智之は幸恵が中学2年の時、転校してきた。 いつも本を読んでいる優等生、そして、中性的な容貌はあっという間にクラスは言うに及ばず、学校中の女子生徒の「アイドル」にした。 智之はまったく普通の中学生であるのは当然とし、自分を見ている周りの女子学生に関心を示さない。 幼いカップルが幾つか出来ている中、自分が女子学生の中で抜群の人気があるのには当然気づいてはいる。 しかし、それを1年間無視し続けた。 15の春が彼らに訪れ、高校受験が1年後に迫る。 実力試験の結果張り出しは圧倒的差を2位につけたランク外トップに智之の名前が常にあった。 幸恵もかろうじて名が載る上位20人の中にはいつも入っている。 この地方の高校進学校は有名なものが二つ。 歴史がある方が若干評価は高いが、もう一校も東大進学者数で県下一をここ2年続け鼻息が荒い。 幸恵は智之がどっちの高校に入るのかを知りたい。 そして、同じ高校に進みたかった。 智之の人気はその学力の結果で一段と上昇する。 それでも、彼は少し長い髪を窓に映し、いつも静かに本を読み、時に気だるそうに校内にある銀杏の木に季節の移り変わりを見ていた。 季節は秋となる。 銀杏の木は黄色に色づき、生徒達が始めての人生の試練と格闘し始める時期となった。 県内一斉で行われる模擬試験でも、智之は1位から落ちたことがない。 幸恵は約250位から300位。 県内全ての高校に安心して入学できる学力には、もう一歩及ばない。 今日も女子学生が智之の側に2,3人来た。 手紙を渡したり、何かプレゼントのようなリボン付きのボックスを渡し、足早に去っていく。 最近は「卒業の時、ボタンを下さい。」などと言う、下級生もやってくる。 みんな、容姿には自信があるのだろう。 それぞれが可憐であり、可愛らしい。 もう美しいと言って良い娘もいる。 幸恵は自分が少しふっくら、いや太っていることは知っている。 しかし、その色の白さから生まれる品と顔の造りは他の娘たちに負けないと密かに自負していた。 その証拠に男子生徒からもらったラブレター的なもの、告白も2本の手の指の数では間に合わない。 幸恵には智之しか見えなかった。だから、必死で勉強する。 （絶対、智之君と一緒の高校に行く。） それが智之に最も「近い道」であることは、幸恵にはわかっていた。 （今だけじゃイヤ。ずっと・・・。） 今は智之を見つめているだけ。 しかし、次の舞台であるはずの同じ高校に行かなければ「今」で終わってしまうだろう。 ようやく、幸恵の試験成績が校内5位以内に常時入るようになったのは10月の終わり頃。 もう、進路決定まで1ヶ月もない時である。 2週に1度行われる実力試験で初めて名前を智之の隣に並べた日の放課後、幸恵は帰り道のグランドで智之を追いかけた。 「の、野中君、ハッ、ハッ。」 走って来た為と緊張から息が切れる。 智之がその声に振り返った。 幸恵は初めて智之に話しかける。 智之は女子学生と話す時、いつも笑顔だった。 振り返り、幸恵を見た時、少し驚いたようだが、そのいつもの笑顔で幸恵の言葉を待っていた。 幸恵は緊張で声が出ない。 「あそこに一緒に座ろうか。」 校内の芝生の段差がある場所。 幸恵が常に気にしている智之は他の女子学生と2人で居るところを見たことがない。 （え、私、私が智之君の隣に座れるの・・・。） 智之が先に芝生に腰を降ろす。 その隣に幸恵は座ることができない。 1年以上の「想い」の凝縮がその簡単な行動を容易にさせなかった。 約10秒が経ち、智之が腰を降ろさない幸恵を見ないで言う。 「隣に座りなさい。」 その命令口調がようやく幸恵を隣に座らせた。 グランドから、校舎から、いくつも突き刺さる視線を感じる。 その数は20、いや、50もありそうだった。 一番、智之を見ていたと思う幸恵が想像できないシチュエーションに今、自分がいる。 視線の数が増えるのをまた感じた。 「実力試験、頑張ったね。」 先に智之が言葉を発した。 （わ、私。智之君に知られている。） 言葉に出来ない喜びが幸恵に湧き上がる。 「ハ、ハイ。頑張りました。」 再び無言の時が流れる。 智之が再び先に口を開いた。 「僕はK高だ。明日からわからないところがあれば聞きにおいで。」 幸恵は言葉を理解する能力を一瞬無くしたかのようだ。 （ん〜、私、何を言われたの。・・・。） 「明日から側においでって言ったんだよ。君は良い素材だ。」 智之は幸恵の頭を軽くポンポンと叩いて、カバンを持ち立ち上がった。 幸恵がパニックから「目覚めた」時、既に智之の姿はもう見えない。 幸恵は智之に軽く叩かれた頭の感触が家に返り、食事をし、風呂から上がった後もまだ取れずにいる。 高校受験のラストスパート。 願書出願まで後2ヶ月の中であろうと、ようやく声をかけた憧れの異性、いや、幸恵にとっては神にも似た存在の手のひらの感触がそんなに簡単に取れようはずがない。 そして、智之の言葉の意味を噛み締めるかのように考え続けた。 幸恵が聞きたかった事はただ1つ。