。』

　翔子は、直ぐに物産ニューヨーク支店のことだと気づいた。

『これがあれば、強請れるわ・・・・ありがとう。』
「貴女・・・・ど、どこまで・・・・汚いわ。」
『そう、私は、復讐のためなら何だってするわ。』
「・・・・・」
『ところで、私に協力して欲しいのよ。』
「馬鹿な事を。私は、センター員よ。太平洋全グループの生命線を預かってるのよ。」
『だから頼んでるんじゃない。』
「お断り・・・」

　翔子は電話を切ろうとしたのだろう。
　メアリーが怒鳴り声を上げた。

『待ちなっ。タカヒコが死ぬよ。』
「・・・・た・・・孝彦・・・・な、何故・・・・」
『ふっ・・・貴女の彼氏だろう。ニューヨークに居るじゃない。来年、結婚をするんですってね。でも、それも叶うかしら？』
「・・・・あ、あなた・・・まさか・・・」
『その、まさかよ・・・・彼のハウスと身体に仕掛けをしたわ。あ、連絡しても無駄よ。ＩＣトラップを使ってるから、電話やメールで連絡した時点で貴女の最愛の彼の命は、絶たれるわ。』
「そ、そんな・・・・あ、貴女って・・・・どこまで・・・」
『それだけじゃないわ。貴女の妹さん、ケイコさんだったっけ、留学してるでしょ。』
「・・慧子？・・・・・あ、悪魔ぁぁーっ！」
『そう、私は、悪魔よ。』
「・・・・・・・・・」
『また、電話するわ・・・ショウコさん。』

　鏑木が、パソコンを閉じた。

「汚ねぇ・・・なんて女だ・・・」

　裕二が、呟いた。

「で・・その後は、どうなるんだ？」

　遠藤の問いに説明を再開する鏑木・・・

「翔子君の今までの経過を分析すると一人で解決しようとしています。恐らく、自分のミスでこういう結果になってしまった事が要因です。」
「それで・・・」
「後は、ご存知のように情報を流し続けています。ただ、彼女も情報を担当する身です、ここのシークレットの厳重さは、十分承知のはず。つまり、センターの技術を使わずメアリー本人から受け渡された、ＰＣマシンや端末で連絡をしていたのでしょう。」

　康平が重たい口を開いた。

「遠藤っ！」
「はい。」
「安部君の婚約者と妹さんを今すぐ救え。」
「はい、さっそく香川と大鷲君をニューヨークに向かわせます。」
「んむ。研究所の主任も同行させるよう俺から言っておく。恐らく、体内に仕掛けられてるんだろう。専門が要るはずだ。」
「はい、お願いします。」

　遠藤が、話を続けた。

「鏑木、翔子君が言い残した言葉の意味は判ったか？」
「裕二を球場跡地に誘き寄せるという意味ですね。」
「ああ、そうだ。」
「驚きました。翔子君の交信記録と、この計画を見ると、当初からメアリーに服従はしていないんです。最悪、刺し違えるくらいの覚悟でメアリーを落とす計画を翔子君本人が作成していました。その引導役を裕二に託したわけです。」
「・・・・裕二に？」

　裕二は、鏑木の次の言葉を待った。

「つまり、翔子君は、メアリーが自分をコントロールできていると思わせるために、時間を掛けています。事実それに成功しました。」
「本当に、そう思っているだろうか。」
「ええ。間違いないでしょう。婚約者と妹の事もありますから。」
「・・・・で？」
「裕二を球場跡地に単独で誘き寄せる事に成功した、と翔子君が連絡したのが、先ほどですが、その日付が、明後日の夜中０時に指定しています。ただ、Ｐ・エンドとなっていますので翔子君とメアリーの交信は、恐らくこれが最後だと私は、判断します。」
「つまり、メアリーは、翔子君を利用して裕二を誘導させた事を成功したと勘違いしているんだな。」
「ええ、そう考えて間違いないと思います。」

　鏑木の説明に康平、黒田、そして遠藤が頭を抱えた。
　確かに、球場跡地でメアリーを確保する事は難しくない。
　だが、しかし・・・・裕二の生命を奪われる可能性は大だ。
　ここで、裕二までもの命を失うという事は、センターの機能は著しく低下する。

