９．

「アレ…　し、佐野さんとこの…」
　後ろから声をかけると、その子は振り向いた。顔に見覚えがある。間違いない、静恵の一人娘の優子ちゃんだ。
「あ、お母さんの働いてるとこの、オジサン、ですよね？」
　一応敬語を使おうとするのはいいが・・・　オジサンかい？
「僕、まだお兄さんな歳だと思うけど…　覚えていてくれて嬉しいな。当山　隆です」
　名前を言うと、なんとなく握手を求めて手を伸ばしてしまった。すると優子ちゃん、ニコッて屈託なく笑って、僕の手を握り返した。小さく、柔らかい手。女の子だって納得できる。
「あは！　ボクどうも働いている人みるとオジサンって言っちゃうんですよ。ごめんなさい、おにいさん。ボク、佐野優子です。よろしく」
　ボク、という一人称が似合っていた。それに、今時の子にない元気さが古い頭の僕には好ましい。
「で、おにいさんはどうしたんです？」
　読んでいた少女漫画を戻し、僕と話すモードに入る優子ちゃん。
「アレ乗って一人でドライブしてたんだ。帰るトコでここには晩御飯買いに。優子ちゃんは？」
「あ、さびしいですねぇ、当山さん」
　まさかキミのお母さんとヤリまくっていたとは言えるわけがないので、頬を膨らませて「うるさいやい」と言って抗議をおわりにする。
「ボクは、ちょっと家にいたくなかったから、嘘ついて出てきちゃった」
　と自分の持っているモノを示す。ビニールバックの中には、水着とバスタオルが入っていた。
「ん、嘘？」
　純粋な好奇心で訊いてしまう。すると元気少女が少し困ったように笑って、目をわずかに俯かせる。
「ちょっと、です…」
　簡単にいえることじゃないらしい。なんだかここで話を聞いておくと、後々のためになりそうな気がした僕は、軽い感じで、
「じゃあ、なんか食べにでもいく。奢ってあげるよ」
　と言った。抵抗があるかと思ったら、目を輝かせて、
「いいんですか？」
　と言って来た優子ちゃん。そのまま僕の手首を掴んで引っ張っていく。
「もう４０分も立ち読みしてたから、居づらかったんですよ」
　ちょっと舌をだして、そういう優子ちゃん。仕方なく、僕は何も買わずにコンビニを後にした。
　助手席に優子ちゃんが座ると、さっきまでそこでこの子のお母さんがオナニーしたりしてたんだよなと思うと、ちょっと妙な気分になる。
「優子ちゃん、どこいく？」
「えっと当山さんに任せますよ」
　横に座る優子ちゃん、もう静恵より背が高くなってるみたい。目線の位置が彼女より上だ。
「まぁ、お子様相手だから、マックでいいかな？」
　僕がお子様と言ったら、優子ちゃん、不満そうに頬を膨らませて、「どうせお子様ですから、いいですよ」と可愛く拗ねて言う。
　どうも、性格も体型も全然違うのに、静恵さんと『あぁ、親子だなぁ』と思わせるとこが優子ちゃんからも感じられる。
　この丁寧な話し方なんか特に、だ。
「で、なんで家にいたくなかったの？　お母さんと喧嘩でもした？」
　まぁ、よくこんな嘘がでてくるものだ。我ながら小悪党になった気分。すると、二人だけのスペースだということもあってから、優子ちゃんは話し始める。
「お母さんは、大好きですよ。泣き虫で、ドンくさい人ですけど、とっても優しいですし」
「じゃあ、問題は…」
「父さんの方。ボク、父さんがキライなんです」
　感情的な嫌悪感、というよりもっと深い何かを吐き捨てるようなキライの言い方に僕は感じた。
　優子ちゃんの話を要約するとこんな感じだ。
　旦那さんは、去年まである会社で課長さんをやっていたらしい。でも、会社がなにか失敗をして、それを隠すために責任を押し付けられた形で、リストラされたとのこと。
　それまでも、なんだか陰湿なトコがある人だったけど父親としては不平はなかったのだけが、その時はかなり荒れたらしい。手を上げるといかそういう感じの荒れ方ではなく、ネチネチと不平を言い続ける、そんな感じの荒れ方らしい。
　優子ちゃんは、スポーツは好きだけど、勉強はあまりできるほうではないとのこと。その件でもネチネチと子供を傷つけるようなことを何度も言ったそうで。
　数年前はビデオを撮るくらい、仲が良かった親子なのに、一年くらい前から仲たがいがヒドイとか。
　聞いてみると、ほぼ１００％、旦那さんが悪いとしか思えない。今も、嫌悪感を顕にしている優子ちゃんを、彼女いわく『いやな目』で見ては、ネチネチと小言を言ってくるらしい。
「し…　佐野さんはどうなのかな？」
「あ、お母さんですか。お母さんは優しいから…　頑張ってボクとアイツの間をとりもってます」
　いつの間にか、父さんがアイツになっている。
「うちかえったら、母さんいないで、アイツだけがＴＶの前で寝そべっていたんです。で、ボクの顔みるなり、『宿題もやらんで遊びにいって』って言ってきたんで、頭きちゃって、プール行くっていってでてきちゃったんです」
