４

　　　　　　　　　　　　　（Ｍ）

「ＩＣＥ　ＭＡＮ？」
　逢瀬を喜ぶのもそこそこに、彼方から見せられた手紙の内容は、確かに謎めいていた。
「『氷の男』という意味かな。しかし、狙われているとはどういう意味だろう？脅迫というより、警告に近い気がするな」
　私が言うと、彼方も同様に思っていたらしく、何度もうなずいた。

　人の少ない喫茶店は、落ち着ける場所のひとつだと思う。雰囲気はいいのだが、立地条件が悪いのだろうか、今この場所には私たちのほかには数人しか人が見当たらない。
　もっとも、私は喧騒が嫌いだ。だから、こういった場所のほうがいいのだ。

「心当たりはあるのかい？」
　自分でも『ＩＣＥ　ＭＡＮ』についてあれこれ考えながら、私は彼方に尋ねた。
　彼女は肩までの髪を指で触りながら、少しの間首をかしげながら考えていたが、やがて首を横に振った。心当たりがあれば、もっと慌てた様子を見せているだろうし、取るに足らないものならば私に見せる必要もないわけだ。
「とはいえ、君に何らかの警告の意図があるのは確かなようだ。どう用心していいのかわからないかもしれないが、用心して欲しいな」
「はい。出勤退勤時間とかは大丈夫だと思います。人の多い道を通りますから」
　そういえば、彼女は働いていてもおかしくない年齢だな、と私は苦笑した。仕草や言動に幼さがあるぶん、彼女から出勤、退勤といった言葉が出てくるのが意外に思えたのだ。どちらかというと、登校、下校のほうがしっくりくる感がある。
「何かあったら、私よりも警察に駆け込んだほうがいいよ。『狙われている』と書いてあるくらいだから、危険なのかもしれない」
「ん・・・・」
　私が言うと、彼女はもう一度首を傾げてからこう言った。
「多分、貴方に会いにきちゃいます」

　やがて、夜景が映え、私たちの目を刺すようになった。日が暮れて、いつの間にやら夜になってい
た。それほど長い間話をしていたつもりはないのだが、どうやら楽しい時間はすぐに過ぎてしまう、というのは事実であるようだ。もっとも、話の内容のことはお世辞にも楽しい話題とはいえないのだが…。
　それにしても、『ＩＣＥ　ＭＡＮ』とは…？

　喫茶店を出た私たちは、夜景の中をのんびりと歩いた。私も彼女も、偶然明日は非番だということが分かったのである。
　腕を絡めてくる彼女の姿は、恋人のような振る舞いのつもりだろうけれども、私にとっては無警戒な少女に思えた。
　彼女を、何者かが狙っている。或いは、手紙をよこした本人かもしれない。

　彼方は、私のことをどう思っているだろうか？
　先日、私は彼女に愛の告白ともいえる発言をした。彼女の目の前で、である。ひょっとしたら、彼女は私の発現のことを『愛の行為を盛り上げるためのもの』とか思っているかもしれない。彼女の嬌声を聞いたあとの発言だったし、その後が盛り上がったのも確かだ。
　しかし、あの言葉が本気なのは、今でも変わってはいない。

　ごく自然に、私たちの足がある方向を目指していた。明日は、二人とも非番だ。だから、すべきことが決まっていたのかもしれない。
　二人そろって見る夜景は、格別だった。いつも帰宅時に見ている夜景と同じモノであるはずなのに。

「どうぞ」
　彼女に導かれるままに、私は彼方の家へと初めて踏み込んだ。
　女性らしく片付いた部屋で、多少殺風景に思える。もしかしたら、住み始めたばかりでモノがないだけかもしれないが。
　女性の甘美な匂いがする廊下を抜けて、彼女の寝室にたどりついた。

「あ・・・っ！」
　たどりつくなり、彼方がベッドの上に飛び乗った。まるで何かを隠すかのように。
　そこにあったものを、私は偶然見てしまった。多分、遅刻ギリギリだったのか、下着が脱ぎっぱなしになっていたのである。
（少女だな、やっぱり）
　苦笑しながら、私は彼方に下着を仕舞いこむ時間を与えるべく後ろを向いた。

