その子に始めて会ったのは、冷やかしに行った筈のプロテスタントの教会だった。
　流石に冷やかし半分で行ったので、ミサは終わってしまっていて、プロテスタント特有の交流会が始まろうとしていた。
　ギターやピアノの伴奏で、参加者が合唱するあれだ。
　この協会は外人の参加者が多い。少なからず英語を話すことが楽しかったわたしは、参加者の一人に声を掛けてみた。
”Where are you from？”
　アメリカ人にしては背が低いな。と思ったその男は、”United States！”とだけ返し、きびすを返して彼の奥さんらしい女性の方へ行ってしまった・。
　元々冷やかしの積もりしか無くて入って来たのだ。友人や知人などそこには居なかった。

　日本人も沢山、居ることは居たのだが、全て未知の人達だった。
　同じ未知の人達と知り合いになるのなら、余り出会いの無かった人々と知り合って、未知の習慣、生活感なども知りたいと思った。それに、大学を出て以来、殆ど口に出すこともなかった、錆び付いてしまった英語力も試してみたかった。

　中年域、真っ直中の３０歳。特に特技もなく、裏ぶれていくのだけは嫌だった。
　かと云って、授業料を払ってまで熱心に英語を再構築しようとまでは考えてはいなかった。 要するに、ロハで英語力の補充を考えた。

　さっきの男がその奥さんらしい女性と激しく話し出したので、わたしの考えは中断した。
”What happen？”わたしは余計なお世話を承知の上で、二人に近づき声を掛けた。
”Nothing！”男は感情を抑えきれずに、昂奮した口調のまま応えた。
”Ah！・Excuse us！・Don't mind．It's O,K！”奥さんも早口だった・。
「アッ、ごめんなさい・。・わたし・ハイディー・です・。」
「わたしは真咲義美、カメラマンです。」
「He is my husband．わたしの・主人・です。・何も、ありません。・But thankyou！・・・You are kind ．aren't you．」
　なんだァ・。やっぱり夫婦げんかだったんだな・！
　アメリカ人にしては、小柄な夫婦だなァ。・御主人だって１７４センチの俺より背が低い。奥さんのハイディーなんて、１６８センチのわたしの女房より小さい。日本人とそんなに変わらない体格の二人に、何となく親近感を覚えた。
　だが、あの御主人の様子では喧嘩の原因を聞いたり、詳細を訪ねるのは野暮だろう？
　・体格は兎も角、彫りが深く顔幅の狭い顔立ち、透けるような感じさえするハイディーさんの装いから覗く肌。・そそくさと、キッチンとミーティングルームを行き来する姿がとても魅力的な奥さんに見えていた・。
　
　仲が悪いのかなぁ？
　先程の事を思ったが、そのまままた、一人になった・。
　日本人、白人、黒人、入り乱れて３〜４０人は残っているだろうか？
　いずれにしても見知らぬ人達ばかりだ・。
　ギターとピアノが調弦する音が聞こえ、一人が歌い出すと他の人達が後を追った・。
　知らない歌だった・。
　頭の中をフル回転するが、まるで記憶に無い歌だった。

　と！、後ろからわたしの手を握ってくる感じがした！
　小さな手の感じ！・３っつ？４っつ？位？・・・振り返ると、明るいブロンドがまぶしい小さな娘の明るい青緑の瞳が見上げていた。
”Who are you？”
”・・・・・．”小さな手が俺の手を握ったまま・・・。
　なんて可愛いんだ！・・・ビロード？・かな？・・刺繍が施され、レースの縁取りのあるドレスを着ていた。色白の肌、明るい青緑の瞳・・・フランス人形みたいだ！
”Theratha・”
「テレザ・？」
”No！・・Theratha！”その可愛い唇の間に舌を見せ付けるように、わたしの発音が違う！と、怖い顔をした。
”tereitha？”わたしが繰り返すと、
”Theratha！”なんで発音できないの！？と云う顔で、不満そうだったが・ 言い終わる前に、わたしの手を曳いた！
”She is my mom！・I am Dola！”同時に、他方の手ももう一人の金髪の綺麗な娘に曳かれていた・！
　これが、ダーラとツェレイヅァとの最初の出会いだった。

