２．　１９８６年８月　

　あれから８年が過ぎた。
　その日の朝、ひどい頭痛で篤郎は目を覚ました。目を開けると、久々に見る実家の自室の天井があった。木目を見ていると勝手にぐるぐる回り出し、軽い吐き気がした。視線を壁のピンナップに向けた。高校の時、気に入っていたアイドル歌手の水着姿だ。色褪せたその笑顔を眺めていると、あの頃のことが思い出される。昨夜、高校のクラス会があったせいかもしれない。深夜までみんなで痛飲した。３軒目の店で、尾崎と小島はそれぞれまだ２０歳前の女を侍らせて、周囲の目を構わず乳繰り合っていた。聞けば、二人は不動産会社を共同経営しており、豪勢な暮らしぶりをしているそうだ。
「もっと面白い店に行こう。女がわんさかいるぞ。」
　そう言う二人につられて何人かがついていった。篤郎は、その群れには加わらず、タクシーでも拾って帰ろうか、と表通りに出た。そのとき、声を掛けてきたのが、あの雅士だ。彼は実家の親が経営する運送会社の専務に納まっている。すでに結婚して、昨年子供ができた。篤郎は雅士に誘われて近くの小料理屋で「仕上げ」をすることにした。
「あーあ、俺も一生こんな片田舎でくすぶったまま人生終わるのかなぁ。」
　小綺麗な料理屋であさり汁をすすりながら、雅士はそう独り言のように言ってから、
「お前は実家継がなくてもええのか、篤郎？」と聞いてきた。
　篤郎の父は、織物工場を経営している。
「構造不況業種だからな、自分の代でもう十分だってよ。」
「お前、横文字の会社に勤めて、えらい儲けてるんだろ？ええよな。」
　雅士はビールの入った小さなグラスを飲み干した。篤郎は話題を変えた。
「雅士、ところで、お前、嫁さんとはどこで知り合った？」
「ん？見合いだよ、見合い。」
「なるほど、そうか。」苦笑する篤郎に、雅士は
「お前、笑うけど、見合いもやってみるとええぞ。時折びっくりするような、ええ女が来る。」
　と真面目くさった顔で言った。「俺の嫁さんのようにな。」
「わかった、わかったよ。」篤郎はそう言って雅士の手首を軽く掴んで揺すった。
　実は、その次の日、つまりこの日の午後、篤郎は見合いをすることになっていた。だが、そのことは黙ったまま、篤郎は雅士と別れた。話せば好奇心の強い雅士のこと、また話が長くなると思ったからだ。
　篤郎の父が見合いを勧めるのは、初めてではなかった。それまで篤郎は「まだ年が若いから」と、断ってばかりだった。しかし、先月、見合い話とともに送られてきた相手の釣書を見て、会う気になったのだ。そこには、柔和な達筆で「中邉菜都美」とあった。父の取引先の社長の知り合いの娘だという。近在の短期大学を卒業した後、現在家事手伝い中で、趣味は映画鑑賞とあった。同封されていたスナップ写真には、ソファに腰掛け、犬を膝に乗せている女性が写っていた。
　あの農機具小屋の少女と、写真の中の女をつなぐ共通点はどこにもない。何しろ、あのとき娘は目を閉じていたし、あのときの髪型も、あのときこんがり日焼けしていた肌も、写真には残されていなかった。
　ただ、見合いの相手の名を聞いたとき、篤郎は、自分がまだその女の名を覚えていることに気づいた。異性に渇いていたあのとき、初めて性欲に駆られてその肌に触れた女が菜都美だ。そして、抱こうと思ったのに抱けなかった。考えてみれば、大学に入って人生最初に抱いた女よりも、菜都美の存在は大きかった。菜都美を抱くことができたら、あのときの、情けない喪失感を、もしかしたら取り戻せるかも知れない。
　寝床に入ったまま、篤郎が枕元の鞄から釣書と写真を取り出して見ていると、階下から父が呼ぶ声がした。

　午後１時、地元では割と知られた料亭の広間で、見合いが始まった。父の取引先の社長の河野はやたらよくしゃべる男で、冷房がよく効いているというのに暑い暑いとビールを何杯も飲み干した。そしてやたらと篤郎を持ち上げた。篤郎は、都会の、ちょっとは名の知れた大学を卒業し、アメリカに留学の経験があり、今は外資系銀行に勤めている。その経歴を、いちいち大げさに褒めそやした。菜都美の母がその一言一言に目をまん丸くしてうなずくのがおかしかった。
