| ２． 潤は撮影の段取りを手際よく進めていった。 合格に驚喜した今日子は、請われるままに高価な撮影機材を潤に買い与えていた。 そして、卒業式を数日後に控えた休日、二人はレンタカーで沢田家の別荘に向かった。 今日子が贅をこらしたヨーロッパ風の調度、それを背景に由紀恵を撮りたいのだと潤が言い張ったのだ。 そして、潤は、あの夏の日、モデルを頼んだときに由紀恵が着ていたキャミソールを持ってきて欲しいとリクエストしていた。 「だって、まだ寒いのに」 と答えた由紀恵だったが 「大丈夫だよ。ガンガンに暖房きかせるから。なんか、あのときのイメージが頭から離れないんだ」 と、潤はすました顔で言った。 別荘に着いて、潤がセットしだした機材を見て由紀恵は驚いた。 「すごい、プロみたい・・・」 「そうさ。最高のモデルを撮るんだから、最高の機材じゃなきゃね」 三十畳くらいある広いリビングにスタンドが何本も立てられ、大きなライトボックスがセットされたモノブロックのストロボが二台据え付けられている。 それに、折りたたみ式のレフ板も何枚か組み立てられていた。 けっこう重労働だったらしく、GAPのロゴが入った黒いＴシャツにジーンズ姿で、うっすらと汗をかいている。 「どうしたの、これ？」 潤のちょっと男っぽい姿にドキドキしながら聞く。 「合格祝いに母さんに買ってもらったんだ。でも、私立の入学金より安いって喜んでた。母さんの作品を撮る約束をさせられちゃったけどね」 潤が笑って答える。 「ちゃんと使えるの」 「うん。母さんの知り合いのカメラマンにアドバイスしてもらったんだ。それより、そろそろ暖房がきいてきたし、由紀恵さん、隣の部屋で着替えてくれる」 本格的なセットを呆然と眺めていた由紀恵に、潤が声をかける。 「あ・・・うん・・・」 なんだか圧倒されてしまう。 由紀恵は、隣の寝室へ入って服を脱ぎはじめた。 キャミソールはカップ付きのものだから、ブラジャーも取ってしまわないと着ることができない。ドレッサーに映ったショーツ一枚の姿を見て、由紀恵は少し不安になった。ストロボなどの照明機材に、なぜか凶暴なオスの匂いを感じてしまったせいかもしれない。 自慢でもある形のいいバスト、無意識に指先が頂にある淡い色をした乳首に触れていた。 全身に電流が走った。 由紀恵は自分が欲情していることを知った。 （やだ。どうしちゃったのかしら・・・） 不安の原因が思いがけず自分の身体のせいだったことと気づく。 たしかに、このシチュエーションは危ういものがある。 潤が純粋な気持ちから自分の写真を撮りたいと思っているのは分かる。 そうでないなら芸大に入るまでの努力はしなかっただろう。 でも、それとこれとは話が別だ。男と女が二人きりで別荘にいれば、胸騒ぎがするのは当然のことかもしれない。 それに、この別荘のインテリアをコーディネイトした今日子のこだわりは徹底していて、部屋の中にいると、まるでイギリスの田舎のリゾートにいるような気分になる。 そんな非日常的な雰囲気も由紀恵の心に影響を与えているのだろう。 （男と女かぁ・・・） 考えてみたら、いままで由紀恵は潤のことを男として意識していなかった。 「由紀恵さん。準備できた？」 ドアの向こうから潤の声が聞こえ、由紀恵は我に返る。 「もうちょっと・・・待っててね」 あわてて由紀恵はキャミソールを着て、D&Gの七分丈のローライズパンツを履く。 白い肌と真っ直ぐに伸びた脚、張りのあるヒップと挑戦的に突き出したバスト、バランスの良いプロポーションが強調される組み合わせだ。 カチャ ドアを開けると、三脚に固定したカメラの向こうに、普段は見せないような真剣な表情をした潤がいた。 その眼を見たとき、由紀恵は全てを理解した。潤はハンターの眼をしていたのだ。 美大で何人ものアーティストに会ってきた経験から、ものを創るときの人間がそのような眼になることを由紀恵は知っていた。潤は、この数ヶ月間で開花したのだ。 いままで弟のように感じていた潤の成長。 （気がつかないうちに・・・潤くん・・・おとなになっちゃったんだ・・・） 由紀恵は、そう思った。そして、成長のかげに自分がいることがうれしかった。 「由紀恵さん。最初はそこのソファーに座って欲しいんだ」 由紀恵は素直に潤の言葉に素直に従う。 そうしてあげたかった。 ビクトリア調というのだろうか、重量感のあるソファーは座り心地が良かった。 「素敵ね。この椅子」 由紀恵が潤の方を向いて笑って言うと、その瞬間ストロボが光った。 モノブロックのストロボが発てる「パンッ！」という音は暴力的ですらあった。 「きゃっ。もう始めるの？」 