「ちょっとさぁ、嘉納さん！これここに置かないでよ！」
　夜のピークもそろそろ終わろうとしていたバックヤードで、桂月が洗って重ねておいた雑巾を見て、栗原裕美が文句を言った。
　裕美は、一事が万事この調子で事あるごとに桂月に文句を言っているが、大抵の場合桂月の傍には、裕美の苦手なあの松月道子がいる。
　しかし今日は道子が不在であったため、裕美は容赦しなかった。
　そして辻元は、職場において桂月を弁護する事は絶対にしない。

「すみません・・・」と桂月はこの同じ年の裕美にそのたび謝った。
「これは、いつもみんなここに置いてるんだからね！」と裕美。
　その指し示す場所は、桂月が置いた所の、ほんの30センチ先である。
　明らかにいやがらせなのだが、桂月は黙っていた。
「俺が片付けておきますよ！」と加藤がフォローに入ろうとしたら、
「やらせなきゃ覚えないのよ、こういう勉強しか取り柄のない人は！」
　と裕美は優越感のあまり、声を裏返らせそうな口調で言った。

　そのとき裏口から「おはようございまぁす」と言う声とともに、女物の靴音が近づいて来た。その声の主が現れたとき、裕美の顔はこわばり、加藤は驚いたような気まずそうな顔になった。

　タバコをくわえた辻元がのんびりした声で言った。
「よう！さと子。」
「おっす。こうちゃん。」
　辻元とハイタッチで挨拶するその女は桂月と初対面だった。
　会社帰りのOLとわかる黒いスーツを身にまとい、年齢にして20代の後半といったところか。少しシャギーの入ったグラデーションボブの髪。背は150センチをやや超える程度で、スレンダーな体つきは道子を思い出させる。
（この店に入って、かれこれ二ヶ月近くになるけど、誰だろう？　それに「こうちゃん」だって・・馴れ馴れしい）

　加藤は何か弱みでもあるのか、「ありがとうございましたぁ！」などと大げさに言いながらフロアに逃げるように出て行った。
　裕美は必死に平気な顔を装って、久々に会うその女に挨拶した。
「久しぶりですぅ春日さん。また戻って来て下さぁい」
「うん、私またここで働くから。」
　裕美の顔が瞬時にこわばったのを春日さと子は見逃さなかった。
「あら？戻って来て欲しかったんでしょ？」
「会社はアルバイト禁止じゃないんですかぁ？」
「うん。平気。」

　どうもこの春日さと子という女は、かつてこの店にいたらしく、そして裕美と加藤とも顔見知りで、二人と何か因縁があるらしかった。
「のど渇いちゃったからさ、アイスコーヒー持ってきてよ。」
　さと子がそう言うと、裕美がキッとした笑顔で答えた。
「私がですかぁ？」さと子はそれにまったくひるむ様子もなく
「おやおや・・他の誰に聞こえたのかしら？」と余裕の笑顔で言った。
　桂月は、裕美が今にも怒りのあまり失神するんじゃないかと思い
「あの・・私が持って来ますから。」と言うと、さと子は桂月の肩をふっと遮り、裕美に言った。
「は・や・く・ね！店長の分もね。」

　店長室でアイスコーヒーを飲む二人が、何か話しているのを桂月は片付けものをしながら一生懸命聞き耳を立てたが、空調のダクトの音で何も聞こえなかった。しかし辻元が、採用のときに記入させるあの書類をさと子に書かせているのを見てどうも復帰するらしい事を察することができた。

「えっと・・・俺のハンコはレジのとこにあったな。」と
　辻元が店長室を出てフロアに向かうと、桂月はさと子と目が合った。
「初めまして。5月に入った嘉納です。」
「こんにちは。春日です。」とさと子が答えた。

　道子と同じくらいの背丈だが、椅子に座ったときの脚の組み方が、女の桂月の目から見ても、抜群に色っぽかった。
　この店では学生と中年しかいないから、さと子のようなちょうど20代の後半のまさにOLという感じの大人の女の色香は、同性にも刺激的だった。

　しばらく見とれている桂月を、さと子もまた凝視した。
　そして桂月を手招きして自分のそばに呼び寄せると、くんくんと匂いをかぐような仕草をすると、桂月の瞳を覗き込むように
「・・・・辻元浩一の匂いがする！」
　そう言ってさと子は笑った。

　桂月はどきっとした。昨夜セックスした痕跡でも残っているのだろうか？
　あれから桂月は、閉店後の駐車場で、辻元の車の中で毎晩のようにセックスしている。　それは窮屈な空間のせわしない行為ではあるが、桂月はどちらかというと、自分からねだるように辻元の車に乗り込んでいた。
　そしておよそ30分ほどの時間を終えると身支度を整え車を降りて帰宅する。
　そんな繰り返しだった。

「顔に出る子ね。」とさと子が笑った。
「あんまりいじめるなよ、さと子。」辻元がハンコを持って現れた。
「こうちゃんのお手つきはこの子だぁ！」

　桂月は顔が熱くなり、そのまま店長室を出てフロアまで行った。。
　パントリーでは加藤が気まずそうに一人で立っており、裕美は時間が来てさっさとあがって行ったようだった。
「桂月さん・・まださと子さんいるっすか？」
「・・うん？・・うん・・前にいた方かな？」
「ええ・・まあ・・あの人はですね、OLなんですけど、一年か二年に一回くらいこうやってバイトに戻ってくるんすよ。」

