２７

「実はな。お前が好きだと言った風花のことで、話をしておかなければならないことが三つある」
『バッド・スクエア』に迎え入れられた私は、あの後空海住職にそう切り出された。
「社長のことで…？」
「…君なら分かるだろう？社長は…この業界に向いていないことが」
　 氷室専務は、表情こそ穏やかだったが、口調は冷静そのものだった。しかし、その言葉は社長を咎めるために言っているのではないこともよく分かる。
「いや。本来、女が手を出す領分ではないのじゃよ。風花は、幼いころから父親の背中ばかり見て育ってきたからな。ごく自然に、その背中につき従うようになり、ついには今の仕事を受け継ぐにまで至ってしまった。だが、それは我々の真意ではない。むしろ、あやつには、普通の人間として、女としてこれからの人生を過ごしてもらいたい」
「我々の…偽善だということは分かっているけれどもね。そして、社長自身、後戻りができないことをもう悟ってしまっている。だからこそ、私たちは今こそ彼女を止めなければならない」
「…私たちで、社長を止めると？」
「それもある。しかし、それだけではない」
『それだけではない』と言った住職の表情が曇った。
「最近になって、風花を狙う何者かが出没している。わしも風花に気づかれないように護衛をしていたが、ここ一週間の間に三人も、拳銃を持った男が付きまとっているのを見かけた。
　 無論、そんな男がいることを、風花が気づかないわけがないだろう。『仕事』に関してはプライドの高い風花のことだ。わしや氷室が護衛していたのではいい顔をするまいよ」
「…私が、社長の護衛をする、と？」
「おいおい、素人の君では、社長には敵わないよ。住職ならいざ知らず、すぐに気づかれてしまう」
　 氷室専務が苦笑した。確かに私はただの一般人だ。殺しのテクニックも尾行の経験もまったく持っていない。
「いかに君が社長のために命を投げ出す覚悟があったとしても、『相手を殺すことをいとわない』人間が相手では分が悪い」
「では、私は…」
「さしあたって、君が今すべきことは特にない。しいて言えば、我々と同じ稼業をするのに必要な技能を身につけてもらう程度のことさ。
　 苦笑しながら専務が言うものの、それだって容易な問題ではない。生まれつきこういった仕事に就いていたわけではない私に、そんな技能が身につくのだろうか？

「さて、最後の三つ目の話だが…お前さんには、恋敵がいる。それもかなり高い壁だ」
「は？」
　 私は素直に驚いていた。
「つまり、誰かが社長を好きになったと？」
「風花の性格からして、そっちだと思ったのだろうが、逆じゃよ」
　 住職が笑いをかみ殺しながら言う。
「何が原因かはよく分からんが、風花め、よりにもよって自分が殺した相手の息子に恋をしおってな。あろうことか、最初は罪滅ぼしに自分の肉体を捧げようとまで考えたらしい」
「なっ！？」
　 あらぬことを想像したが、住職が言う意味はおそらくそれで合っているだろう。あの社長が異性に自分から恋をしただけでなく、その体まで捨て去るつもりだったとは…。
「だが、風花はああ見えて男を見る眼はあるらしい。なかなかの男じゃったよ。我々の同胞の尾行に気づくような注意力も持ち合わせていた。
　 さらに、ある程度護身術も身に着けているようで、あやつなら、有事の際に風花を護ることすらできるだろう。…風花が恋をした理由はそこにあるのではないか、とわしは邪推しておるがな」
　 私は『理由』を考えていた。しかし、あの社長が誰かを好きになる理由があるのだろうか？
「…風花は、異性にも同性にも頼られる人間じゃ。だから、誰かに守ってもらったことがない。だからこそ、簡単に悩みを誰かに打ち明けることもなく、一人で打ちひしがれたりふさぎ込んだりすることも多かったんじゃよ。お前さんたちはまるで知らないだろうが」
　 確かに、私の前での社長は一切弱音をはかないし、年上の社員ばかりの中を凛とした態度で接する。ふさぎこんだり悩んだり、そんな姿を見たことがない。
「…たとえ、風花のほうに恋人がいたとしても、お前さんは風花を守ろうと思ってやれるか？手ごわい敵じゃぞ？」
　 からかっているのか面白がっているのかは分からないが、住職はむしろ苦笑いしていた。
「無論です。私は社長を奪いたいわけではありません」
「あくまでも、部下で…か。それも、それでよいのかもしれんがな」
　 私の言葉に、住職がうなずいた。しかし、満足そうな表情は見せなかった。