　期限は、４８時間・・・・

　太平洋中央情報センターを預かる、遠藤博の一世一代の決断の時が来た・・・・・

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　所長室では、沈黙の中、遠藤が思案を繰り返していた。

　そして、意を決したかのように大きく深呼吸すると裕二に視線を移す。
　裕二は、既に遠藤を見つめていた。

「裕二、やってくれるか？」
「勿論です。俺は特命課課長です。そして、メアリーのターゲットです。俺が行かずして、今回の解決は有り得ません。全力を持ってあの女を。」
「わかった、頼むぞ。」
「はい。」

　遠藤は、康平に視線を移した。

「・・・・・常務・・・・大詰めです。」
「遠藤よ。全責任は全て俺が取る。リミットは２４時間だ。センターの実力を全て駆使し最高の作戦を持って当たれ。」
「はい。」

　遠藤の返事に、鏑木が早速、作戦のシュミレートを開始した。

「鏑木っ、頼むぞ。」
「はい。」
「大鷲君、今から急いで香川とニューヨークに飛んでくれ。」
「はい。」
「裕二、業務係に依頼し球場跡地の全ての建物にトラップがないか調べろ。」
「はい。」
「２時間以内に済ませるんだ。」
「わかりました。」

　センター課長らは、さっそく行動を開始した。

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　７時間後

　鏑木は、裕二をデスクに呼び寄せた。

「どうだ、裕二？」
「万事、ＯＫです。」
「よし、これでほとんど準備は終わったな。」
「後は、向こう側のトラップだけですね。」
「いや、多分、多分だが、ＣＩＡ日本支局がメアリーに情報を与える。しかし、こちら側も完璧だ。メアリーは、単独で始末をし実力をアピールしたいだけなんだ。つまり、情報は得ても手は借りない。」
「来ますかね？」
「必ず来る。」
「・・・・・」
「今回は、センター員だけでやらなくてはならない。内調が直接協力するとなると国連に厳告をされる。海外での活動も厳しくなるらしい。ただ、全て、ここで起こる事は、始末をしてくれるそうだ。」
「そうですか。」
「裕二、球場建物に高性能センサーを業務係りが取り付けた。あと、出入り口全てにオートロックが掛かるようにしておいた。地元警察、内調にも情報を入れておいた。トップシークレットだ。漏れる事はない。それから、マリーナのクルーザーだが、メアリーが出た後に、香川が仕掛けておいてくれたＰＰＩクラッカーを爆破する。」
「衛星通信が出来なくなるわけですね。」
「ああ、つまり、メアリーを孤立させる事が出来る。」
「しかし・・・・・あの女の事だ、気を抜かないようにしておきます。」
「ああ。一旦、課員を解散させる・・・・今日は、お前もゆっくり休め。」
「ええ・・・・・そうですね・・・・・・でも・・・・」

　鏑木は、自信たっぷりに裕二に言い放った。

「心配するな。全て完璧だ。」

　裕二は、鏑木の言葉に、無理やり笑みを作ってデスクを離れた。

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−　自宅　−

　裕二と亜美は、息子の勇斗を挟んで夕食をとっていた。

「裕二さん、久しぶりよね。こんな早い時間に親子３人で食事できるなんて。」
「ああ・・・そうだな。」

　裕二は、亜美の顔を眺めた。

　亜美は、ほとんど食事を口にしていない。
　明るく振舞ってはいるが、今日の翔子の死、そして、明日０時に裕二が球場に向かう事を知って、心を揺さぶられている事が、裕二には、十分伝わってきた。
　しかし、その事を一切口にせず、必死に気丈な態度を維持していた。

「亜美・・・・」
「ぇ・・あ・・・お、おかわりする？」
「・・・いや、もういいよ。」
「ね、ねぇ・・・・・勇斗、眠そうだし、お風呂入れてくれる？」
「・・・・・ああ・・・そうするか。・・・勇斗、風呂に入ろう。」
「はぁーい。」

　裕二は、勇斗を椅子から抱き上げて浴室に向かった。

　亜美は、二人がいなくなると茶碗を置いて俯いた・・・・
　自然に涙が流れてくる・・・・・

（何、泣いてるのよ、亜美・・・・・裕二さんが死ぬわけないじゃない。）

　亜美は、自分で、必死にそう言い聞かせて涙を止めた。

−　寝室　−

　部屋の電気を消してはいるが、亜美がまだ寝ていない事を裕二は気がついていた。

　裕二も、なかなか寝付けないでいたのか、椅子に座ってバーボンをストレートであおっていた。
　ベッドに寝る亜美を見つめる裕二・・・・・・

「・・・・・・亜美・・・・・寝れないのか？」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・お前らしくないぞ。　言いたいこと言えよ。」

