玲子（その2）

　藤井に手を引っ張られて、二間になった和室に連れ込まれると玲子は、座椅子に正座して藤井と向かい合った。
　視線を畳に落として横目で寝室を見ると、大きめの布団だが、長い枕が、ここが「連れ込み旅館」であるという当たり前の事を改めて語っているようだった。

「先月と今月でいくらだかわかってますか？」
「…」
「15万です。これはかなりまけた値段なんですが」
「…すみません…来月は必ず…」
「来月になると22万5千円ですよ？　用意できるんですか？」
　玲子は顔を上げることもできず押し黙った。

「だから…奥さん、ここで先月分と今月分を払ってもらいますよ」
　藤井の目を見られず、玲子はただ弱々しく首を横に振ったが、藤井はたたみ込んだ。
「本当なら、この15万にも利子がつくんですよ？　それを二か月分　完全にチャラにしてあげるんです」

　藤井は上着を脱ぐと、ネクタイをはずしながら言った。
「奥さん…たった一回でチャラになるんですよ…『はい』って口に出して言えないなら、その場で黙って脚を開いて見せてください…」

　約一分ほどの沈黙のあと、玲子は羞恥と屈辱で下唇を噛み締め苦悶の表情のまま、おずおずと正座していた脚を開き始め、スカートに隠れていた白い太股の奥から、飾り気のない白いショーツが見えた。
「そのままでじっとしていなさい」
　藤井は目の前のテーブルをどけると、玲子ににじり寄り、すぅっと右手を玲子の太股に這わせた。
「ひっ…」
　思わず玲子は脚を閉じようとしたが、すかさず藤井の左手が太股を押さえつけると、ショーツの上から玲子の敏感な亀裂に沿って指を静かに上下させた。

　玲子は必死に耐えていたが、藤井の手の動きは一層エスカレートして、ついにショーツの中にもぐりこみ茂みをかきわけ、玲子が久しく触れられたことのなかった突起部を捕らえた。
「あっ…いやぁ…」
「濡れてるけど、感じるのは久々ですか？」
　玲子は涙のにじむ目で藤井を睨みつけたが、藤井はその視線をどこか恍惚とした表情で受け止めた。

「一般的に女の体には「被姦妄想」という防衛本能がある」と藤井は、カルテの横流しをさせている医者に聞いたことがある。曰く性器から粘液を分泌させるのには、発情のときだけでなく異物によって粘膜を傷つける危険を最小限にとどめる目的にも同じ現象がおきるのだという。

　つまり「その気」になんかなっていなくても、傷を負わないために体が「その準備」を整えるのだ。
　相手の性器の挿入を待ち望んで準備を整えているのではなく、
「異物」を迎え入れざるを得ない状態の、せめてもの自己防衛本能なのだという。
　当然快感中枢も自発的にではなく、強制的に反応させられるわけだから、終わったあとの消耗は大変なものなのだそうだ。

　そして藤井には、その被姦妄想の状態にある女を犯すことが至高の悦びであった。
　いや、それ以外の女は抱けない男と言うべきだろうか。

　多くの男が、特に痴漢を趣味とする男が、自分の行為に対して女が濡れてくるのを、「嫌がりながらも感じている」と勘違いしているが、実際には出来る限りの「防御」なのだ。

　それを百も承知で、その悲しくいじらしい防衛本能を踏みにじるように犯すのが、藤井の最大にして唯一の性的嗜好であった。だから「感じるのは久しぶりですか？」などと下卑た言葉を、わざと言うのである。

　藤井は強姦を好まない。あれは陵辱ではない。ただの暴力である。
　6割の屈辱、2割の諦観、そしてあと2割の軽蔑。これが女の中にある状態が、藤井の「いい女の条件」であった。
　そういう意味で、今日のこの化粧っ気のない疲れきった中年女である玲子は最高の女であった。

「い…や…」
　布団に押し倒されて、ポロシャツを脱がされ、ファスナーを下ろして引っこ抜くようにスカートも脱がされると、下着だけにされてしまった玲子は、安物のブラジャーに包まれた、形こそわずかに崩れかけているが、今なお充分に豊満な乳房を両腕で隠すように体を丸めた。

　藤井は無造作に玲子の背中に手を回すと、ホックをはずしブラジャーをむしりとり、玲子の両手首を押さえつけて乳首を舌で転がした。
「んっ…ん…あ…」
　玲子が短い喘ぎ声をあげ始めると、藤井は早くもショーツに手をかけると膝を閉じて拒もうとした玲子の抵抗も気にせずスルリと脱がした。
　そして、隆起した玲子の乳首から顔を上げると起き上がって静かに命令した。

