２６

　 結局、一睡もできないままに夜が明けてしまったような気がする。
　 硬い床に寝たせいもあるけれども、ベッドの上に先ほど体を交えたばかりの三人の女の子が寝ていると思うと、やはり寝付けないのだ。
（僕って、やっぱりいけないことをしてるんだよなぁ…）
　 たとえ三人とも望んでいるにしても、やはりどこか罪悪感があるのは否めなかった。一般常識的に三人も、それも三つ子姉妹に同時に恋されるなんてありえないのに、同日に体を交えた上、ベッドの上にはその三人が仲良く眠っている。
　 夜が明けたのを機会に、僕は重い腰を上げた。カーテンから少し漏れる光を頼りに三人を覗き込むと、同じ顔が三つ並んでいた。
（寝るときの表情も同じだな…、風花さんもこうしてみるとすごく可愛い…）
　 僕はあらぬことを考えかけ、それを振り払うかのように頭を振った。昨日、僕はここにいる三人と…。
　 下半身がうずきだしそうになった僕は、思わず三人から眼を離した。
（でも、デートっていったって、どこへ行く気なんだろう？風花さんが考えてあるのかな？）
「いや、まるで考えていない」
「！」
　 僕は、突然の返事に驚いた。再びベッドに視点を戻すと、先ほどまで眠っていた風花さんが眼を開けていた。
「いつから起きていたの？」
「純水が起きるより前だ。ここから純水の寝顔を眺めていた」
　 相変わらず、風花さんは常人離れしている。僕のほうはぜんぜん分からなかった。
「とはいっても、ほとんど寝ていないようだが…」
「知っていたの？」
「ああ。わたしもあまり寝ていないからな。折を見て逆夜這いをかけようと思っていたが、起きているのでは夜這いにならないだろう？」
（冗談だと思うけど、風花さんは本当にやりそう…）
　 寝たままこちらに顔を向けてニッコリしている風花さんがちょっと怖い。
「うう〜ん、純水くん…」
　 突然の弓華ちゃんの声に、僕達は言葉を止めた。
「純水くん、あったかいよ…」
（寝言か・・・）
　 隣に寝ている聖架さんに抱きついての寝言だ。僕と聖架さんじゃ体格が似ても似つかないのに、夢の中では僕を抱きしめているようだった。
「ふふ…可愛いな、弓華は」
　 風花さんが小声でそういうと、僕に背を向けた。
「ひゃあっ、純水くん、ダメだよ、そんなとこ…う〜ん…」
（一体、何をしているんだろう…）
　 大体想像はつくけど…。
「う〜ん…」
　 今度は聖架さんが声を上げた。どうやら、弓華ちゃんに抱きつかれて窮屈になったらしい。
「純水さん、そんなに顔を押し付けたら息ができなくなりま…あら？」
　 弓華ちゃんと違って、彼女はそのまま眼を覚ました。
「え？え？弓華？ここはどこですか？天国ですか？」
　 僕は思わず吹きだした。いくらシスターだとはいっても、僕の家を『天国』はないだろう。
「まぁ、聖架にもわたしにも、純水の胸は天国に相違ないが…」
　 風花さんも苦笑している。
「えっ？なんで風花までいるんですか？」
　 聖架さんが起き上がると、ベッドから降りる。
「あれ？わたし、服も着てる…」
「わたしは着させた覚えはないからな。純水が気を利かせたんだろう」
「ええっ！？えええぇ！？」
　 風花さんの言葉に、聖架さんが座り込んで顔を真っ赤にした。
「まぁ、言うまでもなく、聖架は純水に、体を隅から隅まで余すところなく見られたわけだが…」
「そんなじっくりと凝視していないよ」
　 僕が返事をすると、聖架さんはついに顔を覆ってしまい
「やっぱり、見たんですね…」
「こら聖架。あまり純水を困らせるな。そもそもセックスまでしている以上、裸を見られるのは当然で、それはわたしも弓華も…」
　 風花さんもじゅうぶん、火に油を注いでいると思うけど…。
「ふにゃ？なんで純水くんとおねえちゃんと風花姉さんが一緒にいるの？」
　 その騒ぎの中、ようやく弓華ちゃんが眼を覚ました（といっても、起きるにはかなり早い時間なのだが）。
「え〜と、確か風花姉さん、先に帰ったよね？」
「ああ。だが、戻ってきた。それだけのことだ」
　 こともなげに風花さんが返す。

