その日、辻元の自宅のバスルームで、鏡の前に立ったまま桂月は途方に暮れていた。
（誤算だったわ…）

　今日、辻元の部屋で過ごすにあたって、ベッドに入るまでの自分を桂月は昨夜から念入りに頭の中でシミュレーションしていた。

　映画の中で、今から男の待つベッドに入ろうとする女は、シャワールームから出るときは、いつもバスローブかタオルを体に巻いていた。
　桂月もそのひそみに倣おうとしていたのだが、いざシャワーを浴びて下着をつけてタオルを巻いてみると、ブラジャーの肩紐が出ていて、これがなんとも間抜けであった。

　じゃあ裸の上にタオルを巻くか？しかしそれはさすがにまだ恥ずかしい。
　同時に桂月としては、最後の下着は辻元に脱がしてもらいたいと思っていた。
　では服を全部着て出ようか？それはもっと間抜けであった。
　男から見ると非常にくだらないこだわりではあったが、桂月にとってこれは大問題であり、下着姿のまま桂月は考え込んでいた。

（不覚だった…）
　桂月はあきらめてブラジャーをはずして、タオルを巻いた。

　辻元のベッドに横たわったとき、桂月に静かな昂ぶりが生まれた。
　今まで窮屈な車内の行為ばかりだった自分にとってそれは、開放感からくる昂ぶりであることが、桂月にもわかった。
　もちろん、今日は丸一日ここにいられるので、門限を気にしなくてもいいこともあった。

　いつも閉店後の駐車場で、辻元とのセックスを求めたのは桂月の方だったが、それは、タバコをおぼえたての高校生が、学校の休み時間にわざわざトイレにタバコを吸いに行くような心理に似ていた。
　しかし今日の場合は違う。桂月は「その気」でここにいた。

　辻元と唇を重ね、舌を絡ませるその動き一つにしてもいつもと違う自分。
　狭い助手席とベッド。これだけでこんなに違うものかと思いながら、その昂ぶりを楽しんだ。

　タオルを取って辻元の手が桂月の乳房をまさぐった。
　すでに固くなっていた乳首を、辻元が人差し指と中指でつまんだ。
「ん…はぁ…あ 」
　もう片方の乳首を吸いながら、辻元は桂月の体を抱き寄せるように桂月の上に乗った。いつもは駐車場の水銀灯に、ぼんやりと白く見えていた桂月の体は、まだ昼前の陽光で、夜とはまた違った官能的な曲線をあらわにしていた。

「あまり…見ないでください…はぁっ！　」
　辻元の右手がするっと桂月の茂みまで降りて、中指が正確に突起部を捉えた。
　すでにぬるっとしていたその部分を、辻元の中指がゆっくり弧を描く。
「んっ…あん……濡れてる…でしょう？　」
「ああ　」
「…あぁ…　」
　辻元が桂月の耳に舌を滑らせると、桂月の体が震えた。
　桂月は辻元を両腕で抱きしめ、挿入を促すように、膝を立て脚を開いたが、辻元の指はまだ桂月のクリトリスを撫で回していた。
「はああっ…あっ！ああああああああん！　」
　ついに人差し指と中指が同時に桂月の中に滑り込むと、桂月が切ない声で応えた。
「いいっ…だ…めぇ…いやっ　」
「どうしていやなんだ？　」
　辻元が少しだけ意地悪く訊いた。
「…かっ…感じるからぁ…　」
　恥らう余裕のない桂月が即答したため、辻元はちょっとがっかりしたが考えてみたら、ちょっと抱かれ方の飲み込みがいいだけで、桂月はついこの間まで処女だったお嬢さんなのだ。ましてや、ずっと車の中である種の「トレーニング」のようなセックスしかしておらず、今日が二度目のベッドである事を考えれば、そうそう簡単に床上手に変貌するわけがない。
　そう思うと辻元は、「ベッドの女」としては、まだ無邪気である桂月がなんだか可愛らしく思えてきた。

　辻元は体を起こし、桂月の豊満な体をキス雨で責めながら、次第に下へ降りていった。そして、唇が桂月の茂みに達すると同時に、立てていた両膝を掴むとそのまま腰に押し付けるように開いた。
「はあぁっ…いやぁ　」
　豊満な体のわりに柔軟な桂月の両脚は、そのままベッドに届き、大きく開いた。
「いやっ…いやぁ…　」
自分の性器が文字通り白日の下に露わになり、桂月は初めて羞恥の悲鳴をあげた。

　自らの愛液で濡らしたその部分は、ほんのりと赤黒く隆起したクリトリスもうっすらと開いた亀裂の中に幾重にも重なるピンク色の肉襞も、辻元の顔のほんの10センチほどのところにあり、あまりの恥ずかしさに桂月は両手で顔を覆った。
　次に何をされるか桂月にもわかっていた。そしてそれは予想通りだった。
　辻元の舌先が、桂月のクリトリスを責め始めたのだ。

「ひっ…ああっ！ああああああああっ…　」
　どっと自分の中から愛液が溢れ出していくのがわかった。
　車の中での行為では、丹念ではあるが指のみの愛撫だったため、初めての夜以来二度目の、舌による責めに桂月は激しい快感に襲われた。
　両手で顔を覆ったまま身をよじらせながら、道子がスプーンでしてみせた、フェラチオの実演が、桂月の脳裏にフラッシュバックした。