　う〜ん・・・　これはけっこう静恵の家の溝はけっこう深いのかもしれない。旦那さんにしても、多感な少女の時期に、そういう扱いをしてはいけないと、思ってしまう僕だった。
　その時、僕は彼女がシートベルトしてないのに気づいた。
「あ、優子ちゃん、ベルトして。お巡りさんにみつかるとマズイんだ」
　そういうと、優子ちゃんが、
「あ、いけな〜い」と言って、ベルトをしようと身体を捻る。
　その時だった。
　ちょうど信号で停まった時だったので、視線を彼女の方に向けると…
「！？」
　思わず視線が固まる、脳を電流が駆け抜けたような衝撃。
　ちょうど身体をよじったため、優子ちゃんの右脇のところに隙間ができて…　そこには膨らみ始めの乳房と、ピンクの乳首が見えたのだ。日焼けしてない、白い幼い乳房に、僕の心は奪われる。
　初めて静恵を見た時も、こんな感じになった。そして、思いだれる僕の原風景…
　そうだ、僕は円熟した女性と、未成熟な少女の裸に、とてつもなく興奮するのだった。
　生唾を飲み込む音が聞こえないか、僕の額には冷や汗が伝った。
「当山さん、信号かわったよ？」
　見えたのは一瞬だったはずだけど、僕の頭には静止画のようにあの幼い乳房が焼き付いてしまっていた。
　優子ちゃんに言われて、慌てて車をスタートさせる。
「どうしたの？」
「ちょっと優子ちゃんに見惚れちゃってね」
　本当のことだったけど、冗談めかして言った。すると優子ちゃん、ボッと赤くなる。こう誉められなれてないところも、お母さんそっくりかも。
「じょ、冗談、やめてくださいよぉ。ぼ、ボクなんか、男の子と間違われてばっかりなのに…」
「いや、優子ちゃんは素質あるよ。僕が保証するって」
「そ、そうですかぁ。でも、ボクって…」
　と言って自分の胸元を引っ張って覗き込む。またドキッとしてしまう。今度はさっきよりはっきりと優子ちゃんのオッパイが見えてしまったからだ。
「お母さんみたく、オッパイ大きくないですしぃ…　お母さん、オッパイ大きいですよね」
　そしてため息なんかつく彼女。どうやら膨らまない胸に、ちょっとコンプレックスがおありの様だ。
「ねぇ、当山さんもそう思いません？　オッパイ、大きすぎですよね、お母さんってば」　
　激しく同意したいところだけど、照れて苦笑しながら頷くだけで済ませた。
「男の人って、オッパイ大きいほうがいいんですよね？」
　なんか話しが妙な方向いってるが、とりあえず意見をいっておく。
「それは、人それぞれだと思うよ。僕は、胸なんかより、その子の内面の方がやっぱり大事かな」
　胸が大きくても、犯ってつまんない反応の女の人だと、やはり興ざめだろう。
　静恵は大きい胸も魅力の一つだけど、僕にとって一番大事なのは、やはりあのいじめ甲斐のある性格だし。
「ふぅ〜ん、大人の意見って感じです」
「まぁ、優子ちゃんはまだまだ成長していくさ。まだ、諦めるのは早いって」
　僕の慰めになんとか納得したように頷く、引っ張っていた胸元を戻す。
　そのあと、僕は自身に灯ったもう一つの黒い炎を、彼女に悟られないようにするのが、大変だった。マクドナルドにいき、彼女と他愛の無い話をしているだけでも、不意にさきほどの未成熟の乳房が蘇り、僕を惑わす。
−あせるな…−
　この子はまだ１１だ。手を出すにしても、いきなりではこの子はおとせない。それにヘタをうてば、静恵すら失ってしまう。
　僕は笑顔のウラに、あらたな欲望の火を灯し始めた。
　その後、小一時間ほど雑談して、マックを出る。短い時間で、優子ちゃんはずいぶんと心開いてくれたみたいだ。
「ごちそーさま♪」
「どういたしまして」
　車でさっきのコンビニまで送ることにしたので、また短いドライブ。シートベルトをするとき、やはり目がもう一度、優子ちゃんの脇にむいてしまう。さっきほどじゃないけ、わずかにふくらみの部分が見えた。
「あ、今日のことはお母さんには内緒でね」
　娘の口から、僕の名前が出たら、きっと静恵は動揺するだろうし。明後日、僕の口からいろいろと話しておこう。
「え、どうしてです？」
「優子ちゃんデートに誘ったのバレると、恥ずかしいからね」
　冗談めかして言うと、真っ赤になって優子ちゃん照れる。今時の子にしては、すれてなくて好感度アップかも。
　で、別れ際。名残惜しそうな顔をした優子ちゃん。
「また、どっかいこう。今度はお母さんも一緒に」
　言うと、ひまわりが咲いたような笑顔を見せてうなづいてくれた。車を降りて、走って帰る時も、何回もこっちを向いて手を振ってくる。
「さて、どうしようかな…」
　僕の思考はいつの間にか、静恵といっしょに彼女も手にいれる方向へ向かっている。
　年端もいかない少女を手にいれる罪悪を思うと、僕の口の端には、あの笑みが浮かんでくるのがわかった。