　そういうと加藤は頭をボリボリかいて黙り込んだ。

　閉店後、辻元はカギを預けてある加藤に声をかけた。
「おーい、俺帰るからな。」
「お疲れ様っす！！！」

　ようやくさと子もいなくなり、ほっとした加藤はタバコを吸いながら、戸締りをするため店内を巡回し、施錠を確認すると電気を消し、ネクタイをゆるめながら、控え室に入ってぎょっとした。

「おーす」
　壁に寄り掛かり、揃えた脚を投げ出すように座って、細い指でタバコをはさみ煙をくゆらせながら、さと子がいたずらっぽく笑っていた。
（帰ってなかったのかぁ・・・・・）

　桂月が辻元の車の前で待っていると、辻元が出てきた。
「店長・・・あの人・・・」
「ああ、あれは昔のバイトだよ。出戻って来たんだよ」
「そうですか・・」
　桂月がしばらく黙っていると、辻元が助手席のドアを開けた。
「乗るか？」
「いえ・・・まだ加藤君が中にいますし・・店長、あさって店長休みですよね？」
「うん？」
「私、学校休みますから店長の家行っていいですか？」
「ああ、いいよ。」
「店長・・・？」
「んー・・？」
「キスしてください。」
　桂月はその日、久々にセックスなしで一人で帰った。

「まこちゃん久しぶりじゃん。あまり冷たくしないでよ」
　控え室で居心地悪そうに正座する加藤にさと子は言った。
「い・・いや・・普通っすよ俺・・あの、さと子さん復活っすか？」
「復活っすよ。」さと子は加藤の口調を真似て答えた。

　照れくさそうにする加藤にさと子が言った。
「あれから・・・何人かの女抱いた？」
「え・・ええ・・・まあ・・」と加藤が答えた。

　さと子が人差し指で加藤の額を押すと、加藤は反り返りさらにさと子が額を押し、加藤をついに仰向けに寝かせた。
　あきらかに優位に立つ女の、男の寝かせ方であった。
　膝で立ち上がるとさと子は控え室の電気を消し、そのまま加藤のズボンのチャックを下ろした。

　取り出した加藤のものに、さと子の舌がぬるっと這うと加藤は硬直した。
「ちょっと久々にお姉さんに味見させなさいよ・・・・・」
　横柄な言い方な割にはさと子のフェラチオは丹念だった。
「う・・・」
　加藤が体を起そうとするとそれを制して、さと子は加藤のものを先端から口に含み、また舌で弄ぶように責めた。
　みるみるうちに、加藤のものが堅さを伴って大きくなってきて、満足げに舌なめずりをすると、さと子はスカートの中に手を入れて、無造作にパンティを脱ぐと加藤の上にまたがった。

　寝そべった加藤はズボンを下ろしただけ。さと子はパンティを脱いだだけ。
　二人ともほとんど服を着たままの結合だった。なんとも味気ないものだったが、それでも自分のものが、ぬるっと生暖かい粘膜に飲み込まれた瞬間、加藤は、そしてさと子も大きく息をついた。

「・・まこちゃぁん・・・また大きくなったんじゃない？」
　わずかに髪を乱したさと子が、加藤を見下ろして言う。
「そ・・そんなことないっすよ・・・」
　スカートに隠れて結合部分は見えないが、さと子は腰をゆっくり回転させ加藤の胸に手をつき、軽く爪を立てながらゆっくり顔をのけぞらせた。
「はあ・・・ん・・ああああ・・すごい・・ああん・・」
　加藤のものにさと子の粘膜の幾重もの襞が絡みつく。
　さと子はこういう体位での男の責め方を良く知っており、抑揚をつけた腰の回転で、加藤の大きなものをまんべんなくその肉襞で舐めるように責めた。

「あああ・・・もう・・ああ・あ・ああああ・・ああああん・・」
「う・・俺・・ダメっすよ・・・さと子さん・・ううっ！」
　自分の奥深くで、加藤のものが大きく脈打ち、勢いよく精液を吐き出すのをさと子は受け止めた。
「はあ・・・ん・・ん・・・ふふ・・いっぱい入ってきてるよ。」

（くっそう・・・犯された気分だ・・・）
　終わってしばらくしても、加藤は仰向けのままだった。
　さと子はそそくさとパンティをはくと、加藤のタバコを一本取り出し火をつけた。真っ暗な控え室を、すりガラスから淡い水銀灯の光に照らされ紫煙が拡がる。

「まこちゃん久しぶりだね。やっぱりあんたがこの店のリーダーになってたね。」
「リーダーって程でもないっすよ。」
「またまた！店長からカギまで預かってさあ。」
「そ・・それは俺がラストまでやってるから・・」
「いやー偉くなったもんだねえ。」

　加藤はみるみるうちに顔をこわばらせた。
（アレは言わないでください！さと子さんお願いだから！）
　それをまるで見透かしているかのようにさと子は、加藤に顔を近づけると、からかうように軽くキスをして言った。

「忘年会のとき、泣きながらあたしに『初体験させてください』って頼み込んだ子がねえ。」
「わあああああああ！もう絶対言わないで下さいよ！もうマジで頼みます！」
「ふふふ・・大丈夫よ。まこちゃんがいい子だったらね。」
「・・俺次第ってことっすか・・・・」

（俺って本っ当に、女に頭上がらねえんだよなあ・・・・）

「いい子ね、まこちゃん」