　もう全身がグニャグニャにほぐれた状態になり、執拗な舌技にクリトリスもこの上なく敏感になった桂月の体に、あらためて辻元が乗った。
　大きく開いたままの桂月の脚を軽く持ち上げながら、辻元は自分のものを桂月の亀裂にあてがうと、ゆっくりとだが、ぐいっと根元まで押し込んだ。
「はっああああああああああああああああっ！　」
　桂月があげた大きな悲鳴は、あきらかに車のときとはまったく違う反応だった。
　辻元もまた、カーセックスとベッドの上における桂月の反応の違いに気づいていた。

　桂月は肉体的な快感の変化もこのとき感じていた。
　同じ相手、同じ正上位なのに、より奥までの挿入を感じることができたのだ。
　おそらく車のシートでは、いくら倒しても体勢が微妙に前屈するため、挿入感が、今ひとつなのだろう。
（これからも車の中でする事があるだろうけど…やっぱりベッドでするのが素敵！）
　桂月が頭の中で「対比分析」をしたのはここまでだった。
　あとは体の中から突き上げてくる辻元を抱きしめ、没頭した。

「あん！あん！あん！来るっ…奥まで…あん！あああああっ！」
　桂月の肉厚の膣粘膜が、辻元のものに絡みつき、そして締め付けた。
　辻元は、自分が腰を打ちつけるたびに激しく上下する桂月の乳房を、鷲掴みにすると、押し付けるように揉み、桂月の鎖骨から首筋のあたりを何度も吸いながら、桂月の表情を覗き込んだ。

　眉間にしわを寄せて、苦しそうな、泣いているような、なんとも言えない表情は桂月の中に、男の責めに対する貪欲さが目覚めている事を物語っていた。
「あああああああああっ…いいっ…んっ…あああああああ！」
　桂月が何度か、体を反り返らせて悲鳴をあげる。
　やがて辻元が、桂月の子宮めがけて射精すると、自分の中に流し込まれる精液の温度が全身に染み渡る感覚に、桂月は辻元にしがみついた。
「んんんっ！…はっ…あっ！　」

「私……わかった…　」
　終わったあと、荒い息が整ったころ、沈黙を破り桂月がつぶやいた。
「んー？…何が？　」
　辻元が天井を見つめながら、けだるく応えた。
「私…女なんですね……　」
「ああ、そうだ　」
「なんか…日毎に…店長と…するたびに思うんです…あっ…　」
　辻元がティッシュで桂月の性器から溢れてくる愛液のまじった精液を拭いてやった。

「あのね…店長…　」

　桂月が辻元の方を向いて話し始めた。

　嘉納桂月は3歳のときにバレエを習い始めた。
　桂月の両親はもちろん、当時存命だった桂月の祖父母も、孫娘のレッスンに同行し、レオタード姿でたどたどしく踊る孫娘に目を細め、レッスンの帰りは、家族でレストランで食事をして帰った。
　発表会ともなると、両親と祖父母は盛装で駆けつけ桂月を見守った。

　小学校のとき、祖母と祖父が相次いで亡くなり、桂月自身も成長し、レッスンも母親だけが同行するようになった。
　桂月は、両親と祖父母と一緒に通っていた思い出をこよなく愛し、それはバレエそのものへの熱意にも反映され、上達もした。

　しかし小学校5年生になり、初潮を迎えたときに桂月の体に変化が起きた。
　体が次第にふっくらと太り始めたのだ。
　それは肥満と言えるようなものではなく、女性らしい曲線を描き始めた程度なのだが、やはりバレリーナとしては「太り」始めていた。

　桂月は必死に節制した。小学校6年生かそこらの少女が、拒食症寸前になるようなダイエットを続けた。
　そしてそれはバレリーナとしての体力に影響を与えてはいけないので困難を極めた。振り返れば桂月の強烈な自制心は、この時期に養われたようなものだった。
　そしてそれは、中学の三年間に渡って続けられた。

　結果的に桂月の体は、高校に入る頃には官能的に均整の取れたスタイルになり、街を歩いていて、スカウトされる事もしばしばであった。
　そんな誘いを桂月はすべて黙殺した。自分の節制の目的は違うからだった。
　そしてその目的は、桂月の思う結果とはなっていなかった。
　バレリーナとしては、もはや限界であることに桂月も気づいていた。

　ある日のレッスンで、桂月は転倒した。
　それは何気ないピルエットだったし、うっかり転倒する事は珍しくなかったが、そのとき桂月は捻挫をした。軽い捻挫だったし、松葉杖の必要もなかった。
　しかしこのとき桂月の中で何かが壊れた。

（終わりにしよう…）
　病院から帰って来ると、桂月は自分の部屋に入った。
　服を脱いで、すでに豊満になっていた乳房を包んでいたブラジャーを投げ捨てパンティも脱ぎ捨て、裸になった桂月は姿見の前に立った。

　形のいい大きな乳房も、絶妙の曲線を描く官能的な腰のくびれも、まっすぐ伸びた長い脚も桂月は呪った。
　自分の幸せな思い出を、終わらせてしまったのは自分なのだ。
　桂月は裸のまま嗚咽し、やがてそれは慟哭になった。

　高校1年の冬、桂月は13年に渡って続けたバレエを辞めた。