既に空が薄暗闇に覆われていた、六本木７丁目・。
　ネオンの光が降り出した雨と雲に反射して、都会の空はいつも薄暗闇にしかならない。
　思えば昔はこの辺りはしもたやさんばかりで、今の時間だったら真っ暗だった・。
　暗くなり始めてから腰を据えていたカフェを出て、隣のタイムスから１０年以上も乗り続けているＣＲＶを出した。
　そこは馴染みのカフェだが、少し混み始めてきたからだ。
　長居する常連の責務。・混んで来た時は、新しいお客に席を空けなければ・・・・。
　雨が強くなり出した。
　最初はポツリポツリだったが、直ぐに本格的に降り出した。

　車を出したからって何処かへ行く当てがある訳ではなかった。しかし、そのまま直ちに家に帰る気分にはなれなかった・。暇な訳ではないが憂さが溜まりきっていたんだ。
　女房もまだ帰ってはいないだろうし、パソコンに向かい合っての書類作りにも気が乗らなかった・。

　とりあえず行く当ても無いので、六本木トンネルの上でUターンして新宿に向かおうと思った・。
　新宿に何かがある訳ではないが、日本学術会議前なんて厳めしい交差点から左に回り青山３丁目経由を考え、外苑西通りを北上することにしたのだ。
　走っているうちに、雨が心の憂さを流してくれないか・。
　起こりうる筈も無い奇跡でも、期待している自分に嘲笑を浴びせて・。

　出会うだけで良いんだ。・俺の目の覚める様な女と出会いたいなぁ・。
　六本木の街は、もう３０年も俺の女好きをいつも、そこそこに満たしてくれていた。
　交差点付近で、芋洗い坂で、谷町交差点で、・・・俺は街行く女達をピックアップしたものだった・。
　多くの男達は良く云い、女達が気にし過ぎている、スタイルなどどうでも良かった・。
　ただ、俺をそこそこ満足させてくれる事の出来る女・・・・。
　かと云って、プロの女は願い下げだ・。
　十代から二十代の頃、有閑マダム達に引き合わせ、俺の女扱いを育ててくれた街なんだ。
　ダンスもこの街で覚えたし、女の良し悪しを教えてくれたのもこの街だった・。
　あれからナンパの腕もそこそこ上がったが、もう良い歳だ。
　女盛りを目にする事はあっても、俺を楽しませれくれそうな女は、今でも数少ない。
　それに、俺が良いと思っても、相手は必ずしも同じ様な見方はしてくれない・。
　言葉遣いや出会いのエチケ・、タイミングを良く考えないと、普段のカジュアルウェアーで、ただのエロジジイに見られてしまう！

　青山３丁目交差点に近付くと、歩道ににも人影が増えたが、早足の人々と一つ傘に並んではいるカップルが目立ち、渋滞で進まないにも拘らず獲物になりそうな女も目に付かなかった・。
　獲物とは呼んでも、俺は好みが五月蝿いんだ。
　それなりに自分への厳しさを持った女でなければならないし、経験の足りない女は教えるばかりで得るものが無い。女を幾ら悦ばせても、俺が悦べなければ全ては徒労としか云えないだろう・。
　経験を積んだ女でなければ、俺が汗を掻くだけになるジャァないか。
　幾ら抱けたとしても、無駄金になったとしか思えない。
　これが数多いんだ・。

　千駄ヶ谷の国立競技場前を行くと、傘も挿さずにトボトボと歩く女が目に付いた。
　レインコートは着ているものの、ロング丈のスカートだし、髪をアップにまとめている処を見ると、そんなに若い女でもないだろう？・・・後ろ姿からはそれだけしか分からない。
　一瞬の事で、直ぐに追い越したが俺はスピードを緩めて、バックミラーで顔が見えないかと覗き込んだのだった。
　それでも良く分からなかったが、一応歩道に寄せて停まってみた・。
　左側のパワーウィンドウを開け、道路端の街路灯のお陰で逆光気味のトップライトになっている・。見えたシルエットはソコソコ良い女の部類に入りそうに思えたので、可成りの大声を出した・。
「雨が降っているのに、そんな歩き方をしていたら身体を壊すよ！」
　チャンと、全てが聞こえたとは思えなかったが、女は脚を止めて俺を確かめに来た・。
　いきなり乗り込みはしないだろう？・確かめだと考えた方が良い。

