３

　次の朝、眠い目をこすりながら辻元は店に出勤してきた。
　正確に言うと、智子を家に送ってから、帰ってシャワーを浴びてまた出てきただけだ。
　完全に徹夜の状態だったが、こういうことは今までのファミレス人生で珍しくはなくもう30を過ぎていても辻元は同年代のサラリーマンに比べるとタフな方ではあった。
　店長室で昨日の売上日報をチェックしていると電話が鳴った。
　高飛車で不機嫌そうなその電話の主は、本社の課長であった。

「臨時店長会議を行うので、明日本部に来るように」

　本当に勘弁してもらいたいと辻元は思った。
　ただでさえ夏場は人手が少なくて、休みも取れないのに容赦なく店長を呼び出すとは。
　電話を切ると、う〜〜んと大きなあくびをして、何の気なしに目の前の勤務シフト表を見た。
　夏休みとあって短期のバイトや、一度辞めたのに出戻ってきたバイトもいる。
　平均年齢が一気に若返る代わりに従業員としてのレベルは下がるのだが、子供のいるパートたちが一斉に休みを取るから、穴埋めに手当たり次第に採用する。
　そうやって寄せ集めの人員でファミレスはなんとか夏場の忙しさを乗り切るのだ。
　どこの店にいたときもそうだった、そしてこの構造的問題は永久に是正されることはない。
　辻元は勤務シフト表を見て、おや？と思い、ちょうどそのとき出勤してきた社員の瀬戸内に言った。

「真紀ちゃん復活するのか？」
「はい、こないだ電話来て、またやりたいって言ってたので今日から入れました」
「なるほどね、こりゃラッキーだな」

　荒井真紀は、21歳のフリーターだ。
　高校一年のときからこの店でバイトしているから、かれこれ5年位は縁があり、この店に関しては辻元よりも熟知している。
　途中つまらないことでヘソを曲げて何度か辞めているのだが、ほとぼりが冷めたころにまた復帰するという繰り返しで、歴代の店長の中では彼女を嫌う者は少なくないのだが、辻元は結構気に入っていた。

　真紀の性格は勝気そのもので、男顔負けのタンカを切ることも珍しくない。
　人懐っこく大きな声でよく笑い、典型的な姉御肌で、バイトのまとめ役でもある。
　仕事もできるから、真紀がいるとき社員はかなり楽ができるのだ。

「こうちゃん！」
　辻元を背後で呼ぶ声がして振り返ると、カットソーのTシャツにミニスカート姿の荒井真紀が立っていた。
　ブランクがあるとはいえ、5年近くいるとかなりの数の社員とも友達のように真紀は思う。
　だからこそ店長である辻元を真紀は「こうちゃん」と呼び、そしてそれはある種真紀にのみ許された一種の特権でもあった。

「よう、また頼むわ」
　辻元が言うと真紀は、久々の店内の雰囲気を見まわした。
　真紀は、少しむっちりとした体型で誇らしげに大きな乳房の持ち主だ。
　肌はやや浅黒いが、ぱっちりとした目の美人でもある。

「俺、明日本部行かなくてはいけないから頼むな」
　辻元が言うと真紀は笑って言った
「こうちゃん、本部で小田課長とかにまた怒られに行くのぉ？」
「まあな」

　真紀はもう本社の人間もだいたい知っているから、こういう生意気なことも言う。
　明日本社で会う他の店長達も真紀を知るものは数多い。
　そのとき、智子の前の彼氏である富樫勝が出勤してタイムカードを押しに来た
「おはようっす」
「おっす」
　真紀の姿を見て富樫はびっくりした様子で
「真紀さん！復活っすか？」
「そうだよ、あたしが復活したからにはお前らこき使うからな！」
「うわ・・・勘弁して下さいよぉ」

　富樫、智子はゆうべ俺がいただいちゃったぞ
　いいよな？別れたんだろ？お前ら。

　辻元は心の中で言った。

　本社の会議室では不毛な会議が続いていた。
　つまりはいつも通りの会議ということだ。
「いかにして夏場の売上を伸ばすか」なんてどこの店長だって頭を悩ましている。
　辻元はあまり意見を言わなかった。
　言ったところで、ただでさえ本社の役付きには嫌われている辻元のことだどんな目に遭わされるかわかったものじゃない。
　辻元は所在なくボールペンをカチカチ言わせているだけだった。

　休憩のとき、他店の店長の岡田が辻元に話しかけてきた。
「真紀が復活してるんだって？」
「ああ、やっぱり有名人だなあいつは、もう知ってるのか。」
「加藤と別れたって言ってたからな。」
「あいつ加藤と付き合ってたのか？？」
　加藤というのは辻元の前任の店長であり、今は地方の店にいる。
「お前もう真紀は食ったか？」
「いや・・・。」

　真紀がグリフォン宮田店の歴代社員の何人かと関係を持っていることは辻元も知っていたが、辻元は特に真紀への関心はなかった。
　真紀のあの大きな乳房をわしづかみにしてみたいという欲求がなかったわけではないが、あれでも結構純朴なところが真紀にはあるのを知っていたから手は出さないでいた。

「情け深いところがあるからな、溜まっているときに素直に頼むとやらせてくれるぞ」
「お前は食ったのか？」
「ああ。」
「なるほどね」

　そのとき、辻元の、マナーモード状態にした携帯が震えた。
　智子からのメールが入っているようだった。
　女子高生のメールなんてどうせ大したこと書いてないに決まっているから辻元はその場で見ようとはしなかったし、実際会議の後読んでみたら大したことはなかった。

「店長、今日会議の後はお休みでしょ？TEL下さい」

つづく