１１　嗜好世界への道

　ゴールデンウィークの計画を皆がはじめた頃、平地に波乱を起こすような出来事が幕を開ける。

　土曜の朝まだ日が昇るか昇らないかの時刻、朝の駅前に若妻とその夫が暫しの別れを惜しむ。
「パパ、友佳をお願いねっ。」
「あー。まあ、お義母さんのとこにやっかいになるから、気にすんなって。３日間だろっ。」
　とあまり気にかけていない。

「んっうん。じゃぁよろしくねっ・・・チュッ。」
　佳乃はまだ誰もいない駅前で大胆にも、別れのキスをした。

　ただの三日だが、若妻には少し不安があるのかそれを拭い去るように夫の唇を求めた。
「気をつけてなっ！」
「うん。いってきます。」佳乃は自動改札を抜け階段を上ると、友之からは見えなくなる。

　友之が今見送った佳乃がいままでの妻であり、３日後に帰ってきた女は・・・・・・。

　佳乃が乗った私鉄の駅より二駅程いき、少し大きなターミナル駅で快速に乗り換え約４５分くらい行った新幹線の止まる駅で下車する。
　黒いキャリーバックをコロコロと引きずり、駅を出ようやく日が昇り始めた朝７時３０分頃目的地の『社団法人　人材創出セミナー』をめざし歩を進める。

「あっ。あれかなー・・・・・。これだこれっ。」と地図と建物を見比べながら、玄関へと進む。
　１０階建ての立派なビルで６階くらいまでは自社の部署が入っているようだが、７階以上の階表示板には何も書いてない。
「結構、大きな建物なんだー。・・へー自社ビルだし・・ふーん。」
　と大きな建物という意味のない安心感を植えつけられる。

　８時半セミナー開始のため、８時前には受付を終えようと佳乃はカウンターへ向かう。
「おつかれさまです。お名前と会社名をお書きください。」
　自分と同じくらいの年の受付の男性に促され記入する。

「加山佳乃さんですねっ。」
「では、これを首からお掛けになって向かって右の廊下のつきあたりの会議室２へ行ってください。」
「はい。わかりました。」重い荷物をコロコロとし、言われたとおり会議室２へと向かう。

「ガチャッ」ドアノブを回し中へ入ると、若い男性、中年の男性、中年の女性、と様々な年代の人間がざわざわと会話をしている。
　いまの所佳乃が一番若い女性であろう。

　適当に空いている椅子にすわり携帯を取り出し、友之へ着いた事をメールに打ち込む。

　開始１５分前になり、セミナーの事務局らしい男が現われなにやら名簿と参加者がぶら下げる名札を確認している。

　人材創出セミナーが行われる建物の階数に入れられていない８階にある暗く大量のモニターに囲まれた部屋に、やまもと不動産に近藤と現われた大島管理部長とこの部屋の主である監視部長の金山が缶コーヒーを飲みながらモニターを眺めている。

「大島部長、今回はいい玉いなさそうですねー。この前はそこそこいたんやけど。」
　と金山が大島にモニターを見てくれといった感じで言う。
「んー・・・・。」大島がスイッチングをかえながら、資料片手に品定めをする。
「そーやなー、オバはんが多いんかっ、今回は。んー・・・・・。」と熱心に画面を見つめる。
「あきませんよっ今日は。総帥来てはるらしいけど、呼ばんほうがよろしいねー。」
「また怒られるし、せやけどちょっと備品も足らんようになってきたからそろそろ集めないといかんし。」

　とやる気がない金山に向かって、
「・・・。おいっ金山、どこ見てんねんっ。上玉がおるやないかっ！・・。」
　と金山のあたまを小突いて、加山佳乃が映し出されるモニターを指差す。

「金山っ。総帥をお呼びしろっ。」
　金山がモニターに映る佳乃を見て、
「うわっ。ホンマや、この女絶対、総帥好みや！さすが大島部長。ええとこみてはるわー。」
「えーから、はよ呼べっ。・・・・このおなご・・・絶対、備品にしたるでー。」
　と興奮し口角に泡が纏わりついている。


　２,３分後出っぷりとしたお腹でダブルのスーツを着込んだ、脂性の５０代前半の男がモニタールームに現われる。

「どうした、大島っ。もうすぐ飛行機の時間なんだけどわしはっ・・・。」
　あまり乗り気でない男が大島に言い放つ。

「総帥っ。海外視察の前に見せておきたいものがっ・・・。」
　と佳乃の資料を差出し、モニターを指差し画面をアップにする。

　じっくりと資料を眺めた後、モニターと資料を何度も見比べながらポツリと、
「・・・・こぶつきですかっ・・２４歳っ・・・病歴なしっ離婚歴もなし・・・・。」
「・・・・・・。ほほぅ、・・大島っ・・・これはっ、・・。」
　と総帥とよばれる男は余り多くを語らず、指で丸印をつくる。

「では、いかにすればっ？」大島は総帥にお伺いをたてる。
「んーそうだなぁ今日は、あの二人が『さくら』だろっ。あれでやれっ、あれでっ。いつもどおりになっ。」
　となにやらまた指で合図する。

「はい。御意にっ。」
「じゃっ。わしはいくぞっ、経過は高画質動画にしてわし専用のサイトにアップしとけ。」
「今日からすべてだぞ、金山君。」
　と強い口調で金山に指示し、監視部屋をあとにする。

「いってらしゃいませ。」と二人は深々と礼をする。

　二人が溜め息をついた後、なにやら大島が携帯電話で急ぎ連絡を取る。
「おいっ。田口っ。」
「何でしょうっ。大島部長っ。もしかして例のあれですか？」
　と会議室２にいる田口と呼ばれる教官に連絡し、田口はこのタイミングの大島の電話に機転を利かし反応する。

「察しがいいなっ。・・・・お前の後ろにおるおなごっ、名前は『加山佳乃』やっ。」
「このおなご例の『さくら』で刈り取るからなっ。」
「そのつもりで、グループ分けと宿舎の部屋割り頼んだでっ。」
　田口は振り向き佳乃の顔を確かめる。

「ほぅ・・・・総帥の・・・・・あれですかっ。」冷静な田口の言葉に、興奮した大島の声が重なる。
「おうっ。そうやっ。そやから絶対ぬかるなよっ。ええなっ。」
「はい。かしこまりましたっ。」と隠しモニターに向かい軽く礼をする。

　大島は資料をまじまじと見てようやく佳乃を思い出す。
「あー、そうかっ。あん時の不動産屋のおなごやったんかいなっ。」
「そやそや忘れとった。も一人の若いのは昨日までかっ。」
　と奈々の事もついでに思い出し太ももを叩く。

「面識がおありでっ？」と金山が聞く。
「ああっ一回、銀行屋といったちっさい不動産屋のおなごやっ。」
「も一人に目ー付けてたんやけど。このおなごは総帥にとおもとったんや。」
「よっしゃ。今日は遅くなるさかい。午前中に寝とかなあかんなっ金山っ。」といい金山も、
「そうですねぇ。わしも仮眠せなあかん・・・わくわくするわ。２カ月ぶりの備品納入やから。」
　と二人でパチンとハイタッチをしていた。

　チャイムが鳴り、一日目のセミナーが開始される。