「ところで、篤郎君、銀行ではどういう仕事をしてるん？」
「円金利スワップ取引のディーリングです。」
「何や、そのスワ、スワップちゅうのは。いやらしい意味やないんか？」
「よくそういう風に間違われます。」
「そういう仕事してて、給料はどうなん？」
「トップディーラーになると、数億円はざらですね。アメリカあたりだと、十億円単位になります。」
「あんたは？」
「僕はやっとアシスタントから一人前のマーケットディーラーになったばかりなんで、これからです。」
「まずは１億円プレーヤーを目指すと。」
「そうですね。」
「聞きました？奥さん。年収１億よ。」
　河野社長とこんな会話をしながら、そっと横に座っている父を見ると、冷酒の杯にちびりちびり口を付けつつ、菜都美の方にじっと視線を向けたままである。
　無口な父は父なりに相手を品定めしているようだった。
　２時間近くたって、会食はお開きになった。料亭の玄関で、すっかりご機嫌になった河野社長は「美男美女の似合いのカップルだ。良縁に恵まれて良かったなぁ、奥さん。」と頬がゆるみっぱなしだった。一方、篤郎は、菜都美に向かって
「明日ドライブに行きませんか？時間と場所は後で連絡します。」と声を掛けた。菜都美は、つつましく微笑んで
「はい、喜んで。」と答えた。河野社長と話していた菜都美の母も、二人のやりとりを耳にして、篤郎の方を向くと
「よろしくお願いします。」と頭を下げた。どうやら篤郎に好印象を持った感じである。
　菜都美とその母の見送りを受けて、篤郎は父と二人で料亭を後にした。帰路のタクシーの中で、父はぽつりと「男好きのするええ女やな。」と言った。篤郎が父から女性を評する言葉を聞いたのは、これが初めてである。

　次の日、篤郎は、菜都美と『モナリザ』で待ち合わせた。菜都美は、ノースリーブの白いブラウスに膝が少し出るくらいの紺のスカートという服装である。店内は高校野球の実況放送の音や、ゲームに興じる高校生の声で騒然としていた。
　篤郎は、アイスティーを急いで飲み干し、早々に菜都美を店の外へ連れ出した。
　
　篤郎は、父から借りた車に菜都美を乗せ、ここから１時間ほどかかる県庁所在地に向かった。車中では、互いの住んでいるところの話とか、菜都美は短大では英文科で、卒業後アメリカかイギリスへの留学希望を持っていたのに娘を手元に置いておきたい親の意向で断念せざるを得なかったというような話をした。
「それなら、地元の男と結婚させたがってるんじゃないの、ご両親は？」と篤郎が聞くと、
「本当はそうなんですけど、そうでなくても、同郷の方ならいいって、そういう気になっているみたいです。」と菜都美は答えた。
　港まで車で行って、そこから遊覧船に乗った。船室の冷房が効きすぎていたので、二人でデッキに上がった。カモメが船の後を追って舞い遊んでいる。潮の香りを含んだ海風が心地よい。菜都美は子供の頃、両親に連れられてこの船に乗ったことがあると話し、その頃と比べて港はずいぶんにぎやかになったが、海や島々の様子は変わらないと言った。
　船を下りた後、二人は市街地にあるデパートに立ち寄った。篤郎が東京の流行について話を始めると、菜都美は興味深くそれを聞いていた。篤郎は菜都美のしているピアスを趣味がいいと褒め、ここで何か一つ買ってあげようかと言ったが、菜都美は遠慮して応じようとしなかった。そこで、篤郎は、自分のネクタイ選びを菜都美に手伝ってもらうことにした。

　夕方からは、県内随一といわれるホテルのレストランで食事をした。ディナーを終えて出たところで、篤郎が
「このホテルのスイートルームをのぞいていかないか？」と聞くと、菜都美は
「え、見られるんですか？」とびっくりしたような顔をした。篤郎はうんとうなずくと、立ち上がって菜都美の手をとり、エレベータの前まで連れて行く。エレベータの中でも菜都美はぽかんとしたような顔だ。
