| ５４ 調査 ブラインドから差す光を遮ることもなく入梅前の明るさを蓄えた一室に男は呼び出される。 県警本部の小会議室２と書かれた部屋には、警察庁のお偉方が一人で携帯に目を通していた。そこに、 「コンコンッ・・・・。」 「入りたまえっ。」 「・・・ガチャ・・・失礼いたします。・・・お久しぶりでございます。・・小池参事官。」 「・・忙しいところ、すまんね。・・青山警視。・・まぁ・・かけたまえ。・・あ、ここは君のテリトリーだったね。」 気をつかうそぶりの小池参事官は立ち上がり、青山が座ろうとした椅子を引き、座りやすくしてやった。 「すいません・・それでは。・・・・・わざわざお越しいただかなくても・・おっしゃってくだされば、私のほうからお伺いさせていただきましたのに。」 「・・いや・・君の活躍ぶりは聞いておるからね、こちらから伺ったんだ。・・気を使わなくてもいいよ。・・・どうだね、県警本部の居心地は？」 「ええ・・本音をいいますと意外と窮屈です。・・・・大きな案件も、１課ほどはありませんし・・正直・・・・。」 「だろうね。・・・・まぁ・・机の上で新聞読んでるのも・・仕事のうち。・・本庁に戻ってからが、青山君のような優秀な人間の活躍の場だからねぇ。」 「恐縮いたします。・・・・・ところで・・・。」 青山はこそばゆい言葉をまんざらでもない感じで聞き、わざわざ足を運んだ小池に対し問いを投げかける。 「あぁ・・すまん。・・・・半年ほど前に発生した・・・女性巡査長の・・一件なんだが。」 小池は最後まで聞くことなく青山にその先を悟らせ、聞きたい内容をしゃべらせた。 「・・神山容疑者・・ですね。・・・ええ、まだ逃走中で・・・秘匿事案で確保に全力をあげております。」 「まぁ、・・辞表を提出したあとの・・事件と言うことで、マスコミの餌食にならずにすんだんだが・・・・・。」 「あの時は、・・小池参事官にはご尽力いただき・・言葉がありません。」 青山は、にやりと微笑む小池に対して頭を下げた。顔を上げた青山に対して小池は、神山愛のことでなく人材創出セミナーのことを遠まわしに尋ねる。 「その神山が・・潜入していた・・・なんだったか？・・・セミナーのほうは、どうなってるんだい？」 「ええ・・あの一件から、捜査が頓挫しておりまして・・・新たなる潜入を考えてみたのですが・・・・・・本部長と相談の上で・・・中止いたしております。」 「その後何もしていない・・と、言うわけかい？」 「ええ・・まったく。・・・・藪をつついて、蛇が出てきてもこちらに抱えるマムシの子が腹を食い破る可能性が・・。それと、にせ辞表を提出させた時系列が狂ってしまうもので・・・。」 「なるほど・・本部長の懸命な判断だな。そのセミナーの悪事をあばいても・・・出てきた証拠の中に、神山の証言が必要では・・・起訴まで持ってはいけまい。」 「・・・はい。仰るとおりです。」 「しかしだよ・・青山警視。・・悪事をしている事が・・半ばわかっていながら・・見過ごすというのは・・・いち警察官として許してはおけない・・・と、わしは思うのだが。」 「私も・・いち警察官として忸怩たる思いです。」 「・・・そこで、このセミナーの案件は、私が本庁に組織する長官官房のなかに・・・洗脳教育におけるマルチ商法の根絶を狙った秘匿の部署を立ち上げることになり、そこで捜査を続けるよう取り計らった。」 「・・・そこであの人材創出セミナーも・・対象にされるのですか？」 「ああ、・・・君たちの組織とはまったく別物だから・・神山という容疑者の証言も必要なくなるような・・新たなる捜査を進めることになった。私の指揮の元にな・・・・。」 「そこで・・その、どこまで進んでおったかわからぬ、捜査資料を私の元に全て提出をしてもらいたい。・・・原本をだよ。・・・コピーのものは全て廃棄したまえ。」 