１.入団


　桜の花びらがスポットの光りにキラキラと鮮やかに舞って、舞台に降り注がれている。　舞台の中央には、人の形を成して花びらが積もっていた。
　桜色の隙間からは女性の柔肌が見え隠れして、幻想的な雰囲気に演出されていた。

　早乙女 茉莉は、高校を卒業したばかりの18歳。
　高校の時は、クラブ活動で演劇をやっていた。
　全国高校演劇競技会は東京の国立劇場で毎年開催され、茉莉は３年の時、県の代表校として、クラブのメンバーと共に出場した。
　全国のレベルは分からなかったが、優秀賞を受賞し、これを機会にさらに夢中になった。
　卒業と同時に東京に出た茉莉は、特異な演劇で評判の『ＩＮ』という劇団の入団テストを受け、研修生として入団が決まった。
　この劇団は、研修生・・・実習生・・・準劇団員・・・正劇団員となっていて、研修生は月謝を納めて学び、ひとつずつ昇格していく構成だった。
　但し、テレビや映画のオーディションは構成の区分に関係なく受けることが出来、研修生の身分ながら有名になっていった俳優は数多い。
　入団テストは、朗読、歌唱、ダンス、発声、寸劇などを行なうのだが、研修生にもなれない人間も相当数いるのだ。
　合格した茉莉は、一緒にテストを受けた人たちを見て、レベルの高さに圧倒された。
　だが、どういう訳か、自分より優れていると思っていた女性が落ち、茉莉は合格した。
（わたしの何を買ってくれたのかしら・・・？基礎からやり直さないとダメだわ〜）
　合格したことを契機として、茉莉はまっさらな気持ちで臨むことにした。
　憧れの劇団に入団できたことで、茉莉は辛抱しても頑張ろうと決意していた。

　夜、クラブでバイトをして、生活費と月謝を稼ぎ、昼間は劇団で稽古という予定だ。
　とりあえず、入団の手続きと入団費を納めに事務局を訪ねた。
「あの〜わたし、早乙女と申しますが、入団の手続きに来ました・・・」
「あぁ、はい・・・早乙女 茉莉さんですね？必要書類と入団費を提出してください」
　茉莉は所定の書類と入団費を提出した。
　事務の女性は、部屋の奥に持っていき、しばらくして戻ってきた。
「はい、これが身分証明書、それと領収書です。それから・・・あなたは、他の研修生たちと同じカリキュラムではなく、特別カリキュラムが用意されています。これが、予定表です」
　手渡されたスクジュール表には、向こう１ヶ月間のレッスンが細かに書かれていた。
「あぁ、それから、レッスンはダンスシューズとレオタードで全て行います。これは、他の研修生と同じです。頑張ってくださいね」
「あの〜ひとつ伺っても宜しいでしょうか？」
「なぁ〜に？」
「どうして、わたしだけ、別のカリキュラムなんですか？」
「さぁ〜？わたしは事務ですから・・・多分、先生方のお考えがあるんでしょう」
「はぁ、はい・・・」
　他の研修生より劣っているから、最初にレベルアップをさせられるのだと思った。
（仕方ないかな・・・テストに合格しただけでも、ありがたいもんね〜）

　その頃、劇団の事務所では、茉莉の指導について論議されていた。
「早乙女しかいないのか・・・？」
「えぇ、今度の講演に予定している『桜の化身』のイメージにあったので、合格にしたんです。美しいけど、どこか哀しさを感じさせる表情・・・桜の花びらの色とマッチした肌の色艶・・・後は、演技だが・・・これは今から・・・」
「まぁ、地方出身の素朴さはあるけど・・・それ以上の魅力があるのかねぇ〜？」
「演出の立場からすれば、桜の化身は科白なんてなくてもいいと思うけど・・・」
「原作の弓家さんの意見もあるが、脚本のわたしから言えば、複雑だけどね・・・」
「それで、具体的にはどうする？」
「各指導担当に任せるしかないね・・・先ず、素材として彼女を見極めること」
「特に、存在感だろうね〜科白無しでも雰囲気が出せるか？」
「うぅ〜ん・・・そこが問題だね・・・何と言っても高校を卒業したばかり・・・若すぎて経験が無いからね〜特に化身としての魔性的な性的魅力は難しいねぇ」
「地方の素朴な18歳の少女に、妖艶な魅力ねぇ・・・誰か他にいないの？」
「弓家さんが、ひと目見て気に入っちゃって・・・あの人、処女っぽいの好きだから」
　演出家と舞台監督も原作者の意向で仕方なく採用したようだ。
　そんなことだとは知らない茉莉は、呑気に予定表を見ながら喜んでいた。

　朝８時から夕方６時までギッシリ予定が組まれ、休憩は昼食の１時間だけだった。
　最初は柔軟体操から始まり、腹式呼吸、発声、滑舌・・・これらは毎日同じだ。
　続いて、無対象行動、歌唱、ジャズダンス、エッチュード・・・と盛り沢山。
　茉莉は寝るまで頭の中で自分がカリキュラムをこなしていく姿を想像していた。