ストロボの光と音に、すべてが晒されてしまうような威圧感を覚える。 「うん、いいでしょ。それとも、少し休んでからにする？」 なんだか怖いような感じがして気が引けたが、潤の真剣な雰囲気に圧倒されてしまう。 「いいわ、始めて」 由紀恵がカメラの方を向くと、何度もストロボが閃き、その蠱惑的な肢体を浮かび上がらせた。 シャッターが切られるたび、由紀恵は見られることへの悦びに目覚めていった。 こんなふうに本格的に写真を撮られるのは初めての経験だった。 それに、潤の気迫が痛いほど伝わってくる。こんなに真剣に撮られていると思うと、なんだか女心がくすぐられてしまう。 「右手を腰の方へ」とか「上目遣いでこっちを見て」など、最初はポーズの注文ばかりだった潤の言葉が、由紀恵の心境の変化にシンクロして「きれいだ」「女神みたいだ」という賞賛の言葉に変わっていく。 由紀恵は、その言葉に酔った。そして、何者かに操られるように次々にポーズをとる。 潤も夢中になってシャッターを押し続けている。 「由紀恵さん・・・すごく・・・きれいだ・・・」 ふと、手を休めた潤がため息をつくように言った。 「由紀恵さん。こんどは後ろを向いて」 「こう・・・？」 「うん、それで窓の上の方を見上げるように・・・」 由紀恵が上を向いた瞬間、またシャッター音が響く。 「あ・・・あのさ・・・」 「なに？」 「背中だけでいいんだ。服を脱いで撮らせてもらえないかと思って・・・」 由紀恵が躊躇していると 「あのさ・・・そんな約束じゃないのは分かってる・・・けど、由紀恵さんの肌ってすごくきれいで・・・せめて背中だけでも撮れないかなって・・・ごめん・・・怒った？」 潤が言った。その言葉に嘘はないだろう。眼を見れば分かる。 でも、こんなところで、しかも二人きりなのに裸になるのは抵抗がある。反面、由紀恵は潤の望みを叶えてあげたいとも思っていた。 潤の澄んだ瞳を見たとき由紀恵の心は弾けた。 「いいわ・・・そのかわり、その写真は誰にも見せないって約束してね」 「えっ、ほんと？！ 約束する。ほんとに、いいの・・・」 由紀恵はキャミソールを脱ぎはじめる。 きれいな半球型をした由紀恵のバストと小さな乳首が顔を出す。 はじめは息を飲んで由紀恵を見つめていた潤だったが、また、夢中になってシャッターを押しはじめる。 「すごい、すごいよ・・・由紀恵さん、すごくきれいだ。おれ、なんだか涙が出てきちゃった・・・」 「特別よ。潤くんの合格祝いに全部撮らせてあげる・・・」 賞賛の言葉と、閃くストロボの光に陶然となりながら、由紀恵は脱いだキャミソールをソファーの背もたれにかけ、ローライズのパンツをショーツと一緒に脱いだ。 同じ美術を目指す者としてと言えば聞こえはいいが、中途半端は嫌だったし、全部脱いでしまう方が自然に思えた。でも、もしかしたら心のどこかで見られたいという欲望が芽生えていたのかもしれない。 いずれにせよ、由紀恵の心理は普通ではなくなっていた。 ミルク色の肌に淡く生えたヘアー、そのコントラストに潤の目が釘付けになった。 「ゆ・・・ゆきえ・・・さ・・・ん・・・」 カメラを持った手がだらりとたれ下がる。 「う・・・ううっ・・・」 次の瞬間、潤は呻き声を上げ、股間を押さえてしゃがみ込んだ。 「どうしたの？ 大丈夫？」 「ゆ・・・由紀恵さん。ごめん・・・おれ・・・エッチな気持ちで由紀恵さんを撮っていたんじゃないけど・・・でも・・・」 「でも？」 「そんなつもりじゃなかったのに・・・ごめん。ほんとうに、ごめん・・・気がついたら、我慢ができなくって・・・で、出ちゃったんだ・・・」 最後の言葉は消え入るように小さかった。 「ヌードデッサンで女の裸なんて見慣れてると思ったのに・・・」 「違う！ ゆ、由紀恵さんは特別なんだ・・・だから・・・おれ・・・」 潤の気持ちがストレートに響いてくる。 由紀恵の気持ちが揺らぐ。 「潤くん・・・そんなに、私のことを・・・」 それだけ言うと、急に裸でいることが恥ずかしくなった。 「と、とにかく一服しましょ。潤くんもその方がいいでしょ」 急いで由紀恵は隣の部屋に駆け込んで、たたんであった服を着た。 ワインレッドのオフタートルっぽいモヘアのセーター、それにチャコールグレーのフレアロングスカート・・・でも、大変なことに気が付いた。 慌てていたのでショーツを隣の部屋に置きっぱなしだったのだ。 |
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| 2010.11.24掲載 |
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