それでも辻元はその映像を、パソコンを使って編集した。
　犯している最中は、早速ばらまいてやろうと思っていたが、今は思いとどまった。
　とりあえずバックアップを取ってディスク本体は、机の引出しの裏にセロテープで貼りつけておけば、智子も見つけないだろう。

「さて・・・・」
　辻元はタバコに火をつけて大きく伸びをした。
　嘉納桂月、久しぶりに会ったけどきれいになっていた。
　いや、十代から二十代の女は毎日のようにきれいになっていく。
　特に未練があったり、よりを戻したかったりといった感情はなかったが、久しぶりに桂月とゆっくり話をしたいと思った。

　私立の付属女子高を卒業して、国立大学に入学したばかりだった桂月を初めて女にしたのは辻元だった。
　今どき女子高と言っても、その実情は共学の娘よりも派手である。
　女の子ばかりの学校だから、親が安心してしまうのだ。
　しかし桂月は違った、筋金入りのお嬢様育ちで礼儀正しく、
　小遣いというよりも社会勉強の意味でグリフォンのアルバイトを始めた桂月は他の従業員の中では、嫌われてこそいなかったが、少し浮いていた。
　そのとき優しくした辻元に桂月は夢中になった。
　そして辻元の教えるまま桂月は、「ベッドでの女」を従順にマスターした。

　辻元は、智子にセックスを教えるとき、どこか桂月をイメージしていた。
　桂月は辻元の最高傑作であった。辻元と別れて3年、きっと何人かの男を知り、その全員を夢中にさせるほどの妖艶な営みをしてきただろう。
　だが別に惜しいとは思っていない、桂月以上の最高傑作となる素材を手に入れたのだから。
　そのころ智子は、弟と同じ部屋でぐっすり眠っていた。

「ねえねえねえ！智子って・・・店長と付き合ってるって本当？」
　学校から直接制服のままやって来た菊地昌枝が、控え室に入ってくるなり伊原操に声をかけた。
　すでに店の制服に着替えていた操は、興味なさそうに答えた。
「さあ、なんかそういう話だけど、私知らない。」
「えー！伊原ちゃん教えてよぉ！」と昌枝が言うと
「知らないってば！本人達に訊けばいいじゃない。」と操は答えた。
　どんな女にも、心の中に蛇を飼っているというが、昌枝のそれが、小さなアオダイショウだとするなら、操のそれは漆黒の闇にとぐろを巻く猛毒の大蛇であった。
　ただ自制心が強いからあまり表には出ないが、刺激すると一睨みするのだ。
　昌枝は同じ女の本能として、操から大蛇の殺気を感じた。
「そんな・・・怒らないでよぉ。」
「怒ってないよ、ごめんね昌枝。」

　タイムカードの打刻にはまだ時間がだいぶあるので、昌枝とおやつを食べながらしばらく雑談していると、開いたままになっている控え室のドアの向こうを、見慣れない女が通るのを操は見た。

　駐車場の車の中で辻元は昼寝をしていた。
　夏の繁忙期を過ぎて、ようやく平和になったグリフォンの、店長としてアイドルタイムの昼寝は特権だった。
　ふと目をさまし、何気なく外を見ると、駐車場の隅に白いMR2が停まっていたが。
　辻元は気に留めることなく、また眠ってしまった。
　どうせ忙しくなってきたら真紀か富樫が起こしに来るだろう。

　バックヤードで、くっきりとした顔立ちの、その女は目を引いた。
　160cmくらいの身長で、豊満な胸、アップにした黒髪の襟足は美しく、深い青紫のニットのサマーセーターとスカートの上下。
　そして何よりも目立ったのは、その姿勢のよさだった。
（この娘、かなり長い間バレエをやってたわね）
　片桐晶子は、かつて自分がそうだったからすぐわかった。
　そのとき、フロアからバックヤードに入って来た真紀が大きな声で言った。

「桂月ちゃん！！！久しぶり！！！！」

　真紀はグリフォンのバイトが長いから、人手が足りない他の店のヘルプ要員もよく勤めた。
　人懐っこい性格から、真紀は行く先々の店でも友達を作るのがうまい。
　桂月もそんな真紀の人脈の一人に入っていた。

「荒井さん、久しぶり、うちの店長が宮田店からハンバーグ貸してくれって電話もらったって言うから、私ヒマだから届けに来たのよ。」
「ああ、うちの店長発注し忘れたって騒いでたからね、どうもありがとう。」
「それからこれ・・・みなさんでどうぞ。」
　と桂月が渡したコンビニの袋にはペットボトルのジュースが何本か入っていた。
「けっ！さすがお嬢さんは気くばりの人だねえ！」と真紀はからかうように笑った。
「うふふ・・・」桂月は真紀のそんな悪態が結構好きだった。

　辻元がいないので、代わりに真紀が店舗間移動伝票を書きながら
「こうちゃんは、今駐車場にいるから声かけてみたら？」と言うと
「う・・・ん・・でも寝ていたから。」と桂月は微笑んだ。
「叩き起こしてやりゃあいいんだよ！自分が発注忘れたんだから！」
　そう言って笑うと真紀は、店長の机から出した辻元の三文判を伝票に押して桂月に渡した。
「それではみなさん、失礼致します。」と桂月は笑顔でペコリと会釈して去って行った。

「・・・・それでは・・みなさん・・しつれいいたします・・・かぁ」
　厨房で、始業前の腹ごしらえのまかないを作っていた富樫勝がうっとりと桂月を見送った。
　控え室の前を通った桂月が開いたドアの奥に座っていた操にも会釈すると、操も無表情で会釈を返した。

　ようやく目をさました辻元の車の前に、微笑む桂月が立っていた。
　寝起きでぼんやりしながら車を降りた辻元は、桂月が食材を届けに来たのはすぐわかった。
「よう、どうもありがとう。」
「うふふ、相変わらずお昼寝は車の中なのね。」
「控え室はうるさくてかなわねえよ。」
「ところでね、ほらっ、遂に私、携帯買ったのよ。」
「今どき携帯買って喜んでる女子大生なんかいないだろう。」と辻元は笑った。
「電話番号教えろって言ってくれないの？」と桂月は上目遣いに微笑んだ。
　辻元は桂月と、携帯の番号とパソコンのメールアドレスを交換した。
「じゃあ、今夜早速メール書くわね。」と言い残し、桂月は車で走り去った。

　店まであと100mくらいの道を智子が歩いていると、対抗車線を白い小型スポーツカーが通過するのが見えた。智子はその車に見覚えがあった。

「嘉納桂月！！！！」

つづく