（１５０）

　ショックと怒りが最高潮に達したのか、鏑木の頭髪は一気に白く変色した。
　遠藤が、尋常ではない鏑木の怒りを察し驚きを見せる‥‥‥

（‥‥か、鏑木‥‥お前‥）

　一方、裕二は、メアリーの隙を必死で狙っていた。
　しかし、下手に動けば洋子の命はない‥‥

　遠藤は、インターコムで鏑木に話し掛けた。

《鏑木、俺が隙を見て突っ込む。裕二が状況を判断して飛び掛かるはずだ。》

《しかし、‥‥‥しょ、所長が危険では‥‥》

《馬鹿やろう‥‥言ったはずだ、もう犠牲者を出さんと。‥‥いいか、行くぞ。》

　鏑木が、静かに裕二を見る‥‥‥

　遠藤は、タイミングを計り地面を蹴って砂埃を上げた。

　その瞬間、裕二は低く飛びかかると、遠藤もメアリーの視界から消えた。

「‥‥！？」

　メアリーは、身の危険を感じたのか、アタックしてくる裕二に洋子を付き押す。

「グッ‥‥しまった。」

　そして、左手に細工した連射式のボーガンを遠藤に向けて連射した。

「グハァーッ！」

　サイドから飛び掛かった遠藤の足や腹部に数本の矢が突き刺さった。

「な！　所長ぉぉーっ！」

　裕二が、叫んだ瞬間、洋子に駆け寄った鏑木の足の甲にもメアリーはボーガンを放つ。

「グオォォーッ！」

　鏑木の甲を貫通し、矢は地面に深く食い込んだ。

「フフッ‥‥チョロイもんね‥‥‥‥」

　そう言うと、裕二の胸にもボーガンを放った。

「ウグッ‥‥」

　しかし、矢は刺さらず地面に落ちる。

「‥‥？‥‥なるほどね‥‥防護チョッキか‥じゃ、違うところを狙うまでよ。さて‥‥‥‥‥‥。」

　メアリーは、そう言うと大声で叫んだ。

「ミセス‥アミーッ！‥‥‥出て来るんだよっ。居るんだろっ！　今から、アンタのダーリンを料理するわ。アンタの苦痛の顔が見たいのよ。こんな最高の瞬間は滅多にないわ。さぁ、早くっ！」

　亜美は、最後の通用門を閉めていた。
　メアリーの声が、微かに耳に入ってくる‥‥

（え‥‥‥‥な、なに‥‥‥‥）

　亜美は、ロックを確認し急いでグラウンド内に向かった。

（‥‥？！）

　メアリーは、通用門に立つ亜美に気づいた。

「フッ、来たようね。」

　中央では、複数の人間が倒れているように見える。
　亜美に続いて、センター員の全員が、グラウンドに駆け寄ってきた。

「あら、まぁ‥‥雑魚どもがたくさん居たのね。‥‥ミセス‥アミ、こっちにいらっしゃいよ。」
「亜美君、来るんじゃないっ！」

　鏑木が、大声で叫んだ。
　メアリーは、鏑木に向かってボーガンを発射する。

「グハッ！」

　２本目の矢が鏑木の肋骨部分、肺近くに突き刺さった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ、ひ‥‥洋さぁーんっ！」

　洋子が泣き叫びながら、鏑木を抱きかかえた。

　亜美は、様子がおかしい事に気づき急いで中央に走っていく。
　そして、直ぐに状況を飲み込んだ‥‥‥‥

「！‥‥‥しょ、所長‥‥次長‥‥‥‥‥‥‥洋子‥‥補‥佐‥」

　遠藤は、矢を身体に受け仰向けに倒れている。
　洋子の肩口と太腿からは、大量の血が流れ、鏑木は、胸を打ち抜かれ、更に甲を貫通し矢が地面に食い込んでいた。

「やっと、お出ましね、ミセス‥アミ‥‥‥」
「‥‥メアリー‥‥」
「亜美っ‥‥‥所長を頼む。‥‥俺は、この狂った女を殺す。」
「アハハハハハ‥‥‥ハァーッ、ハハハハハハッ‥‥馬鹿じゃないの、おたくら、この、状況で、どうやって私を倒すって言うの。ユウジ、アンタが掛かってくる前に全員の頭部をこれで貫通させる事なんてわけないのよ。」

