その23


　辻元浩一が、グリフォンに入ったのは23歳のときで、入ってみて内部を知ると、その過酷さに辻元は驚いた。
　勤務体系もさることながら、接客というものに対して要求されることがハンパじゃなくシビアなのである。

　サービス業は商売であるからこそ、制約や免責事項が存在する。
　だから高級ホテルや、旅客機の機内サービスなどでは、本当に悪質な客は排除する権限がある。

　しかしファミレスは違った。いや、グリフォンという会社の上層部が逃げ腰なだけなのかもしれないが、いかにマナーを逸脱した客だろうと、クレームの電話一本で、店長は
玄関先で土下座させられることが多かった。

　辻元には、鈴木直美という、当時結婚を考えていた恋人がいた。
　過酷とはいえ、給料だけはよかったので、結婚はかなり現実的なもので、就職したばかりの男がなぜか今の彼女と急いで結婚したがる傾向そのままに、直美にプロポーズし、直美もそれを承諾していた。

　就職して最初の店に配属になった辻元はノイローゼ寸前になった。
　店の近くにある市営テニスコートを利用する客が、毎週日曜に大挙して押し寄せ、そこで「宴会」を始めるのだ。

　歳のころなら、50代の半ばくらいで分別のある世代なのだが、彼らはまるで、地方から出てきた大学一年生が、初めてのコンパで舞い上がっているような異様な爽状態で、彼らは毎週のように店にやってきては、満席だったら順番を繰り上げるよう平然と要求し、パントリーから中に入ってきてはメニューにないものを要求し、それを断るとふてくされて悪態をつき、やりたい放題だった。

　辻元はそれを見て、何度か殴りかかりたい衝動を抑えた。
　しかし若さゆえか、それが顔に出てしまい、それを察した一団から
「いやあ、俺たちはイヤな客だよなあ」
　と言って嘲笑されたこともある。
　対等なケンカをする気などはなからない、相手が無抵抗なのを百も承知の上の挑発であった。

「若さとは傍若無人で無作法なもの」というのを、都合よく本末転倒して解釈し、「自分たちが傍若無人で無作法なのは、若いから」と言わんばかりに彼らは、競うように傍若無人であった。
　その中でもっとも年齢の行った、そしてもっとも悪質な客は星野という男だった。

　辻元は休日のたびに、直美に愚痴を言った。
　それは主に、日曜にやってくる星野達のことであった。
　付き合っている男から愚痴を聞かされるのは、楽しいものではないが、これから自分と結婚しようという男が、必死で耐えているのをせめて手伝いたい気持ちで、直美はそれを聞いていた。

　そうして一年が過ぎたころ、いよいよ結婚を具体化するため辻元は、直美の親に挨拶をするべく直美の家に出かけた。
　めったに取れない日曜の休みをとり、直美の家を目指し車を走らせた。
　職場のグリフォンの前を通ると、レジ前のウェイティング席にテニスウェアの後姿が見える。流行のデザインのものだが、50過ぎの老人たちを、大学生に見せる魔法の服ではなかった。
　それに気づいていないのが「星野一派」であった。

　直美の家の前に着いて、少々緊張しながら玄関のベルを押した。
　玄関を開けた直美は「大丈夫だから！」と目で言ったが、居間に通されて辻元は凍りついた。
　直美の父親は「星野」だった。

　辻元は、星野という苗字を、ウェイティング席にある表に、直美の父親が自分で書き込んだのを見かけ、男の名前を「星野」と勝手に解釈したのだ。

「やあ！君だったのか！」
　直美の父親は立ち上がって辻元を迎えた。まるで日ごろの自分たちの所業などまったく気にしてないかのように。いや実際気にしていないのだが。
　直美の父親の笑顔は、あの「いやあ、俺たちはイヤな客だなあ」という笑顔とまったく変わりなかった。

　辻元は声の震えを必死でかみ殺し言った。
「星野さんじゃなかったんですか？」
「ちがうよ、あれ面白いよなあ、なんて書いてもその通り呼び出すからさ今度『ジョニー』とか書いてみようかな」
　そう言って直美の父親は笑った。

　辻元はそのまま踵を返し、玄関で靴をはいて出て行った。
　あわてて後ろから直美が追いかけてきた。
「どうしたの？？急に！」

　辻元はもう我慢ができず、今までのことをすべて直美にぶちまけた。自分が「星野」だと思っていた男が仲間を引き連れてグリフォンでやってきたことすべてを。
　頭に血がのぼっていたが、自分でも驚くほど理路整然とまくしたて、最期にこう結んだ。