　女の顔が見えないか？とも思ったのだが、ほぼ真上からの街路灯がトップライトになって、フードの中の顔は、殆ど見る事が出来なかった。
　それでも、肌が異様に白く高い鼻筋が通っている事位は直ぐに察知出来た・。
　ありゃ！・ハーフでも拾ってしまったかとは思ったが、今更放り出すなんて出来ない・。
　ドアを開け、雨の降る表へ出てサイドシルに立って、雨の降る暗い中でも俺の顔が見える様にした。
「ナンパ？・・・」！？・アクセントとイントネーションが違う・。
「どうでも良いけど、風邪引いちゃうから乗りなよっ！・・・ビショ濡れじゃぁないかっ！」
「・・・・。」
　答えは無かったようだが、女は左側のドアを開けて、パセンジャーシートに座ってドアを閉め、俺もシートに戻った。
　ドアポケットに入れておいたタオルを取り出して手渡してやった。
「顔は拭くなよ！・ウィンドウ用なんだから・。」
　非常用のタオルだ、綺麗だとは云えないが、濡れ鼠よりは大分良いだろう・？
　対向車のヘッドライトが界間見せた女の顔は白人だった・。
　一瞬、日本語で話して通じていたのか？とも思ったのだが、今更取り返しは付かない。
「何処へ行くつもりなんだい？・そんなに濡れちゃってぇ・？」
「・・・・なんで声掛けたの？」
　アクセントと発音の仕方の違う訳だ、俺に向けた顔はメイクが随分流れていた、白人だった。
　横顔しか見えないが、彫りの深さとアゴの線の流れは北欧系かも知れない？
　歳の頃は２０代後半から３０・・・にはなっていないだろう？
　見た目の年頃とロングのスカートでマスコミを賑わす東欧のオミズかも？
　さっき見た後ろ姿を思い出した・。
　後ろからのスタイルはソコソコの感じだった・。レインコートを羽織っていたので正確な所は分からないが、コートの揺れ方で大方のスタイルを想像させてもらった。
　うん・、結構スレンダーな女だなぁ・・・。

「雨の中そんなに濡れてとぼとぼ歩きじゃぁ、女好きの男は放って置けないだろ？」
「ゥプッ！・・・・最初から『女好き』なんて云うのぉ？」
　ショボ暮れてた顔が一遍に明るくなった！

　この娘はなかなか魅力のある娘だ！
　それにアクセントと発音が少し違いはするものの、日本語は普通に話せるし、昨日今日、日本に来た娘達とは大分違うようだ？
　この時点で、在日期間の想像は長くなった。・・・と云うことは、東欧のオミズでは無いようだ？

「見ず知らずの女性に声を掛けたんだから、嘘付いたってしょうが無いだろう？・何処まで行くつもり？・とりあえず送ろうか？」
「行きたいトコロが無くなっちゃったの・・・・。」
　どう云う意味なのかなぁ？・『行く所が無い』って云うのは俺と一緒に・・・・ってことだぞっ！？
「お馬鹿な応え方だなぁ！・・・ホテルに行っちゃうぞぉ？」
「いいわよっ！・オークラ？それともプリンス？」
「わっ！・良いジョ〜ダンだなっ！・・・こんな古い車に乗っているんだよ。・シティーホテルになんて向かうと思うかい？」
「モーテルでも良いわよ。」

　冗談だと思った。
　お互い何も知ってはいない。
　そんな状態で『モーテルでも良い』って？・こっちがドギマギさせられてしまう。

　安くは無さそうなコート、ロングのスカート・・・始めに思った様にお水の女だろうか？・夜の女だとお土産（性病）を貰う可能性は高いからなぁ・・・？
　俺は迷ったがこの話は中断したくなった。
「捨てられたのか？」女が口を開く前にと急いで云った。
「・・・まぁ・・・・」