　奥の部屋に連れて行かれると、そこにはテーブルがあり、一見して手作りと思われる料理がたっぷりと盛られた皿が並んでいた・。
　野菜が沢山！・たぶんオーブンで焼いてきた鳥の丸焼き。大豆と人参、ポテト、豚肉を煮込んだもの？・・・それに東南アジアの料理のようなカレーのようなソース類？
　椅子の前には紙の皿が並べてある・・・。ナイフとフォークも・・・。
　二人の娘に誰もまだ付いていないテーブルに付かされた・。
　向かい合わせに２０人位が付けるテーブル・。その片翼のほぼ中央だった・。
　何が何だか分からないまま椅子に座ると、二人の娘は歌に興じている人々の脇に、子供達が集まっている処へ走って行った・。
　その二人が何か言ったようには見えなかったのだが、子供達から歓声が上り、テーブルの方にやって来た・。
　殆どの子供達はテーブルの近くには来ているのに、椅子には座らなかった・？
　そして、ハイディーが抱えてきたバスケットの中に、生まれたばかりのジョアンナがいた。

　そして、歌っていた人達もテーブルにやって来た。
　とても全員がテーブルに付くことは出来ない。
”We have unknown guy today．・・・”白人の一人の語り掛けが大きな声で、騒付いていた人々の話し声が止んだ。
　この男の祈りが始まり、周りの人々は両手を組んで祈った。




　これは１０年程も前の話しだ。英語力の補充が目的だった。
　そして、在日外国人・・・。それが彼等の住み難い我が国の身分だった・・・。
　しかし、多く知り合った外国人達は、各種の保証人からアパート探し、子供達の学校の世話。役所との交渉の手伝いなど、何から何まで、彼等はわたしに頼んできた。比較的、時間を作り易いフリーの写真家だ。多くの相談に乗ることが出来た。
　それから、クリスチャンでもなく、頑固に神道を信じるわたしがいつの間にか、彼等の近隣の外国人達の信頼を得る様になっていた・。
　神様は宗教を持つ者を無闇に敵とはしない。それがわたしの思いだった。
　他を認めようとしない多くの宗教の中にあって、神道は古くから共存を許してきた。
　それがわたしの根拠だった。相手の宗教がクリスチャンに限らず、ヒンドゥー教、イスラム教、ユダヤ教であろうとも・。・・・ただ、不思議がられはしたが・・・。

　あの子供達は、わたしを両親と同等に扱う様になり、日本のパパと呼んでくれていた。
　わたしの発音は未だに正確にならず、子供達に訂正を指摘されることは続いていた。
　ダーラとツェレイヅァは１９歳と１７歳。良い娘に育っていたがわたしには出会った時のままの感覚が変わっていなかった。

　最寄り駅から正三角形を描いた、残りの頂点にそれぞれの家があった。
　つまり、最寄り駅からはどちらの家にも徒歩１５分ほど掛かる。また、家とダーラ達の家とも１５分の距離があった。
　二人は思春期を迎えた頃、小学校を卒業する頃から、お決まりの親子の対立が起こると、我が家へとやって来て泊まっていった。
　女房もフランス人形のような二人に、始めは唖然としたものの、可愛がっていた。
　家の近所でも、この二人の他にも二人の兄ジョシュアやジョアンナ、ジェシカなど 見るからに目立つ外国人の子弟毎出入りすることで、話題に上がる事も多くなっていた。
　それもその筈、ドーラもツェレイヅァも一流のモデルに一歩も引けを取らない美女になり、わたしの撮影に紛れ込んで知り合ったスタイリスト達から、ドレッシングの専門的な手解きまで受けていた。・・・その所為で、常に他をリードできる程にファッションセンスも整えられてしまっていた・。

　余りにちょくちょく傍らにいた二人なので、わたしはそれに全く気付いていなかった。
　それどころか、わたしに取ってはこの二人は、出会った時のままの「可愛い女の子」以外の何者でもなかったのだ。