「俺は仕事でどんなに辛くても、お前と家庭が築ければ我慢できると思ってた。だけど結婚してもあの男を、義理とはいえ『父』と呼ぶのだけはたまらない」

　直美は放心状態でそれを聞いていた。辻元はそのまま車に乗って走り去った。

　それから辻元は、狂ったように仕事をした。
　食事もろくにとらず、厨房の仕込みから何から何まで。
　疲れきって、アパートに帰ってくると留守番電話に直美からのメッセージが入っていたが、辻元はそれを無視した。
　留守電は、毎日入っていたがことごとく無視した。

　そうして一週間が経った。
　今度は、アパートのポストに手紙が入っているようになった。
　携帯はもちろんＥメールも一般的じゃなかった時代である。
　切手が貼っていないから、直美が自分で届けに来たのだろう。
　辻元はそれも開封せず、そのまま捨てた。
　手紙もまた、毎日届けられていたが全部捨てた。

　また一週間が経った。
　その間の日曜日にも、星野、いや直美の父親一派はグリフォンに来ていたが、そういえば直美の父親は来ていなかった。
　ある日のアイドルタイムに、辻元は店の裏口に客が来ていることを告げられ、直美が来たのかと思って身構えたが、男であるらしい。

　行くと、直美の父親がスーツ姿で立っていた。
　あさましいまでの若造りなテニスウェア姿とは対照的に、高価そうなスーツは、風格があったが、しばらく会わないうちに直美の父親は、焦燥し切って老け込んでいた。

「直美が…精神病院に入院したんだ…」
　何も悪くない直美を哀れにおもったが、辻元は表情を変えなかった。
「私の顔を見るたびに悲鳴をあげてパニックになるんだ…」
　直美の父親は、助けを乞うように辻元を見た。

「君には…謝る…すまん…だから直美を…」
「サービス業は『商売』であって『奴隷』じゃない」
「わかった…勘弁してくれ…」
　あの傍若無人な、なめきった態度はかげを潜めただ、娘に存在を全否定された哀れな父親がそこに立っていた。
「俺が…俺たちが無条件にあんたの言う事きくのは店の中だけだよ」

　そう言うと辻元は通用口の重いスチールの扉を閉めた。

　辻元はそれからすぐに異動願いを本部に出した。
　そろそろ異動の時期でもあり、それはすぐに認められ、辻元は新しい店に行くと、初めての店で起こったことを忘れるように狂ったように働き、やはりそこにもいた数多い悪質な客にも、腹を立てることなくそれらをさばいた。
　直美親子がそれからどうなったのかは知らない。
　ちなみに辻元の女性遍歴は、この時期から始まった。

　桂月は黙ってそれを聞いて、一言だけ言った。
「…かわいそう…」
「直美がか？」
「…三人とも…」
　桂月は、自分の上に乗っている辻元の顔を両手で撫でた。
　自分を見つめる桂月の大きな黒い瞳に、辻元は吸い込まれそうな錯覚に陥った。
「…キスして」

　丸山千恵は目の前の光景が、一瞬信じられなかったが、やがて事態を理解し、顔面蒼白になった。

　加藤に襲いかかった5人は全員、アスファルトの地面にころがり、腹や顔をおさえてうずくまっていた。

　それらはすべて一瞬で、彼らにできたことは、かろうじて一人が加藤の腕にバットを一度当てたことだけであり、あとは全員、砲丸のような加藤の拳をもろに食らい、うめき声をあげていた。

「丸山ぁ…こういうときに『女の危機』ってなんだ？」
　加藤はゆっくりと千恵に近づいた。
　火をつけたばかりのタバコが、震える指先から落ちた。
「1…殴られる…2…犯される…さあ、どっちだ？　」

　加藤は、転がっている男の尻のポケットからスタンガンを見つけて取り出した。
「なんだよ…出力最大になってんじゃん…死ぬぜこれじゃ」
　加藤はスタンガンのつまみをMaxからMinに入れると、千恵の前に立ち、千恵は逃げようと走り出したが、即座に加藤は千恵の腕を掴むと引き戻し、千恵のわき腹にスタンガンをつきつけた。

　一瞬の電撃。意識を失うまではいかないが、千恵は全身の力が抜けて倒れこみ、加藤はとっさに抱きかかえるとスタンガンを放り投げた。

　男たちが乗ってきたワゴン車の後部座席のスライドドアを開けベンチシートを倒し、千恵をその上に転がすと、自分も乗り込みバシャン！っとスライドドアを閉めた。

　無造作に千恵のヨットパーカーを引き抜くように脱がすと、汗ばんだ千恵の白い肌に、Cカップのブラジャーがしがみついていた。
「い…やぁ…」
　千恵は弱々しく抵抗するが、電撃のショックで手足の自由がきかず、加藤はそのまま千恵のジーンズのボタンとファスナーをおろすと強引にそれを脱がし、一緒に紺色のパンティも太股の付け根あたりまでずり落ちた。