　見掛けが２０代後半の女が、こんな姿で傘も無しに歩こうって云うなら・・・オミズが店を飛び出してきたかデートする為の格好か？
　・・・近頃多い、破産でアパートを追い出されたのなら、もう少し何か荷物を持っているだろう？

「お腹は？・・・・」
「少しは・・・。」
　それを聞きながら俺は車をスタートさせた・。
　青デニへ向かう以外、思い付く事が無かったのだ。
　青山墓地のすぐ近く、そこは可成り以前から深夜の軽食スポットだ。何より駐車場付きなのが良い。
　駐車禁止の摘発がうるさくなってから、駐車場の無いレストランやカフェには入り辛くなって、この店の利用頻度は格段に増えた・。
『車なんか要らない！』と云う若者が増えた理由の一つだ。
　さっき云った様に連れ込みへ向かっても良かったのだが、振られた女を自暴自棄のまま抱こうとするのは、俺の信条に反した・。
　それに、何も分からない女をそのまま抱いて、後でお土産の心配をするのも詰まらない。

「なんで・？」
「お腹も空いている顔しているよ。・良いトコは期待するなよ。」
　首都高の下を潜ったところで右折、外苑から権田原も右折した・。
　あとは無言になった・。
　雨の所為か青デニは込んでいるようだったが、辛うじて１台分のスペースを見付けて駐車させ、先に立って２階になっている店内に入って行った。

　テーブルに向かい合った女は、やっぱり魅力的だった。
　顔の小ささには改めて感嘆するしか無いが、西欧人に良くいる極端な細面でもなかった。
　頭上に纏められたブルネットのヘアーがそれを強調しているようだった。
　何より雨に流されたアイラインが滲んではいたものの、深い堀の顔立ちの中に大きな目の中のブルーグリーンの瞳が澄み浮かんで、クリットした爽やかさがあった・。

　席に着く前に背に回って、コートを脱がせた時の真っ白なブラウスにエンジのロングスカート、スレンダーだとは思っていたが９センチ程のハイヒールを除けば、たぶん１７０センチ弱の背丈だろう？
　白く輝く肌が潤みを持ち、スポーツウーマンと云う程ではないものの、引き締まりも感じられる腕がノースリーブから伸びていた。

　こんな女だったら昼間街で出会っても、駄目元当然と思っても、たぶん声を掛けないではいられなかっただろう？
　いやっ、あんな状況でなかったら、若過ぎるから敬遠しただろうなぁ・！
　コートの裏を出す様にしてクルッと巻き、座った女の横においてやった。

　すぐさまメニューを開いて女の前に差し出した。
　デニーズ系は、腹一杯食べられた所でたかが知れているから気が楽だ。
　オークラやプリンスでとは違い、野口秀世数枚では済まされるのは、大いに助かる。

「振られた女はチャンス？・」
　メニューを見ながら唐突に聞かれた。・・・席に着いての最初がこれだ。どう応えるのが良いか、一寸考え込んだ。・そして、俺は応えなかった。
　ちょっと俺の答えを待った女だったが、俺に答える気がないのを察知したのか？
「ミルクティーが良い！・あと、ドライカレーねっ・。」
　オーダーが決まったのならとコールボタンをして、俺はフロアーを呼んだ。

　シャドーやアイラインが雨で流れている所がハッキリ分かって可笑しくなったが、とりあえず笑いは堪えた。・そして、
「取り敢えず、君にはレストルームが必要だよ。」
　俺なりには遠回しに云ったつもりだったが、意味は分かったのだろう？・女は無言でバッグを取り、席を立って行った・。

　１本の煙草を吸い終わる前に、化粧を直して来た女は俺を魅了するには充分だった・。
　化粧室を出た女が目に入った途端に、目に映る景色がゴージャスなものに変ってしまった！
　席に戻って来る背を伸ばした歩き方は、丸でファッションショーのモデルの様に気品高く、パウダーで流れたアイラインを隠したのか、アイラインをはっきりさせたキリッとした顔立ちはカイリー・ミノーグがデビューした頃に似ていた・。
　最も１６歳でデビューした年齢との違いは明らかに出てはいたが雰囲気は正にその侭だった・・・・。


