３

　　　　　　　　　　　　　　　　　　（Ｆ）

　一期一会、とか、袖擦りあうも他生の縁とか、一生に一度の出会いの大切さを教える言葉があります。
　でも、わたしはそういった言葉は、たとえ意味として大事なものだとしても、心の中で許したくありません。

　本当に大事なものは、ずっと側においておきたい、側にいたいものではないでしょうか？

　人として、女性として、恋をするのは当然のものでしょう。でも、別れを恐れて恋することができない女性も中にはいます。
　わたしも、そんな一人なのかもしれません…。

『…君を、愛しているんだ』
　あの人は、わたしにそう言いました。その言葉は、二人が離れたあとも、わたしの胸の中に残っています。

「彼方、彼方・・？」
　ふと気付くと、わたしを呼ぶ声がしました。振り向いてから、わたしはそこがいつもの職場であることを思い出します。
　はっ、として時計を見ると、すでに消灯時間を過ぎていました。色々忙しかったせいか、時間を忘れていたようです。

「もう、帰ろうよ。上司もみんな帰っちゃったよ？」
　同僚の杉谷　和江さんに言われ、わたしはうなずきました。上の階はもう消灯されてしまっているようでした。

　給湯室でお茶を一杯だけ飲んでから、わたしは帰り支度を済ませました。
　仕事中だけかける眼鏡を入れたケース、簡単な化粧用具…。それらをバッグに詰め込んで、わたしたちは事務所を後にします。

「ねえ、あなた、恋人でもできたの？」
　藪から棒に言われ、わたしは思わず『は？』と聞き返していました。
「…うん、なんか悩んでるみたいだったし、ぼぉっとしてたから。ほら、あなたってかわいい顔してる割には、男に縁がないでしょう？」
　縁がない、というたとえが適切かどうかは分かりませんでした。そういえばそうなのかもしれませんし、わたし自身が拒んでいただけなのかもしれません。

　ただ、『あの人』を拒むことは、わたしにはできなかったのです。

　一つずつ廊下の電灯を消していくと、だんだんと暗くなっていきます。いつものことですが、この少しずつ暗くなっていく廊下を、『怖い』と感じてしまうのは、やっぱりわたしは臆病なのでしょうか。

「確かめてみようかしら」
　不意に足をとめた杉谷さんが言います。
「何を、ですか？」
「いいからいいから」
　そう言うと、彼女はわたしの腕を掴んで、近くの部屋に引っ張りこみます。
『第一会議室』
　ドアのプレートには、そう記述してあります。重役が会議をする場所です。

　かちゃり、と音がしました。わたしの背後で、ドアに鍵をかけてしまったようです。
「な、何を？」
　カーテンが引いてあることを確認してから、部屋の一角だけ蛍光灯が点けられました。
　いきなり明るくなり、わたしは眩しさに目を覆います。
「うっ！」
　突然床に突き飛ばされ、わたしは悲鳴を上げながら倒れこみました。
　起き上がろうとするところを、腕を押さえ込まれてしまい、思うように動けません。
「大丈夫よ。ちょっと見るだけだから、ね」
　そう言うと、彼女はわたしのスカートをいきなりめくり上げ、下着に手をかけるとするりと下ろしてしまいました。
「ちょ、ちょっと何をするんで・・・っ！」
　声を上げる暇もなく、わたしの足が思い切り広げられ、蛍光灯の下に、下半身がさらけ出されてしまいました。
　恥ずかしさに、目を伏せます。
「…ガセね、すごいキレイなもんだわ」
　彼女はわたしの足の間をまじまじと見ながら言います。ちょっと見るだけって言ったのに。
「こんな狭くて小さいところに入れたら、痛いだけじゃすまないんじゃないかしら？」
　薄く笑みを浮かべて、杉谷さんがわたしの亀裂に指を這わせてきました。背筋まで異様な感覚が伝わり、わたしは背中をのけぞらせて抵抗していました。
「や、やめて・・・っ！」
「怖くないから」
　わたしの秘所に、ねっとりとした視線を送りながら、彼女はさらに指での刺激を強くしていくんです。
「ひぃっ！」
　指先が、直接入ってきました。少しの痛み。でも、ただ痛いだけじゃない…。
「一本入れただけでも、相当きついわね。二本は無理かしら」
　そう言うと、指を引き抜いて、今度は顔を近づけて舌を這わせてきます。
　小刻みに、少しずつ早く、激しく、そして音を立てながら…。

「ねぇ、我慢できなくなってきたわ、わたしのも、お願い」
　やがて杉谷さんはそう言うと、自分からスカートをめくり上げ、下着を下ろし、わたしの前にすべてをさらけ出したのです。
「前は、よくやってくれたでしょ？」
　不適な笑みを浮かべながら、彼女はわたしに迫ってきました…。

　会議室の中、わたしたちの声は、悲鳴からやがて嬌声へ、そして歓喜と喜悦の混じった叫びへと変貌していきました。

「・・・ふふ、いつも通り、彼方って、可愛らしいわ」
　一回り年上の杉谷さんから言われると、まるで姉が妹を誉めているかのようです。
　でも、この人は夫も子供もある人ですが…。
「子供ができると、夫が禁欲的になっちゃって。浮気する度胸がないから、あなたにたかっているようで、申し訳ないわ」
　苦笑しながら言われてしまいました。悪気はないようです。

「そういえば、あなたに変な手紙がきていたわ」
　もう一度帰り支度をしながら（スーツが汚れてしまったものですから）、不意に彼女がそういいます。
　取り出されたのは、差出人のない手紙でした。
「危うく、そのまま持って帰ってしまうところだったわ」
　わたしはその手紙を受け取ると、まず宛名書きを見ます。

　確かに、わたしの名前でした。

　続いて、裏返して、内容を見ます。そこには、妙な文章がたった一文だけ書いてあったのです。
「変でしょう？何か、心当たりあるかしら？あってもなくても、気になるから警察に話したほうがいいかもしれないわ。なんか、脅迫めいてるもの」
　こくり、とうなずきましたが、その文面からはどう受け取っていいのか、わたしには分かりませんでした。もちろん、その対処法も。

　胸騒ぎがしました。そして、無性に不安になりました。胸の中で、想いが燃え上がりました。
（会いたい…、あの人に、会いたい…）

　足早に帰るなり、わたしは電話の受話器を取っていました。さすがに今日は時間が遅いので、明日の夜に、とどうにか約束を取り付けることができました。
　もちろん、妖しげな手紙のことは言わずに。

　その手紙の一文には、青い文字でこう書かれていたのです。

『『ＩＣＥＭＡＮ』　に　気をつけろ。ヤツは　お前を　狙っている』と…。