　最上階にあるその部屋に入るとき、気後れしたのか菜都美は一瞬立ち止まって篤郎の手を引っ張った。でも、篤郎が開けたドアから見える室内の明るい照明と豪華な調度品にひかれたのか表情が明るくなり、篤郎の後に続いて部屋に入った。
「わぁ、すごい。」スイートルームの各部屋を回りながら、菜都美は声を上げた。
「カクテル、飲む？」
　篤郎は、こともなげに声をかけてバーカウンターの中に入り、冷蔵庫を開ける。
「え、いいの？」
　いぶかしげに問う菜都美に、篤郎は胸を張って
「実はこの部屋を事前に借りておいたんだ。」と言った。
　頬を赤らめながら、菜都美はカウンターの向こう側に腰掛けた。篤郎は、菜都美の目を意識しながらシェーカーを振った。学生時代にさんざん練習したことがある。腕に覚えがあった。
「乾杯」「乾杯」二人はカクテルの入ったグラスをチンと合わせる。そして、菜都美の白い喉がコク、コクと動くのを、篤郎はグラスを傾けながら見ていた。
「とてもおいしい。シェーカーを振るのもお上手なのね。」菜都美はグラスを唇から離して篤郎を褒めた。
「ちょっとウォッカ入れすぎたかも。」篤郎はそう言って笑う。
　それから、しばらくは他愛もない話をした。話題が映画のことになると、菜都美はいくぶん饒舌になった。しばらくしてから、篤郎はカウンターの外に出て、彼女と隣り合わせに座った。話題は昔のテレビドラマになっている。今や、彼女はまったく篤郎に対する警戒心を解いていた。
「ところでさ、」会話が途切れた頃を見計らって、篤郎は、作り笑いをしながら残酷な質問をした。
「レイプされたことある？」
　菜都美の表情が凍り付いた。質問の意味が、なぜそのような言葉がこの男の口から吐かれたのか、が理解できないようだった。菜都美の周囲、そこの時間だけが止まってしまったようだ。
「中学生のとき、強姦されたことあるだろ。」相手にかまわず冷たい笑みを浮かべてそう言った。
　菜都美は思わず席を立ち、後ずさりを始める。篤郎は、その手首をとって、強引に自分の方へ引き寄せた。
「いや」
　引き離そうとしたが、その抵抗は無駄だった。篤郎は、菜都美を羽交い締めにしてキングサイズのベッドの方へ引きずっていき、そのままベッドの上に押し倒した。
「やめて」
　そう叫ぶ彼女の口を、篤郎は自分の口で塞いだ。彼女の両手を頭の上で押さえつけ、空いたもう片方の手で胸をまさぐった。大きく熟れた乳房の感覚が、欲望の炎をいやが上にも燃え立たせる。逃れようと必死に抵抗する菜都美を押さえながら、篤郎はスカートのホックを外し、ずり下ろした。次にパンティストッキングを尻の方から剥いでいった。パンティが露わになった。パンティは紺に近い青色で、恥部を覆うように蝶の刺繍がしてある。
「いや、そんなに見ないで」
　彼女の懇願にかまわず、篤郎は、その青い蝶の上から舌を這わせた。
「うう、くぅ」
　菜都美は頭をのけぞらせた。今度は手で蝶の部分を刺激しながら舌を臍へ、臍からさらに上へと移動させていった。ブラウスが自然に上へずり上がっていく。陰部を弄る指に湿った感触が伝わってきた。
「あぅ」
　酔いが快感を倍増させるのか、菜都美はすでに恍惚とした表情を浮かべ始めていた。篤郎は、すかさずブラウスのボタンを外し、下着だけの姿にした。それから顔を胸の間に埋めた。あのとき、汚い男の体液にまみれた乳房は異臭を放っていたが、今夜の菜都美の胸はまるきり違う芳香を漂わせている。一人前の女が発するフェロモンだった。
「ああん」
　媚声を上げる菜都美の両肩にかかっているブラジャーの紐を一度に外すと、たわわに実った乳房がぶるんとそそり立った。乳輪はほどよい大きさで、乳首はビンビンに勃起している。下から手を添えて乳房を揉みしだいた。
「ああ、もう、くぅん」
　篤郎は、追いつめられたような菜都美の声を愉しみながらさまざまに乳房を変形させて玩んだ。若々しい弾力に満ちた乳房は、すばらしい感触である。
「ううん、ああっ」
　篤郎が両の乳房を寄せ上げてその乳首を口に含んだ途端、菜都美は躯全体をのけぞらせて嬌声をあげた。柔肌はほんのりピンク色に染まり、下半身をよじらせた。その度に股間の青い蝶は羽を閉じたり開いたりしている。
