桂月がグリフォンに入ってから一ヶ月が過ぎた。
　とにかくすべてが桂月にとって初めての経験ばかりで、目が回るような日々だったが、桂月は一種の「修行」として、意地でも音を上げなかった。
　裕美の陰湿な、後からなんとでも言い逃れできるような、嫌がらせはあったが常にそばに寄り添う道子が、フォローしていた。

　また桂月がアルバイトをする（表向きの）動機であるパソコンに関して、辻元はMS-DOSの時代からのエキスパートであり、自宅にはメーカー品と自作パソコンまでが並んでいると知り、桂月には当初情報収集の意味もあったのだが、会話の機会が増えた。
　道子と、（裕美に遠慮しながらではあるが）加藤以外のアルバイトには、なんとなく会話のはずまない桂月だったため、辻元とはよく話すようになった。

　元々まじめな桂月であるから、仕事の覚えは決して悪くなく、桂月はアルバイトとして、次の段階に入っていった。
　採用当初のシフトは、夜の場合５時から９時だったが、それは新人を軽く揶揄する意味で「高校生シフト」と呼ばれる、
いわゆるヌルいシフトであり、高校生でも加藤や道子は別格として、１８歳以上のアルバイトは最低でも１０時、一人前であれば、閉店の１２時までやるのが普通だった。

　桂月はその事を両親に相談すると、多少心配はしたものの、アルバイトを始めてから、どこか毎日楽しそうになっている娘にどこか変化を感じて許可した。

　初めての閉店勤務、いわゆるラストと呼ばれる勤務の日、桂月には教育役として道子がついた。これは辻元の配慮であった。
　その日は、閑散日となる事が多い月曜であり、実際閉店の３０分前には客席は空っぽになった。

「じゃあ桂月さん！あたし今日は先に帰るね！」
　と、迎えに来た加藤を始めとする地元の不良たちが駐車場で待つ道子は帰って行った。

　残された桂月は、パントリーで雑巾を洗いながら、電気が消えた店内を見渡した。
　時間が止まったような不思議な光景をしばらくぼんやり見ていると、
「お疲れさん」と辻元が現れた。

「嘉納さんってさ、何でこのバイト始めたの？」
　かつて憎々しげに裕美が言い放った「向いてないんじゃないの？」という言葉をわずかに思い出しながら、桂月は、辻元にそれでも素直に答えた。
「あの・・・私・・世間知らずだから・・・」
「土日とか辞めちゃおうって思わなかった？」
「それは思いませんでした。」

　辻元がタバコに火をつけた。
（いくら店が閉まってるからって、フロアでタバコを吸うなんて・・）
　と桂月は思ったが、黙っておしぼりをしまうラックを積み上げた。

「いくら店が閉まってるからって、フロアでタバコを吸うなんて」
　と辻元が桂月の声色を真似して言うと、桂月はどきっとした。
「・・・って顔に書いてあるぜ。」と辻元が笑った。
「・・・すみません・・」と桂月は恥ずかしそうにうつむいた。

　そんな桂月を見て、辻元はケラケラと笑った。
　それにしても桂月は美人だ。品があるが気の強そうな顔、背筋を伸ばした姿勢に、押し出されるかのように形のいい大きな乳房、そして腰までのなだらかなラインに導かれる、大きいが形のいい尻。
　辻元はほれぼれしながら見ていた。

「嘉納さんは彼氏いないの？」
「・・・・残念ながら・・」
「彼氏募集？」
「・・・・・一応・・・」
　次の瞬間、辻元はぐいっと桂月を抱き寄せると唇を奪った。

　突然の事に桂月は思わず身を堅くした。
　辻元はそのまま桂月を抱きしめ、左手で桂月の腰を引き寄せ、右手で桂月の乳房を鷲掴みにした。次の瞬間桂月の左手が辻元の頬を狙い飛んで来たが、辻元はすばやく桂月の乳房を掴んでいた右手を離し、そのまま手の甲で桂月の平手を受けた。

「ふ！・・・不埒です！」
　とっさに出たこの言葉に、桂月自身が一番恥ずかしかった。今時「不埒」なんて古臭い言葉が日常会話で出てしまうなんて。
　しかし一瞬の出来事に、極限まで気が動転していた桂月が、とっさに口走った言葉だった。
　桂月は右手で口を覆うようにして、控え室へ走り去って行った。
　残された辻元は「やれやれ・・・ついやっちまった・・」とつぶやいた。

　控え室で大急ぎで制服を着替え、桂月は店を飛び出し、自宅まで走って帰った。
（キスされた・・キスされた・・キスされた・・）
　肩で息をしながら自宅の玄関に飛び込むと、そのまま自室に駆け上がった。
　シャツを脱ぎ捨て、スカートも床に落としたまま、下着姿の桂月は姿見の前に立った。

　ブラジャーをはずすと、乳首が軽く隆起していた。
　これはあの瞬間桂月自身が気づいていた。
　そして桂月は、あのときもう一つ体の変化に気づいていた。
　パンティを脱ぐと、いまだ男のものを受け入れた事のない桂月のその部分はやはり、わずかに濡れていた。