　温かい体、そして何度でも苦痛、出血、そして快感を繰り返す雌蘂。彼女の体は、一体どういうものなのだろうか。彼女の体を貪りながら、私は考えていた。
　下半身全体を包む快感。一部分を貫く温もり。そして、可愛らしい彼方の喘ぎ。今までに関わったどの女性にもなかった『幸福感』は、彼女にはある。
　前から、後ろから、そして角度を変えて。彼女を飽きさせないように、手を変えながら刺激してやる。彼方の膣は、私がどんな体位であろうと、即射精してしまいそうになるほどきつく、狭く、わたしを締め上げてくる。そして、そのたびに一旦動きを停止し、なんとか長くもたせようと努力しなければならない。
　だが、それがかえって新鮮なのだ。

「…愛しています」
　不意に、彼方からそんな声が漏れた。おりしも、彼女は寝そべった私の上にいた。もちろん、下半身は結合している。
「いいのかい？男はみんな狼、って言うんだよ」
　意地悪に聞こえたかもしれない。でも、私は無理矢理彼女に『愛している』というセリフを言わせたのでは満足できない。心から『愛している』と言って欲しいのだ。
「貴方が狼なら、食べられる羊は幸せですから」
　ところが、彼女はそんな言葉を言ってのけた。
（どうやら、彼女は蟷螂とも違うみたいだな）
　交尾のあとにオスを食べてしまうといわれるメスの蟷螂。彼方はそういった類の女性でもないらしい。
　そんなことを考えているうちに、我慢ができなくなってきていた。彼方も、私の上で喘いでいた。
　太ももの張りが私の腰を包み、雌蘂から沸き立つ蜜が下腹部を濡らしていた。恥毛同士が擦れあう感触も心地よい。
　小ぶりな乳房に手を伸ばし、指の間に頂点をはさみ、丹念に揉む。
「ひっ、あっ、うっ」
　といった、言葉になっていない彼方の喘ぎが、私の頭の中をかき回す。

「あっ、だ、だめッ、だめッ、もう、だめッ…」
　彼女の膣が私をより強く締め付ける。対抗しようと、私は彼女の二つの乳房をぎゅっ、と握るように揉みしだく。両足が私を締め付け、彼方の頭は上を向いて吐息を洩らしていた。汗ばみ火照り、彼女は私の上に倒れこんだ。
　背中を抱きしめながら、その唇を貪りながら、私はより激しく彼女を突き上げた。
　声を上げることができなくなった彼女はただ、背中をのけぞらせ、私はそれをさらに強く抱きしめて離さない。
「う〜〜〜〜ッ！」
　彼女に了解を得ることもせず、私はその中に放出していた。
　唇を離してから、私は彼女の肩を少しだけ持ち上げ、話し掛けた。
「…愛しているよ、彼方…」

　夜中の内に出て行こうとも思ったが、彼方を抱きしめているほうがいい、と考え、私はそのまま彼女の横にいた。
　すでに寝息を立てている彼女の乳房に手をかけ、ゆっくりと軽い欲望に身を任せて揉みながら、私は考える。
「・・・ＩＣＥ　ＭＡＮか・・・」

　翌日、彼方が朝食を作ってくれた。なかなかの味だ。
「毎日作っているから、イヤでも腕が上がるんです」
　と謙遜した彼女は、顔満面に嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「あ、ちょっと待っててくださいね」
　ゆっくりと朝食をとる私を尻目に、彼方が玄関へと走っていく。新聞を取りにいったのだろうか。

「はい、新聞どうぞ」
　こうしていると、本当の新婚夫婦のようである。彼方も同じことを思ったのだろうか、なぜか楽しそうだ。
　が、次の瞬間私たちの間に戦慄が走った。新聞の間から、手紙が落ちたのである。

　赤い文字で、『ＩＣＥ　ＭＡＮに気をつけろ』とかかれた手紙が…。