アイスティを飲みながら智子は、店内を見回した。
　客は智子の他には2組のカップルがいるだけで、閑散としていた。
　智子のいるグリフォン宮田店だって、もう同じようなものだ。
　夏休みの繁忙がウソのように落ち着いた店内でアイスティを飲んだ。
　智子の目の前で「嘉納桂月」がテーブルナプキンの補充をしていた。
　その手つきはうまく、多少コツがいる角のそろえ方をちゃんと知っていた。
　昨日今日入ったバイトじゃないことを智子は見抜いた。

　グリフォンの制服は、薄いピンクの、ミニのワンピースである、体にぴったりくる作りになっているので、油断するとパンティのラインが透けてしまう。
　しかし、身長に見合ったグラマーな体つきの「嘉納桂月」がカウンターの下にしまった物を取るためにかがんでもそれは透けてなかった。
　たぶんガードルをはいているのだろう、その防護策もベテランを物語る。
　智子は勇気を出して声をかけてみた。

「あの・・・私・・宮田店のバイトなんです。」と智子が言うと
「嘉納桂月」は目をまん丸にして、営業用でない、人懐っこい笑顔になった。
「本当？じゃあ店長は辻元さん？」と言った。
「はい。」
「わぁ・・・辻元さん元気？？」と、言われて智子は安心した。
　初対面の人と会話するときに、共通の知人を話題にすると話がはずむ。
　店がヒマなこととあいまって、智子は初対面の「嘉納桂月」と話し込んだ。
「私、今日は夜入ってない日なの、もうあがるんだけど、車だから送ってあげるわ。」
　智子はその好意に甘えることにした。

「嘉納さんは、大学生なんですか？」と車の中で、智子は尋ねた。
「そうよ、今4年なんだけど、院に行くんで就職活動はしてないの。」
　と桂月は答えた。

　どこの大学かを聞いた瞬間、智子は息を飲んでしまった。
　このあたりでは一番で、日本でも屈指の超一流国立大学だった。
　桂月は、白いブラウスに絹のスカーフを巻き、黒いロングのタイトスカートだった。
　これ・・・普段着なの・・・？と智子は思った、と同時に助手席の自分が一層子供っぽく見えてしまった。それでも智子は対抗心を燃やして
「本当に辻元さんも、世話が焼けるんですよぉ・・」と桂月に言った
　桂月は智子の真意には気づいていたが、「うふふふ・・・」とだけ笑った。
　智子はそれが悔しかった。

　店ではアップにしていた長い黒髪、そして同性の智子ですら吸い込まれてしまいそうな印象的な大きい瞳、そして形のいい大きな胸のふくらみ。
　すべてが智子を無言で子ども扱いしているような気分になった。

　智子を乗せた桂月の車が、グリフォン宮田店の駐車場に入ったとき駐車場の奥に、今日は休みのはずの辻元が不機嫌そうに自分の車のトランクに何かをしまってボンネットを閉じた。

　桂月は車から降りると辻元に声をかけた。
「こうちゃん！！」
　智子は頭にかぁっと血が登った。本当は自分も辻元をこうちゃんと呼びたい。
　実際何度か呼んでみようと思ったのだが、声が出なかった。
　真紀はあの性格だから平気で呼べるのだろうから我慢できる。
　だが、辻元をこうちゃんと呼ぶ女は真紀だけでたくさんだ。

「桂月！！」と辻元も驚いた様子だった。
「久しぶり、かわいいお嬢さんを護送して参りました。」と桂月は乳母のようにおどけた
　智子は不機嫌だった。
「何してたのぉ？今日休みだったのに。」と桂月に見せつけるように甘えた口調で智子は訊いた。
　まさか、ついさっき生意気な中学生の娘をレイプしてきましたとは言えない。
　辻元は、適当に答えた。

「じゃあ、またね。」と桂月は自分の車に乗り込み走り去って行った。

「ところで、なんでお前が桂月と一緒なんだ？」と智子に辻元が訊いた。
「関係ないでしょ。」と智子は答え、すたすたと歩いて帰って行った。
　悔しい、悔しい、そりゃ辻元が桂月と関係があったかどうかなんてわからないし、もしあったとしても、それは智子よりも前なんだからしょうがない。
　自分だって富樫と付き合っていたんだから。でも悔しかった、だから今日だけ怒っていよう。

　その夜、寝る前に智子は最初のピルを飲んだ。智子はそれでも辻元が好きだった。

つづく