　あれ以降、二人は事ある毎にわたしに、そしてわたしの妻に、生活上からボーイフレンドの悩みまで相談して来る様になっていた。
　その上、両親に言えなくなった、お小遣いの面倒までわたしが負って遣っていた。
　小さい時から可愛がったことで、娘が二人増えたような気持ちでいたのだが、上の大学生になっていたドーラは学校帰りにはわたしの仕事先へさえ顔を出してくる様になっていた。
　ツェレイヅァはまだ高校生。大学生ほど自由に時間を使うことが出来ず、その分、休日にはわたしに甘えに来ていた。
　事務所の冷蔵庫には、いつもジュースや冷菓子を欠かさない様にしていたこともあり、勝手知った二人はわたしの顔を見るなり、冷蔵庫に一直線！
　まるで、この二人のための冷蔵庫だった。
　もっとも、二人の行動はわたしも承知の上で、二人の好きそうな食べ物や飲み物を欠かさない様にしてはいた。

　わたしも、法や道徳に触れもしないような事は、二人に遣りたい様にさせていた。
　ただ、勉強についてだけは、わたしは実の両親以上に五月蠅く云っていた！とくに漢字の書き取り、数学には五月蠅く云った・・・。
　それに、ハイディーが可成りの教育ママだった・。
　勉強の事で激しく遣り合っては、逃げ出してわたしの処にやって来た・。

　わたしに取っての二人は、まさにフランス人形の様に育っていた。
　この上無く可愛い二人は、・・・わたしは多分、この二人が無理を言っても、・両親以上に言う事を聞いてしまう大甘な、保護者とは云いがたい保護者だった。　

　わたしの大甘な育て方が、他の意味を持って仕舞う事までは考えもしなかった・。
　そして事ある度に、わたしが真っ赤になってしまうほどのスキンシップまで発揮して来たのはダーラだった。
　ダーラはいつ出会ってもハグしてから挨拶が始まる・。嬉しいと云っては抱き付き、学校で喧嘩をしたと云って泣いては、わたしに思い切り抱き付いた・。・・・大学に通う今でも・・・。

　二つ年下のツェレイヅァは、いつも姉より一歩退いた処にいた・。
　思いっきり開けっぴろげなダーラに比べ、ツェレイヅァは鋭い感受性で周りの人々の感情を感じ取ることに長けていたので、いつも自身の感情を抑えているところが多かった。
　判官贔屓というか？・日本人には少なくない感情なのだが、このチョット感情を控えるツェレイヅァに、わたしは奥ゆかしさと共に既に日本の娘の中にさえ見掛けることの少なくなった、大和撫子の片鱗を見付けていたのだった。

　快活なダーラは、学校でもそうである様に、わたしが連れ歩く何処ででも、男達に囲まれていた。年頃の男達は云うに及ばず良い歳をした大人達まで、長年の日本在住で普通の日本人と変わることなく、日本語で意志を交わせるフランス人形の様な、開けっぴろげな女の子。
　何処ででもモテない筈はなかった。

　困った事は、もうお決まり！
「ヨッシーォ！」と誰はばかる事無く大きな声でわたしを呼び、衆目の中でも抱き付いて来る事だった。・彼女の感覚ではハグするのは親近感の表現だろうし・・・。特別な意味があるとは考えられなかった。
　そうは云っても、ここは日本だ！・近所の人達の目の前であろうと、はばかる事無く表す親近感のこのハグ・・・。

　わたしだって当然日本の感覚しかない！
　既に見掛けだけでなく、大人の女性としても感情を持ち始めているのが当然な、ダーラが抱き付いて来ては、小さな頃のダーラが抱き付いて来たのとは、訳が違う感情が生まれてしまう・。

　そんなダーラの後ろにいつも隠れるようにしてツェレイヅァがいた・。
　快活なダーラ、控えめなツェレイヅァ。
　二人とも充分に大人になっていると考えているだろうが、大人になり掛かってきた近頃は、その性格の違いはよりハッキリとしてきた。

　２人共がわたしの近くにいる時には、大概ダーラがわたしの傍にいた。
　ここでもツェレイヅァは一歩退いていた。・しかし、ダーラがいない時には、ツェレイヅァは、小さい時はわたしの膝に乗っていたり、大きくなってきてからは腕を組んで来たりしていた。それが、さも当然でもあるかのように・・・。

