１０

　　　　　　　　　　　　　　　　　　（Ｆ）

　退院した私は、数人の刑事さんの護衛を受けながらの暮らしとなりました。なんでも、わたしの記憶を消さなかった『ＩＣＥ　ＭＡＮ』が、再び襲ってくるかもしれない、というのです。
　なんだか、わたしが容疑者にされてしまったような気分でしたが、とりあえずわたしはいつもの生活に戻ろうとしていました。

　欲しいのは、『日常』であって、『異変』ではありません。今のわたしは、少々狂いが会っても、家事をして、仕事をして、そしてあの人がいて…そんな生活が欲しいだけでした。

　ところが、とんでもないことが起こったのです。
　同僚の杉谷さんが、『ＩＣＥ　ＭＡＮ』に襲われた…。そんなニュースがわたしの耳に飛び込んできたのです。

　会社を休んでいたわたしは、少なからずショックを受けました。やはり、『ＩＣＥ　ＭＡＮ』はわたしを狙っているのでしょうか？そして、わたしがいないからといって、最後まで残っていた杉谷さんを…？

「心配は無用です。貴女には指一本触れさせませんよ」
　刑事さんはそう言いましたが、やはり不安は不安でした。こんなとき、あの人ならば、わたしをどう勇気付けてくれるでしょうか？

　　　　　　　　　　　　　　　　　（Ｐ）

「…市川有三？あの、警察のデータを抜き出して恐喝に利用した犯人か？」
　結城彼方に護衛をつけつつ捜査を進めていた私に思わぬ情報が飛び込んできたのは、杉谷が裸で会社に放置されているのが発見された次の日だった。
　彼女には陵辱された形跡はなかった。ただ裸にされた放置されただけだった。それから、どうやら下半身と舌が麻痺していたらしく、喋るのも容易ではなかった。
　恐らくは、出勤してきた人間何人かに、全裸を見られただろう。すぐさま退職届を出したようだった。
「どうやら、彼女の夫となっている人物が、市川有三によく似ているらしいんです」
「…なるほどな。警察のデータを抜き出したことがあるヤツなら、『ＩＣＥ　ＭＡＮ』のコードネームを知っていてもおかしくない、というわけか。婦女暴行、および脅迫の罪で手配しよう…！」
　おそらく、杉谷は例の脅迫状を渡した本人だろう。そして、それを指示したのは市川有三…顔に傷がある男だ。ヤツが『ＩＣＥ　ＭＡＮ』を利用して結城彼方を脅迫、陵辱した可能性が高い。
「『ＩＣＥ　ＭＡＮ』本人であることは考えられませんか？」
　長崎刑事が聞いてくる。確かに、その線を完全否定はできない。だが、『ＩＣＥ　ＭＡＮ』ならば、犯行を終えたあとに記憶を消して一切の証拠を消していくほうが自然だ。

　すぐに手配がされ、顔写真が周辺の交番に撒かれた。ヤツは今どこにいるだろうか？

　覆面パトカーに乗り、自らも市川を探すべく動いていたところに、携帯電話が鳴った。車を道路わきに寄せ、電話を受ける。
『大変です！結城彼方が、市川に誘拐されました！』
「なんだって！」
　思いも寄らない情報に、私は眉をひそめた。どうやって護衛をかいくぐったのだろうか？あるいは、ヤツもまた『ＩＣＥ　ＭＡＮ』と同じく何らかの特殊な技術、武術を？
『それから、彼女の周辺、生い立ちを調べていたのですが…！』
「……！」
　時田刑事の告げた内容は、この事件のすべてが一本に繋がるようなものだった。ヤツの狙いは…！
「大至急彼女を探せ！どんな些細な情報でも集めるんだ！ヤツが行きそうな場所を徹底して当たるんだ！」
　私は、携帯電話に向かって怒鳴っていた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　（Ｍ）

「彼方が誘拐された！？一体誰に！」
　警察からの連絡を受け、私は動揺を隠せなかった。やはり、犯人はまだ彼方を狙っていたのだ。
　「犯人はおそらく、市川有三…前に、警察のデータを抜き出して恐喝に利用して逮捕された男です。すでに手配してあります。彼女を傷つけさせるようなことはさせません」
　影村警部が電話の向こうで言った。
「『ＩＣＥ　ＭＡＮ』との関係はどうなんですか？」
「一見、まるで接点がないように見えますが…どうやら、結城彼方さんに対する恐喝の材料を探していたところ、『ＩＣＥ　ＭＡＮ』と接触し、利用することを考えたのではないかと見ています」
　市川有三。その男は彼方を誘拐した。ということは、恐喝の材料がそろったということだろうか？
「とにかく、貴方も落ち着かない気持ちでしょうが、我々に任せてください。ヤツは凶悪犯です。人間を陵辱し、自分の妻を裸で放置し、さらには貴方の恋人を誘拐した。しかし、犯人がわかっている以上ヤツの好きにはさせませんよ…！」
　力強い影村警部の言葉に、私はうなずいていた。

　だが、私にもやるべきことがある。黙ってみているわけにはいかない。
「彼方…待っていてくれ。もう、君を傷つけさせたりは…傷つけたりは、しない」