　ブラジャーをはずし、左手で千恵の乳房を鷲掴みにしながら右手はぐいっと千恵のパンティの中にもぐり込み、クリトリスを何度か指で押して、まだ閉じた肉弁を無造作に開いた。
「やぁ…いや…ぁ…」

　やや太めの千恵の太股を、加藤のヒグマのような手によって捕獲されたウサギのようにパンティが引っ張りおろされ、加藤はズボンをおろすと、すでに大きくなったものを取り出した。

「いや…お願い…口でしてあげるからぁ…」
　千恵の哀願を聞いて、加藤は、はたと動きを止めた。
　少ししびれるものの、多少体の自由の戻った千恵が、よろっと上体を起こすと、一瞬躊躇しながらも加藤のものを口に含み、舌を使いながらフェラチオを始めた。
　なんとしても、加藤のものの自分の中への侵入を避けたい千恵としては真剣に相手をいかせるために、念入りに亀頭の周りで舌を使った。

　それは本気のフェラチオだけになまめかしく、加藤のものは次第に一回り大きくなり、もうすぐ射精を迎えるだろうことが千恵にもわかり、千恵はいっそう執拗に加藤のものをしゃぶった。

（あ、いっけねえ…さと子さんに『マネーの禿鷹』録画しろって言われてたっけ）

　加藤は自分のものをしゃぶる千恵の髪を掴んで突き飛ばすと、千恵の脚を大きく開かせ、自分の腰を割り込ませた。
「あっ…いやっ！いやあ！」
　千恵の悲鳴をよそに、加藤のものが一気に千恵の肉弁を押し広げそのまま子宮まで届くほど深々と突き刺さった。
「いやっいやあああああああああああああああああ！」

　千恵の膣粘膜は、それでもすでに濡れており、ぬるっとした感触の肉襞が加藤のものを締め付けた。
　千恵は涙を流していたが、加藤は容赦なく腰を動かした。
「あ…ああ…あああ…んっ…あっ…あん！」
　千恵は子宮まで突き上げてくる激しい責めに、大きく喘いだ。

　加藤の脳裏に桂月が浮かんだ。加藤は密かに桂月に憧れていた。
　男ばかりの兄弟に育ったためか、年上の女性に対して、加藤は弱く、栗原裕美も春日さと子に対してもそうなのだが、女の陰湿な面だけが強調される裕美とも、やたら凄味がありすぎるさと子とも違う知的で上品な桂月は、加藤にとって「お姉ちゃん」の理想だった。
　だが、加藤の美学として、桂月に対してそれは億尾にも出さなかった。

　激しい突き上げに息も絶え絶えに悲鳴をあげる千恵の顔に一瞬桂月がダブって見えた。加藤は千恵を思いっきり抱きしめ、そのまま千恵の子宮めがけて大量に射精した。
「あああっ…い…やあああああああああああああああ！」
　涙がいっぱいに溢れた目を見開き千恵が悲鳴をあげた。

　体を震わせ、裏返しになったヨットパーカーで体を隠す千恵になんの興味も示さず加藤はズボンをはくとファスナーを上げた。
（桂月さん…ごめん！ズリネタにしちゃいました！）
　加藤にしてみれば、言われのない逆恨みでリンチされかけたのを返り討ちにして、その首謀者の少女をレイプするのは、達成感としてはオナニー以下なのであった。

　千恵を放置して、加藤がワゴン車から降りると、月明かりの下でさっきの5人がようやく起き上がって座り込んでいたが、すでに戦意は喪失しており、加藤の姿を見るなり硬直した。

「いやー…ひどい目に遭ったなあお前ら」
　なんとなく車座になっている5人を見おろして他人事のように加藤は言った。
「お前らそそのかして、俺に殴られることになった原因の女は」
　加藤はワゴン車をあごで指した。
「あの中だぜ？俺は先にけじめつけさせてもらったから、お前らも好きにしな」

　そう言うと加藤はスタスタと立ち去って行った。
（明日からバイトが一人減ると…店長困るかなあ？）
　歩きながら加藤はポケットからタバコを取り出し火をつけた。
（まあ、どうせ短期の、しかも使えない新人だしな）