　亜美は、裕二の背面を回り倒れている遠藤の場所に移動した。

「所長っ‥‥」
「亜美君か‥‥だ、大丈夫だ‥‥‥‥心臓には当たって‥‥いない‥‥‥‥‥だ、だが‥‥‥身体が‥‥ま、全く‥‥‥動かん‥‥‥」

　小さな声で呻きながら言う遠藤に亜美が答えた。

「所長、私が囮になります。」
「‥‥や‥‥やめろ‥‥‥絶対にいかんっ！」
「‥‥‥し、しかし‥‥‥」
「‥‥‥か、鏑木は？　亜美君‥‥‥鏑木は大丈夫か‥‥‥」
「矢が‥‥‥数箇所突き刺さっています。かなり苦痛の表情ですが‥‥‥。」
「ゥゥ‥‥‥クソッ‥‥‥」

　裕二とメアリーは、睨みあっていた。

　メアリーは、ボーガンを裕二に向けたまま微動だにしないる。

（‥‥‥早く片付けんと、所長と鏑木さんが‥‥‥‥‥‥‥）

「飛び道具には、勝てないでしょ。拳銃を使うと外に聞こえるからね。それに、ボーガンの方が、苦痛が継続して私の趣味に合ってるの。愛しのユウジ、‥‥‥‥‥あなたの苦痛に満ちた顔が見たいのよ。それだけで、それだけで、最高のエクスタシーを私は得られるわ。」
「痛みなど、俺にとっては、さして問題じゃないぜ。俺が苦痛なのは、お前が生きているということだ。」

　裕二の地獄の底から聞こえてくるような低く、くぐもった声にメアリーの背中は、一気に鳥肌が立った。

「うぅー‥‥ゾクゾクするわ‥‥‥素敵‥‥‥貴方、やっぱり素敵よ。」

　遠藤が、痛みを堪えてメアリーに怒鳴った。

「ここから無事には出れんぞっ、メアリー！」
「フフッ‥‥‥ボス‥‥‥先に天国へ行ってちょうだい！」

　そう言うと、メアリーが、いきなり遠藤に向かってボーガンを放った。
　が、しかし、咄嗟に判断した亜美が、遠藤をかばう。

「ウゥゥゥッ！‥‥

　亜美は、小さく唸った。
　ボーガンは、亜美の右脇腹を貫通していた‥‥‥

「チッ‥‥‥運がいいわね‥‥‥」
「あ、亜美君！‥‥‥なんて事を‥‥‥」
「だ‥‥‥大丈夫です‥‥‥それより‥‥‥」

　周りを囲む数人の課員が中央へ近づこうとした。

「来るんじゃないよっ！‥‥‥今度は額に当てるよっ！」

　メアリーの声に足を止める課員達‥‥‥‥

「み、みんな、こ、この女の言うとおりにして‥‥‥」
「フフッ‥‥‥‥アミ‥‥‥‥なかなか解ってるじゃない。」

　遠藤が、咳き込みながら亜美を見た。
　裕二もボーガンを打たれた亜美が気になるのだろうか‥‥‥

　しかし、亜美は、気丈に言い放つ‥‥

「裕二ぃ‥‥さ‥‥‥ん‥‥‥振り向いちゃ駄目っ！」

　裕二は、亜美の言葉に歯を食いしばった。
　噛み締めた奥歯が、顎に食い込んでいくのが解る‥‥‥

　裕二は、無言で間を詰めた。

「さぁ、矢も残り少ないし、後は、貴方に使わせてもらうとするわ。」

　円形のカートリッジを素早く付け替えるメアリー‥‥

「‥‥‥‥‥‥１０本か‥‥‥‥その本数で俺を倒せるのか！」

　裕二の言葉に、メアリーは、顔を引き攣らせながら冷笑した。

「どうかしら。」

　そう言うとメアリーは、裕二の両足に１本づつ矢を発射した。

（グッ！‥‥）

「ゆ、裕二ぃぃぃー‥‥」

　亜美の叫びは、裕二の耳には入らなかった。
　それだけメアリーの止めを刺すのに集中しているのだろう。

　完全に貫通しているのだが、裕二は、表情一つ変えずに間を詰めてくる。
　裕二にとっては、怒りが痛みを抑制しているのだろう。
　メアリーの表情に焦りが見え始める‥‥‥