「さて、全員目が覚めたところで、今日の予定を話し合おうか」
（なんだか、僕までこの三人の兄か弟にされたみたいに思えるなぁ）
　 そう思えるのは、僕達四人がより自然に付き合うようになったからなのかもしれない。
「え？今日の予定って？」
「とぼけるな。弓華だって、今日が休みだということを考慮したうえで、ここに邪魔しているんだろう？」
「え、うん」
（そうだったのか）
　 恥ずかしながら、僕は今日は学校が休みだということを今の今まで忘れていた。昨日という日があまりにもドタバタに過ぎていったからかもしれない。
「昨日の夜、わたしが純水に『デートをしよう』と持ちかけたんだ」
「えぇっ！？」
「もちろん、四人一緒だ。抜け駆けはなし、という方向でいこう」
　 弓華ちゃんがあからさまに何か言いたそうになるのへ、風花さんが特にあわてもせずフォローをいれる。
「聖架も、せっかく新しい服を買ったんだから、それを着て純水と歩いてみるのも悪くないだろう？」
「…」
　 聖架さんも黙ってうなずいた。
「それで、問題はどこへ行くかなんだが…」

　 晴れの空の中、僕達は人が多い中を歩いていた。
　 三つ子とはいえ、美少女を三人も連れて歩くのはなかなか爽快で、すれ違う人のほとんどが振り返っていく。
「提案した弓華はともかく、風花がこういう場所を嫌がらないのは意外でした」
　 子供連れの親や、僕達と同じようなカップル（といっても、僕達は本当に特別なのだが）が多い中、風花さんは姉と妹の側をどこか凛とした足取りで歩いている。
「わたしだって、一応女だぞ？説得力がないかもしれないが」
「あはは、何それ。どこをどうみたって女の人だよ」
　 自分の提案が採択されたこともあって、弓華ちゃんはご機嫌だ。

　 さて、僕達は結局、最近近くにできたテーマパーク…俗に言う遊園地に遊びに来ることになったわけで、当然この中で一番はしゃぐことができるのは弓華ちゃんになる。聖架さんのほうはもう少し静かなところが〜と言っていたものの、興味がないわけではなかったようで結局妹の意見に折れてしまった。
　 風花さんは、決める人間にとっては一番困る『どこでもいい』という意見だった。
「ねえ、まずはアレいってみようか！」
　 さりげなく僕と腕を組みつつ、弓華ちゃんが高いところを指差す。
「ああいうのは、わたしはちょっと…」
　 指先にあったのは、所謂ジェットコースターで、凄い速さで進む宙吊り型のものだった。
「わたしはああいう類は平気だ。むしろ面白みがないかもしれない」
（面白みがないって…）
　 どういう意味だろう、と思ったけれども、弓華ちゃんの押しが強かったので、三人とも行くことになった。
「ここじゃ、わたしたちの関係ってどう見られてるんでしょうか？」
　 聖架さんの言葉で、僕達は顔を見合わせた。幸い何時間待ち、ということはなく、すんなり乗ることができそうだった。おそらくは、もっと大きなアトラクションが目的の客が多いんだろう。
「さあ？仲がいい四つ子じゃないか？」
「さすがにそれはないだろうけど…」
「じゃあ、わたしたちは純水さんのことを『お兄様』と呼べばいいんですか？」
「違和感が炸裂しているな…」
　 風花さんが苦笑した。

「きゃーーーーっ！！」
　 後ろの席からすごい悲鳴が上がるのを聞きながら、僕は凄まじい重力の流動に耐えていた。が、声が出るほどではない。
（無理しなくてもいいのに…）
　 僕はひたすら後ろの二人…弓華ちゃんと聖架さんが心配だった。
「純水は割りと平気そうだな」
　 逆に、まったく平然としていたのが風花さんだった。なるほど、『面白みがない』というのはこういう意味だったのか。
「うん。昔からこういうのは嫌いじゃないっていうか、怖がらないんだ」
「そうか。わたしもこういうのは別に怖くはない」
　 ジェットコースターの先頭で世間話をしているカップルというのもそうはいないんだろうなぁ…。

