翌日の昼前、悠希はまた修一の家を訪ねた。 あんなことをした後の彩乃がどういう顔をしているのか見たかったのだ。 朝、いつものように彩乃の画像で抜いてきたことは言うまでもない。 入り口を開けるとチャイムが鳴る仕組みだ。 「おっ、また来たのか。今日はなんだい？」 作業場から顔を出した叔父が笑いながら言う。 「あっ・・・うん。用事はないんだけど、写真の話が聞きたくって・・・忙しい？」 「いや、商品が大量に売れて、ちょうど発送が終わったところだ。上がれよ」 「はい。お邪魔しま〜す」 悠希は作業場の脇を抜けてリビングのドアを開ける。 「あれ・・・彩乃さんは？」 いつも笑顔で迎えてくれる彩乃がいない。 「いま買い物に出かけてる。まあ、座れ」 修一は顎でソファーの方を指す。 「あれから何か撮ったか？」 「うん・・・街角の風景とか、花とか・・・」 「見せてみろ」 悠希はカメラを渡す。 しばらく背面液晶を眺めている修一を見ながら悠希は気もそぞろだった。 写真は昨日の昼にここへ来た帰りに撮った。街角の印象的な風景をスナップしたものだ。 「けっこう、うまいな。何が撮りたいのか、何を見せたいのか、ちゃんと伝わってくるよ」 「ほんと？」 思いがけず褒められてびっくりした。 「大きくしてみると、もっといいぞ。プリントしてみるか？」 「いいの？」 「ああ、こっちへ来い」 カメラからSDカードを抜いた叔父は立ち上がってリビングを出て行く。そして階段を上りはじめた。 「プライベートのパソコンとプリンターは寝室にあるんだ」 その言葉を聞いて、悠希は心臓が飛び出すのではないかと思った。 ここの寝室へ入るのは初めてだし、昨夜のこともある。あの現場はどんなだろうと考えるだけで鼓動が早くなった。 この店舗兼住宅は数年前に修一が遺産分けで建てたものだ。田舎には珍しいくらいモダンな感じで寝室も洋風だった。大きなベッドが真ん中に置かれ、入って右奥の隅に机とパソコンがあった。反対側はサッシでベランダに続いている。 このベッドで・・・昨日のことを想像して動悸が速くなる。 「どうした？ ここへ座れよ」 パソコンを立ち上げた修一が言った。 「は、はい」 悠希は机の脇にある椅子に座った。 「うん。この駄菓子屋の看板なんかいい雰囲気だ」 画像を取り込みながら修一が言う。 「空間の活かし方がうまいな。主人公が引き立ってくる。これプリントしてみよう」 ひとりでうなずきながら勝手に編集ソフトを操作している叔父を悠希は黙って見ていた。 やがてプリンターがA4のプリントを吐き出した。 「思った通りだ。この光を見つけるなんてセンスいいな」 木漏れ日が古びた駄菓子屋の看板を印象的に見せている写真だった。 「いや・・・ただ、きれいだなって思っただけで、見つけるとか、そういう気持ちじゃなかった・・・」 「露出補正してるよな？ わざと暗くしたんだろ」 「うん・・・」 「悠希は才能あるよ。あのカメラが役に立ってうれしいよ」 「そんな・・・叔父さんに教えてもらったから・・・」 「風景とかが好きなのか？」 「いや・・・ほんとは・・・」 「なんだよ？」 「たとえば、その風景の中に人がいたらいいなって思うんだ・・・」 「人物とかも撮りたいんだ」 「う・・・ん・・・」 彩乃のことを撮りたいと言ってしまいたかった。 「彼女とかに頼めばいいじゃないか」 「そんなの・・・いないよ・・・」 「ほんとか？」 「うん・・・いいなあ、叔父さんは彩乃さんがいて」 そう言うのがやっとだった。 「たとえばだよ。悠希がほんとうに撮りたい人がいるんだったら頼むんだ。説得して自分の情熱をぶつけるんだ。そういう情熱が写真をもっとよくするんだ。モデルの撮影会とかに参加する手もあるけど、カメラの操作や構図作りが上手くなっても肝心の部分はどうなんだろうって気がするよ」 修一の言葉を聞いて、彩乃に頼んだらどうなるんだろうと考える悠希だった。 「僕、叔父さんが撮った写真が見たいな」 「あ・・・うん。ちょっと待ってろ」 すこし慌てた様子の叔父がおかしかった。きっと、あのパソコンの中には他人には見せられないような彩乃の写真がいっぱい入っているのだと悠希は思った。 「まずは悠希の写真をプリントしよう」 どうやら修一は誤魔化すつもりらしかった。 「ただいま〜・・・あら、あなた、どこにいるの？」 そのとき階下から彩乃の声が聞こえた。 「おお、こっちだ。いま悠希が来てて写真をプリントしてるところだ」 修一が開いたドアに向かって大きな声で答える。 「悠希君、いらっしゃい。あなた、ベーカリーのカツサンド、今日はないんですって。お昼どうしましょう」 近所にあるベーカリーのカツサンドは修一の好物だ。 「そうか。残念だな。だったら三人でファミレスでも行くか」 「お店は？」 「実際に来る客なんてほとんどいないから平気だよ。それより悠希の写真はうまいぞ。こいつ才能あるんだ。見てみろよ」 修一はプリントしたばかりの写真を彩乃に差し出した。 「わぁ〜、すご〜い」 彩乃は悠希の写真を一目見るなりそう言った。 「そうかなぁ・・・あんまり自信ないんだ・・・」 「ううん、とってもきれいよ。いつも見てる景色が新鮮に感じるわ」 彩乃にそう言われるとうれしさがこみ上げてきた。 「それよりメシに行こう。悠希も食べるだろ？」 「うん！」 彩乃と一緒に食事ができると思うだけで元気が出た。 クルマで10分ほどの街道沿いにあるファミリーレストランで悠希はハンバーグランチの大盛りを食べていた。 向かいには彩乃と修一が座っている。 彩乃は明るい性格で悠希に対してもフランクに話しかけてきてくれる。 そんな彩乃の笑顔を見ながら、昨夜の声を思い出さずにはいられない悠希だった。 話題は写真のことから学校のこと、果ては悠希が人物を撮りたいのなら彼女作りを応援しようなどと盛り上がった。 セットのデザートが出てきたとき修一の携帯が鳴った。 「あれ、店からだ」 修一の携帯には店へかかってきた電話が転送されるようになっている。 修一は立ち上がってファミレスの外に出て応対した。 「驚いたな。昨日売れた時計が話題になってて、東京にある会社から大量注文ができるか、無理ならライセンス生産ができないか問い合わせが来た。明日、打ち合わせに行くことになった」 5分ほどして戻ってきた修一が言った。 「すごいじゃない。でも、そうなると明日はいないのね」 「ああ」 「困ったわ」 「どうして？」 「婦人会の集まりがあるの。私、夏祭りの委員になってるから外せないの」 「店番なら僕がやるよ」 困った顔の二人を見て悠希が言った。 「いいのか？」 「うん。どうせ夏休みでやることないし、家にいても母さんから勉強しろって言われるだけだから」 「そうか。じゃあ頼むよ」 修一の言葉を聞いて悠希は心の中でガッツポーズを決めた。 修一のパソコンに入っている画像が見たかった。千載一遇のチャンスだと思った。 |
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| 2011.9.24掲載 |
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