　亜美は、シーツを捲って起き上がった。
　そして、無言のまま裕二に近づくと、椅子に座る裕二の膝に腰を下ろす。

「・・・・・どうした？」

　亜美は、裕二の首に手を回し頬を密着させた・・・・

「裕二さん・・・怖いの・・・怖くて眠れないの・・・独りぼっちになりたくない。」

　裕二は、グラスをボードに置くと亜美を強く抱きしめた。

「亜美・・・・・・大丈夫だ・・・・・・・俺は死なないよ。」
「私を・・・・・・私を一人にしないで・・・・」
「ばかだな・・・・亜美・・・・」
「裕二さん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今から・・・・・・抱いてっ・・・」
「・・・・・・・・・・・」

　裕二は、亜美を今以上に抱きしめた。
　今日ほど、妻、亜美を愛おしく感じた事は、なかったのだ・・・・

（１４９）

　第一センターの研修室では、最終打ち合わせが行われていた。
　いよいよ、メアリーを落とすための任務が、それぞれ告げられる。

「よし、全員揃ってるな。」

　遠藤が、鏑木に説明をするよう促した。

「では、発表するから、よく聞いておいてくれ。」

　課員が、話に耳を傾けた。

「まず、香坂課長は、１０分前に球場跡地に入る。今から中に潜入してもらうのは特命課の課員７名だ。お前達は、メアリーがトラップを仕掛けないように見張る役をしてくれ。係長の桜木は居ないが指揮は、全て俺がとる。出入り口のロックは、業務係長の亜美君、そして周辺警備は、業務係の全員だ。マリーナのクルーザーを爆破する係は、管理係長の戸田君、無線妨害は外交係長の来栖君だ。そして、洋子、お前は、マリーナから出てくるメアリーを見つからないように慎重につけて来い。」

　それぞれが鏑木の発表に返事をした。
　そして遠藤が、全員に念を押した。

「いいか。もう誰も犠牲にしない。俺は、メアリーが現れた時点で球場跡地に入る。俺が入ったら直ぐに全てをロックしてくれ。」
「はい。」

　担当の亜美が返事をした。

「特命課の７名は、約１０時間もの間、大変だが頑張ってくれ。メアリーが、何か仕掛けをするかもしれないからな。頼むぞ。」
「わかりました。」
「よし、掛かろう。」

　全員が、一斉に、それぞれの分担についた。

　残った遠藤と鏑木、そして裕二が所長室に入る。

「裕二、今朝、研究所から送ってきた防護服だ。背広の下に着ていけ。」

　裕二は、鏑木から、それを受け取った。
　怪訝そうに、それを見る裕二に遠藤が声をかける。

「裕二・・・念のためだ。俺は、これ以上部下に犠牲者を出したくない。」
「・・・・・・・・・はい。」
「それから、メアリーに雇われたゴロツキが何人か居る。調査係の情報で１０数名は居るようだ。こいつらは、メアリーが、球場を出るあとのガードと逃亡用の足に使う連中だ。中に入った時点で、全て片付ける。」
「・・・誰がですか？」

　遠藤が、笑いながら答えた。

「お前の兄弟子に話したら、快く引き受けてくれたよ。」
「・・・・兄弟子？・・・・・・纐纈さんですか・・」
「・・・・ああ、可愛い弟弟子を救わんようじゃ先生に顔向け出来んといっていた。」
「・・・・・・・・纐纈さんが・・・・そんな事を・・」
「それに、この間の恩を返すチャンスだとな。」

（・・・・・・・・纐纈さん・・・・・・・）

　その時、所長室の電話が鳴った。
　受話器を取る裕二。

「はい、センター、所長室です。」
『アメリカから国際電話です。しばらくお待ちください。』

　交換手からアナウンスがされ、裕二は、しばらく待たされた。

「所長、国際電話です。多分、大鷲君だと思います。」
「そうか。」
『大鷲です。』
「！・・香坂だ。どうだった大鷲君？」
『いま、安部さんの婚約者を確保したわ。香川君も妹さんを見つけたみたい。』
「そうか。」
『いま、ビッツェの科学センターで、研究所の人が処置してるの。後は、妹の慧子さんだけよ。３０分後にはここに来ると思うわ。』
「了解、慎重に頼む。」
『解ったわ。』