「…だ、大丈夫？」
　 弓華ちゃんに肩を借りてよたよた歩いているのは、聖架さんだった。どうやらこういう乗り物には極端に弱いらしい。
「お、おばあちゃんが手招きしているのが見えました…危うくついていきそうになりました…」
「クリスチャンが言うセリフじゃないぞ。無理して乗らなければよかったのに」
　 僕もそう思う。
「わたしだって、純水さんの…その、彼女ですから…はぁはぁ…少しでも一緒にいたいじゃないですか…はぁ…」
（そうか、聖架さんも弓華ちゃんも風花さんも…みんなそう思ってくれているんだ）
　 そして、僕のほうはいつの間にか、彼女らのうち誰かが近くにいないとなんだか落ち着かないようになってきている。単なる慣れなのか、それとも…。
「そんな風体では、帰った後純水に何もしてもらえないぞ？」
「いや、何もするつもりはないけど…」
　 第一、僕のほうは昨日…。
「そうだよ。純水くん、昨日何回…」
「弓華っ、こんな人が多い場所でいうものじゃありません…はぁはぁ…」
　 顔を真っ赤にしたり青ざめたりする聖架さんが、なんとなく可愛い。
「少し休んだほうがいいかな？」
　 聖架さんを見てから、僕はみんなの顔を見合わせた。弓華ちゃんは悲鳴をあげつつも楽しんでいたようで、表情はなんともないし、風花さんは平然としている。
「大丈夫ですが、次はああいうのはやめましょう…」
「そうだな。聖架がおばあちゃんに連れて行かれては困る」

「じゃあ、アレ行こうよ！すっごく怖いって評判なんだよ」
　 次に弓華ちゃんが指差したのは…いわゆる『お化け屋敷』だった。
「だから、なんでああいうのを選ぶんですか、弓華」
　 ようやっと落ち着いた聖架さんが弓華ちゃんを問い詰める。
（確かに…女の子って、難しい…）
　 見るからにおどろおどろしい建物を見ながら、僕は思う。こういうのって嫌がるものだと思っていたけれど…。怖いもの見たさなのかな。
「どさくさに紛れて純水に抱きつくんじゃないか？」
　 風花さんが茶化す。このあたりは本当に『仲がいい姉妹』そのものだ。

「わぁ、なんだかそれっぽい…」
　 さすがの弓華ちゃんも、入り口で懐中電灯を渡されてからは不安そうに僕を見ていた。
「…わたしは逆に平気かも…」
　 意外にも聖架さんが平然としている。クリスチャンだからかな？
「じゃあ、化け物が出たらおねえちゃんが退治してくれるかな？」
「それはちょっと…」
　 雰囲気とは裏腹に和やかに、僕達は奥へと進む。
「うわっ！」
「きゃあっ！」
　 二人の悲鳴が同時に上がった。いきなり上から幽霊が降ってきたからだ。こういうのは、作り物だったり人間がやったりしているのはわかっているけれども、タイミングや雰囲気が実によく作られていて、驚かずにはいられないものだ、と思う。
「やだ、もう、怖いってば…」
　 がくがくしている弓華ちゃんとは違い、聖架さんはやっぱり平然と歩いている。さっきの幽霊にもまったく声を上げていない。

「きゃあああぁぁーーーっ！」
「うわああっ！？」
　 突然、後ろのほうからすごい悲鳴が上がった。
「な、何今の！？すごい悲鳴だったよ！？」
「わ、わたしもびっくりしました。まるで今にも殺されそうな、この世の終わりでも来そうな声で…風花、あなたも…あら？」
　 聖架さんにあわせて僕も振り返ると、風花さんがいない。
「風花さん！？はぐれたの？」
「風花のことですから、そのへんに隠れていて、わたしたちを脅かそうとしてるんじゃ」
（ありうるけど・・・）
　 僕がそう思いかけたときだった。
「純水、純水っ！」
　 後ろから僕を呼ぶ声が聞こえた。ただ呼ぶ声じゃない。まるで助けを呼ぶような声だ。それも…。

　 僕は無言で走り出していた。

「純水ッ！」
　 真っ暗な床に座り込んでいた風花さんが、いきなり僕に抱きついてきた。僕は何が起こったのかわからないまま、彼女の体を受け止めていた。
「風花さん、どうしたの？」
「だ…だめ、わたし…ここ、嫌だ…いずみぃ…」
（えっ！？）
　 想像もつかなかった。ここに来る前からの、いや、彼女に出会ってからの僕ではまるで考えてもいなかった。目の前の風花さんは、薄暗い風景と幽霊におびえきっていた。
　 いくら僕でも演技じゃないことは分かる。
「…風花！」
「風花姉さん、どうしたの？」
　 後から弓華ちゃんたちが走ってきた。
「…えっ？まさか、風花姉さん、こういうのダメなの？入る前はあんなに平然としていたのに」
　 弓華ちゃんも知らなかったらしい。
「…」
　 風花さんは無言のままで僕にしがみついていた。
「…純水、わたしを離さないで、一人にしないで…」
　 風花さんは僕に切実に訴えた。
「大丈夫だよ、風花さん」
「…うん」

