「へー・・・そんな人が来たんだぁ・・」
　翌日の午後、アルバイトに出勤する前の桂月と、今日も休みを取っている道子はプレステージのいつもの座席に座って、桂月は紅茶、道子はカスタードパフェを食べながらさと子の話で盛り上がっていた。
「あたしもその人知らないなあ・・。」
「加藤君と栗原さんは知ってるみたいよ。」

　道子はおもむろに言った。
「でも桂月さんよかったじゃん。」
「・・・？」
「敵の敵はだいたい味方じゃん！」
「そんな・・・ところで道子ちゃん今日も休みなのね。」
「うん？・・・うん、へへへ！」

　そこで意を決したように桂月が言った。
「ところでね・・・あの・・・突然なんだけど・・・」
　妙に照れながら口ごもる桂月に道子が訊いた。
「何か困った事？」
「ううん・・あのね・・あの・・男の人のあれをね・・」
　きょとんとして自分を見る道子の細い目を桂月は直視できなかった。
「その・・・口でね・・・」
「フェラ？」とあっけらかんと道子が答えた。桂月は真っ赤になりながら、視線をテーブルの上からあげることなく続けた。
「・・・って・・やっぱりするよね・・？」
「桂月さん・・・フェラした事ないの？」
　タコのように真っ赤になった桂月に道子は屈託なく言った。
「・・・・ない・・・。」

　道子は食べ終わったパフェのスプーンを手に取って、それを桂月の目の前で裏返して見せた。
「まず・・これが男のあれだとするでしょ？」
　桂月は辻元のペニスをあらためて見た事はなく、だいたいの形を知っている程度だったが、道子が目の前で逆さにして水平にかざすスプーンの先端は妙に生々しく見えた。

「それで、これの裏っ側を舌の先で・・・」と道子は舌をとがらせてスプーンの内側で舌先をすぅっと往復させてみせた。
　桂月も思わず自分の紅茶についていたティースプーンを手に取ると、
「こう・・・？」と自分も道子を真似てやってみた。
「うん・・男はねえ、ここ舐められるの弱いよ。女のクリと同じ。」
「そ・・・そうなの・・？」
「あとはね、唇と舌で軽く吸うように・・・」と道子の唇と舌が、スプーンの柄をゆっくりと上下する。桂月も真似をした。
「それで、イキそうになると少し膨らむから、すかさず・・・。」
　と道子はスプーンをぱくっと口に含んだ。
　桂月はあっけに取られてその一部始終を見ていた。
「味なんてわかんないよ。ほんの一瞬苦いというかしょっぱいというか・・。」
　道子が笑うと、桂月も不安げにだが少し笑った。

「ところでさあ、桂月さん。」
　まだ道子の模擬フェラチオの実演にショックを隠しきれない桂月に道子がぐいっと身を乗り出して話しかけた。
「昨日あたし徹さんのアパート泊まったんだぁ。」
　桂月は驚いた。失礼だが長谷川が道子を口説くのに成功するとは夢にも思っていなかったのだ。道子のことだ、何もせずに帰って来たわけはない。
「あたし達・・・付き合う事にしたんだ・・・」
「すごい！よかったじゃない！」
「・・でもさあ・・徹さんってＫ大じゃない？あたしみたいなヤンキーがさあ」
　桂月は道子の言葉を珍しく即座に遮った。
「長谷川くんはそんな人じゃないし、Ｋ大もそんな象牙の塔じゃないわよ。」
「象牙の塔・・・？」
「ようするに道子ちゃんは胸張っていいって事よ。」

　桂月はパソコン室にたむろする、腐臭が臭ってきそうな、あのオタク達を思い出していた。長谷川は彼らとは違う。
「で・・・今夜も・・泊まるんだぁ・・。」道子は照れくさそうに笑った。
「困った子ね・・・学校は行きなさいよ。」桂月はそれでも笑顔で言った。

「あのさあ、さと子」
　夜のピークが終わりかけた頃、辻元はさと子に話しかけた。
「麦倉はもうこの店にはいないって知ってたか？」
「知ってたよ、別に関係ないんだけどな、あたしは　」
　さと子は表情を変えなかった。辻元はそれ以上の事は言わなかった。
　しかしさと子が、話を続けた。
「あたしは、ただ単にバリ島行くお金貯めるために復活したんだよ　」
「そうか・・・　」