（‥‥‥‥‥ク‥‥‥こ、この男‥‥‥‥）

　メアリーは、再度、両足を狙って矢を討つ‥‥
　しかし、裕二の表情は全く変わらず怯む様子もなかった。

（そ、そんな、馬鹿な‥‥‥‥）

　裕二は、正面で手刀を構えながら、ゆっくりと進んだ。
　メアリーの顔色が、みるみる変化していった。
　恐怖からなのか、続けざま、裕二に、ボーガンを発射するメアリー

　腕と肩口に刺さったが残りは、後方に外れていく。

（‥‥‥ゆ‥‥‥裕二さん‥‥‥‥‥‥‥‥死なないで。）

　亜美の心の中で叫んだ声が聞こえたのか、裕二は一瞬、動きを止め、目だけで亜美を見た。
　そして、直ぐに視線をメアリーに戻すと静かにメアリーに囁いた‥‥‥

「‥‥‥‥‥メアリー‥‥‥‥‥後、１本だな‥‥‥‥」

　裕二は、そう言うと手刀を下げてメアリーの真正面に立った。

「‥‥‥‥‥‥い、１本、あれば十分よ。」

　そう言った瞬間、メアリーは、腰に刺さったナイフを裕二の顔に向かって放り投げた。

　裕二は、躊躇せず、そして表情を変えることなく、それを手の甲で受ける。
　しかし、裕二は、刺さったナイフを抜く事はしなかった。危険だからだ。

　メアリーの顔が、強く歪んだ。

（チ‥‥‥ク‥‥‥‥‥ッ‥‥）

「もう、次の手はないのか‥‥‥メアリーよ。」

　裕二とメアリーの距離は、約２メートル‥‥‥
　裕二は、何とか自分の距離だと判断した。

　睨み合う事、数分‥‥‥‥
　裕二は、気を丹田に落とし始めた。

（さぁ‥‥‥先に動け、メアリー‥‥‥）

　刺さった矢が裕二の筋肉で締め付けられ、異様な音を立てている‥‥‥

　メアリーにとって、その軋む音は、地獄へのカウントダウンの音に聞こえていた。

（‥‥‥‥‥ゥッ‥‥‥‥ゥゥ‥‥）

　裕二は、焦らずに機会を待った。
　一方、メアリーは、本能が反比例し恐怖が襲い掛かってくる。
　裕二に向けている左手が、微かに震え始めた。

（‥‥‥‥‥メアリーよ‥‥‥俺とお前の違いを見せてやるぜ。）

　裕二の身体中から異様な空気が漂い始めた‥‥‥‥
　見ている者を含めてメアリーの身体から汗が噴出し始めた。

（な‥‥‥な‥‥なに‥‥これ‥‥‥‥‥‥か、身体が‥‥‥）

　もはやメアリーの恐怖は限界を超えていた。

（‥‥‥‥‥‥や‥‥‥殺られる‥‥‥‥私が‥‥‥）

　メアリーの瞳孔が急激に縮んだ。

　裕二は、タイミングよく気合の入った短い息を吐く‥‥‥
　その動作に、メアリーの肩が僅かに震えた‥‥

　裕二は、それを見逃さない。
　そして、渾身の力を込めて上にジャンプした。
　裕二の足からは、血が飛び散る‥‥‥

「ウギガァァァァァァァァァァァァー！」

　メアリーは、狂ったような声を上げた。
　空気を裂く軽快な音と共にボーガンの矢が裕二に向かって放たれた。

（グゥォッ‥‥）

「‥‥‥ゆ、裕二？‥‥‥‥」

　矢は、裕二の首を貫通していた。

「ゆ、裕二ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーっ！」

　亜美の悲鳴が球場に響き渡った。

　一斉に課員が中央へダッシュしていく‥‥‥

　裕二は、上部からメアリーの身体に落ちていった。
　背中から倒れるメアリー‥‥‥
　落ちた瞬間、膝をメアリーの鳩尾に食い込ませていた裕二‥‥‥

「アグゥゥゥゥゥ‥‥‥ッ‥‥‥」

　仰向けに倒れたメアリーの上に馬乗りになり、ナイフの刺さった手の平で喉を押さえつけていた。

「‥‥‥‥な‥‥‥なんで‥‥‥た、倒れないの‥‥‥」

　メアリーが苦しそうに裕二に呟いた‥‥‥

