４

　井原操は正直な話、真紀の復帰をあまり快く思っていなかった。
　智子と同級生の操は、バイトに入ったばかりのころ、真紀にしごかれた。
　それでもまじめに2年以上勤めていたのに、その間真紀は何度もヘソを曲げては辞めて、また復帰するの繰り返しだったからだ。
　いまさらまた出戻った人間に先輩面されたくないと、操が思うのは人情だった。

　始めはなんてことのないオーダーミスだったが
　操だったら厨房に謝るところが、真紀は「悪りぃ！」の一言だったし、富樫勝を中心に厨房の男バイトたちは真紀に頭が上がらなかった。
　それに対して遂に操が怒り出したのだ、オーダーを取るハンディという機械を捨てて帰ってしまったのだ。

　携帯が鳴ったとき、辻元はホテルのベッドで、さっきまでのセックスの余韻を楽しむように智子の乳房をいじっていた。
「店長！真紀さんと伊原ちゃんがケンカして、井原ちゃんが帰っちゃいました。」
　瀬戸内の慌てた電話だった。
　やれやれ、本当にトラブルが絶えない店だ、と辻元は思った。
「行くぞ」
　のんびりと身支度を整えると、ホテルから車を出した。
　車の中で智子が言った
「あたし・・・・今日入ってないけどやりましょうか？」
「そうしてくれる？」
　さすがに堂々と店に二人一緒に入るのはまずいので、辻元は智子を店の近くで降ろした。
　店の中に入ると、真紀までいなくなっている店の中は、大混乱だった。
　厨房で忙しそうな瀬戸内に辻元は声をかけた。
「それで？」
「とにかくえらい怒りようで、井原ちゃんが帰った直後に真紀さんまで帰ってしまって」
　瀬戸内は必死でオーダーを出しながら、辻元に訴えた。
　ふとバックヤードを見ると、すでに店の制服に着替えた智子が、鏡にむかって髪をアップにしているところだった。
　ほんの30分ほど前にはベッドの上で辻元に抱かれていた小柄な体が熟練したバイトとしての臨戦体勢に入ると、辻元の前を何食わぬ顔で
「おはようございまぁす」
　と通りすぎた。

「さてと、まずは井原ちゃんだな。」
　辻元は閉店後、一人店長室で井原操の携帯に電話をかけた。
　操はすぐ電話に出たが、消え入りそうな声で辻元に言った。
「私やめます、もうイヤなんです。」
「まあそう言うなよ、真紀には俺からよく言って聞かせるから」
　操は強情な娘で納得なんかしなかった。
「でもどうせ真紀さんは特別扱いなんでしょ？」
「そんなことないってば」
　電話のむこうで操は泣いていた。
「だっていつもいつも真紀さんは許されて他の子たちはダメじゃないですか」

　辻元は少し間を置いて、操に言った。
「お前だってある意味特別扱いされてると思わないか？」
「え？」
「少なくとも・・・俺は・・・店長としてこういうのはダメなんだけど、お前を特別扱いしちゃってるんだよ」
　これは辻元が女によく使う手口なのだ、怒らせるだけ怒らせておいて、すっと落とす。
　もちろんすべての女に通用するとは限らないと辻元は知っている。
　しかし操のようなタイプには効果てきめんなのだ。

「俺は明日からお前が来ないと店長として困るし、それ以外にも・・・いやなんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・」
　さらに辻元は畳みこむように操に優しく言った。
「明日、いいからちゃんと来てくれよ、その後ちょっと飯でも食べて話そうよ」
「・・・・・・・・はい。」
　一丁上がりだ、別に操に対して下心なんかはないのだが、店長として従業員の心を掴むために辻元が経験で学んだ大切なテクニックなのだ。
　当然智子とバッティングしないように智子のシフトは昼なのも確認済みだ。

　店を出て辻元は、夕食を食べるためにファミレスに入った。
　深夜開いている店はどうしてもラーメン屋かファミレスになるから、敵情視察の意味でも辻元はよく同業他社のファミレスを利用する。
　そこで偶然、辻元は地元の友達とたむろしている真紀を見つけた。

　辻元は自分の席から無言で真紀を手招きした。
　真紀は悪びれるどころか、ふてぶてしい位の態度で辻元の向かいに座った。
「わかったよ、あたしが辞めればいいんでしょ？」
「そんなことは言ってないよ」
「ウソ！あたしと伊原の両方をうまく取り繕うつもりのくせに」
「ご名答だよ、でもな、お前21だろ？少し物事を大人の観点で考えろよ」

　真紀はふてくされたように黙って窓の外を見た。
　開襟のシャツの胸元からのぞく白いブラジャーがまぶしかった。
　百戦錬磨の真紀には操のような手は通用しない、だから辻元は真紀を激怒させない程度に大人として扱い、説得のような説教のようなやんわりとした話をした。
　食事を済ませると辻元は真紀をドライブに誘った。

　東野川の河川敷のあたりに車を止めて、辻元と真紀は歩いた。
　真紀の髪はきつめのソバージュがかかっており、加えて長いので風が吹くとその髪が辻元の腕をさらさらっと撫でた。
「あたしさあ、知ってるよ」
「何をだよ」
　真紀は気の強そうなつぶらな瞳で辻元の顔を見て言った。
「こうちゃん、智子とヤっただろ」
　やっぱりあいつは小娘だ、こういう男と女の秘め事を秘め事にしていられない。
　辻元は少し後悔したが、表情を変えずに、「ああ」と答えた。
「本当にグリフォンの社員って女ぐせの悪いのばっかりだねえ」
　と真紀は笑いながら言った。
　実際その通りだし、あの店に在籍した多くの社員のうち真紀に気に入られた何人かは真紀の肌の味を知っている。
「他に楽しみない職場だもんな」
「本当そうだよね」

　河川敷の水門の柵によりかかりながら真紀が辻元に言った。
「こんなパターンだとさ、ほらこんな夜中に河川敷を歩いてるとさ、なんか・・・ヤらせてくれって言われそうな雰囲気なんだけどさ」
「ヤらせてくれないのか？」
　辻元が笑いながら言うと、真紀は答えた。

「さぁて、どうしようかな」
　真紀は辻元のキスを拒まなかったが、唇をかさねても目を閉じなかった。
　辻元が抱きすくめると、真紀の体は予想外に引き締まっていた。
　むっちりした体型は脂肪ではなく骨格からくるものだと、このときわかった。
　辻元が舌を入れれば真紀も舌を絡ませてくるが、目は辻元の目を見ていた。
　まるで「このセックスのリーダーシップをとるのはあたしだ」と言わんばかりに。

つづく