　シュッ、シュゥッとスムーズに無駄な動きも無く、端から口へ運ぶ様を見ていて思った・。
　ドライカレーとミルクティーでは、申し訳ない様な気がした。
　女の食べ方は上品そのもの！・それも背筋をしゃんと伸ばして、スプーンを口に運ぶ仕草にも気品の高さが渡っていた。
　何処かのしっかりした教育を受けた、良い家庭のお嬢さんだ。
　街を濡れ鼠で歩いている様な人ではなかったんだ・。
　左手の薬指にリングが無いのも早々に確かめさせて貰っていた・。俺はミセスの方が好みなんだが、この好みも、いまの歳では往々にして問題を大きくしてしまう・。

　それが俺なんかと同じテーブルに付いて安物の食事・・・・
「食べ終わったらお宅まで送ろう！」俺の口から出たのは、痩せ我慢の言葉だけだった・。
　こんな場面では陳腐でしか無いのは分かっていたが、化粧もなおった顔には気品が高すぎた。・女が上流の出だと分かった時点で、夜遊びのターゲットからは外れた・。
　上流社会というものは閉鎖的な部分が多く、保守的で例外はあるだろうが若い婦女の婚外セックスは、特に両親からは目の敵にされるからだ・。
　
　だが、
「付き合ってくれるんでしょ？」
　そんな答えが返って来るとは思いもしなかった。この女の頭の中はどうなっているんだ！
　・・・ちゃんとした教育は受けているんだろう？・裏ぶれた行きずりの俺なんかにどうして付き合おうって気になれるんだ！
「止めよう。・俺はもう夢は見ない事にしたんだ！」自分でなんてことを云うんだ！・って思ったよ。
　これだけ魅力的に見える女性に出会うのは、一生に一回、出会うか出会わないかのチャンスかもしれないんだぞ！って・・・
　しかし、どう見ても嫁入り前・。さっき男に振られたばかりだろうと思うと『寂しい心の弱みに付け込むのは男として恥ずかしい。』と、奇妙な正義感が頭を擡げて来る・。
「どうして？・・・わたし魅力無い？」
「トンでもない！・ユーアチャーミングトゥマッチ！」
「ホワイドュスピクイングリッシュサドゥンリ？」
　この娘の顔を見ていたら、何故か英語を発してしまった・！
　チョット前までは日本語で話していたのに、自分でも意味が分からなくなった・。
「アイドンノ〜！・ワイハヴァイスピークイングリッシュ！」
　片言でもやっと話せる外国語は英語だけだ。
「ビコーズ、アイハヴントーク・エルスフォーリンラングウェッジ！」
　世界共通で国外へ出る人々の多くは英語を話す・。そんな先入観を持っている所為だったかもしれない・。また、知り合いの外国人達が『日本語は難しい！』を繰り返した所為かもしれない？それに何となくだが、わたしには特にアメリカン・コンプレックスがある様でもあった・。
「へんなの！・わたしは日本語の方が良いです。」
『へんなの！』なんて云われては・・・・。

「じゃぁ、名前を教えてくれる？・呼び辛いからね！」
　俺の目を覗き込む様にした目はとっても大きく感じた。
「エリザベス・・・エリザベス・ウォーレン。アナタは？」
「シズマサ。・アメリカの友達は『シスター』なんて呼ぶんだよ・。」
「ウフフフ、『シスター』？・ウフッ・・・フィメイルなの？・アンクルにしか見えないわ。・ちょっと気になるんだけれど、女を誘うにしては歳・行ってない？」
「メイビー？・・・そうだよね。・でもね、それだけ経験を積んでいるからね。」
「経験！？・・・随分急に聞くのですね？・」大袈裟に左手で指折り始めた。
「ノー！イッツアナザミーン、ベスっ！」
　『経験』を『性経験』の事だと受け取ったらしいと思えたので、即座に『意味が違う！』と云いたかったが、英語が口を飛び出てしまった・。
　目の前にいる彫りの深い女性は、『外人』を意識させないでは置かなかったし、唯一の話せる外国語が出てもわたしには不思議は無かった・。