　裕二は、悦子からの報告を遠藤に話した。

「そうか・・・一つはクリアしたな。」

　遠藤と鏑木は、胸を撫で下ろした。

　その後、３人は、詳細を打ち合わせし始めて万全を帰した。
　そして、４時間を過ぎたあたりから、センターを出た課員達から準備を完了したとの報告が次々と入った。

「よし、残すところ２時間だ。そろそろ俺たちも出かけよう。」
「そうですね。」

　裕二は、防護服を着て上着を羽織った。
　３人の顔が、見る見るうちに鋭さを増していく・・・・

「さぁ、西田と翔子君の弔いだ。気を入れていくぞ！」
「はい。」

　所長室を出る３人の男の背中は、隆々さが滲み出ていた・・・

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

　裕二達が、球場跡地近くに到着すると、酔っ払いや道路工事を装った男達が、何気なく周りに張り付いていた。
　全て、纐纈の弟子達であろう事がわかる風貌と精悍さが伺える・・・・

「裕二・・・・・俺たちもついている。内調も承諾済みだ。止めを刺せ。」
「ええ・・・・今度こそ地獄に落ちてもらいます。」
「裕二、メアリーが現れたら、合図する。」
「解りました。」

　裕二は、腕時計を見た。

（後、１時間か・・・・）

　裕二は、静かに目を瞑り色々な事を考えた。
　何故か心が落ち着いていくのが不思議だった。

　そんな裕二は、ウトウトしながら知らず知らずの内に夢の中に居た・・・・

＜香坂裕二、中央管理情報センター勤務を命ずる。しっかりやれよ。＞

＜はい。頑張ります。＞

＜馬鹿野郎、裕二っ、そんな仕事でセンター員が勤まるかっ！＞

＜・・・すいません。西田係長・・・＞

＜着いて来い、仕掛けるぞ！＞

＜は、はい。＞

＜裕二、遂に係長か・・・お前なら大丈夫だ。＞

＜緊張しますね。＞

＜わ、私・・・・・香坂さんが・・・その・・・・好きなんです。＞

＜こんな俺でよければ、付き合ってみるかい・・・・＞

＜・・・・ほ、本当ですか？＞

＜どうだった・・・・・俺のチェロ・・？＞

＜・・・・・吸い込まれそうだったわ・・・凄く素敵だった・・・＞

＜香坂君、亜美をよろしくお願いします。＞

＜亜美は、僕の全てです・・・・・必ず・・・＞

＜・・・ゆ、・・・裕二さん・・・・赤ちゃん・・・＞

＜泣くな、亜美・・・・・・・でかしたぜ、男の子だ。＞

＜私を・・・・・・私を一人にしないで・・・・＞

＜ばかだな・・・・亜美・・・・＞

　裕二は、過去の出来事を夢見ていた。
　しかし、その夢の中で本能的に、回想にピリオドを打ち一気に目が覚めたのだ。

（！い、いかん・・・・・・・な、何で、こんな時に・・・・・・こんな夢を・・）

　裕二は、拳を握り締めた。

　車内のデジタルウォッチに目をやる裕二・・・・
　いよいよ時間が、近づいて来たようだ。
　裕二は、深呼吸をして言い放った。

「・・・・所長、そろそろ行きます。」

　遠藤も、大きく息を吸って裕二を見た。

「裕二・・・・・これが、終わったら・・・長期休暇をとって旅行でも行ってこい。」

　裕二は、無言で頷いた。

　車から降りると、裕二は、ゆっくりと球場に向かって歩き出した。

　中に入っていく裕二・・・
　グラウンドの中は、多少、暗かったが高層ビルから漏れるライトで視界に影響はなかった。
　真ん中へ歩み寄る裕二・・・
　煙草に火をつけると、ポケットに手を入れメアリーの到着を待った。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「鏑木、シンディから、連絡が入らんな。マリーナを出たのか？」
「ええ、先ほどから気にはしてるんですが。」

