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　一体、何が起こったのでしょうか？わたしにもよく分かりませんでした。いきなり後ろから襲い掛かられ、なすすべもなく組み敷かれたまでは覚えていますが…。
　あたりは薄暗い、どこか部屋の中でしょうか。少なくとも、わたしの家ではありません。知らない場所でした。
　縛られているのはすぐに分かりました。いやでも、あのときの…『ＩＣＥ　ＭＡＮ』を名乗る男がわたしの寝所を襲ったときのことを思い出しました。体が、自然に震えていました。
「…わたしに、何をするつもりなんですか？」
　誰にともなく呟いたのですが、返事が返ってきました。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだよ。お前さんの父親のことでね」
（違う…！）
　直感でした。わたしの家までやってきた『ＩＣＥ　ＭＡＮ』とは、違う感じがしたのです。しかし、そうでなければ誰なのでしょうか？
「わたしの父…？わたしが生まれてすぐ亡くなったと…」
「それが、生きているとしたらどう思う？それも、社会的地位のある人間となっていた、とすれば…？」
「何をわけのわからないことを言うんですか！」
　恐怖を振り切って、わたしは言葉を発します。
「あなたは、誰なんですか？」
「俺か…俺は、『ＩＣＥ　ＭＡＮ』さ」
　見ると、頬に傷がありました。明らかに、善人顔には見えませんでした。
「…あなたが本当に『ＩＣＥ　ＭＡＮ』なのですか？」
　聞き返していました。この人は、『ＩＣＥ　ＭＡＮ』ではない。直感的に、そう思えて仕方がないのです。少なくとも、わたしの家に来た人間とは違う人です。
「父親のことを話してくれれば、何もせずに返してやろう。でなければ…」
　『ＩＣＥ　ＭＡＮ』を名乗る男が、わたしの胸に手をかけてきました。ゆっくりと、手に包むようにして揉んできます。
「やっ・・・やめて、くださいっ！」
「なかなかいい女だな、あんた。もっと胸が大きければ最高なんだが」
　撫でるように動かしていた手が、急に胸を強くわしづかみにしてきます。痛いくらいに。
「どうだ？二度も三度も犯されたくないだろう？恋人もいるんだろう？」
　涙が溢れました。わたしは父親のことを知りません。それなのに、相手は…。
「…それを知ってどうするつもりなんですか？」
「決まっているだろう。ゆするのさ。相手が社会的地位を持っている人間だから、たんまりと搾り取れるはずだ」
　ニヤリ、と男が笑いました。
「貴方は…、『ＩＣＥ　ＭＡＮ』ではありませんね？」
　男の頬の傷を見詰めながら、わたしは言いました。本当の『ＩＣＥ　ＭＡＮ』ならば、ゆすりなんてことはしないはず。
「どうかな？新しい犯罪に目覚めたのかもしれないぜ？」
　ゆっくりと、ブラウスのボタンを外していきます。胸を揉む手が段々強く、激しく動くようになっています。
「うっ、うっ、やめ…っ」
「さあ、嫌なら話してみろ。この仕事が終わったら、海外に逃げるんだからよ。そろそろこっちの仕事も足がつきそうなんでな」
　頬の傷を見せ付けるかのように、男がわたしの前に顔を突き出してきました。ギラギラと不気味な燐光を放つようなその目に耐えられずに、わたしは目をそむけました。
「そこまでだ！」
　不意に、前から光が差して、わたしは目を閉じました…。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　（Ｐ）

「そうか、自供したか！」
　これで証拠がそろった。私は心置きなく市川の捜索に当たることができる。
　自供したというのは、杉谷が警告文を結城彼方に届けたことだ。同時に、市川の命令であることも自供している。
　脅迫文でなく警告文なので、罪に問われるかどうかは分からないが、市川を捕えたあとの供述次第では罪になるだろう。
（あとは全力を挙げて市川を見つけ出すだけだ…！）

　杉谷の家、市川のマンション、ヤツが行きそうな場所を当たったが、まだ見つかってはいない。
　いや、すぐ見つかるような場所にはいないだろう。『ＩＣＥ　ＭＡＮ』の名前を使ったことが却って仇になっていることくらい、分かっているはずだ。
　だから、ひょっとすると海外に逃亡する可能性もある。だが、それには彼女…結城彼方が大きな荷物だ。
『影村警部。各空港への手配、完了報告を受けました。ヤツの海外逃亡は無理です』
　婦女暴行だけならば、これほど大きな手配にはならなかっただろう。だが、ヤツには警察の内部データという武器がある。以前逮捕したときに奪ったものをバックアップし、隠しておいたのだろう。
　そして、なぜか『ＩＣＥ　ＭＡＮ』についての詳細を知るに至った…。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　（Ｍ）

「…彼方ッ！」
　やはりここだったか！と私は思った。今まさに、目の前には市川と、その横に縛られている彼方がいた。
　彼方は震えていた。おそらくは、市川にさんざん脅されたのだろう。彼女には何の罪もないというのに。
「どうやってここを突き止めた？」
　市川がどこから取り出したのか、拳銃を向けた。私は臆することはなかった。目の前には彼方がいる。私の愛する女性がいるのだ。
「…お前なら分かるだろう？警察のデータを盗み、逮捕されたあとも活用していたお前なら」
　皮肉と嘲笑を込めて言った。どんな悪党だろうと、捕まるときは捕まる。市川はまさにそれを体現するような男だったのだ。
「なるほどな…」
　市川は銃口をこちらに向けたまま、彼方の縄を解き始めた。彼女を連れて逃げる気だろう。
「…た、助けて…ッ！」
　イスから自由にしたあと、悠々とまた後ろ手に縛る。こちらに銃口を向けているため、余裕があるのだろう。そして、私が彼方を気遣って飛びかかることができないのもわかっているのだ。
「…裕さんッ！」
　彼方が私の名前を呼んだ。それとともに、なんと、体当たりを敢行したのである。