　篤郎は、菜都美の上半身を起こし、キスをしながら手をパンティの中に差し入れた。そこはすでに信じられないような熱さで、夥しい量の愛液がほとばしり出ている。やがて指が女体の一番熱い部分を探り当てた。
「おお、ああん、あん、ううう」
　菜都美はたまらず両腕をこちらの首に回して腰を上下動させた。それに合わせてビチャビチャと恥部から音がした。
「あのときと、今と、どっちがいいんだ？」
　篤郎が耳元でそう言うと、
「い、今の、方が、いい」
　喘ぎながら菜都美は答えた。篤郎は残酷な笑みを浮かべる。自分の首に巻き付いている彼女の腕を振りほどくと、荒々しくその躯をベッドに投げ倒した。そして、その前に仁王立ちした。
「じゃ、おねだりするんだ。」
　菜都美は潤んだ瞳をキラキラさせながら起き上がり、篤郎の腰のへんにすり寄ってきた。
「ああ、続けて、続けてください。」
「どうして欲しいんだ。」
「も、もっとください。」
「そうか、わかった。待ってろ。」篤郎はいったん菜都美から離れると、その目から視線をそらさずに、ゆっくりと服を脱いでいった。
「これか、これが欲しいんか。」
　最後にブリーフを脱ぎ捨て、篤郎は、そそり立った肉棒を菜都美に示す。菜都美はそれに魅せられたように、ゆっくりうなずく。そして「はい。」と返事をした。
「こっちへ来い。くれてやる。」
　菜都美は篤郎の前ににじり寄ると、舌を出しペロッペロッと欲棒の先端を舐めはじめた。
「両手でそれを持って。口に含んで、軽く吸い上げるように。」
　なまあたたかい口の感触に、勃起したそれは鋼鉄のように固くなり、敏感になるのが分かった。菜都美の頭を両手で押さえて抽送を始めると、ビンビンと快感が脳の中を駆けめぐる。
　下腹に精が充満するのを感じながら、ズルズルと女の口から欲棒を引き抜くと、その背中を押して犬のように四つんばいにさせた。尻の間に手を入れると、透明な液がスルスルと幾本もの筋になって大腿部を流れ落ちる。
「ううっ、ああっ」
　菜都美は頭を上下に振りながら躯を走り抜ける快感に耐えていた。その動作に合わせてユサユサと充満した乳房が揺れている。
「入るぞ。」
　臀部に熱い男性器官が当たるのを感じて、菜都美はやや足を開いてそれを求めてきた。篤郎は、愛液のあふれ出る中心部に砲身をあてがい、ググッ、ググッと押し入っていく。
「ううーっ、ああーっ」
　高く長いうめき声とともに、ガクッと肘をつき、顔をベッドに押しつけて菜都美は悶えた。両の腰をしっかりと固定し、抽送を早めると、ジュプッ、ジュプッと大きな音がして、陰唇から淫水が泡を立てながら漏れ出てきた。菜都美の媚肉はしっかりと欲棒にまとわりつき、こすれて、二人の躯を貫く快感の発信源となっている。篤郎は、速度をややゆるめ、ストロークを長めにとった。ズッポッ、ズッポッという空気が出入りする音が響き、菜都美は
「んんーーっ、はあーーんっ」
　と声を上げながら膝をガクガクさせた。片手を伸ばして乳房をつかもうとすると、激しく前後に振動するそれと手のひらがちょうど乳首のところで擦れ合う形になり、菜都美は思わず、
「ああ、いいーっ」
　と叫んでしまう。篤郎は激しく動く胸の膨らみをようやくつかみ、もう片方の手を女の腹に当てて上体を起こす。そして、両手を壁につかせて後ろから激しく責め立てると、蜜壺がキューッと締まり、襲いかかる快感に篤郎は思わず女の左肩の肉を噛んでいた。
　やがて二人の躯は後ろ向きにベッドに倒れ込んだ。菜都美は軽い頂点に達したのか、喘ぎながら両腕の肘を内転させ、手を震わせている。すかさず篤郎が唇を乳房に這わせると、頭をのけぞらせ、快感を生む突起を口に押しつけてきた。執拗に胸を舐め回しながら、手で陰部を刺激すると、初めのサラサラしたものではなく、ねっとりとした樹液のようなものがジワジワと出てきた。
「んっ、むっ、ううっ」
