翌日、元々早起きの桂月は、あたりが薄暗いうちから目がさめていた。
　22歳にして初めての男の家への外泊に、舞い上がっていた桂月は朝から家を出た。

　まだどこの店も開いてない時間であり、どこへ行くともなく出かけたので、しばらく車を走らせると桂月はガソリンスタンドで洗車をすることにした。淡い水色のブラウスに、黒のタイトスカート姿の桂月は、ガソリンスタンドの事務所のカウンターに腰掛け、ぼんやりと外を見ていた。
　そこへ一台の車が入って来たのに桂月は目を見張った。それは、つい一昨日智子を乗せて、桂月とすれ違った車だった。降りて来た男はよく憶えていないが、確かにあの車だった。

　奥寺は眠そうな顔で、車を降りると事務所まで入ってきて、自販機でコーヒーを買うと、自分に背を向けてカウンターに座る女を見るともなしに見た。水色のブラウスの背中にうっすらと紫色のブラジャーのラインが透けたその後ろ姿に少しそそられる思いがしたが、やがてすぐに事務所を出て行った。

　一時間後、桂月はグリフォンに行った。
　開店まもない店内に客足はなく、桂月を迎えたのは奥寺だった。
　桂月は内心はっとしたが、顔には出さず案内された席に座り、冷淡にコーヒーを注文した。
　すべてを理解した桂月。しかしそれを辻元に告げ口しようなどとは考えなかった。
　もしも智子と対峙するときになって初めて抜く刀のつもりだったのだ。

　しばらくすると店の奥から辻元が出てくると、すぐに桂月を見つけ歩み寄って来た。
「早いな。」
「だって家は早く出ないと、ゼミ合宿ってことになってるんだもん。」
　辻元は、店の中に桂月以外の客がいないこととあって大きなあくびをすると、ポケットから無造作に出したマンションの鍵を桂月に手渡した。
「車はさ、俺のところに停めておいていいよ。」
「じゃあ終ったら電話ちょうだい、私迎えに来るから。」
「夕飯食べにいこうか。」
「私が作ります。」と桂月は微笑んだ。

　コーヒーを飲み終わり、桂月は店を出て車に乗ると、このあたりで一番大きなスーパーを目指して車を出した。

　智子は思い込みの激しい娘だった。
　富樫勝のときもそうだったし、辻元のときもそうだった。
　そして今度の奥寺も、智子にとっては運命の出会いだった。
　猪突猛進型の智子にとって、ちょっとした軌道修正を加えられるともう元には戻れない。
　今の智子は、奥寺のことで頭がいっぱいだった。

　操は智子と対照的に、用心深いところがあり、言い替えればそれは臆病なのに他ならないのだが、一度好きになると執念深いところがあった。
　だから操は、智子には辻元を絶対渡さないと固く心に決めていた。

　しかし操も桂月も智子の心変わりを知らない。
　そして、お互い一度会釈を交わしただけで、話したこともない
　いうなればノーマークの女こそが、最大の敵であることに気づいていなかった。

　桂月はスーパーで買い物を済ませると、辻元のマンションに着いた。
　部屋中の窓を開けて空気を入れ替えながら、布団を干した。
　そして洗濯機を回し、掃除機をかける「主婦ごっこ」を始めた。
　桂月はこれからの三日間、こうやって辻元の家で過ごすつもりだった。
　机の上に散乱した書類をまとめてクリップで挟み引き出しにしまおうとしたとき、桂月の足元に二枚のDVDが落ちてきた。
　それは、辻元があの廃寺の本堂で磯田美加を犯した模様が記録されていたのだが
「こうちゃん、私が来ると思っていやらしいのを隠していたのね。」
　と桂月はそれを再生することなく、机の下に潜りこんで、ガムテープの跡が残るところに二枚のDVDを再び貼りつけた。

　ふいに机の上の電話が鳴った。桂月はしばらく考えたが、やがて受話器を取った。
「はい、辻元です。」
　辻元の苗字を名乗ったとき桂月は胸が高鳴った。
　電話の主は辻元本人だった、桂月は急に恥ずかしくなった。
「今日はラストじゃなくて、少し早めにあがれそうだから帰り早いぞ。」
「うん、わかった。じゃあ電話してね。」

