| ３４ 「…おっと、と…」 両目から涙を散らせながら、俺に向かって飛び込んできたのは風花だった。 （この三人の身を守るためとはいえ、俺も数奇な運命を背負わせたものだな。だが、その償いはようやくできそうだ。 もっとも、俺のしたことが正しいかどうかなんて、きっと神様にも分かりゃしないさ） 風花を抱きとめ、頭を撫でてやりながら、俺はそう思った。 「…烏丸…」 純水が俺を見止めてｵませればよかったんだろうが俺本人が死んでしまえば、聖架、風花、弓華を狙う必要は一切ない」 「それで、死んだことに…」 「ああ。だが、そうしたところで全員が安全になるわけでもない。風花が俺のあとを継いでしまったこともあり、俺は早急にことを進める必要があった」 「何を…？」 「決まっているだろう？お前たちを危険な目に合わせたヤツらを、壊滅させてきたのさ。もともと小さな組織なのは知っていたから、油断しているところへ襲撃するのは簡単なものだったよ」 「またどうしてそんな無茶を！わたしだって風花だっていたじゃありませんか！」 「…俺の代で、バッド・スクエアはなくなって欲しかったからな。組織の仕事に巻き込まれて、お前たちの母さんは死んだ。 おこがましい言い方だが、お前たちをそんな世界に深くかかわらせたくなかった。だからこそ、聖架がシスターになると言い出したのを止めなかったし、住職に頼み込んでとっととシスターになってもらったのさ。もっとも、風花は本当に頑固だったがな。残された命をそんな風に使おうとするとは…」 「…父さん」 俺の腕の中で、風花が目を伏せた。 「俺が死んだことになってから、風花を影から見守ってきたが…純水、お前にはいろいろ感謝している。おかげで、風花をようやく正道に戻すことができそうだ」 「…僕は何もしていない。ただ、風花さんが…いや、風花さんだけじゃない。聖架さん、風花さん、そして弓華ちゃんが大事だった。それだけだ」 「だが、その純粋な気持ちは、少なくとも風花の心を救った。君でなければできなかったことだ。娘たちが体を許したわけも分かるよ」 「と、父さん…っ！」 『知っていたのか』、とでも言いたそうに、風花が顔を上げた。その顔は、普段の彼女からは考えられないほど赤く染まっていた。 「咎めたりはしないさ。お前がそう思ったんだから、そうすればいい」 「…」 聖架も顔を赤くしている。 （まったく、本人は自覚していないが、手塩にかけた自慢の娘三人を一度に魅了するとは、とんでもない男だな、こいつは） 俺は胸のうちで苦笑せざるを得なかった。 （だが、それだけの価値がある男だということは分かる。でなければ、内輪で作った芝居とはいえ、命をかけた修羅場に、俺のような人間に頼まれてやってこられるわけがない） 「…とにかく、バッド・スクエアは俺の代で終了だ。警察に関しては、氷室の知り合いに警視総監がいるし、別に問題はないだろう。 もっとも、その警察だって幾度となくバッド・スクエアの手を借りているんだがね」 聖架が苦笑いするのが分かった。実際、警察の依頼で水面下の捜査を手伝ったことがある。 「ところで聖架。その拳銃は…」 俺の質問に、今度は聖架が顔を上げた。手違いで無関係の人間を殺めてしまい、その罪悪感からバッド・スクエアを離れた彼女が拳銃を持っている理由が見つからなかったからだ。 「…確かにわたしは、バッド・スクエアから離れましたが、風花はバッド・スクエアで仕事をしていました。いつか必要になるときが来るかもしれない、と思ったんです」 「なるほどな」 聖架は引っ込み思案な子供だった。どちらかというと、弓華にすら守られていた気がする。 彼女の拳銃は俺が教え込んだものだった。ある仕事の際に、拳銃で標的を撃つところを幼い聖架に見られたのが最初だった。 聖架としてみれば、幼心に『妹二人を守る力が欲しい』と思っていたのかもしれない。渋る俺に無理やり頼み込む形で拳銃を手にした彼女は、俺の予想できないほどの才能を発揮し、ついには『四挺拳銃』というある種出鱈目な特技を編み出してしまった。 もっとも、嬉しいというよりはため息をついたものだが…。 「…さあ、積もる話は帰りで聞こう。いつまでもここにいても仕方がない。…帰ろう」 俺がそう言って見回すと、一同がうなずいた。 「それからな、風花。もう一つお前に言っておくことがあるんだ」 「…わたしに…？」 久方振りに間近にした風花の顔を眺めながら、俺は口を開いた。 「…風花姉さん、おねえちゃん！！」 弓華の家にたどり着くころには、すでに夜になっていた。小野沢と峰、そして氷室を先に帰らせ、聖架、風花、純水、住職、そして俺を含めた五人は、三女弓華の家にまとめて押しかける形になった。 「うわわわっ！なんでこんなにいっぱいいるの？おねえちゃん、一体何があったの？風花姉さん、拉致されたって、大丈夫なの！？ 純水くんまでどうしてここにいるの？それよりどうしてお父さんが生きてるの！？」 「落ち着け」 俺は、慌てふためく弓華にそう声をかけた。 |
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| 2007.10.10掲載 |
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