「‥‥‥‥‥‥‥お、俺は‥‥‥‥フェニックス‥‥‥だ‥‥」

　裕二の喉に刺さった矢は、僅かに中心からずれているように見える。
　しかし、首の筋肉が硬直し全く動かない状態だ‥‥‥‥

　裕二は、必死で声を振り絞った。

「‥‥‥‥‥‥‥‥メアリー‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ジ‥エンドだ！」

　裕二は、メアリーの喉を押さえている、手の平に刺さったナイフを握った。

　メアリーは、静かに、ゆっくりと目を瞑った‥‥‥

　そして、聞き取れなくらいの小声で‥‥‥

「心から‥‥‥愛してる人に殺されるなら‥‥‥‥私は‥‥‥‥‥‥‥‥‥本望よ‥‥アイ‥‥ラヴ‥‥‥ユー‥‥ユウジ‥‥‥‥‥そして‥‥‥‥‥‥‥‥‥グッバイ！」
「‥‥メアリー‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥さよならだ‥‥」

（‥‥‥‥‥‥‥‥地獄に挨拶に行け！）

　裕二は、握ったナイフを思いっきり押し込んだ。
　手の甲を貫通してメアリーの喉に深く刺さっていく‥‥

　亜美が、這うようにして裕二に近づいてきた。

　裕二の手の甲を貫通してメアリーの喉に刺さったナイフを亜美は渾身の力で抜いた。

「ウオォッ！」
「裕二さん‥‥‥裕二‥‥」

　背中から裕二を包むように優しく抱きしめる亜美‥‥‥
　裕二の凍ったような冷たい身体が、亜美の体温で溶かれるように緩んでいく。

「ゆ‥‥‥‥裕二さん‥‥‥‥裕二‥‥‥‥私の‥‥私の裕二‥‥」
「‥‥‥終わった‥‥‥‥終わったぜ‥‥‥‥‥‥亜美‥‥‥‥」

　裕二は、そう言うと、スローモーションのように前に崩れ落ちていった。

　そして、怒涛のミッションは、‥‥‥‥‥‥‥‥ついに幕を閉じた‥‥
　
「‥‥ゆ、裕二ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃー！」

　亜美の叫び声に、遠藤、鏑木、そして洋子が同時にそして、ゆっくりと目を閉じていった‥‥‥‥

　夏というのに‥‥‥冷たい風が身体を突き抜けいく‥‥‥‥

≪裕二‥‥‥裕二‥‥‥‥死んじゃ、嫌だ‥‥‥‥裕二ぃぃぃぃぃぃ‥‥‥≫

−　西地中海　−

　コスタ‥ビクトリアの船上から、優雅なチェロのメロディーが奏でていた。
　ロフトの一角で、髪を風に靡かせながら弦を弾く一人の男‥‥‥

　その前では、白髪の中年紳士が、ワインを揺らし目を軽く閉じて、チェロに耳を傾けている。
　そして、その男の隣には、セクシーなパープルのワンピースを着た女性が、男の肩に頭をもたれかけ、同じくチェロの弾き語りに酔っていた。

　演奏が終わり、チェロを弾く男に拍手をする二人‥‥

　男は、弾き終わったチェロをデッキに立て掛けた。

　そこへ、バーボンを持った女性が近づいてきた。

　男にグラスを渡すと、長く熱い接吻を交わす‥‥

「‥‥‥コラッ‥‥‥長すぎるぞ‥‥‥‥‥‥‥‥‥裕二っ。」

　唇を離した裕二と亜美が、笑いながら鏑木と洋子に歩み寄った。

「人に見られてると映画俳優になった気分になりますね。」
「何、言ってやがる‥‥見せ付けやがって。」
「ホント、お熱いこと。」
「ハハ‥それより、洋子‥‥そのワンピース、透け透けだぞ。」
「いいの、洋さんが喜ぶから。それより、亜美だってローライズのその短パン、オケケが見えそうじゃないのよ。誰の趣味なのよ？」
「ウフフッ‥‥裕二さんの‥」
「‥‥エッチね、裕二君‥」
「洋子っ、お前に、紐パン穿かせる鏑木さんのほうがエッチだろ！」
「裕二‥‥‥‥‥‥それは、お互い様だ。」