　客の帰ったテーブルで、食器を片付けながら桂月は、二人の様子を見ていた。
（何話してるんだろう？気になる・・・）
　桂月は今、自分の中に芽生えた感情が、今まで感じる対象がいなかったため感じた事のない衝動、「嫉妬」である事に気づいていた。

　かつてさと子は、辻元と、体の関係を築いたことがあるのかもしれない。
　あの華奢な体が、辻元に抱きしめられて激しく突き上げられながら、ベッドの上で上下する様子を、桂月は想像した。
　それは、女の乳房すら触ったことのない思春期の少年の妄想と比べると、いささかきれいなイメージではあったが、それでも桂月の胸を焦がした。
　そして桂月は、それを持ち前の強烈な自制心で抑え込んだ。
（明日・・・明日まで我慢・・・）

　洗い物を両手に抱えて、パントリーから洗い場に向かうとき、桂月はさと子と目が合った。桂月は、意地でも嫉妬している自分を悟られまいと余裕の笑顔で「失礼します　」と通り過ぎたが、桂月のこわばった笑顔に、さと子はその胸のうちを見透かしていた。
　しかし、特に何も弁明することなく、すましてフロアのカウンターに出るとしゃがみこんで紙ナプキンの入った箱を取り出すふりをしながら、声を殺して笑った。
（あたしも昔、あんなんだったなあ・・・）

　そのとき店長室では、加藤に後を任せた辻元が、タイムカードを押していた。
　机の上に、だいぶ前に入れたアイスコーヒーが、すっかり氷も溶けて、グラスの上に透明なうわずみを作っており、辻元はそれを飲み干した。
　そしておもむろに携帯を手に取り、ボタンを押し始めた。

「あ、どうもぉ！　高嶋店の辻元でーす　店長いますか？」

　その頃、長谷川徹はアルバイトを終えて自転車でアパートに帰って来ていた。
　長谷川は昨日の、あの経験が、夢ではないかといまだに思っていた。
　自分はもう童貞ではない。しかし、どうも実感がないのだ。
　たとえば、手錬のソープ嬢にその相手をしてもらっていたら、その味気なさと気恥ずかしさが、かえってリアルなものなのだが、昨夜の自分の相手は、女子高生。しかも長谷川好みのタイプの少女だ。
　しかも、どれほど稚拙であったであろう自分の性技に対して、「よかったよ　」とさえ言ったのである。もちろんこれが自分を気遣うための嘘なのもわかっていた。

　そして何よりも、自分の彼女になってくれるとさえ言ったのだ。
　こんな都合のいい話などあるわけがない。
　かと言って、道子は大学の友人である桂月の紹介であるから、素性はともかく身元は確かなはず。
　もし、昨日のが仮に気まぐれだったとしても、落胆せず一人で楽しもうと長谷川はビデオ屋に寄ってAVを借りて来ていた。

　そんな調子で長谷川は、高揚したり落ち込んだりを繰り返しながら、アパートの階段を登った。

「とおるさーん・・・遅いよぉ」

　二階の奥にある自分の部屋の玄関の前に、しゃがみ込んでいた制服姿の松月道子が笑っていた。

「みっ道子ちゃん！！　どうしたの！　」
「んっふっふっ泊めてよ」
「でも昨日も外泊しちゃっただろう？親御さんは？」
「いないもん　うちパパいないし、ママは夜お店だし」
「・・・そうなんだ・・・いやいやいや！ダメだよ女の子が何日も外泊しちゃ！」
　道子は余裕の表情で、長谷川に殺し文句を言った。
「だって・・・一人ぼっちなんだもぉん」
　長谷川が絶句すると、道子は立ち上がり、スカートの尻をポンポンと叩き埃を払った。
「はい、徹さん、早くカギ開けてよ」

　アパートの中は、昨日と変わらなかった。
　今日の朝、道子が先に学校へ行ったあとすぐに長谷川も大学へ行ったのだ。
「徹さん　お腹すいたよぉ」
「うん　今夕飯作ってあげるよ　ピザトーストでいいかな？」
「やったぁ！　」

　長谷川が冷蔵庫を開けたとき、その上に乗せておいたカバンが落ちた。
　そしてカバンの中にあった、あの特有のラベルを道子は見逃さなかった。
　悪いことに、長谷川自身は、道子の登場に驚くあまり、今自分が、ビデオ屋で借りてきたものをすっかり忘れていた。