　 次の日（といっても、すでに今日だ）、社長は出社してこなかった。氷室専務から『休暇だ』という話はあったものの、その休暇の理由はなんとなく分かる。
（報われない恋、か）
　 自分で『奪うつもりはない』と言ったものの、やはり物悲しいものがあるのは否めなかった。

「…ねえ、小野沢さん、社長、やっぱり誰かとデートか何かかな？」
　 取引先に提出する書類のコピーをとっている最中に、私よりも年上の女性社員が話しかけてきた。
　 名前は峰要女（みね・かなめ）。年上ではあるが、ほんの少し私よりも後に入ってきた社員だった。美人ではあるが気さくで話しやすく、人柄もいいのだが、芸能人関連の浮いた話が大好きだ、という欠点がある女性である。
「社長も年頃だから、好きな男の一人や二人や三人はいてもいいと思っていたけど、これはもしかして…」
「三人はいすぎですよ」
　 僕は苦笑した。なるほど、『デート』という可能性は否定できない。
「でもまぁ、確かに急な休暇だし、心配は心配ですけどね」
「小野沢さんもやっぱり、社長を狙っているの？うちの若い男連中、そういう人も多いみたいだし」
『狙っている』とずばりといわれ、僕はどういう顔をしただろうか。しばらく目の前でコピー機の音だけが響いていたところを見ると、意識しなくても動揺はしたらしかった。
「…図星？社長、誰に対しても堂々と凛としていて弱みなんて見せないし、あの歳で頼りがいのある社長だもんねぇ…しかも案外可愛いところも多いし。
　 わたしが言うのもなんだけど、社長って、寝顔とかは本当に子供なのよ？」
「ね、寝顔っ！？」
　 私が思わず反応してしまうと、峰さんは可笑しそうに笑った。
「前に居眠りしてるのをちょろっ、と見てね。わたし以外は見てないだろうけど、あれでかなりの苦労を背負い込んでるんでしょうね。それでも疲れた顔を見せないのって、大した人間だと思うわ、わたしは」
（そうだ、私は…社長のことを、この会社の中でしか知らないんだ。だが、風花さんを射止めた男は…それ以外の社長の姿を知っている…）
　 別に、社長の寝顔や疲れた顔を見てみたいわけではない（寝顔のほうはちょっと見てみたい気もするが）。ただ単に、自分が知らない社長の一面二面を、私以外の人間が知っていることがなんとなく許せなかった。…おそらく、それは『嫉妬』だったのだろう。

「ほら、また頭の中で社長のことを考えてる」
　 終業が近づき、窓の外に灯りの列ができるころになると、私は峰さんに鼻先をつつかれた。そんなにぼーっとしていたのだろうか？
「そろそろ帰らないと、専務に怒られるわよ？専務だって、新婚ホヤホヤで早く奥さんのところに帰りたいはずなんだから」
　 私は苦笑した。まったく、そういう話には強い人だ。

　 帰る、とは言ったものの、私たちはなぜか道をともにすることになり、なんとなく夜の町へ繰り出すことになった。
　 今までもこういうことがなかったわけではないのだが…。
「さて、また今日の夜、お供いただきましょうか？」
　 彼女のほうはもうこの調子である。私のほうは何度か『彼女のお供』をしたことがあるのだが…。

　 結局私たちは休めのホテルで夜をすごすことになってしまった（無論嫌ではないのだが）。

「うあっ！」
　 峰さんの、舌を使った的確な愛撫に、私のモノはあっけなく立ち上がり、また、彼女の口の中にやはりあっけなく白濁を吐き出していた。
「んっ」
　 峰さんのほうは、私の根元まで口に含んだまま、『全てを飲み干す』かのように、離してくれない。絶頂を迎えて敏感になった先端をさらに舌先で責められ私のモノが萎えるのを許してくれそうになかった。
「ふふっ、やっぱり年下っていいわぁ…」
　 そんなすごいことを平気でいう峰さんは、やっぱり男慣れしてるのだろうか？
「…っていっても、わたし、小野沢さんとしかセックスしたことがないんだけどね」
「そうなんですか？」
　 私は素直に驚いてしまった。誘ってくるしぐさ、私のモノを愛撫する動き、慣れているとしか思えなかったのだが…。
「ちょっと、そんなに素直に驚かないでよ。ウソは言ってないんだからね？」
　 怒ったように思ったものの、表情は笑っていた。
「さ、続きしましょうか。たまには、小野沢さんがリードしてね？」
　 そういうと、彼女はベッドの上で僕にお尻を向け、四つん這いになってしまった。
（リードかぁ）
　 私は苦笑しつつ、彼女のスカートをめくり上げ、なんとなく興奮を覚えつつ、彼女の下着を下げた。

