１２　さくらは咲いたか

　スロースタートな感じのセミナーが開始される。

　まずはオリエンテーリング的なものから始まり、一日目は不動産の実務に関する講義が延々と午後八時まで続くことが発表され、、明日のセミナーに関しては一切語られずなにやら皆が不安になる。
　すると不動産セミナーの教官である、三沢という女性が教壇にたつ。

「それでは、これから三日間のグループ分けを行いたいと思います。」
「えーこちらのほうで予め６人のグループにわけさせていただいてます。」
「この紙にかかれました、席へ移ってください。」
　と配布されたＡ４用紙に書き込まれた自分の名前を探す。

「んー。私は・・・・Ｅグループかっ。」と佳乃はグループを確認するとその席へと移動する。
　３０人の参加者を５つのグループに分け、６人ずつ男女・年齢もバラバラな人選で構成される。

　佳乃は、４０代後半の女性や、５０代前半の男性、３０代後半の女性と『大河内』と名札にある３０代前半のさわやかな感じの男と『横山』と書かれる根暗な感じの眼鏡をかけた３０代前半の大河内とは反対の部類の男と同じグループとなる。

　皆が席に着き、ひと通り自己紹介を終え不動産講義が始まる。
　佳乃の隣の席は、大河内が座り横山は前に座る。
「よろしくお願いします。加山佳乃といいます。３日間がんばりましょっ。」
　と自分の隣がさわやかな男のほうでほっとする。

「こちらこそっ。大河内といいます。まぁ肩肘はらずに、のんびりやりましょ。加山さん。」
　と佳乃の目をじっと見つめ声をかける。
　旦那と同じ位の年代だが、どこか落ち着いてリーダーシップがあるこの大河内に佳乃は、セミナーの緊張がほぐされる思いであった。

　昼までは不動産の実務に関する法律や業務の実例、税法の改正点などが講義され、昼を報せるチャイムと共に皆一様に眠そうな顔をして会議室をたちさる。
「加山さん、昼ご飯ご一緒させてもらえませんかっ？」大河内が下心なく佳乃を誘う。断る理由もなく、
「ええっ、いいですよっ。おごってくれるんですか？」
　と冗談めかして佳乃は、ＯＫの返事をする。
「もちろんですよっ。じゃっ行きましょう。」
　と佳乃をエスコートし、ビルから少し離れた洒落たカフェへ向かう。

　二人向かい会うテーブルに座り、昼のコースランチを頼む。
　そのとき大河内が佳乃に対し手先でおまじないの様な仕草をしかける。

「どうしたんですか？」佳乃が首をかしげ尋ねる。
「いっいや。癖なんだよっ、手品をすこしかじっててさ。」
「どうしてもこういうテーブルに座るとでちゃうんだっ。」
　と何かをごまかすようだが、この男のさわやかさに佳乃は違和感を感じない。それより好感がわく。
「へー手品できるんですか。すごーいっ。」と大河内のごまかしに気づかない。

　話をそらし、
「突然ですけど加山さんって彼氏とかいるんですか？若くてかわいいから皆ほっとかないでしょ。」
　と普通の男がいうと引かれてしまうが、この大河内が言うと、どこか嫌味なく聞こえ、尚且つ心地よい。

「えー。大河内さんこそどうなんですか。もてるでしょっ、私はもう結婚してるんですよっ。」
「子供も一人いるしっ。」

「えっうそー。そうなんだっ。・・・・じゃっ口説いてもダメだねー未婚なら立候補してんだけどな。」
　とここでもまた佳乃の目を見つめる。
「だめですよ。こぶつきですから。」とまんざらでもなく答える。
　そして照れくさいのになぜか大河内の目を凝視してしまう。
「旦那がいなかったら、もしかして大河内さんと仲良く慣れたかもしれませんねぇ。」
　と自分でも思いもよらない言葉を佳乃は口にだす。
「少し出会いが、遅かったねー。」

　とまたも何やら、手のひらを広げ佳乃の目をすわった目で見つめ返す。

　少し沈黙が続き、大河内がトイレに立つとそのとき、
「ポンッ」と佳乃の両肩を大河内が軽く叩く。
　
　何が起きたのかわからない佳乃は、大河内が向かう男性トイレを見つめる。
「お待たせしました。本日のランチです。・・・・・お客様っ。・・・・・お客様。」
　とウエイトレスが佳乃の前で声をかける。

　佳乃は、男性トイレを向いたままで反応しない。
　そのままウエイトレスがテーブルにランチを置きその場を首をかしげ立ち去る。
　大河内が男性トイレから出てくると袋入りのオシボリを受け取り、席に着くと「パンッ」と佳乃の前で袋を叩き破る。
　
「ピックン」と佳乃はなにか思い出したかのように現実に戻る。
　テーブルの上には二つのランチが運ばれている。

「さっ。いただきましょう。佳乃さん。」と大河内が下の名前で呼んだことも気がつかない。
「えっええ。いただきます。」と食事を口に運び出し、先程までのたわいもない話に花が咲く。
　だが、いつランチが運ばれてきたかも佳乃は記憶がない。
　大河内がトイレにたった瞬間からたった１・２分記憶が抜けているがあまり気にしていない様子だった。

　食事も終わりコーヒーを飲み干すと、大河内が佳乃の目を見つめながら今度は指を鳴らす「パッチン」
「佳乃さんは、旦那さんを愛してますかっ？」うつろな目でまばたきをしない佳乃は、
「はいっ。」と一言だけで他には答えない。
「佳乃さんあなたは、旦那さんに満足していますか。夜の生活は・・・？」と少し小声で問いかける。
「・・・・・・・。」無言になる佳乃。
「あまり満足されてないのですね？」と再び問いかけ、
「・・・・・・・・・・・はいっ。」
　いつも表情豊かな佳乃とは思えない能面のような顔で、友之への不満を白状させられる。
　大河内の二つの問いかけに対し、佳乃は肯定的なものしか答えられていない。

（簡易催眠の状態でここまでとは、かなり楽勝だな。）
（あとはあいつの名演技に頼るだけだなっ。明日の夜が楽しみだ。）

　大河内は伝票を手に取り佳乃の背後に回り、再び両肩を「ポンッ」と叩く。
　まばたきをし我に戻った佳乃に、
「加山さん、昼からの講義遅れちゃうよっ。」
　と今度は苗字で佳乃を呼び、会計を済ましてそそくさとビルへ戻る。

「っあっはい。ごちそうさまでしたっ。」と声をかけ、大河内の後を追う。

　さくらが一輪咲き、二つめの蕾みも・・・