「脚を大きく開きなさい」

　もはや抗う術を持たない玲子が、言うとおりにすると、剥き出しになった玲子の、年齢相応に黒ずんだ肉弁に藤井の舌が襲いかかり、玲子が反り返った。
「ひっ…ああっ！　あん！！　いやぁ…」

　それは若き幸せな日々に、夫の愛撫で湧き出していた発情ではなく、水脈の枯れた井戸に、一斗缶でサラダ油を流し込むような、取り返しのつかない何かによって、玲子の体は火照り始めた。

　まじめ以外に取り得のなかった夫が、リストラされてしばらくしたある日、まるで錬金術を見つけたかのように、興奮して帰って来たとき、その手にはあの浄水器の訪問販売の代理店契約書があった。

　それからの転落は早く、借金まみれで夫が風呂場で首を吊っているのを発見したのは自分だった。
　そして今、夫の借金をまとめて買い取った薄汚いブローカーが太股に体を割り込ませると、玲子は最期の悲鳴をあげた。
「いっ…やああああああああああああああ！」
　藤井のものが根元まで玲子の中に入り込んだ。

　玲子は枕で顔を覆って泣きじゃくったが、藤井は容赦なく腰を動かし始めた。
「あっ…あっあっあっ…ああっ…」
　子宮に間断なく突き上げてくる藤井のものは、年齢のわりに固く、出し入れするたびにクリトリスを刺激した。

　玲子の膣粘膜の中は、熟れた中年女の熱さをたたえて溢れ出る粘液も手伝って、藤井を充分に満足させていた。
　腰に回転を加えて、子宮を責めると玲子はのけぞって悲鳴をあげる。
「ああああああっ…いやぁっ！」

　藤井は玲子の両脚を担ぐと、玲子の二の腕のあたりを押さえつけ一層激しく腰を打ちつけ始めると、耳元で囁いた。
「奥さん…天国でご主人どう思ってるでしょうねえ…こんなところで、こんな格好で犯されてる奥さんを見て」
　玲子は涙に溢れた目で、一瞬藤井を睨みつけたが、ただ首を横に振ることしかできなかった。
「さて…奥さんの中に一杯出させてもらいますかね」

　次の瞬間、藤井が玲子の奥深いところで激しく射精した。
「あっ…いやっ…い…やあああああああああああっ！」
「うっ…うっ…溜まってたからな…まだ出てる…」
　藤井に子宮まで突き上げられ、のけぞりながら体を震わせ、玲子は歯をカタカタ言わせながら硬直した。

　ベッドの上で玲子は放心状態だった。
　藤井が玲子の中に大量に放出した精液が、尻のあたりから太股を横切るようにつたって下りて来ていたが、うつろな瞳の玲子はそのまま横たわっていた。

　シャワーから出て、さっさと身支度を整えた藤井がクシで薄い髪を撫でながら、玲子の傍らに座った。
「ずいぶん出しちゃったから、妊娠しちゃったかもしれないね」
　玲子は黙って、殺意に満ちた目で藤井を見た。

「ああ、そうそう」
　藤井はジャケットの内ポケットから一万円札を取り出した。
「ここのお金ね、これくらいは私が出しますよ」
　そう言うと、長居は無用とでも言わんばかりに藤井は玲子を部屋に残してホテルを出て行った。

　気が済んだせいか、藤井の玲子に対する興味はすでに失せており、ほんの30分前味わった玲子の体の余韻よりも、車のクラッチの重さの方が気になっていた。

　藤井はすでにパイプカットを済ませてある。
　しかし、そのことを藤井は玲子には言わなかった。
　あの「妊娠したかもしれないね」と言ったときの、玲子の憎悪に満ちた表情は藤井にとって、ぞくぞくする悦びだった。
　その突風のように吹き付ける憎悪が欲しかったからこそ、行為の最中、藤井は徹頭徹尾、不遜で下卑た態度だった。

　夫や恋人のものでない、汚らわしい精液を自分の中に大量に流し込まれた事で、日々砂を噛むような暮らしの玲子に、久しぶりの激しい「女の激情」が蘇ったのだ。

　もうこんな思いはごめんだろうから、玲子は来月からはきちんと入金してくるかもしれないし、来月も体で取り立てるかもしれない。
　しかし藤井は大抵の場合、入金がなくても二ヶ月連続で同じ女を犯す事はあまりない。　玲子とも、もしかしたらこれっきりかもしれない。

　所詮この程度の債権は藤井にとっては「遊び道具」に過ぎないのだ。
　このおぞましい屈辱の経験で、玲子の心には一生消えない傷をつけたかもしれないが、また連絡をするかどうかは、藤井の気分次第なのだ。
　なにせ、そういう「塩漬けの女」は藤井には大量にいるのだから。