「風花姉さん、大丈夫！？」
「だ…大丈夫…じゃない…」
　 出てくるころの風花さんは、僕の方に寄り添う…というよりももたれかかるようにしていた。弓華ちゃんの問いに対してもいつもの余裕はなく、本当に元気がない声を返すのみだった。
「すまない…無様だな…」
　 顔を上げた風花さんの目には、涙がうっすらと浮かんでいた。不謹慎にも、その表情をなぜか『色っぽい』と思ってしまう僕がいた。
「ごめんなさい。まさか、風花姉さんがああいうのがダメだなんて知らなかった…」
　 弓華ちゃんもうつむいてしまった。
「気にしなくてもいい。わたしだって、知らなかった。あまりにも俗世と離れすぎた結果かもしれない…」
（自分自身でさえ知らない弱点、か…）
　 暗所恐怖症なのか幽霊が嫌いなのかは分からないが、風花さんにも弱点はある。もっとも、弱点だらけの僕とは違うけれども…。

「さて、うじうじしていても仕方がない。時間は限られているからな、次にいこうか」
　 風花さんの立ち直りは早かった。いや、そう見えただけだろう。少なくとも僕には、彼女が無理をしているように見える。
「…純水、すまない。本当に…」
　 不意に、風花さんが僕にそう言った。そして、僕が言葉を返す前に
「…だが、あの時だけでも、わたしは本当の意味で純水の『彼女』になれた気がする。純水でなかったら、あんな様は見せなかっただろうな」
　 …と、風花さんには珍しい照れ笑いを浮かべた。
「わたしは純水以外の男は知らないが…しかし、純水を好きになったことで、なくしていた何かを取り戻すことができたような…そんな気がする」
「僕はそんな立派な存在じゃないよ」
　 僕は、彼女の言うことを否定した。僕から見れば、風花さんのほうがよっぽど強い存在に思えるからだった。
「…だが、そんな立派な人間じゃなくても…弓華や、聖架や、そしてわたしが純水を好きになった。それだけの理由はやっぱりあるのさ。
　 ただ、わたしたち三人にもその理由を明確に言うことはできないだろうけれども」
「そうですね。『好きになった理由』なんて、いちいち口に出せるものではありませんし…」
　 聖架さんもうなずく。
「あ、何も理由がなくて好きになったわけじゃないんですけど…でも、なんと言っていいのか分からなくて」
「僕だって、僕を好きになってくれた理由なんて分からない。何で僕だったんだろう、って今でも考えるくらいだから。
　 それに、『三人も彼女を持っている』なんて実感なんてなかったんだ」
　 遊園地のベンチで三人の美少女に挟まれ、僕は言葉を濁した。
「だから、僕は…僕からは一度も言うことができなかった。心のどこかで、拒絶していたのかもしれない。でも、それは間違っている。
　 僕は今、弓華ちゃん、聖架さん、そして風花さんとここにいてすごく楽しい。それに、とても嬉しい」
「わたしだって、とっても嬉しいんだよ」
　 弓華ちゃんの言葉に、残る二人が無言でうなずく。
「うん。三人が三人とも、僕の前で、普段は見せない『本当の姿』を見せてくれる。強さも、弱さも。
　 それは、本当に、みんなが僕を好きでいてくれるからだ、って気づいたんだ」
　 あの風花さんだって、普段は見せないであろう姿を僕の前では見せた。たとえ自分では気づかなかったにしても、いつもの風花さんだったら泣き叫ぶようなことはしなかったんじゃないか、と今でも思う。
「だけど、僕も今なら言えると思う。…みんなのことが、大好きだ、って」
「ふふ…その言葉が聞けただけでも、わたしにとっては収穫だ。純水。これからも…好きでいさせてほしい。たとえ、わたしに何があっても」
「…？うん」
　 妙な言い回しだな、と思ったけれども、その表情はいつもの風花さんだった。