あまり好みのタイプでもないし、お金もあまり持ってなさそうだから、色々なものを買ってもらうことも期待できない。 かと言って、むげに振るのは自分が悪者になりそうでいやだ。
　美加はそう言う娘だった、そして美加がそういう娘なのを知らないのは男のバイトたちだけで、女の子のバイト達はとっくにお見通しだった。
　美加はそれでも別に平気だった。美加が怖いのは秘密がバレることだけだった。

「おはようございます」
「・・・・・・・・・どうも」
　グリフォンの控え室に入って来た美加に、挨拶した方は井原操だったが美加はまともに挨拶すらしなかった。
　おとなしいと言えば響きはいいけれど、美加の正体はわがままで鼻持ちならない小娘だった。
「あたしは別にいいけどさ、最低限挨拶くらいはした方がいいんじゃないの？」
「・・・・・・・・・・」
　操の言葉に返事もせず、美加は薄ら笑いを浮かべて横を向いて着替えた。
　すべての女のバイトに美加はこうだった。しかし男のバイトにはすがるような笑顔を見せた。それに瀬戸内はころっと参ってしまったのだ。

「おはようございまぁす」
　控え室を出て行くと美加は、控え室の操への聞こえよがしのように店全体に挨拶した。
　瀬戸内が照れくさそうに美加に挨拶した。
「・・・おはよう」
「おはようございます！」
　美加は瀬戸内を仲間につけることにした。
　どんなに他の女たちを敵に回しても、社員を一人味方につけてしまえばこっちのものだ。
　あとはバイト代だけもらったらおさらばだ。
　そんな美加を、ドアの開いた店長室から真紀がじっと見ていた。

　お盆の三日間での売上は前年比100％を突破しており、とりあえず辻元の店長としての面目は保たれた。
　夏休みの一番ひどい時期をなんとか乗り切って、ようやく一ヶ月ぶりの公休を取れそうだ、辻元は閉店後の店長室でそんなことを考えながらタバコを吸っていると、真紀と瀬戸内が閉店業務を終えてタイムカードを押しに来た。
「よう、おつかれ、ビールでも飲むか？」と辻元が訊くと瀬戸内は
「いえ、すみませんこれからちょっと電話しなくちゃいけないとこがあるんで。」と辞退し
　その代わり
「あたしもらうよ！」と真紀が手を挙げた。

　店長室で真紀と二人っきりになり、他の従業員が帰ったのを確認して辻元は真紀に言った。
「さて、と瀬戸内はもう夢中だなあ」
「絶対ロクでもないんだけどね、あの女。」
「うん、俺もわかってるよ。」
「さっすがこうちゃん！」
「でもさ、美加ちゃんに今捨てられると瀬戸内は辞めちゃうだろうからな、大目に見るよ。」
「ちっくしょう・・・つぶしたいよ、あの女。」
「まあ、そう言うなよ。ろくに仕事もしないでバイト代だけ、もらおうってんだからこっちも利用させてもらおうじゃないか。」

　真紀は笑いながらビールを一口飲んで、しばらくしてから何気なくつぶやいた。
「それにしても・・・・あの女どこかで見たことあるんだよなあ・・・・」

　瀬戸内は美加に夢中だった。
　手も握ったこともなかったが、美加が自分を好きなことを疑っていなかった。
　美加の両親が厳しいから、瀬戸内の仕事が終る深夜のデートが許されないのだと思っていた。だからこそ美加に携帯を買ってやった瀬戸内だった。
　そればかりか美加の通話料も瀬戸内は支払うことにまでしたのだ。

　瀬戸内は今夜も美加の携帯に電話した。
　いや正確には自分の携帯から自分の携帯へ電話したのだ。
　美加と何気ない話題を話しながら瀬戸内はパンツの中に手を入れた。
　オナニーというほどのものではない。しかし瀬戸内は幸せだった。
　グリフォンの社員の間では名うての女ったらしである店長辻元のように
　自分もついにバイトの女の子と深い仲になれるのだという喜びに震えていた。

　料理が趣味の井原操が作ってきたプリンを食べながら、辻元はある連絡を待っていた。
　そして操は、この一ヶ月、溜まりに溜まった書類の清書を辻元に頼まれてやっていた。
　操は強情で素直じゃないところがあるのだが、情に訴えられると弱いところがあった。
　均整のとれた字を書く操に辻元が頼みこんだのだ。

　操の横顔を見つめる。
　夏休みの間だけ美容院でパーマをかけて少し茶髪にした、ショートボブの髪、特にスポーツなどはやっていなかったそうなのだが、170cm近い長身で肌の白さは智子といい勝負だ。胸はB・・・いや、Cカップくらいだろう。
　そんな分析をしていたら、真紀がやってきた。