「また英語？・ジャァどう云う意味？」
「イッツイクスピアリブ！・イッノッセクシャルワーズ！」
　この娘の日本語は何処が理解出来て、何処が理解出来ないのかが分からん・！
　なんで俺が英語で、ベスが日本語なんだ！
「ごめんなさい。・まだ日本語、分からない所があります。・わたしの知っている『オジサン達』スケベが多いの・。」
　まずいことをしてしまったとでも言う顔だろう？少し俯いて上目遣いで見て来る顔が悪戯っ子の様でもあり、青緑の瞳がとても魅力的に光った・！
「オジサンか！・・・・そうだよなぁ・。」
「で、・幾つ？」
「５０だよ・。」
「やっぱりオジサンなんだぁ！」
「そうだなぁ・・・・。でも女好きだけど、エロティックな意味とは違う！・・・それはわたしの趣向が非常に狭いからね！」
「シスターは『チャーミングトゥマッチ』って云ってくれました。・・・わたしは趣味に入りますか？」
「しっかり入っているよ。こんなに素敵な人には滅多に会う事も出来ないからね！」
　俺が応えたあと、何かベスがモジモジした感じがして、
「・・・・ねぇ、シスター？・・わたしを慰められますか？」
　ドキッとしたぁっ！・・・この女、『慰め』の意味を分かって云っているのかァ！？
　冗談抜きで、・オレで良いのか？・・・ここまで女から誘って来るなんてありか？！
　俺みたいなおじさんを本気で誘うのか？
　日本男児『据え膳食わぬは一生の恥』？・・・・こんなに直接的に云われては、もう引き下がれない。
「５０歳位では、まだまだ男を卒業していないけれど、ベスはこんなオジサンで良いの？」
「だって、２度目があるかどうか、分からないお相手でしょ？・ただの若い人より、優しくしてくれるだけのぉ、経験を積んだ人の方が良いと思わない？・」
「２度目が無いかもしれない事を承知なのか？・オジサンだからって、必ず充分とは云えないだろう？」
「そう云う答えで充分だわっ。・・・・わたしには優しいチョイワル・オジサン。・今日だけで良いから付き合ってくれない？」
　確かに俺は誘われているんだが、話しているとなんだか終わりの無さそうだったが、既に皿は全て空になっていた。

「どうして、ビールかワインでも頼まなかったの？」西欧人は酒が好きだ。それは男でも女でも変わらないものだと思っていたし、シラフで話す内容とは違う気もしたからだった。
「だって、・シスター、運転するでしょ？・わたしだけ飲んでは申し訳ないわ！」
　西欧人にしては相手に合わせる心を持っている！・これは珍しい・。
『じゃぁわたしだけ頂くわっ！』って来るのが、大方の外国人達だ。
「どの位日本にいるの？」
「そろそろ１０年になるのかしら・？」
「学校は？」
「・ポンジョ・」
「えっ・！？・・・・日本女子大・目白の？」
「そうよ！・驚いた？」
「そりゃぁ驚くさっ！・」ベスの話し方だけで、俺には遠慮が無くなっていた・。

　キャッシャーを済ますとベスは身体を寄せて、まるで以前からの付き合いでもあったかの様に、俺の右腕に抱き着いて来た・。
　こんな願ってもない女が、向こうから飛び込んで来るとは！
　俺もベスに手を回したかったのだが、肝心の腕にぶら下がられて駐車場へ降りて行った。

「レッゴゥメィクラブ！」入った時のベスとは打って変わってよう気になっていた・。
　千駄ヶ谷へとも思ったが、あそこは連れ込みに有名な時期もあったもが、駐車場付きホテルが少ない・。
　渋谷へでも向かうか？・・・道玄坂を昇った辺りに、モテルが何件もあった筈だ。