　電話を切ると桂月は大きく息をついた。
　そして布団を取り込むと、ベッドの上にそれを敷いてその上にぴょんっと寝そべると、桂月はそのまま昼寝してしまった。

　その日の夜、辻元はすべてを一瞬に理解した。
　辻元に気を使って、そっけなくする奥寺と人目をはばからずベタベタする智子。
　智子には、辻元に見せつけて少しは後悔させてやろう意図もあったのだが、辻元にしてみれば、内心手間が省けたようなものだった。
　上機嫌だったのは操もそうだった。智子がリタイアしたことを知ったのだ。

　夏休みも終り、比較的暇なこととあって、辻元は早めにタイムカードを押した。
　店を出て行く辻元を、通用口を出た所で奥寺が呼び止めた。
「あの・・・店長・・・すみませんでした。」
　だが辻元は、意に介することもない表情で言った。
「気にするなよ、俺は平気だから。」
　奥寺が気まずそうにしていると、駐車場を真っ白なMR２が滑り込んできた。
　中から降りて会釈する女と、その助手席に乗り込む辻元を見て奥寺は、
「店長！明日送別会ですから！」と声をかけ、
　走り去る車の窓から軽く手を挙げて答える辻元を見送りながら
（・・そりゃ平気だ・・しかし・・さすがだ・・・。）とつぶやいた。

　辻元が去ってしばらくして、バイトを終えた操が通用口から出ると、そこには辻元のGT-Rが停まっていたが、智子のリタイアで安心していた操は（飲みに行ったのかな？）くらいにしか思わなかった。

　まるで自分の部屋じゃないかのようにきれいになった部屋を見て辻元は驚いた。
　桂月は辻元のごはんをよそいながら言った。
「そろそろ引越しのために荷物をまとめておかないとね。」
「そうだなあ、その前に引越し先を決めなくちゃ。」
　ぼんやりと食事をする辻元を見つめながら、桂月は日本酒を飲んだ。
　桂月はかなり酒に強い体質であり、コップでニ、三杯程度の日本酒では平気なのだが、今夜はこの後のことへの期待もあってか気持ちがかなり高揚しており、アルコールが自分の体を少しずつ淫靡にしていくのを感じた。
　それを察した辻元も、桂月が軽く頬を赤らめながら、うっとりしていく様を見ていた。
「あのね、こうちゃん、・・・・お酒に頼って言っていると思わないでね。」
　と桂月が切り出すと、辻元は怪訝な表情で桂月の顔を見た。

「私・・・やっぱりこうちゃんが大好き。」

　辻元のキスに桂月は自分から舌を入れて来た。
　長いキスの後、唇を離すと桂月は恥ずかしそうに言った。
「私・・・お酒臭いでしょ・・」
「俺も魚臭いだろ。」と辻元が言うと二人は笑った。

　もう一度キスをしながら、辻元が桂月のブラウスのボタンをはずすと、白い肌に鮮やかな紫のブラジャーが、桂月の豊満な乳房を覆っていた。
　軽くその上から乳房を揉むと、桂月は苦しそうに息を荒くした。
「・・んん・・ん・・んんん・・・ん・・はぁ・・・」
　辻元が高嶋店にいたころの桂月が、抱かれるたびに身につけていた下着は上品なデザインだったがいつも白だった。
　趣味のよさは変わらないが、こんな色の下着をつけるくらいに桂月は大人の女として成熟したのだと、辻元は感慨にふけった。

　ブラウスの前をはだけられ、ブラジャーの肩ひもを片方垂らしたまま桂月は立ちあがった。
「・・・・ふふ・・・ひどい格好・・。」
　寝室に行った桂月は背中を向けて、アップにした髪をほどき、ブラウスを脱ぎながら、言った。
「こうちゃん・・・・来て・・。」

