２２　去勢された牝の帰宅

　始発の電車にゆられる女は、昨日までの女ではなく未来への希望をなくしたセミナー用の備品。

「・・あっ。おりなきゃ。」
　呆然とした佳乃は、停車駅を見逃しかけあわてて車両の右側扉へ向かう。
「・・・プッシュー。」
　電車の扉が開き、ホームに降り立ち朝のタクシー乗り場へ向かう。少ないはずの始発電車にもう一人の男性客が佳乃の後ろ１０Ｍを歩いているが、夜でもないので佳乃が気にするわけもなかった。

　佳乃は、駅前タクシー乗り場からまだ台数の少ない個人タクシーに乗り込み自宅へと運転手に指示した。佳乃の後ろを歩いていた男は、一般車用の駐車場にとまる黒いワンボックスの助手席に乗り込み、タクシーの後をつける。

「おはよーさん。今度の備品はあれかい？佐々木。」
　運転している男が問いかける。
「おはようございます。上山さん。・・ええ、まだ仮ですけど、７日程すれば納品ですよ。」
「ひひひっ、一週間だけの束の間の休息ってわけか、あの女も。」
「・・・・・どうやら人妻らしいんですよ。・・・加山・・佳乃・・２４歳・・。」
　と助手席の佐々木が資料をみながら会話する。
「・・コブ１つ・・・不動産会社勤務・・・仮備品０２６・・。」
「ほー、子持の人妻かぁ。あの顔なら人気が出るぜ多分、大変だな嗜好会員の相手も。なあ。」
　運転手の上山がにやけた顔で資料に目を通す佐々木に返事を促す。

「・・ええ、おそらく。・・忙しくなりますよ、普通っぽい人妻に、普通の風俗なんかじゃ出来ない事を誰に気兼ねすることなく、たっぷりといたぶる事が出来るんですから。」
「・・まあ人気がでてくれれば、俺たちへのおこぼれも色々期待できるしな。」

「会員一人に独占されちゃうと、あんまりおいしくないですからね、私たちも。」
　と佐々木は、どこか本気ではない上山への返事をしながら前を走るタクシーを見つめる。

「ところで、佐々木。お前ここに入って２ヶ月になるのか？」
「・・・はい。２ヶ月ですね、そろそろ。・・どうしたんですか？」
　上山への返事をし佐々木は逆に問いかける。
「・・いやっ、前の相棒はとんでもねぇ奴だったからな。・・お前みたいな冷静な奴がなんでこんな仕事してんのか気になってよっ。・・・いやいいんだ、あんまり詮索しねえのが俺たちが長続きする秘訣だしな・・・。」
「・・・・どんな奴だったんですか？その・・前の監視員は。」
　少し間をあけて上山が答える。

「ああ、ひでえ奴だったよ。・・・備品の配送の時に手だしちまってよぅ、ＡＶにアルバイトで出演させて金をせしめたり。備品の自宅に入り浸って自分の連れに輪姦させたりした挙句によ、ヤク注にしちまいやがったんだ。」
「・・・・・そりゃあひどい。・・で、どうなったんですそいつは？」
　佐々木は興味深く上山に尋ね、
「・・・・あんまり詳しくはしらねえんだが、神崎組が男を始末したって言う話をきいたが確かじゃねえ。」
「・・・備品のほうは？」
　再び、上山に聞く。
「・・こらまた尋問見てえだな、佐々木。」
「すいません。俺も同じ目にあいたくないもんで・・・・。」
「そうだなっ、・・・備品はナイジェリアだったかな・・アフリカのヤクの精製ルートに払い下げたとか組の幹部がいってたらしいが、ホントかどうかしらねえんだ俺は。」

「しらねえほうが身のためなんだよっ。・・・こんな商売の裏なんてのはな。」
　佐々木は上山の話を耳にし、なにやら遠いところを見つめた。
「・・・そうですね。しらないほうが身のためだ・・・。」
「そうだよこの仕事から足洗う時は、この世とのお別れのときかもしれねえからな・・・。」
　二人とも無言になり、前を走るタクシーに目をやった。

　ハザードを点滅させ、減速し始めたタクシーの５０ｍ後ろに車をとめ二人は佳乃の動きを監視する。

「・・あれ、鍵がない。」
　とカバンの中にあるはずの鍵を探すが、その鍵は一人の変態の手の中にあることを佳乃は知る由もない。
　１、２分して鍵がないことををあきらめ部屋の中にいる夫にむかい呼び鈴をならした。

「ピンポーン」
　チャイムの後に、仕事着に着替えた旦那とまだ寝ぼけ眼の友佳が４日ぶりの佳乃を出迎えた。

「・・・セミナーにさえ出かけなければ、かわいい奥さんのままでいられたのになぁ。南無三・・」
　と上山がぽつりとこぼしにやけ笑う。佐々木は、何も言わず資料を食い入るようにみつめたままだった。