　坂を上った処の一時代前のアーケード門へと右折して、色取り取りの柄のタイルが貼られているモテルにした。
　いかにもって云う色のタイルばりの外観にカーテン付きのエントランスだ・。

　部屋に入るなりベスは抱き着いてキスして来た・。
　始めから可成り強引だった。
　いきなりフレンチで舌が入って来ようとした・。
　女性からキスされた事も無いではなかったが、こんな強烈に女性が向かってくるなんて、自暴自棄以外の何者とも云えないだろう・。

　一端は抱き締めようと、彼女の背に回した腕を引き締めるのを戸惑った・。
　戻した両腕は、彼女の身体を突き放した・。
「どうしたの？・わたしは魅力的なんでしょう？」
　実のところ俺は、この期に及んでまだ迷っていた・。
　女房を思い出した事もあるのだが、出会ったのはついさっき、しかも降りしきる雨の中を構わずに歩き続けていた・。
　白人にしては情の深そうなベスは、ひょっとしたら可成り深入りさせられるかもしれない？とも思ってもいたのだ・。
　妻帯者に取って、情の深い女は問題を起こす元に成り易い。これは困る。
　セフレとしては若過ぎるし、目立ち過ぎる・。

「シスター、女性に恥を掻かせるのですか？」
　これには参った。・ええい！・ままよっ！・・・・そんなことを女に言われては、引き返す事なんか出来るかッ！
　改めてベスの両腕を抑えると抱きかかえる様にしてキスして行った・。

　強めの香水の匂いが鼻を突いたが、右手をベスの後頭部に這わせてから舌をベスの口の中で絡めた・。
　舌同士の絡み合いを少しで止め、上あごをちょっと滑らせて上の歯を中から押し出した。・当然力が入っている訳ではないが、ベスの眼は宙を踊っていた・。

　それは一つ気に入った事だった・。
　多くの女達は、キスをしている間中、眼を瞑ってしまう・。
　俺にはこの目瞑りは、他の男を瞑想している様にしか思えなかったからだ・。
　俺である事をしっかり見ながら受け止めたベス・・・。
　見ていると云う事は、俺以外の男を瞑想も妄想も出来ない事で、俺は真っ直ぐベスの中に入って行けると思えた・。
　そして、長いキスとなった・。お互いの息がお互いの肺を行き来したのではないかとさえ思える・。
　ベスは、振られたバカリの女に良くいる、ヤケッパチなのだろうか？
　ヤケッパチだけと考えるには、この念の行ったキスは、意味が分からなくなる・。
　

　車に乗せた時にはシティーホテルの名を出したベスだったが、この手のホテルの処理も知っている様で、俺は何も言わなかったのに、さっさとバスに湯を溜め出した。
「こんなホテルにも慣れているんだなぁ！」シャワーを浴びるものだと思っていた俺は感心してしまった・。
「慣れてはいないぃ。・・・だけど、何回かは・ねっ？」
　何回かはホテルに来たってことだろう、どんな奴となんだろう？・それは聞かない方が良いなぁ・。
「何回かで、そんなに覚えてしまうものなんだ！」
「そんなに難しいこと？」
「そう云う訳ではないけれど、手際が良いなぁ！・君の国とは習慣が違うだろう？」
　西欧人はシャワーの方が多いと思っているからだが・・・、風呂の習慣を知っているってことだなぁ？
「わたしは青春の始めから日本にいるのよ。・自分の国の恋人達の習慣の方が分からないわよ・。」
「ヤヤッコしいなぁ・・・・。日本の男の子達は研究済みってことか？」
「日本人は面倒臭いのよね！・どうでも良い事にばっかり拘って・！・・・恋人になっても、秘密にしたがり過ぎよ！」
　『ドーでも良い事』って何の事だ？・確かに日本人は開けッ拡げは少ないが、アメリカ人やフランス人だって同じだったぞぉ・。