智之がどの高校へ行くか、であったが、それは彼が幸恵の質問を知るかのように答えた。 （明日から、わからなければ聞きにおいで。） 彼女の考えは続く。 （そう言われたなら、普通、無理にわからないふりをしても智之さんに聞きに行こうとするんじゃないかしら。・・・そうだとすると、私が初めて、そんなことを言われたの・・。う、うれしい。智之さんは私に気づいてくれてた。そして、側にいられる・・・。） その考えは歓喜の中、幸恵の頭を駆け回る。 （君は良い素材だ。） わからなくはない。 「良い素材」は可愛い女、賢い女、それとも、智之の好みの女性の何かを指すのだろうか。 幸恵は智之が「自分に好意を持ってくれている。」と言う発想がよぎるたび顔を赤くした。 （そんなこと、あっていいの。でも、そうなら・・・。） 智之は数式を解いていた。 その方法は時間短縮のため、適切な高等学校レベルの公式を利用する。 （ようやく、声をかけたな。たぶん、アイツは一番美しくなる。それに、私には絶対、Noを言えない女だ。） 少しの考え事。 どちらの「数式」も解答に向かうことに軽く笑った。 翌日から休み時間には智之の側に幸恵がいる。 最初こそ、幸恵は恥ずかしそうに言った。 「あの〜、教えて頂けますか。」 手にはちょうど、昨日解いた数式のページを開いた問題集がある。 「椅子を持ってきなさい。」 「ハ、ハイ。」 幸恵にもわかる解法を智之は教える。 2人の「関係」は学校中の話題だった。 しかし、この優等生を集めた中学では暴力沙汰までには発展しない。 そして、次の実力試験でも智之は圧倒的な差を2位につけたトップ。 その2位が幸恵だったことで、教師たちも何も言えない。 一つだけ変わったカップルがあることに誰も気づかなかった。 智之は相変わらず、隙をみて程の考えはないだろうが、近寄ってくる女子生徒に笑顔で対応する。 しかし、幸恵には、一切笑顔は見せないだけでなく、常にその口調は命令であったが、幸恵が笑顔で対応するため、2人は仲の良いカップルとして認められる様になっていった。 ちょうど、高校入試がスタートした時がその頃。 私立の高校から始まった。 幸恵と智之はK校のみの受験。 智之は合格が決まったも同じである。 幸恵には少しの不安があるが、これも90％以上の合格率。 幸恵は智之に学業以外で命ぜられたことがあり、そのためほぼ合格率100％だったはずの成績が少し落ちた。 それは「卒業までに体重を10Kg落とせ。」である。 それだけだったが、この精神的に苦しい時期に体力まで損失することは得策でない。 しかし、幸恵はダイエットと言うより絶食までして、体重を落とすことを試みた。 幸恵には智之の命令が絶対であって、そちらを優先させることが当たり前だった。 55Kgほどあった体重は受験の日、体重計に載った際、ちょうど45になっていた。 「やったぁ。」 幸恵が大声を上げ喜んだ際、両親が飛び出てきた。 これから受験に行く娘が日々、痩せていくのを見ている。 心配は頂点に達しており、受験前の娘の嬌声を「気でも狂ったか。」と思ったのが正直なとこだった。 しかし、幸恵がその両親の顔を見て言った。 「お父さん、お母さん、大丈夫よ。私、絶対受かるから。」 元気な声に母親が安堵で少し涙した。 「よし、幸恵。頑張ってこいよ。」 父親も思わず声をかける。 リンゴとバナナジュースで朝食を済ませた幸恵の顔は清々しいものだった。 「絶対、受かるよ。」 そう言い残し、高校に向かう娘の笑顔は今まで心労で気づかなかったが、切れ長な目が印象的な美しい娘に変わっていた。 K高を受けたのは、幸恵、智之を含め4人。 この高校の競争率は1,5倍ほどで数値的には大したものではないが、それぞれの中学の選りすぐりであり、まったく油断ができない。 約120人ほどは落ちる計算で、その120人はもう一つの拮抗する高校を除き、県内全ての高校を軽々合格する能力を持つ者ばかりである。 幸恵は国語、英語は得意だが数学でときに大きな失点をしてしまう。 これがあった場合、120人の中に入る可能性は十分にあった。 試験は1日で終わる。 その最初の試験が数学だった。 智之は当然同じ教室におり、試験前に幸恵の顔を見、話しかけた。 「綺麗になったな。きっと受かれよ。」 「ありがとうございます。智之様とこの高校に必ず一緒に来ます。」 好きな男に「綺麗」と言われた。 女にとって、これ以上の誉め言葉はないであろう。 幸恵の「もしかしたら」の気持ちは吹き飛ぶ。 苦手な数学のみ、無難にこなせば必ず受かる受験。 智之はその数学を乗り切る力を与えるため、初めて意図的に幸恵を誉めた。 その効果は絶大だったと言える。 幸恵が智之に「様」などと呼んだのは初めてのこと。 幸恵は智之への尊敬に近い感情を最大の緊張の中でごく自然に口にした。 この幸恵と智之の会話は、「これからの2人の形」を与えるものとなる。 |
| 2012.3.12掲載 |
eConomyさんの作品群→ |
| 小説提供サイト | |
| SM stories on the desk |