智子は、小学校から中学まで優等生だった。
　第一志望の高校に落ちてしまったとはいえ、商業高校でもまた優等生だった。
　ストレートの長い髪を、いつも後で三つ編みにして、メガネをかけて、学校の友人が、誰もがするように制服のスカートの丈を短くすることもなく、姿勢正しく歩くその姿は、優等生そのものだった。

　そのころから、家の外への憧れがつのり、家を出る資金を貯めるために始めたアルバイトが、ファミリーレストラン「グリフォン」だった。
　あまり、男の子に声をかけられることはなかったのだが、同じころ入った、学年も同じの富樫勝とは、友達になり、二年目の春二人が三年生になる直前、富樫と付き合うことにしたのだ。

　当然男と付き合うのは、智子は初めてだったし、我を失うほど浮かれていた。
　智子は、富樫の部屋で初めて女になった。
　今まで、生理の処理のときくらいしか意識したことのないその部分を男を狂わせることのできる器官なのだということを智子はそのとき自覚した。

　しかし悲しいかな経験のなさゆえに、富樫の行為は性急で、悪気はないのだが一方的になりがちで、智子はさほど夢中になることはなく、それでも富樫が好きだったから、彼を傷つけないために喘ぎ声を出してあげたりもした。
　しかし、あまりにも毎日のように富樫が求めてくるのに辟易してしまった智子は、遂に富樫に別れを告げた。

　自分から切り出した別れなのに、智子は深く落ち込んだ。
　グリフォンを辞めようとも思ったが、足掛け3年も勤めたアルバイトだったし、これからは、ただ働くことに専念しようと決めて、この夏休みを迎えたのだ。

　そしてある日の閉店後、なにげなく店長の辻元と二人っきりになったときすべてが始まったのだ

　辻元のセックスは、富樫のそれしか知らなかった智子には衝撃的だった。
　女を発情させてから抱く、それをちゃんと知っていたのだ。
　そしてそのためにはどうすればよいのかも、辻元は知っていた。
　抱きしめる、撫でる、そして安心させる、これらに時間をかけてからの辻元の挿入は、智子にとって「快感と開放のセックス」の初体験だった。
　智子は、かつて富樫が自分にそうだったように辻元に抱かれることに夢中になった。

　辻元は智子を「名器」と言った。
　名器、それの意味するところは知っていたが、富樫にも言われたことはなかったし、性器に個人差があるなんて思わなかった。
　でも男のそれにも個人差があるのだから、女にもあるのだろうと思った。
　辻元と富樫では、富樫の方が大きかったが、大きさだけではダメなことを智子はすでに知っていた。
　当然辻元は自分の前に、何人かの女を抱いているはずだし、その上で言うのだから自分は、ある意味最大公約数的な性器の持ち主なのだろうと思った。
　その程度の認識だが、智子は自分の体が辻元を悦ばせることができるのが嬉しかった。　そしてもっと嬉しいのが、日に日に自分の体が「女」として辻元によって完成させられていくのがわかることだった。
　しかし智子は頭のいい娘だったので、現実問題として存在する妊娠というリスクの回避を冷静に検討して、生理が終った翌日の今日、ピルを手に入れることにしたのだ。

　産婦人科を出ると、智子は少し街を歩いた。
　夏の終りの街は、夕焼けでオレンジ色に染まっており、
「・・・きれい」
　と智子は小さくつぶやいた。
　歩きながら、ショーウィンドウに映る自分の姿を見た。
　風に揺れる、自慢の長い黒髪、青いギンガムチェックのボタンダウンシャツに膝上10cmくらいの丈に細いプリーツの入ったミニスカート。
　ちょっと子供っぽいかな、と智子は思った。

　目の前にグリフォンがあった、
　そう言えばこの店は、辻元が前に店長をやっていたと聞いたことがある。
「いらっしゃいませ。」
　智子を迎えた大学生くらいの女のバイトの胸に付いているネームプレートには「嘉納桂月　Katsuki Kano」と書いてあった。

　歳のころなら荒井真紀と同じくらいだが、がらっぱちで姉御肌の真紀とは対照的な、上品なお嬢様タイプの「嘉納佳月」の、やわらかな印象に、智子は思わず意味もなく恥ずかしくなって視線をそらしてしまった。

つづく