　篤郎が両膝の裏に手を差し入れ、股間をぐっと大きく開いたとき、菜都美は低い声を上げた。目の前に信じられないような淫景が展開していた。花弁は見事に咲き誇り、中心部の泉は白濁した熱い蜜をたたえている。そして、激しい息づかいに呼応するように快楽の真珠が姿を現した。
「あっあーーーっ、おっおっ、うーーっ」
　女の秘部を口と舌でもてあそばれて、菜都美は深い快楽に突き落とされ、心底からよがり声を上げた。そして、高く押し上げられた腰を上下動させた。淫水があふれ、口を汚していく。菜都美は、今度は腰をねじって逃れようとした。
　パシン！パシン！篤郎は、平手で女の尻を叩いた。その衝撃が女陰に伝わり、苦痛と混ぜ合わさり新たな快感を生んだようだった。
「はぅーーん、はぅーーん」
　菜都美は、顔の横でシーツを握り締め、悦楽を全身で受け止めている。篤郎は、その躯を静かに横たえると、最後の抽送に向かっていきり立つ肉剣をグイッ、グイッと突き立てていった。
「お、おおーっ、あんっ、くっ」
　激しい男の腰使いに、菜都美の全身は前後に大きく揺れた。唾液にまみれた大きな乳房が、部屋の照明にキラキラ輝きながらプルンッ、プルンッと弾けている。
　そして接合部は淫靡な音を上げ、愛液が飛沫となって飛び散っていく。よがり声を上げ続ける菜都美の口を自分の口で塞ごうと上体を寄せたとき、篤郎は強い力で下から抱き締められた。張りのある乳房が、クッションのように男の上半身を支え、快感は増すばかりだ。
　篤郎に、溜まりに溜まった精の一部が飛び出した感覚がした。体内に男の熱いしぶきを受けたせいか、一瞬、女の躯が硬直する。しかし、なおも猛り狂った欲棒の動きに、再び腰の動きを合わせてくる。菜都美の媚肉は怒張をきつく締め付け、男の動きに合わせてめり込み、巻き付き、甘い香りを放った。
　ついに、菜都美は快楽の最高点に達した。女体全体が大きく反りかえり、喉笛が裂けるような高く長い声が響く。その声を追うかのように、篤郎は、わめき声を立てながら、ドピュルルルッ、ドピュルルルッとたぎり立った精液を女陰の中にぶちまけた。菜都美は腰を小刻みにふるわせて男根からほとばしる奔流を受け止める。しかし、すでに愛液で満たされていた女陰がそれを逆流させるのに時間はかからない。あふれかえった精液が白い筋となって尻から背中の方へ、あるいは糸を引いてシーツに落ち、そこに泉をつくった。
　菜都美は淫液を下の口から吐き出しながら、次から次へと襲ってくる快感をどうすることもできなかった。ブルッ、ブルッと、痙攣に似た波が全身を駆けめぐった。その間隔が、徐々に広がっていき、荒かった呼吸も少しずつ静かになってきた。涙の痕が、顔についていた。

　ベッドの上で快感の余韻に浸る菜都美をそのままにして、篤郎は部屋の照明を暗くし、先にシャワーを浴びた。服を着ると、スイートルームのキーを持って、ロビーへと下りていった。宴会があったのか、ロビーには赤い顔をしたサラリーマンが大勢たむろしている。
　菜都美が下りてきたのは、小一時間たった後だった。近寄っても視線を合わせようとはしない。篤郎が「帰ろうか。」と声をかけると怯えたように大きく息を呑み、それからコクリとうなずいた。　
　帰りの車内で、二人はずっと無言だった。篤郎は、運転しながらチラと視線を斜め上方に飛ばした。フロントガラスに映った菜都美の顔は、翳りを帯びてかえって美しさを増している。父の言ったとおり、男好きのするいい女だ。
　車が家の前に着いたとき、菜都美はすぐに降りようとせず、しばらく前を見つめていた。そして、決心したように顔を篤郎に向けて言った。
「あのこと、知ってたんですか？」
「うん。」篤郎は、大きくうなずいた。すると、菜都美の両目にみるみる涙があふれた。それを隠すように慌てて彼女は車を降りた。
「さよなら。」
　そう言う篤郎の声が、菜都美に聞こえたのか聞こえなかったかは分からない。しかし、バックミラーにはこちらをじっと見ている菜都美の姿があった。篤郎がアクセルを踏むと、やがてそれも見えなくなった。
　次の日、菜都美の釣書と写真を置いたまま、篤郎は実家を出た。