　桂月のブラジャーをはずすと辻元は、すでに固くなっていた乳首を舌で転がし、もう片方の乳房をゆっくりと、それでも力を加えて揉んだ。
「あっ・・あん・・はっ・・ああっ・・ん・・あん・・」
　豊満で形のいい桂月の乳房は、辻元にわしづかみにされて、次第に激しく揉まれた。
　火照って敏感になっている乳首に辻元の舌が絡みつくと、桂月は激しく喘ぎながらもう自分の性器からの愛液が、まだ脱がされていないパンティをぐっしょりと濡らしているのがわかった。

　桂月は体を起こすと、辻元をあお向けにした。
　その上に覆い被さりながら、辻元の全身にキスの雨を降らせた。
　口を軽くあけて、唇と舌の先を触れるそのキスは辻元が教えたものだ。
　次第に桂月のキスは体を降りていき、辻元のものの先端にたどり着いた。
　先端部分に何度もキスをすると、やがてそれを桂月は口に含んだ。
　たっぷりと唾液のついた桂月の舌が、辻元のものに絡みついた。

　今夜の桂月のフェラチオは、特にねちっこく辻元を責めた。
　桂月にしてみれば、辻元に教わったテクニックを辻元のためだけに使っているのだが、不覚にも辻本はイキそうになっていた。
「桂月・・・もういいよ、俺イッちゃうよ。」
　と、桂月の肩を押してどけようとした辻元の手を、桂月は掴み、辻元の腰のあたりに押さえつけることによって、自分の口の中への射精を無言で促した。
　そういえば、桂月には一通りのことを教えたが、口内射精だけはしたことがなかった。　辻元以外の男を知らない桂月も、これが初めての経験だったがすっかりその気になっており、いっそう激しく音をたてて辻元のものをしゃぶった。

　ついに辻元が射精した。
　どくんっという最初の一滴が口の中に入って来たとき一瞬桂月はひるんだが、すぐにまた口を動かし、すべてを飲み干した。
　興奮していたので味なんかわからなかったが、荒い息をついてぐったりする辻元を見て桂月は、セックスとは違う満足感を得た。
「よかった？・・こうちゃん・・・」
　辻元が、返事をする気力もない代わりに、覆い被さる桂月の顔を撫でると、桂月は、ふふっと微笑んだ。
「出していいぞ。」辻元がティッシュを取って桂月の口に差し出した
「もう飲んじゃったわよ。」
「汚いだろう。」
「そんなことなかったわよ。」と、桂月は微笑みながら舌なめずりをしてみせた。
　辻元が、また桂月の顔を優しく撫でると、桂月はうっとりと辻元の手に顔を傾けた。
「もう一回してあげましょうか？」
「いやいや！もう一回今のをされたら・・・たぶん今夜は・・俺もうダメだ。」
「あらぁ・・・それは困るわぁ・・」と桂月はいたずらっぽく笑った。
「しかし・・・・・お前・・・うまくなったなあ・・・」
「だからぁ！私はこうちゃんに教わっただけなのよ。」
「いや・・・別に他の男に教わってたからって、俺は何も言わないよ。」

「いやよ。」桂月は笑顔だったが、少しだけ、きっとした表情になった。

　この三年にチャンスは確かにあった、しかしもう一歩を踏み出さなくて本当によかった。
　やはり自分には辻元だけなのだ、たとえ三人の男に抱かれるくらいなら、
　辻元一人に抱かれるだけで、三人分、いやそれ以上に自分は淫らになれる。
　桂月はそう思っていた。

「ちょっと一休みしましょう。」
　と桂月が台所に麦茶を取りに行くと、辻元は天井をながめながらぼんやりと考えていた。
　桂月・・・すごいいい女になった。
　グリフォンに入社して十二年、何人ものバイトの娘と関係を持った。
　中にはもう三十路にさしかかり、子供の教育に頭を悩ましている娘もいるだろう。
　それぞれの生活に忙殺される中で、ふいに若いころの自分を思い出し、
「ああ、ああいう人がいたっけなあ。」と辻元のことをおぼろげに思い出すのだ。
　娘達はいつまでも高校生や大学生ではない、いずれ大人になって生涯の伴侶を選びその男の子供を産み、家庭を作るのだ。
　時は流れ、人は変わりゆく、しかし自分は35にもなって女漁りをしている。
　辻元は母親の顔を思い出した。