「どうしてそう思うんだい？」
「日本の恋人達は、まだまだ開けていないじゃぁない！・友達達だって、恋人を紹介してくれる事も少ないしぃ、・周囲の人達には分からない様にしている事が多いわ！」
「それは恋人と云う呼び方の範囲が違うからじゃぁないかなぁ？・若い人達は随分開放的になっている様に、わたしには見えるんだけど、ベスから見るとまだ足りないのかい？」
「ええ、もっともっと開放的で良いと思うわっ！」
「わたしは、随分開放的になっていると思うんだけどねぇ？」
「学校でも街でも恋人同士を見ていて感じない？・恋人同士でも手を繋ぐ人はとっても少ないし、街を歩く時にも関係無い様な歩き方をする人達が多いもの。・ちょっと見ていれば恋人同士だって分かるけど・。」
「それは日本式の美意識だよ！・シャイな部分も認めなければならないんだけど。」
「日本式って云われても、わたしには恋人を認めていない様にしか見えないもの！・だから直ぐに喧嘩になってしまう・。」
「今日もその口だった。ってこと？」
「ウフフっ、・大分違うわ！」
　また悪戯っぽい目がきらっと輝いた気がした・。

「じゃぁなんで？」
「・・・ないっしょ！・じゃぁないとシスターにも引かれちゃうから・。」
　悪戯っぽいんだなぁ、ベスは・。
「ええ、いつでもわたしは引きますよ。面倒臭いのは好きじゃぁないから。」
「そんなこと云ってぇ、・・・・じゃぁ、なんで声を掛けたの？」
「さっき云ったじゃぁないか。・ベスがあの雨の中、傘もささないで歩いているからだよ。ナイト・スピリッツ？」
「！・始めからモーテルを？・・・・」
「ちがうよっ！・Knのナイト！」
　『ナイト』騎士をnightだと取ったのは直ぐに分かった。発音が悪いからなぁ！
「サムライ・スピリット？・武士道？」
「そんな大袈裟なものじゃぁないよ。・ちょっと助けて上げたかっただけっ！」
「別に助けはいらなかったわ！・」
「あんなにビショビショになっていてかい？・君の国の男性ならどうする？」
「同じかぁ！・ぅふふふ・・・。・でも、声を掛けてから『外人だぁ！』なんて顔はしないわよ！」
「そんな顔・したかい？」
「したした！・ほら、前からのライトがわたしを照らしたとき！」
「あの時は、・『素敵な娘！』って、思ったんだよ・。」
　図星を指されたが、応え終わる前にベスは俯いていた・。
　この答えまでははしゃいだ感じだったのに・・・・？

「どうしたの？」
　顔を近づけて聞いた途端にテーブル越しなのに抱き着いて来た！
　小さなテーブルでしかないが、茶碗にはお茶が残っている・。
　戸惑いはあったが抱き返すと、その不安定な体勢のまま俺の顔を見詰め直してまたキスして来た・。
　今度はフレンチではなく、軽く丈だった・。そして腕を解いて後ずさりしてバスの湯を止めに行った・。
　手早くコックを捻り、湯加減をみる手付きは日本人と変わる処は無い・。
　思春期にこの国にいて、日本の同級生たちと下の話も随分したのだろうなぁ・？

　戻って来ると俺のシャツのボタンを外し始めた・。今度は一切無言となっていた。
　シャツを脱がされ、ベルトを解き、ズボンまでも下げられてしまった・。
　俺をブリーフ一つにしてしまうと少し離れて、俺を指差してからストリップの様にリズムを付けて、着ていたものを脱ぎ出した・。

　薄暗い部屋の中、ベスの白い肌は特に輝いて見えた・。
　ブラウスの下はキャミソールとブラジャー。・・・キャミソールをスルスルと手繰り出し、半身に構えて一気に頭から脱ぎ去った・！
　Ｓ字型に構えたポーズからのリズミカルな動き・、それだけでも魅せられてしまうエロティシズム・。
　静、動、静・・・・スゥッと椅子に放った動きまで、完璧に俺の琴線を揺らし続けた・。