　年頃になって来た２人に、わたしは当然のようにボーイフレンドのことを訪ねたが、２人の言う事は霞を被せられていて、わたしには本当の処は分からなかった。
　コーキ、ダイチ、ヨシカネ、ショーイチ、ユタカ・・・の５人の名前はダーラの話しに良く出て来た。しかし、誰をもスティディーだとは云わない。
　一度は新宿で腕を組んでスキップするダーラを見掛けたことがあり、次に会ったときに聞いてみたが、『同好会の先輩で、勉強を教えて貰っているだけよ！・長いこと分からなかった処を、凄く分かり易く解説して貰って分かったから嬉しくなっちゃった！』と、しらを切られてしまった・。
　その位の関係ではないことは、わたしにだって分かった。

　ツェレイヅァの方はどんな学生生活を送っているのか？皆目見当が付かなかった。
　わたしは保証人になっているので、マイク、ハイディーと一緒に進学相談で担任に会わなければならなかった。
　そこで聞いてみたのだが、学校ではドーラ以上に快活だったことが分かった・。
　わたしにはビックリする話しだったのだが、マイクとハイディーは『当然！』と云った顔をしていたが授業中でも休憩時間でもクラスをリードする、チアリーダー的な存在だと聞いては、わたしの知っているツェレイヅァとは全く重なりがない！？
　それに、わたしには想像も出来ないことだったが、国語と美術では県の教育委員会さえ一目置く成績で、学年でダントツトップの成績で『来年はトー大合格もトップクラスだろう。」と聞いて、驚きは隠せなかった。
　学校帰りには、随分家に来ていたし、夜までわたしに付き纏ってさえいたツェレイヅァがいつ、そんなにも勉強しているのか分からなかった。
　
　余裕を持ってトー大合格と見られたツェレイヅァに、担任教師はトー大への進学を強く勧めていた。・
　マイクとハイディーは、神学校への進学を希望していたのだが、担任教師とわたしの説得の末に、渋々同意した結果となった・。

　どうやらツェレイヅァが借りてきた猫の様になっているのは、わたしといる時だけだったようだ・。女の子が何を考えているかなんて、本当の処はなかなか分からないものだが、わたしに取っての、いつもオットリしていて、姉の陰に隠れる引っ込み思案なツェレイヅァは、この日を境に、まさに謎だらけの不可思議な存在になってしまった！


　
　それにしても、女子大へ進んだダーラは『立派な女性の・・・。』なんて言葉では言い表せないほど、素晴らしくセクシーなプロポーションになっているのに、『わたしの場所！』の間に合わせの一言だけで、わたしの膝に座りたがった！
”you are not child．yet！”と、わたしが云った位では、これも止まらなかった！

　わたしの頭の中には、出会った頃のダーラのイメージがハッキリと刻まれていて『幼い』と云うイメージだけが、わたしに性的な興奮が起こるのを抑えていた・・・。
　ハイディーだって、内心ハラハラしているのが分かっていた。
　そして、ツェレイヅァはいつも、少し離れて、ダーラがわたしの首にぶら下がったりした過剰なスキンシップを見せた時のみ、わたしに抱き付いて来たりした。

　ダーラがいない時のツェレイヅァは、わたしの腕にぶら下がったり、多少のまとわり付きはするものゝ、ダーラがいる時には決してその様なスキンシップを見せる事はなかった。

　ダーラとツェレイヅァが二人だけで遊んでいる時には、どちらが主役なのかなんて、全く分からない。・それなのにわたしを遊びに引き釣り込んだ瞬間から、全ての主役がダーラになってしまう・。
　わたしの前ではダーラだけがボーイッシュで、特に性を意識しないからこそスキンシップをしてくるのだと思っていた。
　ただ、少し離れていても、わたしが見える場所にいる事だけは意識している様に見えた。
　
　ツェレイヅァは姉ダーラのわたしへの強烈なスキンシップに圧倒されてか、一歩引き下がって近付いて来る感じなんだ。
　そんな事に気付いたのは、遙かに後のことだった・。