１６　２つ目のさくら

　すっきりと晴れ上がった日曜の朝、恐ろしく長い一日が始まった。

　チャイムが鳴り会議室１に受講者は集められ人格形成セミナーの始まりを静かに待つ。
「おはようございます。大河内さん昨日はどうもです。」
「あーおはよう。セミナーどんなんだろうね？」
　とさくらとして潜り込んでいる男が佳乃の不安を煽る。

　ふと目を前にやるとまたも座席に横山という男がいない。そんなことお構いなしに開始される。
「えーそれでは、本日のセミナーを開始するっ。私は指導教官の田口だっ。」
「よろしくおねがいします。」と田口から挨拶する。

　高圧的な物言いの男が教壇にたち、皆を見下ろしている。
「おめーら、ほんとに社会人かっ。挨拶もろくにできねーのかっ。」
　あわてて、皆が挨拶を始めるが声が揃わない。
　１０分程、何度もやり直しをさせされようやく着席を促される。

「おめーらが今までのセミナーで最低のランクだっ。」
「とことんまで追いつめてやるからなダメ人間共めっ。返事っ。」
　と返事を強要し何度も繰り返させ、この軍隊的な鬼軍曹の役割を田口は担っている。

「おい、そこのＥグループ。一人いねーがどうした？」
　と田口は佳乃を指差し詰問する。
「さぁー。わかりません。」と佳乃は答えるしかしかたがない。
「さぁーだとっ。おい、女っ名前はなんだっ・・立って物をいうんだっ。」
　と田口は佳乃をターゲットにし攻勢をかける。言われるまま立ち上がり答える。

「かっ加山佳乃です。前の方がどこにいるかは知りません。」
「おい、そこなんだよ。ダメ人間の言い草はっ。」
「ダメ人間はすぐに自分とは関係ないという素振りをするんだよっ。」
「いいか、グループはいわゆる会社組織だっ。組織のみんなが人任せだとどうなる？」
「・・・・・・。」佳乃は圧倒され答えられない。

「女は、これだっ。黙ってしまえば事が過ぎ去ると思い込んでいる。」
「そんなやつは、組織の中でもお荷物なんですよ・・加山さんっ。」
「他人任せの人間は組織には不用なんだっ。今すぐ辞表をだして会社をやめるかっ。」
「もしくは、早くいい男みつけてやめちまえっ。」
　と佳乃に対し、一方的にまくし立てる。

　誰も佳乃をかばう事もできず孤立する。
「・・・・っく・・そんなつもりで言ったんではありません。」
「本当にしっしらない・・んですっから・・・」
　少し悔し涙が涙腺にこみ上げる。

「女の武器で対抗かいっ・・涙を流して侘びをする。それも１つだっ。」
「お前は今、この状況をいかにして逃れようかばかりを考えているだろう。」
「・・・・っんっっひ・・」と涙を堪えきれそうもない佳乃。

「いつも、涙を流してその場をごまかしてきたのかっ。・・」
「なぜ人の問題を、自分の問題として考えられないんだっ。おまえたちは。」
　と他の受講者にも問いかける。

「ここなんだ。今のあなた達にかけている物はっ。そこの加山さんにだけ厳しくしているのではない。」
「君たちがなぜこの加山さんを助けようとしないんだっ。」
　と自分から矛先が変わると突然に、
「・・・うっうっうう・・ひっひっくぅうう。」
　安心し始めた佳乃が堪えきれず涙をこぼし始める。

　立ち尽くしたまま涙をこぼす佳乃を見て、時間を計ったように大河内がたちあがり、
「教官、すいませんでした。いまから彼をみんなで探してきます。」
「みなさん、時間を少しいただきたい。グループのみんなでいってきます。さあっ。」
　と涙をこぼす佳乃を含めたＥグループを先導し部屋を出る。

「加山さん、ごめんよっ。君だけに責任を押し付けてしまって。」
　と大河内は、ポケットからハンカチを取り出しそっと渡す。
「・・っぐっうぅう。いっいいんです。取り乱しちゃって・・恥ずかしいっ。」
　とハンカチを受け取り涙を拭う。

　廊下を曲がるとロビーの壁にもたれブツブツ何かつぶやく横山をみつける。
「なにしてんの、横山さんもうはじまってるんだよっ。早く行こう。」
「・・・おっおれ、いっいきたくない。・・」
　と言う横山の手を大河内はひっぱり、会議室に引っ張りいれる。

「教官。見つけました、申し訳ありませんでした。」
　と大河内はリーダーらしく皆に頭を下げる。
「横山というのかね君は・・・呆れて物も言えない。」
「嫌ならばここから出て行きたまえ。そして会社に辞表をだすんだなっ。」
　田口は、目を見ずに横山に対し言い放つ。
「・・・・・すっいませんっ。・・ここにいさせてください。」
「このまま帰ったら・・クビになる・・・」
「・・・そう思うのであったらなぜ皆に迷惑をかけるんだ。」
「君のために、涙まで浮かべたグループの人もいるんだ。」
「君は一人ではないんだっ。」
「そうだよっ。横山さん・・みんな仲間じゃないかっ。」
　大河内の言葉に拍手がなり始め、なにか一体感がこの場を包む。
　泣いていた、佳乃もほっと笑顔がもれる。
（大河内さんっ・・・）心の中で感謝する佳乃の目は大河内に注がれている。

　このような感じで、一人を追いつめみんなを追いつめ、その後は追いつめた本人をかばい持ち上げる。
　これを繰り返し、組織への従順さや、個人の自主性を高めていく。これがセミナーの基本的なやりかた飴と鞭である。

　もう１つ女を陥れるやり方は、このセミナーの夜に開講されるのだが。