「セーラー服・・・女子高生・・・レイプ絵巻」
　そのタイトルを道子が声に出して読むと、長谷川は全身の血液が逆流した。
「ごっごめんなさい！！！！　」
　道子は、へへへっと笑うと、自分のセーラー服のスカーフをちょいちょいっと弄びながら
「徹さん・・・あたし今セーラー服着てるよ・・・」
　立ち尽くす長谷川に、道子がそのスカーフをするりとはずして見せた。

　ベッドの上で、長谷川と道子は長い長いキスをした。
　長谷川は道子のセーラー服を脱がすのに苦労していたが、例によって道子は、黙って長谷川に脱がされるのを待った。
　そうしてようやくセーラー服を脱がす事に長谷川が成功すると、
「・・・ちょっと待ってね」と道子はスカートだけ自分で脱いだ。
　短く手繰り上げ、ベルトで固定していたスカートは、いくらなんでも長谷川には無理だった。
　それを察した道子は、自分から手早くそれを脱ぎ、ブラジャーとパンティだけの姿になり再びベッドに潜り込んだ。

　長谷川が、道子の白い胸元にキスをすると、道子は長谷川の横腹に手を伸ばし長谷川のTシャツを脱がした。
　そうして上半身裸になった長谷川を、道子はぐいっと自分の上に引き寄せるように抱くと長谷川の首筋に、チュッチュッと音をたてながらキスをして、耳元まで唇を上げていった。

　そして長谷川の耳元で囁いた。
「徹さん・・・いいことしてあげようか・・・？」
「え？」
　道子は長谷川をごろんと仰向けに寝かせると、ズボンのベルトをはずした。
　道子が何をしようとしているのか、さすがの長谷川にもわかった。
「え・・・いいよ・・・そんな事・・・」
「・・・いいから・・・」
　そう言うと道子は、長谷川のズボンのファスナーを下ろし、半分大きくなりかけていた長谷川のものを素早く取り出した。
　すでに濡れ始めていた先端に、道子の唇が近づく。
　そして道子が、先端の亀裂に一回キスをしてから、それを口に含むと、長谷川は目を閉じて体を硬直させた。

　その感触、そしてぬくもり。
　膣粘膜に勝るとも劣らないその快感に長谷川は体を震わせた。
　そして、舌先は男の弱点を知り尽くした動きで、長谷川のものをゆっくりと上下した。
「道子・・・ちゃん・・・いいよ・・・口でなんか・・・」
「んー？」
「俺・・・まだ風呂入ってないから・・・いいよ」
「んー」
　道子はかまわずフェラチオを続けた、長谷川は口ではそう言いながらも、その快感に抗う事はできなかった。そうしてある種の恥じらいでもって、この、今までビデオでしか見た事のない「女からの前戯」に身を委ねた。

「道子ちゃん・・・もういいよ・・・俺いっちゃうよ・・・」
　長谷川は、一応道子の頭をどけようと両手を添えた。
　しかし一方で、このまま道子の口の中に射精したいという欲望も、正直長谷川の脳裏に浮かんでおり、その力は弱々しかった。
　そして道子はちゃんとそれに気づいていた。
「徹さん・・・このまま出していいよ・・・」
「・・・でも・・・」

　道子の口の動きが激しくなり、道子の舌がペニスの裏側を激しく摩擦した。
　そしてあっけなく長谷川が呻き声をあげ射精すると、道子は余裕でそれを飲み干した。
　仰向けで虚脱状態の長谷川を、道子がとんび座りで見下ろし、へへへっと笑った。

「じゃあ徹さん、一緒にお風呂入ろうよ」
　乱れた髪が、高校生とは思えない妖艶さを演出する道子の表情に長谷川はうっとりと見とれた。

「徹さん・・・AVなんか何百本観たって一回のエッチの役に立たないよ」
　そう言うと道子は徹に覆いかぶさって、へへへっと笑った。
「だからさ・・・練習しようね・・・あたしでね」

　その夜、長谷川は、昨日の晩よりは、ほんのわずかながらリラックスして道子を抱く事が出来た。そして道子も、ただリードするのでなく、理性を失いかけるくらいには、快感に浸る事もできた。

　朝まで、何度となく長谷川と体を重ね、長谷川と激しく抱き合う事によって、松月道子は、自分は気まぐれで体を許したのではなく、今、長谷川徹の女になる事を選んだのだと、無言で長谷川に伝え続けた。
　長谷川に必要なのは「自信」。そしてそれを与えてあげるのは自分なのだと道子はよくわかっていた。