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　　　　　　　　　　　　　　　　（Ｐ）

「ヤツが警察から盗み出したデータはまだ残っているな？それを、解析してくれ。ヤツのアジトが残っているかもしれん！」
　迷った挙句、私は過去のデータを調べるように命じた。何らかの形でデータとして残されている可能性がある。
　ヤツは凶悪犯だ。手段を選んでいる時間はない。間髪いれず、私は長崎刑事にこう告げた。
「ヤツのデータから、現在のヤツのコンピュータに侵入できるか？」
「やってやれないことはありませんが、時間がかかります。それから、先ほどから総監が影村警部に話があると…」
「何だって？総監が？」
　私は戸惑った。こんな時に、警視総監から何の話があるというのだ！すぐそこに、『ＩＣＥ　ＭＡＮ』がいるというのに。
「くそ…っ、すぐ行く！」
　電話を切りつつ、私は車を発進させた。

　　　　　　　　　　　　　　　　（Ｍ）

　拳銃が市川の手からこぼれ落ちると同時に、彼方が渾身の力を込めてそれを蹴飛ばしたのが見えた
。私はそれを踏みつけ、自分の足元に固定、すかさず拾って市川に向けた。
「くそッ！この女、死にたいのか！」
　が、反撃には至らなかった。市川が取り出したのは、ナイフだった。それを彼方の首筋に当て、脅してくる。
「この女を殺すぞ、動くな！」
　私は、左手に握った銃を右手に持ち替え、市川に向けて銃口を固定した。
「裕さん…逃げてください…！」
　彼方が悲痛な叫びをあげる中、私は銃口を動かさなかった。
「銃を捨てろ。こっちに向かって投げるんだ。とっととしろ！」
　私は、銃を投げた。市川の足元に向かい、銃が転がっていく。

「…彼方！走れッ！」
　市川の目が拳銃に行くと同時に、私は彼女に向かって叫んだ。
「私を信じて、走るんだ！ここへ走ってくるんだッ！」
「裕さん…はいッ！」
　市川のナイフを振り払い、彼方がまっすぐ私に向かって走ってくる。私は、両手を広げて彼女を迎え入れる体勢だ。
「この野郎！撃つぞッ！」
　市川が銃を拾う。
「きゃあぁッ！」
　市川が引き金を引いた。

　ドォォォン！
「ぎゃあああぁぁぁッ！」
　銃口が文字通り火を吹くのと同時に、悲鳴が上がった。私や、彼方が怪我をしたのではない。左手から右手に持ちかえた際にすり替えておいた、鉛を銃口に詰めた銃が暴発したのだ。
　市川の腕が爆風とともに吹き飛んだ。
「畜生、畜生…！」
　私は、彼方を抱きしめながら、上着の内ポケットに手を突っ込んだ。
「裁きを待てッ！」
　逃げようとした市川の両足に、二本の針が突き立った。

　くず折れる市川。しばらくは立つことさえできないはずだ。
　ふと彼方を見ると、彼女が不思議そうな顔をしていた。
「今、何をしたんですか？ 何で銃が暴発したんですか？」
　彼方の頭をそっと撫でてやる。やがて、彼方はすべてが分かった、というようにポン、と手を叩いた。
「…貴方が、本当の『ＩＣＥ　ＭＡＮ』だったんですね！」

　　　　　　　　　　　　　　　（Ｍ＝Ｉ）

　私は、無言のまま彼方を抱きしめていた。私の心が、彼女を欲していた。側にいるときは当たり前のようでも、少し遠ざかって、あるいは失ってみて、本当に大切なものが何かわかる。今の私はまさにそれだった。
　彼女を手放したくない。いや、手放したりはしない。
「…すると、前に私の家に来たのは…」
「…すまない。私本人だよ、彼方」
　氷室裕。それが私の名前だ。市川は、恐らく前にヤツを呼び止めた際に、私のことを調べたのだろう。そして、『ＩＣＥ　ＭＡＮ』が正体不明の存在だという、警察のデータと照らし合わせ、逆利用してやれと思ったに違いない。
「…いいんです。貴方なら、貴方だったのなら…！」
　あふれ出る涙を拭いながら、彼方が言った。彼女の目がゆっくりと閉じられる。私は、その唇に…。

　バタンッ！
「警察だ！市川、もう逃げられんぞ！」

　いまや、というところで邪魔が入り、私たちはぱっ、と離れた。警察が来たのだ。
「…おや、貴方は氷室さんではありませんか。どうしてここに？」
　影村警部が、意地悪く聞いた。
「…どうやら、銃を暴発させたようですね。長崎、時田、犯人を確保の前に病院だ！」
「はい！」
　影村警部の命令で、市川が刑事二人に運ばれていく。

「さて、と…」
　私は目を閉じていた。私が『ＩＣＥ　ＭＡＮ』だと、恐らくは影村警部も気付いたことだろう。
　悔いはない。確かに彼方との別れは辛い。だが、二度と会えないわけではない。
「…参りましたな。ようやく『ＩＣＥ　ＭＡＮ』を捕えられると思ったのに、肝心の市川が偽者だったとは…。また、逃げられてしまったようですな」
「・・・・？」
　影村警部の言い方に私は首を傾げた。
「記憶を消されたことで証拠はないし、ヤツを訴えられるのは婦女暴行の罪だけ。しかし、杉谷さんも相手の顔を見ていない」
　何が言いたいのかよく分からなかった。
「彼方さん…困りますよ、自分の恋人との逢瀬を婦女暴行扱いにするのは。合意の上ならば暴行には入らないんですよ？」
　その台詞に、彼方が真っ赤になった。
「あ、あの…」
「おまけに、私はこの捜査から外されてしまいましてね。警視総監の命令で」
　彼方の話も聞かず、警部は頭を掻きながら言った。
「それとも、あの夜のことは合意でなく、やっぱり暴行だったとでも？」
　また、影村警部が言う。すると、彼方が首を横に振った。
「い、いえ！申し訳ございません、合意の上です！ちょっと無理矢理だったからびっくりして！」
　…よろしい。市川の逮捕にご協力ありがとうございました」
　最後に、警部が頭を下げた。