「えー！さっきそんな人来てたのぉ？あたし見たかったぁ！」
「昌枝はドアの方に背中向けて座ってたからわからなかったのよ。」
　フロアのテーブルを片付けながら二人は話していた。
　操はちらっと智子の方を見た、智子の機嫌が悪い。
　売られたケンカは買うが、かといって、みすみす地雷を踏もうという操ではない。
　智子にあまり近づくことなくその日のアルバイトを終えた。

　自宅に帰った操は、風呂に入った。
　服を脱いで、下着姿になった自分の姿を洗面所の鏡で見た。
　そして、ブラジャーをはずして乳房を軽く握ってみた。
（・・・男の人にここを揉まれると・・感じるのかな・・・）
　自分は決して美人ではないとは思うけど、それでも捨てたものじゃないとは思う
　170cm、確かに操よりも背の高い男はいくらでもいる、しかし確実にチャンスは背の低い女の子よりは少ない。そして気の強さも手伝ってか操は高校三年の夏を過ぎた今でも処女のままだった。
　誰もが操の顔よりも、胸よりも、着ている服よりも、背の高さに注目する。
　それが操の女心を敏感に傷つけた。この背の高さが操はいやだった。

　真紀とのケンカを仲裁されてから何日かあとのある晩。
　閉店後、辻元と食事をしたとき操は辻元に、はっきり言った。
「お前の脚の美しさは本当に見とれちゃうよ。」
　そのときは、恥ずかしくて怒り出した操だったが辻元はそれをあしらった。
　操は心臓が飛び出しそうになるほど、緊張した。
　勇気を出して、初めて短めのスカートで翌日出勤した操を辻元は
「いいねえ。」と一言だけ言った。
　それ以来操は辻元にほのかな想いをよせていた。
　素直になれればと思った。

　智子は寝る前にピルを飲むと布団にもぐり込んだ。
　今日は辻元とほとんど口をきかなかった。
　元々辻元は、たとえ関係を持った女でも仕事中でのベタベタした夫婦気取りを嫌う。
　しかし今日は智子の方から口をきかなかったのだ。
　嘉納桂月は何をしに来たのだろうか？ただ食材を届けに来ただけなの？
　智子にとって桂月は大人の女の理想だったし、智子がいつかああなりたいと思う姿そのものだったが、実際それを体現する女が辻元のそばにいるだけで悔しかった。

「お姉ちゃん何ぶつぶつ言ってるんだぁ？」弟の信二が眠そうに声をかけた。
「関係ないでしょ！うるさいわね！さっさと寝なさい。」
　と言うと智子は布団をかぶった。

　桂月は自宅の部屋でパソコンに向かっていた。
　立ち上げたアウトルックに辻元のアドレスを打ち込んだあとが続かない。
　夜も更けて、少し淫靡な内容になってしまった文章を打ち込んでは削除する。
　その繰り返しで、桂月はため息をついていた。
　しかし、やがて意を決して一気に打ち込むと、迷う前に送信した。

　件名：桂月です

　今日はお昼寝中起こしてしまってごめんなさい。
　先日野坂さんを送っていったとき、久しぶりにこうちゃんに会ったとき
　なんだか胸から色んなものが湧き上がって来ました。
　あのときは、さらっと帰って来たんだけど、本当は脚が震えていたのよ。
　そして今日また、宮田店に行ってこうちゃんに会ったら
　大丈夫だろうと思っていたけどやっぱりダメでした。
　どうしてかな、やっぱり誘って欲しいのかな、
　こうちゃんは、今でも変わっていませんか？
　私は、時計が止まったまま、止まっていることすら忘れていました。
　またあなたに会うまでは。
　時計の針を逆に回すことはできないけど、
　止まった針をまた動かすことはできるんじゃないかな
　あなただったら。

　嘉納桂月

つづく