　４人の、笑い声が、チェニスの海に吸い込まれていく‥‥‥

　しばし、静粛の後、鏑木が、空を見上げながら呟いた。

「裕二、長い旅だ。疲れを癒そうぜ。」
「‥‥‥‥ええ‥‥そうですね。」

　あの件の翌々日、康平が、センターの業務停止を命令した。

　太平洋グループ中央情報管理センターは、万全たる機能と技術を再建し、生まれ変わるべく準備を開始したのだ。
　第３期、そして、世界有数の情報組織を作り上げるために‥‥‥‥‥

「ある意味、いい経験をした。‥‥‥‥‥しかし、裕二、お前は凄い奴だ。」
「鏑木さんもね。」
「ふっ、‥‥まぁ、大変だが、常務と本部長が久しぶりに燃える仕事だと、張り切ってくれている。俺たちは、それに十分応えないといかんぜ。」
「そうですね。」

　裕二と鏑木の会話を聞きながら二人を見つめる亜美と洋子‥‥
　二人は、本物の男の魅力を垣間見た気がした

　鏑木が、洋子の手をとって立ち上がった。

「よし、裕二、俺たちは、京太郎と勇斗をプールから上げてくるぜ。」
「え？　行きますよ、一緒に。」
「いいから、ここに居ろ！」

　鏑木と洋子は、そういうと腕を組んで船上プールに二人の息子らを迎えに行った。

「何だ、鏑木さん、気を使ってんのかな？」
「かもね‥‥」

　裕二は、船上から海を眺めた‥‥‥

「ちょうど陽が沈む時間だ。上にあがって見てみるか？」
「ええ。」

　裕二は、展望デッキに亜美を連れて上がった。

　二人は、真っ赤に染まった陽を見つめた‥‥‥‥

　船上を照らす夕日が、煌びやかに裕二と亜美を包みこんでいく‥‥‥
　亜美は、裕二の腕を掴んで寄り添った‥‥

　裕二が、思い出したように亜美に呟く‥‥‥‥

「‥‥‥亜美‥‥‥‥‥‥‥‥まだまだ‥‥‥‥到達できないな。」
「‥‥‥‥うん‥‥‥‥そうね。」
「この旅が終わったら、また二人で探っていこう‥」
「うん。」

　コスタ‥ビクトリアの船笛が響いた。
　あと少しで寄港するようだ。

「‥‥‥ね、裕二さん‥‥‥‥‥‥キスして。」

　裕二は、手すりにもたれると亜美を引寄せた。
　亜美の腰とヒップに優しく手を掛ける裕二‥‥
　そして、自然と裕二の首に手を回す亜美‥‥
　二人の唇が、吸いつけられるように重なった。
　熱く‥‥‥‥‥そして、情熱的な口づけに‥‥
　陽も、一層、赤く燃えているようだった‥‥‥‥
　二人の唇が、ゆっくりと離れていく‥‥‥‥‥

　亜美が笑いながら囁いた。

「裕二さん‥‥‥固くなってる‥‥」
「お前が魅力的だからだ‥‥」
「単なるスケベだからじゃない。」
「このやろぉーっ！」

　裕二は、亜美の脇を抱えて高く持ち上げた。

「きゃあぁーっ！下ろしてぇぇーっ！」

　エンジンが唸りをあげると共に二人の全身に水しぶきが掛かった‥‥‥‥
　同時に、亜美は、裕二に強くしがみ付いた‥‥
　亜美を宙に浮かせたまま、強く抱きしめる裕二‥‥‥

（亜美‥‥‥‥‥亜美‥‥‥‥‥‥‥‥俺の亜美‥‥‥）

（裕二さん‥‥‥‥‥ずっと‥‥ずっと‥‥‥私を離さないで‥‥）

　いま、この瞬間、燃え盛る炎から、二人の魂を担ったフェニックスが飛び立った。
　遥かなる目的を目指し、愛欲の答えがある世界に向かって‥‥‥‥‥‥‥

　　　　　　　　　　　　　終