「やれやれ、」
　自分の車が車検中で、電車でやってきた辻元は高嶋店店長の金子の車に乗せてもらい本社を出た。

「お前のとこ人手はどうだ？」
　グリフォンの店長はいつもこれが合言葉みたいなものだ。
「ダメ、使えるの全然いない。」と金子はぼやいた。
「そうか、うちはぼちぼちだけどな」と辻元が言うと金子はうらやましそうに
「嘉納が昼だけになっちゃったのが痛いんだよな、夜は家にいることしたらしくてさ。」

　金子は、桂月を採用した当時の店長が辻元なのを知っていた。
　そして長い付き合いだから辻元が桂月を「女」にしていたことも感づいていた。
　やがて金子の車はグリフォンの高嶋店に着くと、
「めし食っていけよ。」
　と金子が誘い、辻元はありがたくそれに乗った。
　店の玄関を入ると、久々に見る制服姿の桂月が二人を迎えた。

「いらっしゃいま・・おかえりなさい店長、辻元さんも一緒なんですか？」
「ああ、俺車検でさ、金子に乗っけてきてもらったんだ、飯食ったら帰るから桂月が乗っけて行ってくれよ。」
　と辻元が言うと、桂月は嬉しそうに微笑み頷いた。
　金子は、（さすがバイト殺しの異名を持つ辻元、うまいもんだ）と内心舌を巻いた。

　金子は金子で女に手が早い、しかし辻元には負ける。
　辻元は本社から睨まれているから、いつもロクでもない店に飛ばされる。
　バイト達の無法地帯のようになっているその店を、辻元は女の子を手なずける所から始め、店を遊び場代わりにしている本当にロクでもないクズが次第につまらなくなるような店にして立て直す。それが辻元のやり方だった。
　金子と食事をしながら、ひとしきり談笑した後、昔馴染みのパートに挨拶をしてから辻元は高嶋店を出た。

　駐車場の隅に停めてある、白いMR2のそばに桂月が待っていた。

「こうちゃん・・・メール読んでくれたのね・・・」
　ハンドルを握る桂月が嬉しそうに言った。
「でも急だったから、お前の都合が悪かったらいいぞ。」
「う・・・ん・・実は今日両親と食事にいくのよ。」桂月は少し困ったように言ったが、すぐに「でも2時間くらい大丈夫よ。」と付け加えた。
　桂月は、2時間という時間をラブホテルの休憩時間に合わせたつもりで言ったのだが辻元は、あえてそれには触れず。
「わかった、どこかでお茶でも飲みながら話そう。」と言った。

　カフェテラスの、外がよく見える席に二人は座った。
　桂月のMR2を見ながら辻元は言った。
「MR2か、ずいぶん玄人好みの車に乗ってるんだな。」
「父に買ってもらったの、中古だけどね。もう2年乗ってるわ。」

　桂月は、辻元が去ってから今までのことを話した。
　寂しくて、何度か男に誘われる機会はあったし、またその気になりかけたこともあった。
　しかし、桂月はもう一歩のところで踏みとどまっていたという。
　理系の大学で、やがて研究が忙しくなった桂月は勉強に専念した。
　その甲斐あって、4年の今、ほとんど授業もなくなり、大学院進学用の科目をいくつか履修している以外は毎日朝からバイトをして、夜は家で過ごしているのだという。

　せっかく辻元が完成させた女の肉体を桂月は、ただもてあましていたなんて、辻元はなんだか意味もなく損をした気分になった。
　理性は、快感に凌駕されることはあっても性欲に凌駕されることは女の場合あまりないのだ。むしろ快感はもちろん性欲にも弱いのは男の方だ。
　セックスしたいから好きになることがあるのは男。
　好きになったからセックスしたくなるのが女。つまりは精神構造の違いなのだ。

　辻元は桂月を改めて見つめた。
　色白だがどこか南洋的なテイストのある、はっきりした顔立ち、豊満な乳房も、真紀のそれに少し似てどこか誇らしげに女を主張して見えた。
　辻元のそんな視線に気づいた桂月もまた、はにかむように辻元を見つめた。

「ご両親と食事だろ？そろそろ俺は行くよ。」
「待って、こうちゃんの家まで送らせて。」

　辻元のマンションの中に入ると桂月は、ものめずらしそうに部屋を見渡し、やがて居間を横切り寝室に入ると、ベッドに座った。
　そして、ちらちらと辻元の方を上目遣いに見つめた。
　辻元は内心吹き出しそうになっていた。
　桂月は、せっかくのチャンスに何がなんでも辻元に抱かれ、その上で急いで帰って両親との約束も果たそうというつもりなのがよくわかった。
（親と二股か・・・・くっくっく）
　なんともかわいらしいシンデレラではないか、辻元は桂月の隣に座った。

　桂月の唇はやや厚めで、キスのとき軽く触れただけでぬくもりが伝わってきた。
　目を閉じて、辻元と舌をからませながら桂月は右手でピンをはずしてアップにしていた髪をばらりと垂らした。
　セックスのときに女の髪が乱れる様を辻本が好きなのを桂月は憶えていた。

　紺色のノースリーブになったワンピースの背中のファスナーを下ろして、辻元は二年ぶりに佳月の、わずかに紅潮した白い肌をおがんだ。

つづく