| ５５ 動と静 免許センターの受付の奥に免許課課長と書かれた席に座る笹山警部を見つめている。 小池は、免許証交付の窓口から一番遠い長いすに座り奥の笹山の動きをのぞき見ていた。警察庁幹部ながら末端の職員までは自分の顔を知らないであろう安心感から堂々と調べをつけている。 「笹山課長・・・この書類・・・出鱈目です。・・・・こんなんでは、また私が怒られるんですよ。」 部下であろう女性事務員の突き上げをくらいアワアワとした物腰で、出来の悪い書類を手に受け取った。 その書類すらまともに取ることも出来ず、バサバサと床に落としてしまう。 「・・・もう・・しっかりしてくださいよ。」 「す・・・すいません。・・・修正したら・・・誰に渡せば・・いいのかな？」 笹山は、床の書類を取りながら上目使いで事務員に聞き返事を待つ。 「前も・・言ったじゃないですか・・・・幸田さんに渡してください・・彼女が送付しますから。」 「・・あぁ・・幸田さんだね。・・ありがとう。」 「・・・笹山課長って・・警部ですよね・・・・これぐらいのこと出来なくても警部になれるんだったら私なんか・・・とっくに警視正くらいになれてますよ。」 「・・・クス・・クスッ。」 回りからもれ聞こえる失笑は、笹山の耳にも聞こえ顔を赤くした。しかし、怒りに燃えて赤いのではなく恥ずかしさから来る紅潮であることは、まだ短い付き合いである事務員たちにも周知の事実であった。 事務机の上に置いた書類の山を処理し始めた笹山を遠くから観察する小池は呟く。 「タクシー代、損したかな。」 捜査資料の鋭さとは別人のような笹山の姿に確信を得たのか、書類をたたみカバンの中にしまい長いすから立ち上がった。何もせぬまま帰るようでは怪しまれると思った小池は、受付の窓口に行き女性事務員に質問をした。 「すいません・・この街に引越しをしてきたのですが・・・免許証の住所変更には何が必要でしょうか？」 「・・この紙に書いてありますので・・ご参考にしてください。」 「・・・あぁ・・ありがとう。・・・ああいう上司じゃ・・・あなた方も大変ですね。」 細々と書かれた資料を受け取りながら小池は、受け答えをする女性事務員に鎌をかけてみた。 「・・クスッ。・・・ええ。便所の１００ｗです。・・・。」 「・・いい表現だ。・・・では。」 そういうと職場での評価も案の定というわけで、安心して自動ドアから外に出た。笹山の名前も新幹線に乗る頃、もしくは本庁に戻るころには小池の記憶の端から消滅しかかっていたであろう。 小池が立ち去るとすぐに入れ替わりで、笹山の同期の古河巡査部長が現れる。 「笹山警部・・おい、動。・・・」 「・・あぁ・・ふ・・古河・・・巡査長。」 「おい・・俺、もう巡査部長になってるよ。・・・おまえ、最近おかしくねぇか。」 「・・あぁすまん。・・ちょっと、今の部署になれてなくて・・・忘れっぽいんだ最近。」 「ったく・・・同期の出世頭がこれじゃぁ・・・まぁいいや。ちょっと・・・調べて欲しいことがあってさぁ。ここではなんだから・・・・。」 しゃべりづらいのか回りを気にして古河は笹山を会議室に誘う。 「調べ物って？。」 「・・・・これなんだけど、・・・最近届いた・・・うちの嫁さん宛ての出頭命令なんだけど。」 古河は交通機動隊から届いた、糊付けされていてすでに捲られている出頭命令の葉書を笹山に渡す。 「捲ってもいいんですか？」 同期の古河に対し、敬語で問いかけた。 「ん・・あぁぁ。」 「・・・自動速度監視装置ですね。・・・５月・・６日。これが何か？」 「・・おまえなんで敬語なんだよ、気持ち悪い。」 「あ・・ごめん。・・・ここの女性事務職員たちが厳しくてさ・・つい敬語になっちゃうんだよ。」 「・・そうか、大変なんだな。・・それはそうと、・・この日付、うちの嫁・・仕事だからってアルバイトに行ったんだが・・・このオービスの場所。・・・・全然、職場と違うんだよ。」 「・・で？」 「・・おまえ・・女っ気ねえから、心配したことないんだろうけどさぁ・・・もしかしたら浮気って事もあるじゃぁないか。・・・・だから、・・その画像を・・・ちょこっと見せてくれねぇかなぁと・・・・・・・。」 「・・・浮気調査ですか。・・・・でも・・・違法行為ですよそれは・・・。」 「違法捜査の総合商社とよばれた、笹山警部に言われたくないねぇ・・・今まで、どれだけおまえさんに協力したか。」 「へぇ・・そうなんですか。」 キョトンとした他人事のような顔に腹を立てた古河は、 「・・おい・・おまえ本当に笹山動か？・・・・なぁ頼むこの通り。」 顔を覗き込み拝むようにした古河は、ポケットから財布を取り出し、クシャクシャの一万円札を取り出す。 「・・・この前の分と相殺で・・・これで・・なっ。」 一万円を握らされた笹山は、この場を納めようと握った紙幣をポケットにしまいこんだ。その動作を了承の合図と確信した古河は、この前の分という事柄がわからないままの笹山に対し感謝の意をあらわす。 「・・・恩にきる。・・・・持つべきものは、同期の桜。」 「・・少し時間をください。・・・いや・・くれよ。・・・・また連絡するから。」 「ありがとう・・・ほんとにありがとうな。」 古河は、笹山の手を握り締め感謝の言葉を安売りのスーパーのタイムセールのように呼びかける。 「・・・・ん。・・笹山、おまえ・・・こんなとこに大きなほくろ合ったか？」 古河は、腕時計の内側に見える手に大きく黒ずむほくろを見つけ、知ってるはずの笹山にはなかったであろう物に疑問を持った。 「・・あ・あったよ、昔から。・・・と、時計してるから気がつかなかったんじゃないか。」 心の動揺を見逃すところが古河と笹山の階級の違いに現れていた。 自分の望みを聞き入れてもらうことの出来た男に、ほくろの有無などどうでも良く、足早に免許センターを跡にし警邏中であろうＰＣに乗り込んだ。 古河の一件を処理することが自分では出来そうにないと思った笹山は、職員用の男子トイレの洋便器に尻をつけ、あるところに知恵を授かるため電話した。 「兄さん・・・あっ・・・静です。・・・あっはい。・・・すいません、あとでかけ直します。」 警察手帳に印された笹山動という名ではない笹山静と名乗る男が、気弱そうに携帯の発信を止めた。 |
| あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。 |
| 2009.10.26掲載 |
はちみつ太郎さんの作品群→ |