　そこへ、１台のメガクルーザーが飛び込んできた。
　黒の戦闘スーツのような服を着た女性が、車から降りてくる。

「所長、来ました。メアリーです。」
「んむ。」

　車から降りたメアリーが、後部座席のドアを開けた。
　誰かを引きづり下ろしているようだ。

　そして、遠藤と鏑木の顔が、激しく歪んだ・・・・

「よ、洋子っ！」
「何てこった・・・・・か、鏑木・・」

　メアリーは、洋子の首を後ろから持ち、ゆっくりと球場に入っていく。

「鏑木・・・とりあえず、俺たちも入るぞ。」
「わ、解りました・・・・・し、しかし・・・・」
「・・・・・鏑木・・・・来いっ！」

　鏑木と遠藤は、車から降りて向き合った。
　インターコムを耳にはめて無言で合図し合うと、慎重にメアリーの後を追った。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

　裕二が、後方の気配に気づいて振り向いた。

（来たか・・・・・）

　顔は確認できないが、二人の女性がこちらに歩み寄ってくる。

（？・・・・・）

　その二人が中ほどに来て、やっと顔が確認できた。

「！・・・・よ、洋子っ・・・」
「ゆ、裕二君・・・・ごめんなさい・・・」

　洋子が苦しそうに言葉を発した。

「お馬鹿ね、センターの人間は。・・・・・気づかないとでも思った？」
「・・・・・彼女は関係ない。離せ！」
「馬鹿言っちゃいけないわ。私は貴方とミスター・カブラギに復讐したいのよ。」
「・・・・・クッ・・・」

　メアリーの左腕には、改造した連射式のボーガンが取り付けられている。
　メアリーは、冷笑しながら洋子の首から手を放し、今度は腕を巻きつけた。
　先が尖った鋭い金属製の棒を腰から抜くメアリー・・・・

「何をする。・・・馬鹿なことは止めろよ、メアリー・・」

　そこへ遠藤と鏑木が、球場に入ってきた。

《球場内の全ての出入り口をロックしろ。》

　遠藤は、課員に合図を送った。

　そして、裕二の居る中央に足を運んでいく。

　中程にいる３人の様子を見て顔を顰める鏑木と遠藤・・・・
　メアリーも、二人に気づいた。

「あら、来たようね。貴女の愛しのダーリンが。」

　遠藤と鏑木が、裕二の後方に回った。

「ボス・・お久しぶりね。」
「・・・もう、お前のボスではない。・・・メアリーよ、そんな事をしてＣＩＡに復帰できるとでも思ってるのか？」

　メアリーが、遠藤を睨んだ。
　しかし、遠藤の身体中からも鋭いオーラが噴出する。
　メアリーの目が一気に強張っていった・・・

「おぉー、怖い・・・さすが、この男達を使うだけあるわ。・・・・だけど・・・」

　メアリーは、金属棒をいきなり洋子の肩口に突き刺した。

「ギャーッ・・・」
「よ、洋子ぉぉぉぉぉぉーっ！・・・・・て、てめぇー・・」
「おっと・・・動かないで、ミスター。」

　洋子の肩口に刺した金属棒に力を入れるメアリー
　洋子の顔が激痛で激しく歪んでいく・・
　そして、徐々に、その棒を肩口に埋めていった。

　鋭い金属棒が、洋子の肩に深く突き刺さっていく。

「ギ・・・ギ・・・・・ィ・・・・」
「止めろぉぉぉぉーっ！」

　メアリーが、鏑木の表情を見て笑い声を上げた。

「フフフッ・・・アハハハハハハッ・・・・いい、その顔いい・・・・・ンー・・・子宮が、破裂しそうなくらい感じちゃうぅぅ・・いいわぁ。大丈夫よ、まだ、肺には到達していないわ。だけど・・あと少しで・・」
「・・・・・た、ただで済むと思うなよ。」
「あら、ただですまないのは、シンディさんよ・・」

　そう言うとメアリーは、肩口の金属棒を刺したまま、もう一本の棒を取り出しメアリーの太腿に、それを突き刺した。

「ウグゥゥ・・・・・・・・ひ、・・・ひろ・・・し・・・さ・・・・ん・・・」

　鏑木は、まるで自分が刺されたような苦痛の表情になっていった。

　メアリーの態度、行動、言動を見て、鏑木は心理を探った。
　今のメアリーは狂っている、もはや通常の行動では埒があかないと判断した。

（・・・よ、洋子・・・・待ってろ・・・・すぐ・・・・・）