「…どう？濡れてる？」
「はい。すごく」
「真面目に答えないでよ。わたしだって、恥ずかしいんですからね？」
　 私の目の前で左右に動くお尻が愛らしい。

　 私は無言のまま、いきりたった先端を押し当て、そのまま挿入していく。そのとたん、強烈な締め付けが私のモノを覆った。
「あんっ」
　 というあえぎ声が妙にセクシーに聞こえた。
「そんな、いきなり挿入するなんて…ああっ」
「リードはしていますよ」
　 その締め付けに快感を覚えながら、私は彼女の腰を支え、少しずつ奥に入れていく。
「やっ、深い…」
「峰さん…締まる…っ」
　 見事に立ち上がってしまった私のモノは、まるで合わせて作ったかのように彼女の膣内にぴったりと嵌る。一番奥まで挿入すると、結合部から押し出された愛液がぽたぽた垂れるのが見えた。
「あの…峰さん」
「なぁに？」
　 お互い汗ばみ、深々と結合した状態で、私は質問していた。
「私以外とセックスしたことがない、ということは…私が最初の男だったということで…？」
「そうよ」
　 あっけらかんと答えてくれるものの、私は驚きを隠せなかった。
「何で、私と？」
「はぁ…」
　 私の言葉に、峰さんは深々とため息をついた。
「…鈍いのよね…。ところで、ね、早く…そんな固いのを突き刺されたまま止まっているなんて、我慢できないわ」
「あ、すみません」
　 私は前後動作を開始していた。
「…ああ、気持ちいい…ああっ…」
　 彼女の喉の奥から奔るあえぎ声が、私を余計に興奮させる。
「峰さんっ、もう、出そうだ…っ」
「いいわ、中に思いっきり出して！」
　 彼女の言葉を深く考えるでもなく、私はその腰を両手で強く掴み、自分に引き寄せる。下腹部に当たる優しいお尻の感触が心地よい。しかし、それ以上に私の先端に当たる子宮口の感触が強烈で、私はそこで動きを止め、我慢を一気に開放していた。
「あぁぁーーーっ！出てる、出てるっ！凄いわ、わたし、イく…っ！！」
　 峰さんは大きくのけぞり、背筋をびくん、びくん、と何度も何度も痙攣させた。私の射精が終わると、彼女はベッドに突っ伏してしまった…。

「…ねぇ、聞いてるわよ。あなたも、バッド・スクエアの一員になったんでしょう？」
「！？」
　 ベッドの上で仲良く寝そべっていると、うつぶせに寝ている峰さんがいきなりそう声をかけてきた。
「何も驚かなくていいわよ。Ｙ・Ｔ・Ｃの中にも、バッド・スクエアのことを知っている人間は何人かいるわ。わたしも含めてね」
　 そう言って、彼女は割りと幼く見えるその顔をほころばせた。先ほどの激しいセックスがウソに思えるほどの可愛らしさだ。
「さっき、社長の寝顔を見た、って言ったわよね？あれは、社長室で見たものなのよ。重役ヒラ社員問わず、社長室に入れるのはバッド・スクエアに加入している者だけですからね」
「でも、峰さんが…」
　 私が絶句していると、
「あのね、何も人殺しばかりがバッド・スクエアじゃないのよ。人探しから誘拐事件の解決、情報集めまで何でもアリなのよね。後は、依頼を確認しに行く役目の人とか、末端の人はそんな感じよ。『バッド・スクエア』の名前の由来は『トップが四人いる』ことなの」
（スクエア…正方形だから『四人』か。社長に、氷室専務、浅見住職…あれ？あと一人は…）
「もう一人のトップについては、わたしも顔を知らないんだけど…というか、社長や氷室専務も誰だか知らないそうね。『いる』ことしか分からないらしいわ。
　 どんな人かしら？案外わたしよりも年下だったりして…」
　 素っ裸で語る話題ではない気がするけれども、彼女の疑問はそのまま私の疑問でもあった。『もう一人のトップ』とは一体何者なのだろうか？
（謎が多い組織だな。私が知っているのも、おそらくは氷山の一角か…。社長は私が加わったことを聞いて、どう思うだろう？）
　 そんなことを考えていると、とても柔らかくて暖かい感触が私の全身を包んだ。
「…峰さん？」
　 見ると、峰さんが私の体を抱きしめていた。それも、無理に胸を押し付けるかのように。
「…さ、夜はまだまだ長いわ。…ね？」
　 彼女の唇が重なってきて、私の疑問はやがて甘い快感とともに宙に消えていった…。