「わかりました。早速・・用意させます。」 立ち上がるとすぐに携帯に手をやり、若い女性警察官に指示をする。 「・・・ああ・・事件番号・・秘匿の・・００２だよ・・・原本だけでいい。・・・写しと控えはシュレッダーに・・頼んだよ。」 部下に指示をすると書類の保管場所から持ってくるまでは時間がかかる事を予想し、二人は他愛もない話で時間をつぶしていた。 「・・・・課長・・・お持ちいたしました。では・・・・失礼いたします。」 書類を青山に手渡した女性警察官は、小池にも会釈をし部屋を立ち去った。その後姿を、眺め見る小池に青山は気にもせず捜査資料を確認する。 「・・小池参事官。・・お確かめを・・・。」 「あ・・あぁ。・・・・・・・・・確かに。君たちの捜査を無駄にすることなく・・・・活用させていただくからな。」 「お願いいたします。」 青山は、小池に対して椅子から立ち敬礼をし、その返礼を小池は座ったままおこなった。会議室を離れ、二人してエレベーターに向かう廊下の途中で小池は資料に目を通すと、そこに頻繁に出てくる名前が気になった。 「青山君。・・・この、事案の責任者が君なのはわかるのだが・・・核になって捜査をした男は、・・・・・・この男かい。」 小池は報告書の提出者の名前の部分を指差して青山に問う。臆することなく青山はこう答えた。 「ええ・・笹山動・・警部です。」 笹山の名を告げるとき青山は、少し怪訝そうな顔をし小池に返答する。 「・・・何者かね。・・・・この男。」 「まぁ・・ノンキャリながら・・この年で警部になったのは認めますが・・・使いにくい男でして・・・・・・手続きを無視した・・捜査のオンパレードです。」 「そうか・・・ノンキャリの田舎警官には苦労するね。この男・・・今。どこに？」 「・・ええ・・あまりに手におえないもので・・・人事課長に言いましたら・・・この捜査の中止と共に・・・免許センターのほうに・・・・・。」 「君を、怒らせないほうが好いようだ・・・青山警視殿。」 小池が敬礼をすると青山は照れ笑いを隠せず、大声で笑ってしまう。その笑みを見つめる小池の横顔は、呆れの表情だったことに青山は気付かないでいた。 「・小池参事官・・新幹線のお時間は・・・１３：４５分発で・・・？。」 県警本部から用意された警備部の捜査車両に乗り込んだ小池は、運転席の男に駅とは違う場所を告げる。 「・・すまんが・・行き先を変更してくれないか。この街の運転免許試験場は・・・この近くかい？」 「・・えぇ・・１５分ほどの所にございますが。」 「では、悪いが・・・そこに行ってくれないか・・・・そこで降ろしてくれればいい。・・・あとは、タクシーでも拾うから。」 「いえっ。・・・お待ちしております。・・駅までお送りいたすのが、任務ですので。」 「・・いや、・・個人的な視察なので・・・君たちの時間を・・取るほどのこともない。」 「・・・・はい。・・・わかりました・・・それでは免許センターまで・・ご同行いたします。」 「無線を入れんでもいい。・・・・内緒でな。」 県警の警備部所属の二人は、一瞬顔を見合すと、何もないかのようにアクセルを踏んだ。助手席の男は、回りに気を配りながら鋭い目つきに変わり免許センターへの進路を見つめた。進み見始めると、後部座席の小池は捜査資料を覗き、これを書いた笹山という男の捜査の鋭さに背筋を寒くさせていた。 「・・ただの・・・熱血警官では無さそうだな。」 この呟きは、前の二人には聞こえていないようで、イヤホンから流れる警察無線に神経を奪われていた。 |
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| 2009.10.24掲載 |
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