「こうちゃん！！！！わかった！！！！」
「よし！！」
　二人が店の裏口へ言こうとすると、操が呼びとめた。
「ちょっとぉ！私を置いていかないでよ！やめるわよ！」
「ごめんごめん！頼む！」と辻元は大急ぎで真紀と出ていった。

「まったく・・・・もう・・」と操はまた書類の清書にかかった。
　一応ふてくされてはいても、操は辻元に頼りにされることは、まんざらでもなかったのだ。
　しかしそこに智子が現れて操に言った。
「操・・・ごめんねぇ。」
「なんで智子が謝るのよ。」
「だってぇ・・・・うふふ・・・。」
　二人とも笑顔ではあったが目が笑っていなかった。女同士の静かな対立がそこにあった。
「あの人のメスは私だ、あんたじゃない。」
　智子の目はそう言っており、操にもはっきりわかったが、操もまた智子を睨み返した

　その日を境に瀬戸内が店に来なくなった。
　電話にも出ないし、どこに行っているのかもわからなかった。
　本部から実家へ電話すると瀬戸内の母親が出てきて、息子はもう辞めると言っていると告げた。
　それを聞いた辻元は、やられた・・・と思った。瀬戸内にでなく美加にである。

　世の中を舐めきったガキにお灸を据えなくてはいけないと思った。

　その日、辻元はやっとの公休で、午前中から準備を進めていた。

　店の裏山に廃れた寺がある。
　投機に狂った住職が、バブル崩壊のあおりを受けて破産し、寺の本堂も敷地も抵当に入っており、債権者が競売にかけようにも抵当権が複雑で誰も手を出せないまま荒れ放題の寺の本堂、その中に辻元はいた。
　工事現場で使うライトを二つ設置し、その光軸の中心を狙うようにDVDハンディカムを二台設置した。
　かろうじて電気は来ているのは、あらかじめ確認したが、実際動作するのを見て辻元は少し安心した。

　夏休み最後の日であるその日の夕方、今日で辞める美加が通用口から入って来た。
　部活の用事で学校へ行った帰りだったためにセーラー服姿だった。
　美加は自分のロッカーから店の制服を出して、丸めもせずにクリーニング袋に放り込んだ。
　制服のポケットにハンディオーダー送信機が入っていたのに気づいたが、汚い袋に手を入れるのがいやだったのでそのままにした。
　あとは、書類に印鑑を押したらこれでおさらばだ。瀬戸内が消えたらしいけどそんなのは自分のせいじゃない。これで完全犯罪である、世の中なんてちょろいもんだ。
　背後に辻元が立っているのに気づいた美加は、とびきりの笑顔で挨拶した。
「おはようございます店長！短い間ですけどお世話になりましたぁ。」

「美加ちゃん、君、本当は中学生だろ。」
「え、」とだけ言うと美加は硬直した。

　辻元は美加を車に乗せて、走り出した。
「君のお姉さんを知ってる人がいてさ、君は田欧高校の一年生じゃないよな。 白朗中学の三年生だろ、そういえば面接のとき学生証忘れたって言ってたな。 あのとき確認しなかった俺もうかつだったけどさ。」

　すると美加は遂に本性を表して辻元に食ってかかった。
「中学生をバイトに使ったのバレたら困るのはそっちじゃん！」
「今の立場が、そんなこと言えるご身分だと思ってるのか？」

　辻元は冷笑した。そして車はあの廃寺に着き、辻元は美加を連れて本堂の中に入った。

　畳の上に敷かれた毛布を見た美加は、これから自分が何をされるのか瞬時に理解した。
　本堂の中央で、辻元と美加は対峙した。
「まず、始めに言っておくよ、お前が警察に行く前に俺が警察へ行く。そして全部話すよ、確かに行政処分はあるかもしれないが、知らなかったんだから。 お前がかけひきの材料に期待するほどの厳罰を受けることはないよ。なんてったって申告してるんだから、過失ということで終るよ。」

　美加は辻元を睨みつけていたが、辻元は続けた。
「それどころかお前は今すぐ補導されて、家庭裁判所行きだな。当然学校にも知られて内申書はズタズタだから、進路も期待できない。」

「いいよ、別にそんなの」と美加は横を向いた。
　 辻元はさらにこう言った。
「そして友達からは笑い者だよな、歳ごまかしてバイトしたばかりにすべてを失うんだからな」
「・・・・・・・・・・・・・・」

　いかに美加が親に甘やかされて育ち、怖いもの知らずでつけあがっていてもかけひきで所詮辻元の敵ではない、辻元はとどめを刺した。
「だまってバイト代だけもらって去る方法は、一つだけだ。」
「・・・・・・どうすればいいのよ。」

　辻元は黙って自分と美加の間に敷かれた毛布を顎で指した。

「・・・・・・・・・・・わかったわよ・・・」

　遂に美加が陥落した。

つづく